一章 命を奪われた者

窓から入る太陽の光、それは俺の意識を呼び起こした。


「……ん。」

太陽の光で起きたのは何年ぶり……いや十何年ぶりだろうか。ネトゲ廃人になってから朝も夜も関係なくゲームをし、寝たい時に寝ていた。もちろん、カーテンは締め切ったまま。

俺はベッドから身を起こし伸びをした。


「おはよ。ギンヤ。」

声がするほうを見ると、そこには私服姿のイオリがいた。


そうか……そう言えば、昨日イオリを連れて帰ってきたんだ。

「おはよー。イオ……ぐはっ!」

返事を返している最中、俺の腹部に強烈な痛みが走る。原因はイオリが俺の上に馬乗りをしていたからだ。


「いってー。なんだよ、いきなり……。」

「あんた!昨日私になにかした?!」

「…は?なにかしたってなにを?」

「なにをってそりゃ……。」

イオリの顔はリンゴみたいに真っ赤に染まっていた。


「……はっ。な、なんにもしてないぞ!」

俺はその様子から察し、即座に否定する。

「ほ、本当に?……本当に何もしてない?」

「ほ、ほ、ほほん、本当だよ。お、俺、あまり女の身体に興味無いっていうか、なんというか……ま、まぁ、少なくともお前の身体には興味無いから安心しろ!」

俺は焦りの余り自我を失い、何を言っているのか分からなくなってしまった。すると、イオリの体がプルプルと震え始めた。


「ん?どうかしたのか?」

俺が顔を覗かせると、

「サイテーッ!死んじまえッ!」

と叫んだ。

「は?なんでたよ!」

「うるっさい!」

イオリは俺の方へ手をかざした。


や、やばい。魔法を使う気だ。

「お、おい。イオリ、落ち着け。」

しかし、その願いは届かず……。


「─重力操作グラビティ・コントロール─」

魔法が唱えられた次の瞬間、俺の体は何かに押されるように床へと叩きつけられた。


重力操作グラビティ・コントロール

その名の通り、重力を自在に操ることが出来る魔法。

これは一般的に共有できる魔法だから誰しもが使える。しかし、解除する方法はその魔法をかけた本人じゃないとできないのだ。


「ぐあ……。」

息苦しい。このままだと死んでしまう……。


「今、あなたにかかってる重力は約100kgよ。『一般男性』だったらたいしたことないよ。」

イオリは笑みを浮かべ、『一般男性』のところを強調して、言葉を発した。


くそっ……。完、、全に、甘く見られてる、な。

一般男性?……ふざけるな。ろく、、に運動もしていない、、奴一般的な力なんて存在、、、すると思う、、か?


「イ…オリ……。魔法……を解除して…くれ。」

「ふんっ!」

イオリがパチンっと指を鳴らすと同時に俺の体は一気に軽くなった。


「はぁ……。」

女というものはよくわからん。「なにかした?」と聞かれて「何もしてない」って答えると、魔法で殺されそうになるって……。ここが日本だったら、軽く殺人未遂だわ。


「あっ、それよりお前。昨日の13万返せよ。」

「は、13万?何のこと?」

「しらばっくれんなよ。昨日の飯代、お前が酒ばっか飲んで寝ちまったから俺が払うはめになったんだよ。」

「ははっ、それは災難だったね。わかった。あとでちゃんと返すよ。それより、朝ごはん食べに行こっ!お腹空いちゃった。」

そう言ってイオリはさっさと出ていってしまった。

「お、おい!」


は〜、女って本当によくわかんねぇーな。

そう思いながら俺も部屋を後にした。

階段を降りると、受付には昨日と同様オーナーさんが立っていた。


「おはようございます。昨晩はよく寝れましたか?」

「あぁ、よく眠れたよ。これから朝飯を食べに行くところだ。」

「そうですか。それならこの宿をでて右側の通路にある『ミキシア』という店に行ってみてはいかがでしょう。あそこのモーニングセットはぽっぺが転げ落ちるほど美味しいですよ。」

「なるほど。ありがとうございます。行ってみます。」

俺はお礼をいうとオーナーの言われた道順通りに行き、『ミキシア』へと向かった。


「ここだな。」

店の雰囲気は……例えるならフランスにありそうな感じだ。まぁ、実際行ったことないから分かんないけど。

そう思いつつ、俺らは店の中に入り、案内された席へと着席した。


「すみません。モーニングセット2つください。」

俺が店員に注文し終わった後、イオリが

「あと、魔獣用の食べ物ってありますか?」

と言った。

「はい。ありますよ。」

店員は営業スマイル崩さず、質問に答える。

「じゃ、それ一つ追加で。」

「かしこまりました。」

店員は一礼し、奥の部屋へと消えていった。


「どうして魔獣用の食べ物なんか?」

「あれ?忘れたの?私の体の中にいる『者』の事を。」

「あぁ、鮮姫ブラッティ・クイーンの本体ね。」

「しっ。その言葉は禁物だよ。もし、バレちゃったらここら中大騒ぎになるから。」

そう言うと、イオリは席を立ち上がり

「中のものを出してくる。」

といいトイレへと向かった。


まったく、なぜイオリは魔獣を腹の中に閉まったのだろうか。普通なら呪文や札とかに封印するはずなのに……。あれじゃ、本当にとある虫使いだよ。あの姿はもう二度と見たくないから、なるべく追い詰められないようにがんばろっ。

