汝、英雄になりたくば、私の下僕になりなさい!

神楽 とも

第1話 エイユウ シボウ

 彼らはまるで風。いや、雷だ、と思った。

 大陸の闇にひそみ、恐怖で震え上がらせる一団「絶界」に対し、わずか―けれども、最強の七人は恐れることなく、奴らに挑み―最小の被害で、これを撃退した。


 ―なんで知ってるかって?当然だ。 その戦いを,目の前で見た。

 威張り散らしてた大人たちが、悲鳴をあげて、関係のない人たちを押し退けて逃げ回る。

 スゲーイヤな光景。子供だったが、なんとかしようと、走り回って……奴らの手下に襲われた。

 押し倒されて、ギラリと光る刃が向けられた瞬間、もうダメだ、と思った。

 けれど、風みたく現れた七星ーしかも、最強の七星・神極が軽々とぶっ飛ばして、助けてくれた。

 メチャメチャカッコ良くて、スゲー強かった。

 だから、セイトは決意した。

 七星・神極みたいな英雄になりたい! と。


「せ、セイトくん、もう一度聞くよ?今、なんて言ったのかな?父さん、冗談は好きじゃないな~」

 頬を思い切り引きつらせて、無理やり笑う父・セラトにセイトは笑顔全開で、胸を張った。

「冗談じゃないよ、父さん。オレ、『七星』の神極みたいに強くなりたい。だから、七星のしちせいのさとって言われるウィンレンド連邦のシャルーナへ修行に」

「だぁぁぁぁぁめぇぇぇぇぇぇっぇぇぇぇ!!セイトくんっ!いくら、カワイイ、カワイイ息子の頼みでも、それだけでは、ずぇぇぇぇっぇぇぇえったぁぁぁぁい許せない。認められない。パパ、泣いちゃうんだからぁぁぁぁぁ」

 普段の冷静ぶりなんぞ、木っ端みじんに砕け散り、髪を振り乱し――これ以上にないくらい取り乱す『エンジュ』首相にして、セイトの父・セラトは一気に叫ぶと、執務机に突っ伏して、おいおいと泣きだした。

 普段の―いわゆる、かっこいい父親像がガラガラと崩れ落ちていくが、この際、かまわない。というか、ここで止めなくては、父として、だけでなく、人間として、死ぬほど後悔する事態になると分かっている。

 しかも、カワイイ―たった一人の息子の命がかかっているのだから、それはもう必死になる。

 そんな父にうろたえることもなく、セイトは頬を上気させて、興奮した口調で言う。

「勉強嫌いのオレがやっと調べてわかったんだよ?その郷って、『先代』神極が治める郷で、修行すると英雄級って言われてんだ。オレ、ぜぇぇぇぇたいそこで修行を」

「だから、ダメって言ってるでしょ!!てか、いるんだから、何とか説得してよ!神極ちゃん」

 親の心、子知らずを目の前で展開する親子。

 おいおいとセイトに泣きすがるセラトの姿に、遠目から見守っていた首相補佐官たちは呆れつつも、青ざめた表情で凍り付いていた。

 その異様な空気を切り裂くように、一陣の風をまとって、現れたのは金の縁取りのついた半仮面―話題の人物・神極だが、その口元は相当引きつっていた。

「人をちゃん付けで呼ぶな、セラト首相……つか、セイト。お前、その年で人生捨てるな。そこの出身の私が言うのもなんだけど、やめとけ。全力でやめといたほうがお前のためだ」

 呆れ口調だが、真に迫る口調で、きっぱりと反対する神極をセランと補佐官たちは救世主を仰ぐように見る。

 傍から見れば、ものすごく異様な状況。

 さっさと逃げ出したい神極だが、必死なまなざしで、息子を。坊ちゃまを止めて~と目で訴えるセラトたちを無下にはできないし、何より希望で目を輝かせるセラトを進んで地獄に突き落とすのは目覚めが悪かった。

「なんでだよ!アンタ、オレが強くなるのが嫌なんだろ?!」

「バカ言え、そうじゃない……修行なら、『火鷹』かサイフト公の子息が率いる騎士団にしてもらえ。その方が身のためだ」

「イ・ヤ・だ!!オレはアンタみたいな……七星みたいな英雄になりたいんだぁぁぁぁっ!!」

「目指すな、そんなもん!!頼むから、郷じゃなくて、普通のとこで修行してくれ」

 何の意味があるのか、つか、意味不明だが、両拳を突き上げ、絶叫するセイト。

 もうあきれの境地に立たされた神極だったが、その発言はどうにも見逃せず、思わず怒鳴り返すと、父親の目の前だろうが、かまうものかとばかりに強烈なげんこつを食らわせた。


 目の奥で火花が散って、真っ白になる。そのまま意識を手放して、ひっくり返ったセイトをセラトは涙ながらに抱きとめると、仮面で分かりづらいが、やや青ざめた表情で頭を抱える神極を見上げた。

