第3話姫と犬(前)

「はぁ」

 少女は深くため息をついた。闇市に金目の物を打ったのはいいが、全然金にならなかった。新しいマントは買えなかったし、顔を見られるわで今日はついていない日だと、心から思う。

 少女は適当に歩き、町はずれのすたれた建物に入ると、壁を背もたれにし腰を下ろす。

 風が少女の柔肌を撫でる。このまま寝てしまおうかと少女は思う。気持ちいい風が肌を撫で、草木を揺らし太陽がポカポカとして眠気を誘う。だが、一つ気掛かりなことがあった。

「金ならないぞ。出て来いよ」

 少女の言葉と同時に物陰から出て来たのは、年端もいかぬ幼き少女だった。

「私は気持ちいい睡魔に誘われて眠るのが好きなの。要件があるなら、さっさと言って」

「私は犬です」

「犬?って、あの犬?わんわん」

「はい。それで間違いないです」

 自らを犬と自称する少女は怯えながらも話を続ける。

「さっきの見ました。貴方が、その棒のようなもので男の人の顎を殴る所を」

「へぇ」

 少女は感心する。こんな幼い子がよく見えたなと。

「で?私を脅す気?」

 自然と少女の手に握られている棒に力が入る。

「い、いえ、違います」

 犬(自称)はぶんぶんと手を前に振る。

「じゃ、なに?脅すわけでもない。襲うわけでもない」

 正直、意図が読めなかった。だが、そんなことおかまいなしに犬(自称)は深く、息を吸いこむ。そして、腹から大声で叫ぶ。

「その、私に剣を教えてください‼」

「うるせぇ‼」

 少女は近くにあった石をフルスイングで投げつける。石はまるで吸い込まれるように犬(自称)の眉間に当たり、犬(自称)は倒れ込み、気を失った。

「ちッ、睡魔が逃げちまった」

少女は、盛大に舌打ちをすると棒を杖として立ち上がり、犬(自称)の顔を見ると眉間から血が流れだし、白目を向いている。

「はぁ」

 少女は今まで以上のため息を付いた。面倒だ。


 犬(自称)が目を覚ますと、辺りは暗くなり、夜となっていた。眉間に違和感を感じるとそこには傷の手当てがされている。周りに人は居ない。だが、犬(自称)は犬のようにスンスンと鼻で何度か空気を吸い込むと、森の方に走り出した。犬(自称)は、草木を避けながら走っていると、広い湖に出た。

 空に浮かぶ満月と湖に写る満月にまるで挟まれるように、犬(自称)が探していた人物が裸でそこに立っていた。きっと、身体についていた泥を落としていたのだろう。マントもなかなかに汚かったことを犬(自称)は覚えている。だが、今犬(自称)に目に写るは、可憐な少女だった。水滴が髪を濡らし、妖しい美しさを帯びている。こちらを見る、その蒼い眼はまるで宝石のようだった。

 犬は、いや、幼き少女は満面の笑みを浮かべる。少女に向けて願う。

「私に人の殺し方を教えてくれませんか」

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