俺は自分を応援した。するとイオリがトイレから戻ってきた。肩には例の黒い生物が乗っかっている。


「うぇ〜。いつもは画面越しで召喚してたけど、いざ生身で召喚してみるとかなり気持ち悪かったよ。」

イオリは席に座り、肩に乗った黒い生物をつけえの上

へと乗せた。


「そんな気持ち悪いこと報告しなくていいよ。それより、そいつ。名前なんていうの?」

俺は黒い生物を指で押し倒した。


「『コリュー』っていうの。変形型召喚魔獣。もちろん、私専用の魔獣オリジナルだよ。」

イオリは人差し指でコリューを撫でた。


「ふーん。俺も魔獣にしとけばよかったなぁ。」

俺がそう言うとバックの中から聞き覚えのある声が流れた。


『主ヨ。イマノ言葉、本当デスカ?』

エルラだった。

「げっ。エルラ、いつの間にいたのか!?」

エルラは剣から分立することが出来る。というか、エルラの本体は剣ではなくこの青い物体だ。


『エェ。モシモノコトガアッタラト思イマシテ…。ソノ予感ハ見事ニ当タリマシタネ。』

声しかないエルラだが、俺には分かる。エルラは今、冷たい表情で俺を見ている。


「ご、ごめんって……。俺の相棒はエルラだけだって。」

『ソノ言葉、シッカリト胸ニ焼キ付ケテオイテクダサイネ。』

そう言い終えると、エルラは喋らなくなった。


人工知能AI arme怖ぇ。」

「自分で作っておいて何言ってんのよ?そんな弱音吐いてると、いつかギンヤの言うことも聞かなくなっちゃったりして。」

「おいおいおい、恐ろしいこと言うなよ。もし、それが本当になったら、俺……。」

すると俺の言葉を遮るように、

「お待たせいたしました。モーニングセット2つと、こちら魔獣用のモーニングセットでございます。」

と店員が言うと注文の品を机の上に置き、再び奥の部屋に消えてった。


豪華な皿の上にはオムレツ(らしきもの)とフランスパン(らしきもの)、サラダ、肉が乗っかっていた。その横にはおそらく、野菜ジュースであろう物がワイングラスに入っていた。


「うわぁ。おいしそっ!」

イオリの方を見ると目をキラキラさせ、その皿の上に乗っかっている朝食を眺めていた。


「よし食べるか!」

「うん!はやくたべよっ!」

俺とイオリは胸のあたりで手を合わせ感謝の言葉を言う。


「「いただきます。」」


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「いやー、美味かったな。」

「うん!美味しかった〜。人生で初めてかも、あんな美味しいもの食べたの。」

朝食を食べ終え、俺とイオリは店を出て宿に戻る途中だった。


「最近、カップラーメンとかしか食べてなかったからなぁ〜。」

「それなぁ〜。それより、これからどうする?」

「そういえば、決めてなかったな。……うーん、とりあえずそこら辺の草むらにでも行って狩りでもする?それに、まだこの身になってからそんな戦闘経験無いわけだし、一応慣らしとして。」

「採用!そうしよう!」

それから数分後、宿に着きチェックアウトの準備をした。


「たった一日でしたが、お世話になりました。」

俺はオーナーさんに向かってお辞儀をする。

「いえいえ、またのご利用お待ちしております。」

オーナーさんはいつもと変わらない営業スマイルで俺達を見送った。


その後、イオリが狩りの前に街の店を見たいとかなんとかいって、とりあえず自由行動となった。


はぁー!やっと1人になれた!

俺は両腕を盛大に上げ体を伸ばす。


さてとっ。この世界に来て早くも2日目。不思議だよな、前の世界とは全く世界観とか生活習慣が違うはずなのに、まるで自分がずっと前からこの世界に住んでるかのように違和感を感じない。逆にしっくりし過ぎている。

俺はそう疑問を浮かべやながらとある場所に着いた。


そこは中心都市〈システレアス〉の中で人気の高い通り〈ザンリア〉だった。ここは主に家具などインテリアを扱う店がほとんどだ。


そういえば俺、この世界に移住したんだっけ。

俺は手を空中でスライドさせ画面をだし、持ち物をタップした。そこには[家一軒]と表示されている。


表示されているのは一軒家のみ……。てことは家具はないのか。うーん。見学ついでに買ってくか。

とりあえず家具を買うことにした俺は〈ザンリア〉通りへと足を踏み入れた。


商店街のように一直線に並んだ店。しかし、家具らしきものは何一つ置いていない。あるのは店の主だけ。


何も置いてない…。売り切れなのか?

そう思いつつ店の前に立ってみると、目の前に大きなパネルが映し出された。そこには


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カタログ一覧


・ソファ・椅子


・テーブル・サイドテーブル


・キッチン用品


・皿・グラス・フォーク[その他]

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と表示されていた。すると店の奥から

「いらっしゃい兄ちゃん。」

と初老の男が出てきた。


「あっ、ここの通りってみんなこういうシステム何ですか?」

俺が問うと店の男の表情が歪んだ。


「なぁに言ってんだい兄ちゃん。このシステムは全国共通だぞ。もしかして兄ちゃん、ど田舎から来たんかい?」

男は首をかしげた。


全国共通……!?ゲーム版にはそんなシステムなかったぞ。

ここでまた疑問が一つ増える。

『ゲーム版と異なったシステム』


「あ、そうなんです。実はさっきこの街に着いたばっかりなんで……ははっ。」

俺は笑って誤魔化そうと試みた。


「そうかい。それにしても兄ちゃん。田舎からに関しては凄い装備だね。」

男は俺の防具〈堕天〉をジロジロと見る。


うわぁ。考えてみれば確かに田舎から来た人がこんなド派手な装備してるわけないじゃん。

「こ、これ!親父からのプレゼントなんです!」

俺は適当な嘘をつく。


「ほぉ。それはそれは、さぞかし高級な装備を…。親から貰ったものは大切にしなさいよ。」

「は、はぁ……。」


はー、何とか騙せたぁ。

早くこの場から去りたかった俺は違う店に行こうとしたが……、

「おいおい。お前さん。私を呼んでおいて何も買っていかないとはどういう事かね?」

不幸なことにもなにか買わないとこの店を離れなくなってしまったようだ。


俺は再び店の前に戻り画面を出現させる。


「ここは主にモダン風のインテリアを扱っているんだよ。んー、兄ちゃんが好きそうなのは…………、あっ!これはどうだ?」

男が勧めてきたのはウッドギャラリー樹の『 美しいタモの木肘と和モダンな生地がおしゃれなソファ』と書かれた渋緑色のソファと『 タモ無垢材を使用し中心のガラスのデザインが個性的』と書かれた長方形の机だった。