「ご子息への乱暴、伏してお詫び申し上げる、セラト殿。ですが、私も未来ある子が、あの『先代』……いえ、『盟主マスター』のもとへ行かせるのは……かなり罪悪感がありますので」

「よ~く理解していますよ、神極殿。先代と違い、貴方の評判は桁外れにいいですからね。むしろ、止めていただいて感謝してます」

 子供に手を上げた、という気分の悪さもあったが、それ以上に、何も知らない、いたいけなー―とは、若干言い難い子を、あの『先代』にして、七星の『盟主』に差し出す真似は絶対に避けたかった神極に、セラトは同情のまなざしを向けた。

「まぁ、いいか……少々、遠回りになったが、レイキョウの三代表からの親書をお預かりしてきた。前回の会議で話しきれなかった件の返答、といえば分かる、と言われている。お渡しする」

 小さく肩をすくめ、神極は懐から蝋で封をなされた書状を取り出すと、セラトに手渡した。

 気絶したままのセイトを、補佐官の一人に託し、書状を受け取ったセラトが礼を言おうと、振り向くと、神極の姿はもうなかった。

「相変わらず風みたいな方ですね、神極って……正体不明ですけど」

「だが、頭は切れるし、信用における人だ―正体不明だけど」

 正体不明なのに、信用できるというのは、かなり問題発言な気もするが、この際、構わない。

 顔を隠している時点で、怪しさ爆発、不審人物決定、確定なのだが、『白い仮面で顔の半分を隠している』のが、大陸最強の武人団・七星の特徴。

 細かく言うと、銀の縁取りで額に色違いの宝石がはめられた仮面か金の縁取りがついた仮面で、だ。

 たまに、七星の名を騙る身の程知らずがいたりするが、大体が瞬殺、撲殺、刺殺……と、まぁ、物騒な単語が並ぶが、そういう運命を辿る。

 七星の名はそれだけ信用があるだけでなく、畏敬の念を払わせるのだ。

 それだけに、彼らの後を継ぐのは並大抵の覚悟ではできないわけで。

 しかも、七星をまとめる、今の『盟主マスター』は歴代の中でも一癖どころか、百癖ある人物。

 そんなところに、カワイイ一人息子をやるわけにいかない。というか、普通の親ならば、決して行かせない。

「あまり使いたくはなかったが、しばらく監視をつけて、セイトは謹慎してもらう。それがこの子のためだ」

「心中、お察しします。セラト様」

 ぐぐっと、つらそうに拳を握って、苦渋の決断を下すセラトの姿に、さめざめと涙を流す補佐官たち。

 どこぞの小芝居か、という、いなくなったはずの神極のツッコミを無視され、かくして、気絶したままのセイトは首相官邸の一室に押し込まれ、厳重な監視下に置かれた……はずだった。

 わずか二日後。昼食を運んできた首相夫人とメイドが上げた絶叫に、セラトは事態を知って、卒倒した。

 ――七星の郷へ行きます♪ 父さんのバーカッ!!ぜってー強くなって、帰ってくるかんな! 

 ――セイトと一緒に行きます。一族再興のためにも強くなる! 

 壁にでかでかと書かれた置手紙―いや、この場合、壁だから置壁なのか?、などという問答は置いて、息子が預かっている亡き親友の二男と共に、七星の郷という名を持つ死地に向かった事実に、耐えきれなかったのだった。


 ウィンレンド連邦のシャルーナ。

 東の大国・シュレイセ王国と隣接する、森に囲まれた連邦共和国で、国土はエンジュの3分の2。北東に峻厳なるポレトッド山脈を抱えた小さな国だが、その国力は優にシュレイセやレイキョウを上回る。

 冗談、と思う輩もいるが、事実、何度か併合しようと攻め込んだバカな国が桁外れな反撃を食らって、滅亡寸前まで追い込まれ―とうとうシュレイセに併合させた、トンデモ国家だ。

 だが、その国だからこそ、大陸最強の武人団にして、守護者と言われる『七星』と先代七星・神極にして盟主マスターが住まう郷がある。

 その名をシャルーナ。セイトと紅陽が向かっている目的地だ。

「いや~ラッキーだよな。ちょうどウィンレンドへ行く隊商キャラバンがあったなんてさ」

「バカ言え、オレが事前に調べといたおかげだろーが。でなかったら、今頃、国境あたりで即捕まって、強制送還だ」

 超ご機嫌な表情で、大盛りの食事にがっつく―太陽を思わせる金髪に空色の瞳の―セイトに、フフン、と胸を張って、果実ジュースの入ったウッドカップを傾ける―艶やかな漆黒の髪に黒い瞳を持った―紅陽。

 官邸をこっそりと抜け出した2人―いや、紅陽が見つけたシャルーナへ向かう隊商キャラバンに連れられて、街道を通って、一歩手前の街までたどり着いた。

 明日にはシャルーナに着くので、今夜はここで一泊し、疲れを取る意味もかねて

 どっちもどっちだ、と思うが、口には出さず、彼らをここへ連れてきた隊商キャラバンの商人たちは暖かいまなざしで、言い合う少年たちを見守りつつも、小声で『帰り』について話していた。

