第4話姫と犬(後)

 たき火が火花を上げる中、犬(自称)は自分の生い立ち、人生に話し始めた。夜はすっかり深くなり、少女は眠り話になればいいと思った。

 

「まぁ、話は分かった。分かったうえで応えさせてもらうなら、断る」

 少女はあっさりと話を断った。犬(自称)は肩を落とす。

「理由は二つある。私は人に剣を教える術を知らない。私が人を殺すときは、剣術で殺すというより、衝動で殺している」

 犬(自称)は首を傾げた。

「例えば、お前は両親に虐待をされたとき、怒りか悲しみか感じただろう。そして、感情的になり、頭の中で何度も両親を殺していただろう」

「はい」

「それと同じだ。殺したい衝動で私は人を殺す。だから、剣術なんて持たない」

「なら、二つ目の理由はなんですか」

 犬(自称)は問う。剣術を持たないから人を殺し方を教えてもらえない。なら、あと一つは何か。犬(自称)には見当も付かなかった。まさか、人を殺すことはいけないことだと、少女が言わないかと内心、犬(自称)は心配する。

「簡単だ。今から、私がお前の両親を殺しに行く」

 犬(自称)は時が止まったような感覚を覚えた。だが、その一時の感覚は、犬(自称)の激昂により、崩された。

「ふざけるな‼嫌だ‼私が殺すんだ‼私が親を殺すんだ‼お前なんかが手を出すな‼」

 犬(自称)は少女の胸倉に掴み掛かろとするが、少女は簡単に避け、犬(自称)の腹に蹴りを入れる。犬(自称)は地面を転びながら、壁に衝突する。嗚咽を漏らしながらも、犬(自称)を睨みつけた。

「なら、一つ聞くがお前が両親を殺す理由がどこにある」

 少女は犬(自称)の前に行くと見下しながらも問う。

「相手はお前の両親だ。お前を産んでくれた両親だ。それを殺すのか?お前に酷いことをしたかもしれない。でも、お前を産んでくれた家族だ」

 それでも殺しにいくのか?

「殺すとしても、お前が殺すことに何の意味がある。相手は反撃をしてくるだろう。例え、お前が奇襲に成功したとしても、お前の幼さでは返り討ちにあって、さらに酷いことをされてしまうかもしれない」

 それでも殺しにいくのか?

「殺した後はどうする。お前はどうやって生きる。お前はこの国の住人だ。牢屋で一生を過ごすか?私は流れ者だ。すぐに殺して逃げればいいことだ」

 それでも殺しに行くのか?




 とある犬の話だ。

 犬は生まれた時から犬として生かされている。人の言葉を喋ることは許されなかった。話せば打たれ、犬としてあるまじき行動を取れば蹴られる。

 食べ物はいつだって腐っていた。舌がおかしくなり既に犬はもう味を感じない。

 歩く時は四つん這いだった。掌と膝は既に固くなっており、小さな尖った石程度では傷は付かない。

 排泄するときは、いつも片足を上げて、外でしていた。汚くて、仕方が無かった。

 辛いのは、何と言っても首輪を繋げられ引き釣り回されることだった。苦しくって、痛くって、死にたくなかった。

 犬は、自分を繋ぐロープを犬歯で食いちぎった。そのまま逃げて逃げて逃げて。

 出会った矢先にいたのは、少女が大男を一瞬にして倒す様だった。犬はその瞬間から理解する。少女は強い。誰よりも何よりも強い。彼女に剣を習えば、きっと両親を殺せる。

 だが、少女は親は自分が殺すと言った。

 自分の中で知らない感情が芽生える感覚を覚えた。

 それだけはさせてはいけない。殺すのは自分だ。誰でもない犬(自分自身)だと。

 彼女は問う。その問いは至って正確で間違ってはいない。正しいのかもしれない。でも。 



 犬(自称)は吐き気を我慢しながら答える。

「親だから殺しいわけじゃない……虐待されたから殺したいわけじゃない」

「なら、何のために殺す?」

 少女の問い。犬は応える。


「私が殺したいから殺すんだ‼」


 それは犬の覚悟。犬として生きていた少女の応え。ふと、少女は笑う。

「なら、殺しに行くぞ。あぁ、安心しろ。殺しの手伝いはするが、殺さない。お前の殺意の手助けをしてやる」

 少女はマントを羽織ると、棒を手に持つと。

「これじゃ、つまらないな」

 ぽいと捨てた。

「それじゃ、行くぞ。犬……はあれだから、ま、後で考えようか」




 父はイライラしていた。酒を浴びるように飲んでいる。原因は、自分のペットが逃げ出したことだ。大切に大切に育ててきた、それこそ娘のように育ててきたペットがロープを噛みちぎり逃げ出した。

 家の奥では、母は別の家のペットを連れてきて、可愛がっている。

「いやだああああああ、だずげででえええええぇぇ」

 奥の方でペットが鳴いている。男は涎を垂らしながら、酒を飲む。男は思う。ペットは世話がかかるほど、可愛い。最初は吠える、噛む、そこらへんにおしっこをするが、躾をちゃんとすれば、吠えなくなり、噛むこともなくなり、ちゃんとおしっこも出来るようになる。躾をするときのペットの反応を聴きながら、酒をたしなむ。それが男の至福だった。

 コンコンと家の扉がノックされる。

 父は最初は気にしなかったが、ノックは十分も続き痺れを切らした父は文句を言おうと扉を開く。

「うっせえんだよ」

「お前がな」



 父が目を覚ますと、目の前に自分のペットが目の前に居た。男は歓喜のあまり飛びつこうとするが、身体が縛られていて、動けない。ペットの横には、マントを被った汚らしい者が居た。

「んーーーー」

 喋ろうにも口に布が突っ込まれて、喋れない。

「で、どうするんだ。お前の両親」

 少女は、楽しそうに犬(自称)を眺める。犬がどんな行動を起こすのか気になって仕方がなかった。

「殺しますよ」

 父の顔が青ざめていく。嘘だ、自分の娘が自分たちを殺すわけがない。

「んーーーーーんーーんん」

 何かを訴えようとする父の話をまるで犬(娘)は聴こうとしない。

「少女さん」

「その呼び方は初めてだな」

「見ていて下さい」

「あぁ」

「私の殺人を」

 父は涙を流しながら、何かを言いたそうにしてるがその声がペットして育てた娘の耳は届かない。

 犬(娘)は、ゆっくりと父の首元に噛みつく。小さく幼い口は、小さいがゆっくり確実に肉と抉る。血の味が口いっぱいに広がる。

 くちゃ……くちゃ。

 娘はこの時間が永遠に続けばいい。そう涙を流しながら思った。



「終わったな」

「はい」

 犬(自称)は自分のお腹を見つめる。いつもより、倍に膨れたお腹。そこには、自分の元家族がいる。

「全部、食べたかったですね」

「まぁ、お前の歳で大人一人分食べただけすごいよ」

 会話が途切れ、一時の静寂。その静寂を破ったのは犬(自称)だった。

「どうでした?私の殺人は」

「犬として生きていたお前らしい、殺しだったよ」

「ありがとう、ございました。」

 犬(自称)はぺこりとおじぎをする。もう、朝が近い。

「お願いがあります。少女さん」

「いいぞ?」

「え?」

「一緒に来いよ。私と」

「いいんですか」

 正直、断られると思って居た。

「そのかわり、一生私に付いて来い。私の名前は、姫と呼べ。戌」

「はい。姫様」

 朝日が昇り、二人の少女を始まりを祝っているようだった。

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殺人姫 綾咲彩希 @ayasaki_

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