二つ合わせて十六万円か……。ま、いいだろう。

「それでいいです。」

俺がそう言うと男は営業スマイルで

「まどあり!んじゃ、合計で十六万八千円だ。」

俺は男に金を渡し、買った家具を持ち物にしまってその場を去った。



∮イオリ・サオラオン


うわぁー。このアクセサリー可愛い!……げっ、これ十三万もするの!?高っけぇ。

私は〈パレルラ〉通りに来ていた。

〈パレルラ〉通りには女性専用の衣服やアクセサリーを扱う店が並んでいる。もちろん、ここにいる殆どの者が女性だ。まぁ……、そうじゃないのもいるが。

私は向かいの店にいる人物をみた。


「あらぁ〜。これ、いいデザインじゃない〜。」

そう、オカマだ。この時、私はこの世界にもオカマはいるんだと思った。

「お、お客様。ここは女性専用のお店でして……。」

店の人は当然のように困っている。

「あら!失礼しちゃうわね。あたしは女よ。お・ん・な!」

「いやぁ……。でも……。」

そのオカマの姿を見る限り到底、女には見えない。ごつい体に長い顔、その顎には青薄くヒゲが生えている。


はぁ、店員さんもお気の毒に……。何とかして上げたいけど、私には難易度が高すぎるから助けられないや。

私はそう思い、その場を去った。


その時だった。


「きゃぁぁぁぁぁあッ!」

突如大きな悲鳴が鳴り響いた。私はその声のした方を向く。


この方向は確か……、ザンネリア村方面だよな。


『緊急避難警報。緊急避難警報警報。』

〈パレルラ〉通りに女性のアナウンスが鳴り響く。

『西ゲートから中級モンスター多数出現。一般市民は直ちに避難してください。また、ランク30以上の冒険者は直ちに現場に急行してください。』


しばらくの沈黙。


「きゃぁぁぁぁぁあっ!」

「に、逃げろぉぉぉぉ!」

一気に大勢の人が都市の中心部へと走り出す。そして、当たり前のようにその通りには人がごった返し、身動きができない状態になっていた。

「早くいってよ!」

「いやだぁぁ。死にたくないぃぃ。」

急な出来事に発狂し、泣き出す人もいた。見る限り、付近に冒険者はいそうだった。


しゃーない。サクッと殺っちゃいましょうか。

私は両手を上に挙げ伸びをし体をほぐした。


この世界に来てからは初めての戦闘か……。うひっ、ちょっと興奮してきたかも。

私は不気味な笑みを浮かべた。そこで、私はさっきの言葉を思い出す。


あっ、『死にたくない』ってことはこの世界だとコンティニューとかないってことなのか。一度っきりの命……。一つとか辛いなぁ。


そう思いながらも私はタッチスクリーンを表示させ、『魔洸装まこうそう』を装備し、能力スキル『飛行』を使い空高く飛んだ。


あっ、そうだ。一応、ギンヤに応援に来てもらわないと。

私は召喚魔法で白鳩を呼び出し、伝言メッセージを足にくくりつけギンヤの元へと飛ばした。


本当は直接的に伝えた方が早いんだけど……。

地上では人々の悲鳴が鳴り止まない。

そんな余裕ないしな。ま、とりあえず現場に直行っ!

私は空を思いっきり蹴り悲鳴の上がった方へ向かった。


あっちの世界では人間が空を飛ぶ概念がなく、いつも地上を歩き回っていた。だがしかし、今、私は見ての通り空を飛んでいる。上から釣り上げるワイヤーもなければマジックでもない。自分の力で飛んでいるのだ。これほど清々しいものなんてない。さすが、異世界だ。いや……、元はゲームから誕生したのか?……ん、よくわかんなくなってきた……。まぁ、いいや。そんなことはあとで考えればいい。

そうこうしているうちに西ゲート方面へとたどり着いた。


「ぴぎゃぁあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

西ゲート広場前から聞こえるモンスターの悲鳴。見てみるとそこには先ほどのアナウンスと同様、中級モンスターが大量発生していた。


そこまでは、、、そこまではいつもの狩りと何も変わりはなかった。しかし……そのモンスターに近づいていくうちに私の脳裏に嫌な記憶が蘇る。


……っ!? グ…〈グリューター〉!?ど、どうしてこんなところに。


〈グリューター〉それは数年前、私を鮮姫ブラッティ・クイーンと化した原因の一つでもある厄介な人型モンスター。その姿は黒く、体の周りには禍々しいオーラを纏っている。そして1度倒しただけじゃ滅することはない特殊な能力スキル、自由自在に操られる人形〈フリー・メイデン〉。名の通り、こいつらは意のまま操られる召喚型モンスターなのだ。しかし……。


おかしい。確か〈グリューター〉は夜型〈ナイト〉にしか召喚型できないはず……。しかも、このおびただしい数を召喚するにはそれなりの代償が必要になる。


そう。固定内の召喚に対し固定外の召喚はいくつかの代償が伴う。(固定内…自分専用オリジナル 召喚魔 /固定外…その他)

例えでいうと、血。それをたくさん使えばその分だけモンスターが召喚できる。しかし、いくら人間じゃないとしてもこの数の血は用意出来ないはず、人間の平均血液は約五リットル。三分の一以上失うと生命の維持が難しくなるから、そこまで血は使えない。だとすると……、


まさか、生物を使ったのか……。


血を使わずにモンスターを召喚する方法はもうひとつある。それは……


────犠牲イケニエ────

生物の命を代償とする代わりにモンスターを召喚する。自分は怪我一つすることなく、他の生物を意味も無く殺し自分の支配下とする。これは運営が設定した方法ではない。何処かの国に住んでいる奴がOLTARLINEの制御装置をハッカーし、このシステムを導入したらしい……。その理由が『金が無いから』だとか。


ゲームとしてのOLTARLINEでは固定外召喚するには一体につき1000円~だった。それをゲーム場では『血』と略した。固定内に比べてみたらかなり安いほうだと思うのだが……、噂ではイスラムとかのヤバイ儀式をする連中がやったとか。まぁ、噂はあくまで噂。結局、真相は分からないまま闇の中へと消えていった。


「きゃぁぁぁぁぁッ!」

女性の悲鳴で我に返る。見ると〈グリューター〉の手にはその悲鳴を上げたと思われる女性が掴まれていた。私は腰に装備していた双剣 『臥凛がりん』を手に持つと女性をつかんでいる腕目掛けて斬りかかる。


ジャキンッ!

