暗殺者 2匹の悪魔
猫姫
第1話
俺の仕事は大金と引き換えに人を殺すこと。
俗に言うところの『暗殺』を生業としている『暗殺者』だ。
貧富の差が激しいこの世界では裏の世界に落ちる者は多く、暗殺者はさほど珍しいものではない。
特に孤児などは、裏の世界に入るなどしないと生き延びられないのだ。
初めは薬の運び屋、そこからどんどん堕ちていき、最終的には殺しにまで手を染める。
運び屋なんかに比べるとはるかに金が入る殺し。
その魅力に取り憑かれてしまったら最後、誰かしらの恨みを買って殺される。
だから、この世界では暗殺者が絶えず入れ替わる。
生き延びるためには、人を殺し続け、殺されないようにする他はない。
なので、一度殺しをするともう二度と表には戻れない。
俺もその一人。
もう表に戻ることも出来ないし、戻る気もない。
仲間はいらない。
この世界は酷く冷徹で、誰も助けてはくれない。
依頼は全て一人でこなし、失敗は許されない。
失敗は死と直結する。
そして、裏の世界では名前を知られるのはあまり良くない。
名前と容姿さえわかれば、情報屋に依頼すれば大体のことがわかるからである。
なので、俺が所属する暗殺ギルド『devileyeデビルアイ』ではギルドに加入する時にコードネームを与えられる。
俺のコードネームは『ザクロ』。
師匠から貰い受けた唯一の名だ。
付けられた二つ名は『赤い瞳の悪魔』
◆◆◆◆◆◆
『devileye(うちのギルド)』はスメルバという街に立っている。
一般人にとってはビセット商会が運営する酒場兼レストランのようなものだ。
門を入ってすぐの部屋は広いスペースが広がっている。
そこには木で出来た椅子やテーブルが並んでおり、いつでも葡萄酒や発泡酒の匂いが漂う酒場となっている。
レストランも兼用されているので、柄の悪い酔っぱらいがたまにいるのを除けば、安全に子供も行くことが出来る。
料理は絶品で物によるが安価で食べることが出来る。
そんな町人の憩いの場ともなっているのである。
まあ、これはあくまで一般人の話だ。
一般人には知られていないが、レストランの受付に依頼書を出すと奥の部屋に行くことが出来る。
酒場からは想像出来ないような緊張感が張り詰めた冷たい空間が広がっている。
まあ、一般人がいないような時間にしか持ってくる人はいないので知らないのは必然である。
この奥の部屋からがこの国一番の暗殺ギルド『devileye』である。
無論、酒場に来ている一般人は自分から秘密に頭を突っ込まない限り殺すなんてことはしない。
何故ならば、殺し自体に快楽を覚える変態も居るので全員とは言えないが、暗殺者は基本的に金にならない殺しはしないからだ。
別に人権とかを話すつもりではない。
暗殺者はターゲットの人生だけではなく、その伴侶や部下はたまた上司、そして依頼者などのあらゆる人生を引っ掻き回して、命を奪って金を得ているのである。
だから今更そんなことを言おうなんて思わない。
ただ、金にならない殺しは無駄だと思うからだ。
人をナイフで切れば、刃が汚れるし銃で撃てば弾が少なくなる。
どちらも買えばいいだけの話だが、無駄なことには変わりない。
少し話がずれてしまったが、一般人には無害の酒場であるということを言っておきたかったのだ。
受付に出された依頼書が行き着く先は二つある。
それはうちのギルドの依頼方方が二つあるからだ。
一つはギルドに依頼するという方法だ。
個人の暗殺者に頼むのではなく、ギルド全体に募集することで誰かしらがこなすであろうという話だ。
依頼書はギルドの依頼ボードに貼られる。
これのメリットは依頼費が要らないので金が比較的安く済むということで、デメリットは誰が受けるかわからないので、依頼が達成されない場合があるということだ。一度失敗すると相手も警戒するので2回目から殺せる確率は極端に低くなるのだ。
もう一つは個人を指名して依頼する方法だ。
メリットは力が確かな暗殺者を使うことで、以来の達成度が高くなることと、比較的早く依頼がこなされるということで、デメリットは依頼費に依頼達成時の報酬と金が嵩むことだ。依頼した暗殺者によっては安い金では依頼を受けない人もいる。
技術を持った暗殺者には絶えず依頼がくるのだが、運び屋上がりの駆け出し暗殺者は当然個人依頼はないので、依頼ボードから選ぶことになる。
そしてどちらの場合でも、ボスが介入することがほとんどない。例え個人依頼が来たとしても、依頼者と暗殺者が個人同士で話し合うのでボスの部屋に行くというのはとても珍しいのである。
だが、今日は珍しく部屋に呼ばれた。
俺は10歳くらいのときに正式にギルドに加入していた。
ちなみにギルド加入に年齢制限はない。
加入したての頃ボスは
「ザクロ君にピッタリの服をプレゼントしたいから、採寸するねっ!」
とか
「放っておいたらろくにご飯とか食べなさそうだから、一緒に食べようね」