「あの坊主たち、どっかのいいとこのボンボンだろ?ちゃんとエンジュまで送ってやらんと」

「遠回りになっちまうが、同じルートを使うか……護衛の手配をしないといけないか」

「まぁ、ここいらは、盗賊なんぞ出てこんからな。あの『悪魔』どもが目を光らせているからな。だいたい『盗賊狩り』なんてもん、普通ありえないだろう」

 取りまとめをする3人の商人たちは顔を見合わせると、ある者は大きくため息をつき、ある者はテーブルに突っ伏し、ある者は天井を仰ぎ見る。

 他の者たちもどことなく視線を泳がせ、大皿料理に手を付け、強引に別の話題を取り繕う。

 商売といえ、あの国に行くのは、かなりの覚悟がいる。特に今は『あの方』が不在ときている。取引には注意しなくては、と、誰もが肝に銘じる中、隊商の商人たちを引きつらせ、慌てさせる事態が目の前で起こっていた。

「は?お前ら、シャルーナへ弟子入りする気なのか?」

「おうっ!オレは七星、神極みたいに強くなりたいんだ」

 130センチを超えたか、超えないかの小さな体で目一杯使って、自分の興奮を伝えるセイトに、いつの間にか同じテーブルについた酔っ払いの男がゲラゲラと笑い飛ばす。

 不愉快な表情で、そっぽをむきつつも、セイトの袖を引き、相手にするな、と警告する紅陽だが、興奮しているセイトが気づくわけなく、ため息をこぼした。

 飲みかけのエールが入ったジョッキをテーブルに叩きつけ、酒で濁った眼で、男はセイトと紅陽を交互に指差した。

「お前らが神極みたいになるなんて、無理だなっ!神極は七星最強。剣術・魔術・体術のみならず、戦略や医術などの知識も超一流の御仁!あこがれるのはわかるが、あこがれだけにしとけ」

「うっせー!オレは絶対に……」

「やめろ、セイト。こんな酔っ払い相手にするな」

「そうだそうだ。おまえら、メシが終わったんなら、ちょっと手伝ってくれ。いくつか荷を下ろすから、人手がいるんだ」

 ただの酔っ払いに全力否定され、いきり立って、男に飛びかかろうとするセイトを後ろから羽交い絞めして、押しとどめる紅陽だが、その目は怒りに染め上っていた。

 それを察した一人の商人がわざとらしく声をかけ、そこから引き離し、店の外へ強引に追いやる。

 自分がまるで―というか、完全に―悪者扱いされたことに腹を立てた酔っ払いは、残りのエールを一気にあおると、商人に押しやられながら、外へ向かう2人の背を見て、わざと聞こえる大声を上げた。

「あ~あ~、ご立派ですよぉ~坊ちゃん方!七星を目指してくださいよ。シャルーナから追い返されたらな~」

 ゲラゲラと下品に笑う酔っ払いの声に、二人の少年はびくりと体を震わせ、足を止め―回れ右をすると、一気にその酔っ払いへと駆け寄った。

 なんとか引き離そうとしていた商人たちは、絶望しきった真っ青な顔で両手で頬を押さえ、声なき絶叫を上げた。

「どーゆーことだよっ!!おっさん。追い返されるって!!」

「へっ!お前ら、追い返されるに決まってんだろーがっ。街道を来る『良い子ちゃん』なんぞ、盟主マスターはお嫌いなんだ。あの郷で修行したかったら」

 襟首掴んで、迫る紅陽を酔っ払いの男は鼻で笑い飛ばすと、窓の外にうっすらと見える黒い木々を顎で指した。

「郷で修行したかったら、あの『シュウマツノモリ』を越えてくこったぁ~な。あの現七星・神極も、そうやって郷に行って、修行したんだ。お前らみたいに、隊商キャラバンに守られてるよーな軟弱なガキなんぞ、お断りなんだよ」

「よけーなこと、いうんじゃねぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇぇっっ!!」

 得意満面で、わざと黙っていた情報をしゃべり倒してくれてた男に商人たちは怒りを爆発させ、殺到するやいなや、タコ殴りの刑にしてやったが、すでに遅かった。

 しばし愕然としていたセイトだったが、いち早く正気に戻った紅陽が荷物をひっつかんで、飛び出していく姿を認めると、負けじとばかりに飛び出していく。

 商人たちが二人がいなくなったことに気づいて、さらなる後悔と絶望の奈落に突き落とされる。

 彼らが目指す先はもちろん、あの酔っ払いが言っていた『シュウマツノモリ』。

 そこを越えれば、目指す七星の郷へ行けると信じてた少年たちを待ち受けていたのは――常識を遥か彼方へと消し飛ばし、どこまでも己が道を突っ走る超規格外の化け物たちだった。









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