見事に腕は断ち切られ、ボトンと音を立て女性ごと地面へと落ちた。

「 ぐぎゃぁあぁああぁあっ !」

腕を斬られた痛みで暴れだす〈グリューター〉。

すると〈グリューター〉はそばにいた仲間に食いつき、増幅しだす。


やっぱり、あの時と同じだ。


〈グリューター〉の体が内部からボコボコと膨れ上がり角、翼、大きな爪、尻尾がはえ、中級人型モンスターから上級ドラゴンへと進化した。その展開は数年前と全く一緒だった。

あの時と同じ恐怖が実態として生まれる。なぜなら、このドラゴンは私の専門分野とする『魔法』が何一つ効かないからだ。『対魔法 ボディ』。私達、魔法使いが最も嫌う能力スキルだ。

あの時は、ゲームだった。けど今は違う…。これは現実なんだ。今になって『これが現実』ということに実感がわく。

そして……、


ドクン

心臓の音が体中に鳴り響く。

しまった……っ!!


──その恐怖は突如、『快楽』へと変わるのだ──


「イヒッ……イヒヒヒヒヒヒャッハハハハハハッ!」

自分でも解らないくらい笑いがとまらなくなる。

「最高じゃねぇか。現実世界で『殺し』ができるなんてよぉっ!イヒッ。」

おそかった……。この世界に来てから『あいつ』の存在を忘れていた。

『あいつ』とは今、表に出ている下劣な顔をした私のことである。私は『解離性同一性障害』という病気の持ち主だ。簡単に言うと『多重人格者』。ある事件を堺に私の中にもうひとりの自分が現れた。『もうひとりの自分』は『アオ』と名乗った。『アオ』はとても危険な存在だ。前に一度、あっちの世界で人を一人殺している。その光景は恐ろしかった。逃げている被害者の肩を掴み、腹の真ん中に包丁を何度も突き刺す。指す事に傷口から血が溢れ出し、返り血を浴びた。体の命令は『アオ』が出しているのに視界は『アオ』と私、どっちとも見えるようになっている。全く嫌な記憶だ。その後本体は私だから当たり前のように逮捕された。しかし、精神検査を受けたところ『解離性同一性障害』ということが判明され、私への罪はなかった。裁判所は私を無罪にする代わりに『アオ』を私の心の奥に封印することを強いられた。それに承諾した私は研究者の人にこう言われたのだ。「『そいつ』の力は強力すぎて封印しきれなかった。だからせめてもの思いで伝えておく。『そいつ』の元は『恐怖』だ。だから君が『恐怖』を感じたとき『そいつ』が復活することを忘れないでね。」そう言われたのだった。そして今、私の『恐怖』が最高に足した瞬間、『アオ』は長い封印から解き放たれたのだ。


「今まではずっーとゲームの中で我慢してたけど、とうとう私も異世界デビューか。ハッ、ったくおせーつーの。」

そろそろ、やばいな。はやく、こいつをしまいこまないと……。

(あ''ぁ?しまいこむだと?そんなことさせると思ってんのか?)

お願い。今は君の出番ではないの。ここは大人しく引き下がって。

(うっせー。俺はずーっとお前の中に閉じ込められてたんだ。なら、次はお前が閉じ込められる番じゃねぇの?)

……。

私は何も言えなかった。

(ハッ。俺が生まれたのも全て、お前が弱いからだ。お前が強ければ、俺は生まれてこなかった。だから、攻めるなら自分を攻めろ。『あの時』何も出来なかった自分をよッ!)

そういうと『アオ』は走り出し、凶暴化した〈グリューター〉の元へ走っていく。


「おりゃぁ!!!!!」

強烈な右パンチが〈グリューター〉を襲う。

「ぐぎゃあ''ぁ!」

ダメージが通った。専門を魔法とした体だが、どうやら『アオ』は武力を専門とするようだ。さらにもう一発、二発とパンチを繰り返す。そして、〈グリューター〉の左翼を掴み驚異な力でひきちぎる。その光景はまるで、あの時の記憶とそっくりだった。


狭くて暗くて肌寒い部屋。それはまるで監獄のようにも思えた。幼かった私に突如降り注いだ不幸の雨。何日も、何年も私はその暗い部屋にいた。ある日、開かなかったドアが開いたと思ったらそこには知らない人がいた。その人は手に何かを持ちながらゼーハーゼーハーと息を荒らげていた。そして、外から差し込む光でその手に持っているものの正体が分かった。


───『包丁』だった───


その瞬間、私の中にあった『恐怖』が一気に増大し呼吸すら出来なくなる。『私、殺されるんだ。』って思った。でもそれ以上に『死にたくない。』って気持ちの方が大きかった。その時だったのだ。私の頭に謎の声が響く。


──お前は弱い──

その声と同時に私の意識は深い闇へと消えた。

次に目を開けた時には外に立っていた。空を見上げると一面に雲が広がり、今にも雨が降りそうだった。前に歩こうとすると、足で何かを蹴りあげた。ふと、足元を見ると……。


「ひっ……。」

人が、胴体と頭のみの人が倒れていたのだ。しかもその人の周りには手や足など体の一部が散らばっていた。あまりの出来事に顔を塞ごうとするが、自分の手を見てさらに驚愕する。

「なによ……。これ」

自分の手は真っ赤に染まっていたのだ。

これ、私が殺ったの……?