とか言う理由でよく呼ばれていた。
ボスはギルドに加入している者達を『家族』と呼んでいる。
だから、幼い頃はよく世話になった。
だが最近は呼ばれても月に1回程度になった。
仕事に関する事では殆ど呼ばれない。
最近、名前は知らないがガキが入ってきたらしい。
まあ、どうでもいいが。
ボスは血の繋がりなんか何一つないくせに『家族』なんて言う、甘い人だが、実力は確かな人だ。
時計を見てみるとそろそろ呼ばれている時間になる。
行こうか。
◆◆◆◆◆◆
ボスの部屋に着いた。
ギルドの中で門の次に立派な扉だ。
無駄な装飾はないが、どこかボスの威厳を感じられる扉だ。
扉を叩く。
コンコンコン
「失礼します。ザクロです」
「入って良いよ~」
いつも道理のボスの柔らかい声が答える。
ガチャ
「失礼します」
入る際もう1度言ってから入る。
ザクロはボスの座っているデスクの前に立った。横には一人、大柄で黒いスーツを着た、メガネをかけた男が立っている。
一応ボスSPとして雇われているが、侵入者なんて来ないからほとんどボスの給事係となっている。
主な仕事はボスに紅茶を注ぐことだ。
ボスはSPに少し微笑んで短く「ありがと」と言い、時計を見た。
そして俺の方を向いて感心したように言う。
「ザクロ君って、本当に真面目だよね。毎回時間ピッタリ!」
「当たり前ですよ、そんなこと。こんな当たり前なことも守れない者がここに居ますか?契約は暗殺者の基本です」
「あはは、まあいないよね〜」
ボスは微笑む。
「今日私を呼んだ理由は何でしょうか。仕事の事で呼ぶなんて珍しいですね」
だいぶ前の話だか、ボスはギルドに入ってから初めての俺の仕事を、異様に心配していた事があった。
誇れることではないが、俺はこのギルドに入るまえから殺しをして生きていた。
殺しで、というか殺しもだ。
そのお陰である程度の実力があったから何も心配は無いはずだ。
なのにボスは
「ザクロ君。本当に行っちゃうの?仕事なんて成人になってからでもいいんだよ?ね?」
とか甘いことを言っていた。
ギルドに加入することは許したのに、仕事させないとかおかしいだろ。
その時の俺が無茶苦茶に嫌がったからそれからは仕事の事では呼ばれなくなったというわけだ。
「うーん…」
ボスは少し真剣な顔をした。
常に笑顔を貼り付けているボスには珍しい。
笑顔を貼り付けているという言葉に決して他意はない。絶対に。
「今回のはちょっと特別だから失敗出来ない。まあ、失敗していい仕事なんて無いんだけどさ」
「はい」
さらっとこういうこと言うんだよな、この人。
「だから、コンビを組んで依頼をこなしてもらおうと思うんだ。」
コンビ?
今まで一人でやってきて、今更組む意味がわからないな。
そんな思いが顔に出てたのか、ボスは
「やだなぁザクロ君、君が失敗するなんて思ってないよ~」
と、笑いながら言ってくる。
思っていることが筒抜け…。
この人、読心術でも使えるんじゃないのか?やっぱり油断できない人だ。
「まあライム君も凄腕の暗殺者だから役に立つと思うんだ」
「はぁ…そうですか…」
「まあ、コンビを組むかどうかは別として」
いや、絶対組ませようとしてますよね。
「今ライム君は右の部屋にいるから。ね」
多分これは早く行けっていうことだろう。
「はい、失礼します」
ザクロは長い廊下を歩き出した。
その頃、
「楽しくなりそうだな〜♪」
と子供がイタズラを思い付いたような無邪気な笑顔でそう呟いた。
◆◆◆◆◆◆
『ライム』とはどんな奴だろう。
ボスは確か「ライム君」と呼んでいたから、多分男だろう。女だったら…うん。男と信じよう。
凄腕の暗殺者なんてボスはいっていたが実力はどれぐらいだろう。
あの人は仲間を過剰評価するところがあるからな。
まあ俺よりかは下なのはわかっているが、邪魔にならない程度に強くければ組む意味がないし。
そんなことを考えながら歩いていると隣の部屋に着いた。
一部屋ごとが大きいため、隣の部屋まで少し距離がある。
扉を叩く。
コンコンコン
「ボスから聞いているだろう。ザクロだ」
「ん。入れ」
ん?声が……?
!!?
【凄腕の暗殺者】ライムがいるはずの場所には、俺と同じ銀色の髪に翠の目をした五歳くらいのガキが居た。
頭の上の方で結んでいる長い髪は腰まで伸びている。
ボロボロのローブは身の丈に合わず少し引きずっている。
俺は夢を見ているのか…?
確かに声が幼いような気がしたが。
こいつは本当に『凄腕の暗殺者』なのか?
殺気を放っているところ以外は、どこから見てもただの小汚いガキなんだが。
「お前がザクロか。オレの仕事は邪魔するなよ」
……………はぁ?
今確かにこいつはこの俺に邪魔するなって言ったんだよな?
暗殺者 2匹の悪魔 猫姫 @nekohime
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