そう思った瞬間、私の意識は再び深い闇へと突き落とされた。それからはさっき、話したとおりだ。裁判で私は無罪になるため『アオ』を心の奥にしまい込んだ。はるか昔の嫌な記憶。出来れば一生思い出したくなかった。

すると突如、脳内にメッセージが流れ始めた。それは研究所からだった。

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─────────────────────────

私はその内容に驚愕する。

研究所の人たちはこのことが起こるとわかっていたのか。

そこで私はある研究員の言葉を思い出す。


「全ては私の想定内だ。」


まさか、私がこの世界にくるってのも想定内だったとは……。流石に怖いわ。

そう思いながらも私はメッセージに書いてあったとおりに従う。



操作コントロールをこっちに渡すつもりは無いんだね。

私は『アオ』に話しかける。

(あたりめーだろ。やっと拘束から解き放たれたんだ。自由に暴れ回ってやるよ。)

そう。なら残念だ。

(あ?どういう意味だ。)

研究所の人たちが何も対策なしに私を放ったらかしにするとでも?

(どういうことだ……ッ!?)

突如、何者かが私の頭をつかみ強く地面へと叩きつけた。

「お待たせしました、イオリ様!」

そこには赤い目にシュッとした顔立ちで執事の格好をした男性がいた。 そう、彼こそが研究所の奥の手、ハイシュ・バナード。元の名を[コリュー]という。彼には様々なプログラムが埋め込まれており、もし『アオ』が目覚めた時には変形型から人型へと 変更されるようになり、封印する能力スキルを所持している。


『─────黒き者に天罰を─────』

そのハイシュの一言で『アオ』は苦しみ出す。


(チクショウ……。これも全てあいつらの作戦のうちだったのかよ。)

そうだ。私が君に負けたとしても、君は彼らには勝てない。

(まだ……だ。まだ諦めねぇからな。)

そう言うと同時に体全体が一気に重くなった。それは『アオ』が封印され、体の主導権が私に戻ったという証拠だった。


「はぁ、ひどい目にあった。」

「そうですね。」

横からハイシュがひょこっと顔をのぞかせた。

「ありがと、ハイシュ。」

「いえいえ、イオリ様。主がピンチになっている時に助けるのは当たり前でございます。」

それにしてもなんで執事服なのだろうか。元の姿が黒だったからかな?

「あの、イオリ様。お疲れの所大変申し訳ないのですが……。」

ハイシュは気まずそうにある方向を向く。私も釣られ、そこ方向を向き思い出す。自分がここに来た理由を。

「あっ…。そういえば、まだ倒してないんだった。」

その巨体は先ほど片翼をちぎられた〈グリューター〉だ。『アオ』という予想外の展開によって私の頭からその存在のことを忘れていた。


「ぴぎゃあぁああぁああぁッ!」

〈グリューター〉が咆哮すると周りに散らばっていた死体が黒い何かに包まれる。

ん?なんだ。

するとその黒い何かはいっせいに〈グリューター〉の元へ飛んでいき、吸収されていく。次第にそいつの体はどんどんデカくなっていき、先ほどちぎられた翼も再生して元通りになっていた。体の周りには赤いオーラを纏っていて、もはや〈グリューター〉そのものの原型をとどめていなかった。

げっ……。さらに強くなってるし。……ちっ。こうなったらコイツを操作してる指導者を叩いた方が手っ取り早い。

「ハイシュ。ここから半径500m圏内の生命反応は?」

私とハイシュ以外はみな避難して都市の中央へと向かったはず……。ここから中央までは約1kmだから、奴は必ずこの付近の何処かでコイツを操作してるに違いない。

「イオリ様。ここから上空、5000フィートに複数の生命反応です。」

「は?ご、5000フィート!?」

あまりにも予想外過ぎて、私は言葉を失う。

5000……。つまり1.5km上にコイツを操作してると思われる人物がいる。だとすると、相手は相当手強い。通常の範囲内は約100m~500mだ。しかし、それを超えるとなるとかなりの体力が消費されると思われる。代償イケニエを使っても、だ。

私は〈グリューター〉を見る。

見たところ、まだ完全に吸収は終わっていない。なら攻めるなら今のうちに……。

足に力を入れ、再び能力スキル『飛行』を使い空高く舞い上がる。

この速さだとあと二分くらいで目標ターゲットに追いつく。

すると、

『イオリ様!緊急事態です。』

ハイシュの声が脳内に響き渡る。

「どうしたの?」

『〈グリューター〉がイオリ様の後を追いかけ始めました!』

「へ!?吸収はまだ終わってないよね?」

『いえ、それが……、イオリ様が飛び立った瞬間、吸収のスピードが上がり……。』

ちっ……。めんどくさいことになったな。

「わかった。教えてくれて、ありがとう。」

『ご健闘をお祈りいたします。』


私は後ろを振り向く。すると〈グリューター〉らしき物体がものすごい勢いでこちらに近づいてくるのを肉眼で確認した。

やばい。このままじゃ、追いつかれる。

私はすぐに前を向き、速度を速くする。

「ぴぎゃあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

後ろからどんどん鳴き声が迫ってくるのがわかる。焦りがます中、私は目撃した。ここからはまだ遠いが空に人影らしき物体が三人ほど見られた。すると、奴らも気づいたのか私の方を向くと無言で手を振ってきた。それはまるで『ばいばい。』とお別れをしているかのようにも思えた。その刹那、世界が一瞬モノクロと化した。

なっ、体が……いうこと聞かない!?

体の機能を全て失った私は重力の赴くまま地上へと落下していく。そして、目の前に現れたのは私のあとを追ってきた〈グリューター〉。

しまった!……くそっ、これは奴の罠だったのか。しくった、よりによってハイシュは飛行能力を備えていない。

すると〈グリューター〉はそのでかい身体から生えた長い尻尾で私の体を地上に叩き落とそうとした、その時だった。私の体が何者かによって支えられた。


「おりゃあ''ぁぁッ!」

ザシュッ!

私の目の前に突如、謎の人影が現れた。その姿は太陽の光による逆光でよく見えなかった。だが、次の瞬間その人影が持っている武器でその人影の正体が分かった。薄く緑色の刃に青い石……、その剣には見覚えがあった。

「ギンヤッ!?」

「遅くなってごめん!」

そう、私の体を支え〈グリューター〉の尻尾を切断したのはギンヤだった。ギンヤは建物の屋に着地すると私の体を寄りかかれる場所へと置いた。

「魔法は解除されているから動けないことはない。だけど、今のイオリにはもう戦う力はないだろう。」

「どうして……?」

「そんなの、イオリの姿を見ればすぐにわかるよ。この建物に外からの衝撃を防ぐ結界を貼っておいたからここでじっとしてて。」

そう言い残してギンヤは屋上から飛び降りた。

「私、怪我してないんだけどな……。ははっ。」

そう言ったが、私はギンヤが来た安心感なのかふと気がついた時にはもう暗い世界の中に引きずり込まれていた。



∮ギンヤ・ユイシロ


時間は数十分前に遡る。

んじゃ、そろそろ帰りますか。

俺がイオリに連絡をしようとした時…。


『緊急避難警報。緊急避難警報警報。西ゲートから中級モンスター多数出現。一般市民は直ちに避難してください。また、ランク30以上の冒険者は直ちに現場に急行してください。』

女性声のアナウンスが街中に響き渡る。

西って……。確かイオリが向かった〈パレルラ〉通りがあるところじゃないか!イオリ大丈夫なのか……?

俺がいるところは東方面。西方面に行くには最速で行っても十何分はかかる。……でも、ランク200のあいつなら中級のモンスターくらい楽勝なんじゃないか?

俺が迷ってると上空から……。

バサッ

一羽の白鳩が舞い降りてきた。

あれは伝言メッセージ用の鳩。まさか、イオリからか!

俺はその白鳩を捕まえ、タッチスクリーンを表示する。そこには

────────────────────────

ギンヤ、今すぐに西方面ゲートに来て。

────────────────────────

と書いてあった。これだけなら電話で伝えろよと思うが、それほどあっちでは大パニックが起こっているのだろうと察する。

やはり、行かないといけないのか。

俺はあいにく飛行能力を持っていないため、現地まで走らなければならない。

指をスライドし、画面を表示。防具『堕天』を装備する。そして足に力を入れ、能力スキル〈瞬足〉を使い地面と平行に走る。この世界に来てから、この能力スキルは1回、一瞬だけ使ったことしかなかったから予想外の速さに驚いた。

うわっ、意外と速いんだな。てか、俺は今からモンスターと戦うことになるんだよな。

あの宿の時は魔法を出すだけだったが、今度はそうはいかない。ずっとキーボードで操作してたから、実際「本当に戦えるのだろうか」と思っている。運動も外出もしない日々が続いたこの体で大丈夫なのだろうか。

そう迷っていると。

『ギンヤ様、上空から生命反応アリ!数ハ……ッ!?20デス…。』

「へ?」

俺は一度立ち止まり、空を見上げる。すると上から、黒くて人の形をしたモンスターが腕を開いて地上へ降りてきた。運悪く、そいつらが落ちてきたのは避難場所とされている街の中心部だった。一般人が何千といるなか、次々とモンスターが地面に着地する。

『モンスター名〈グリューター〉。別名、自由自在に操られる人形フリー・メイデン能力スキル、対魔法 ボディ。』

対魔法……。てことは魔法専門のイオリは相当手こずってるだろう。早くコイツらを倒さないと…。

幸運なことに俺は物理専門だ。

『アトモウ一ツ。ヤツラハ不死身ノ能力スキルヲ所持シテイマス。』

「不死身……?でも能力スキルってことはお前の能力スキル無効化を使えばどってことないだろ?」

[エルラ]の能力スキル、それは『能力スキル無効化』。名の通り、全ての、能力スキルに対して発動が出来なくなるというものだ。もちろん、固定外オリジナルだ。

『エェ。私ノ能力スキルヲ使エバ、一発デ倒セマス。デスガ、コイツラハ召喚型デス。コイツラノ主導者ヲ叩カナイト何回モ召喚サレマス。』

「でも、そんなに召喚したら身が持たないんじゃないか?」

『オソラク、代償イケニエヲ使ッタノデハナイカト……。』

代償イケニエか……。こりゃ、面倒なことになりそうだな。」

『コイツラハ中級モンスターデス。辺リヲ調ベタトコロランク30以上ノ冒険者ハ多数イマス。ココハ彼ラニ任セテ、一刻モハヤクイオリ様ノモトニ行キマショウ

。』

「……いや。それも一理あるが、何か嫌な予感がするんだ。今ここにいるモンスターを倒してモンスター侵入阻止の結界を張れば応急処置程度は出来るんじゃないか?」

『マッタク、相変ワラズギンヤ様ハオ人ヨシデスネ。ドウナッテモ知リマセンヨ。』

「あぁ、わかってる。」

数は23匹。んー、ササッといけば5秒で片付けられるな。

俺は戦闘の体制に入る。

「エルラ。」

その名を呼ぶと青白い光が剣を包んだ。

能力スキルヲ発動シマス。』

そう言い終わった時にはもう俺の体は一番近くにいた〈グリューター〉に斬りかかっていた。そして、そいつが地面に倒れる間に……、

ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ、ザシュッ……。

その場にいた〈グリューター〉を全て倒しきっていた。

「案外、早く終わったな。……ん?」

俺はそばに倒れていた〈グリューター〉に目をやる。

コイツ、何か持ってるな……。もしかしたらアイテムか?

そう思い、そいつが手に持ってたものを取ってみると。

「……!?これは。」

それは写真だった。真ん中に子供が二人並んでいてその横には親らしき者が満面の笑みで立っていた。よくある家族の写真だ。

「コイツらは召喚されたモンスターじゃなかったのか……?」

『ギンヤ様ハ知ラナイノデスカ?代償イケニエトイウ方法ヲ。』

「イケニエ?」

『ドウヤラ生物ノ命ヲ使ッテ召喚ヲ行ウミタイデスヨ。』

「それじゃ、こいつらは元々はそこら辺にいる連中と同じ一般人だったのか?」

『恐ラクハ、ソウ思ワレマス。』

なんだよ……それ。……そんなのあんまりじゃないか。

『ギンヤ様。今、コウシテイルウチニモイオリ様ハ戦ッテイルノデスヨ?早ク、結界ヲ貼ッテクダサイ。』

「あ、あぁ。わかった。」

俺はむしゃくしゃした気持ちを抑え、街の中心部全体に結界を貼りその場を後にした。


『イオリ様ガイル場所マデアト100mです。』

だいぶ、人が少なくなってきたな。

辺りを見回していると。

「ぴぎゃあぁああぁぁぁぁぁぁぁぁッ!」

得体の知れない咆哮、街全体に鳴り響く。

「な、なんだ!?」

すると建物の隙間からその咆哮の持ち主と思われるモンスターの尻尾が見えた。

うっわ……なにあれ。デカくね?

『アレハ〈グリューター〉デスネ。』

「は!?あれがさっき戦ったのと同じやつなのか!?」

全然形が違うじゃないか。

『進化シタノデハナイカト思イマス。私ノ目ニ狂イハアリマセン。』

「そ、そうなのか。」

今からあれと戦うのか……ってあれ?

俺は人らしき者がものすごい勢いで飛んでいくのを目撃した。

「あれってまさか…。」

『イオリ様デス!ソレト……、上空5000フィートニ生命反応アリ!』

「イオリはそれに向かっているのか !?」

『ハイ。恐ラク、コノ騒動ノ原因ハソイツデハナイカト。』

するとイオリの後を追っていくように〈グリューター〉が翼を広げて飛びったった。

おいおいおいおい!あれ、やばいんじゃないか!?

見る感じ、〈グリューター〉の方がスピードが速かった。あれだとすぐに追いつかれる。しかし、自分には飛行能力が備えられていない。俺は足に力を入れると近くの建物の屋上までジャンプした。

「あれも代償イケニエで召喚されたもんなんか?」

『ソウデスネ。無数ノ〈グリューター〉ガ合ワサッタモノニナリマス。』

無性に心が悲しくなった。

あいつらはあんな姿になる為に生まれてきたわけじゃないのにな。

「あいつらに自我はないのか?」

『ハイ。一応、代償イケニエデスノデ。指導者ノ思ウガママ操ラレソノ生涯ヲ終エマス。』

「そうか。」

俺はこの騒動の主導者が許せなかった。意味もなく、一般人を自分ために殺し、支配下とする。そして、そいつらをまるでロボットのように操り近くの街に放つ。損な行為が許されるのだろうか。……まぁ、引きこもりだった俺がいっても説得力ないか。

そう思っていると……。

『ギンヤ様!イオリ様ノ様子ガ!』

ハッと我に返り イオリの方を見てみると。

「……!?」

イオリの体は時を止めたように動かず、そのまま地面の方に急速落下していく。

あれは魔法か!?

「イオリッ!!!!!」

大声で叫ぶがその声はイオリには届かなかった。

くっそ。飛行能力があれば……。

すると先ほどイオリの後を追っていた〈グリューター〉がとうとうイオリにたどり着いてしまった。頭をフル回転させ、イオリを助ける方法を考えた。

はっ……、これならイオリを。

俺は屋上の隅まで走り、呼吸を整えた。

ここから能力スキル『瞬足』で助走して飛んだらもしかしたらあの距離まで届くかもしれない。

そう思い、俺は勢いよく走り出す。そして、端っこまで来た瞬間、三段跳のように勢い良くジャンプした。結界は予想通りうまくいき、イオリが落ちてくる場所もあっていた。すると、〈グリューター〉はデカくて太い尻尾をイオリに当てようとしていた。

このままじゃ、俺諸共イオリは叩き落とされてしまう。

俺は背中にさしてある[エルラ]を手に取った。

ならば、切り落とすしかないッ!

そう思い見事イオリをキャッチし降りかかった尻尾を切断することに成功した。

「ギンヤッ!?」

イオリは驚いた顔をした。

いやいや、お前が読んだんだろ。まぁ、一応こういっておくか。

「遅くなってごめん!」

俺はそう言うと、先ほど自分がジャンプした建物に着地した。

どこか寄りかかれる場所はと……、あった。

俺はイオリを抱えたまま、その場所へ行きそっとその身を置いた。

どうしよう。かける言葉が見つからない……。こういう時って、どう話しかけたらいいのかな。

そう迷っていても時間の無駄だと思った俺は振り切ってこう言った。

「魔法は解除されているから動けないことはない。だけど、今のイオリにはもう戦う力はないだろう。」

よし、こう言っとけばどうにかなるだろう。

しかし…。

「どうして……?」

イオリの発する言葉に身が固まってしまった。

えっ、俺なんかおかしいことでも言ったかな……?んー、もういいや。また適当に返せばどうにかなるだろ。

「そんなの、イオリの姿を見ればすぐにわかるよ。この建物に外からの衝撃を防ぐ結界を貼っておいたからここでじっとしてて。」

そう言うと俺はすぐさま、その場を離れ〈グリューター〉の元へ向かった。


しっかし、本当にデカイな……。

「おい、[エルラ]。アイツのレベルは?」

『オヨソ120ッテトコロデス。』

ひゃ、120!?それじゃ、ほぼラスボスと変わりない強さじゃん。

「勝てるのか?」

『ハイ。勝テル確率ハホボ100%ト言ッテモ過言ハアリセン。』

「え、?何故そんな確信を持てるんだ?アイツのレベルは120なんだろ?」

『トイッテモ、アイツノレベルノ殆ドハ能力スキルノ不死身デス。ソコヲ除ケバ50未満デス。』

なるほど……。案外、弱いんだな。

すると横から、

「数時間ぶりですね、ギンヤ様。」

黒いスーツに身を包んだ執事らしき人物が挨拶をしてきた。

「だ、誰??」

俺はそんなやつに見覚えはなかった。

「私、イオリ様の召喚魔のハイシュと申します。元の名をコリューと申します。」

「コ、コリュー!?あのちっちゃい変形型召喚魔の!?」

「はい、今は人型召喚魔に変えられました。それより、ギンヤ様。私に手伝えることはありませんか?」

手伝えることか……。アイツは俺一人で充分だしなぁ。

「イオリのところに行ってやってくれ。」

「え?」

ハイシュはてっきり、討伐を手伝って欲しいと言われるのだろうと思ったのだろうか、間を丸くし驚いた顔をした。

「はい。かしこまりました。」

しかし読み込みが早く、ハイシュはイオリの元へと走り去っていった。


ハイシュか。かなりイケメンだったな。アニメキャラとかだったら腐女子どもがキャーキャー喚くほどだぜ。

何故かちょっと嫉妬している俺だったが、そんな気持ちもすぐに吹き飛んだ。

「ぴぎゃあぁああぁぁぁぁぁぁッ!」

先ほど尻尾を切られたせいか、興奮状態に陥っていた。あれが代償イケニエで犠牲になった者たちだったなら……。

「痛いよな。すぐに楽にしてやるよ。」

俺は剣を構え魔法を唱える。


「──悪に染まりし邪悪な魂よ。その魂打ち祓わんとして今ここに封印するべく我の手により安らかな眠りにつけ──」

深呼吸をする。すると剣が青く燃え光り、俺の足元には魔法陣が展開された。

「我龍蒼琉剣 《がりゅうそうりゅうけん》 ッ!」

その刹那、魔法陣から青い炎が溢れ出し俺の体を包み込んだ。

狙いは心臓コアがある胸。……行けるッ!

俺は狙いを定めて走り出す。〈グリューター〉は阻止しようといくつもの魔法を飛ばしてくる。しかし、俺には効かない。今、俺の体の周りに纏ってる炎がすべての魔法から守ってくれている。そして……、

「燃えろぉぉおおぉぉおぉッ!!!!!!!!」

俺は胸部分目掛けて[エルラ]を突き刺した。刹那、胸部中心に青い炎が燃え広がり、〈グリューター〉の全身を包み込んだ。

「ぐぎゃあ''ぁあぁぁあぁぁぁぁ…。」

身が燃え、消滅していく中、中心部に緑色の球体があるのを確認した。

心臓コア…。

俺はそれに近づき触れた。


「――聖なる魂に安らかなる眠りを――」


すると心臓コアは激しい光を放ち砕け散った。

「これで本当に良かったのかな。」

俺は空を見上げてつぶやいた。

『ソレハ、ドウイウ意味デスカ?』

「いや、彼らを助ける方法はなかったのかなって。」

不可能なことはわかっていた。ただ、もし一つでも希望のぞみがあるとしたら……って。

『ソレハ絶対ニ不可能ナコトデス。モシ、ソノヨウナ方法ガアルトイウコトハ、『死人ヲ生キカエラセル』魔法ヲ手ニ入レルトイウコトヲ指シマス。ソレハ決シテ存在シテハナラナイ魔法デスカラ、厳シク処罰サレル可能性ガアリマス。』

「……。」

俺は何も言わなかった。いや、何も言えなかった。

こんなにも身近な『死』を体験するのはこれが【二度目】だ。一度目の時と同じく、その『死』はあまりにも残酷で、あまりにも悲しかった。胸の奥が苦しくなり、今にも押しつぶされそうだった。

「咲夢……。」

俺はある人物の名を口にする。

「あいつが生きてたら今は16歳か。高校生……。」

脳裏にある言葉が浮かぶ。


――『私、高校生になったら青春を満喫したい!』――


お前の……、楽しみだったモンを…俺は奪ってしまった。

涙がぼろぼろ出てくる。

『ギンヤ様、ドウシタノデスカ?』

[エルラ]はロボット声ながら心配そうに声をかけた。

「あっ。」

俺はあわてて涙を拭き取る。

「い、いや。何でもない。」

俺は[エルラ]をしまうとイオリのいる場所へと走った。



∮イオリ・サオラオン


「イ⋯ま!⋯⋯リ様!」

誰かが私の名前を連呼する。

この声はハイシュ……?

私はゆっくりと目を開けた。そこにはハイシュとギンヤの姿が見えた。

「大丈夫かー?」

ボロボロ姿のギンヤは私の頭を突っつく。

「普通、気絶してた人の頭突っつかないでしょ。それより、そっちこそ大丈夫なの?見た目、なんか漕げてるけど。」

私は起き上がる。

「いやー、〈グリューター〉倒す時に使った魔法が意外と強力でさ。相手どころか自分まで焦がしちゃったよ。あはははは。」

引きつった顔でギンヤは笑うが私は驚愕した。

「……え、倒したの?」

ありえない。相手を魔法で倒しただなんて……。だって、奴は『対魔法 ボディ』なはず。

「うん。確かに相手は『対魔法 ボディ』を持っていた。だが、[エルラ]の能力スキルは『能力スキル無効化』。どんな能力スキルだって、コイツの能力スキルを使えばどうってことない。」

私は唖然する。

「そ、それただのチートってやつじゃない?」

「それを言われちゃ、何も言い返せないな。でも『なんでもあり』なんだからいいじゃないか。」

開き直るギンヤに私は呆れる。

「まぁ、今回はその能力スキルのおかげってことで良しとしよう。」

私は立ち上がり、体を伸ばす。

「で、これからどうする?」

「んー、そうだなぁ。」

そう私達が悩んでいると……。


「やぁ!君たちがあっちの世界からきた者達だね?」

声がするほうを向くとそこには

「こ、子供?」

見た目、10歳前後の少女がたっていた。 そして次の瞬間、彼女が発した言葉に私達は衝撃を受ける。


「僕はイヴ!この世界の創設者なんだ♪」

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OLTARLINE あず @azu0503

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