エピローグ

「ねえ、ニカイドウさん。ミナバさん貸してよ」

「いいけど高いぞ……そういやあいつ今日どこ行ったんだ?」

意味深に笑い、イリヤは長い髪に櫛を通した。

「アハハ、さあね。報酬いくら? っていうか払えないから現物でいい?」

イリヤは櫛を放り、ニカイドウへ平たいボール箱を投げ渡した。ニカイドウはよろめく。

「重っ、なんだこれ」

「開けてみてよ」

片肘をついたイリヤが促す。ニカイドウは従った。

「……は?」

「着替えて」

ボール箱の中身は三つ揃いのスーツだった。



三十分後、ニカイドウは高光度太陽ランプの下にいた。

「は?」

「俺の職業聞いたよな? 俺の名前はイリヤ。歌姫イリヤ、稀代の天才歌手とは俺のことだ」

「……は?」

ルーバーの下に、涼やかな風が通り抜けていく。

「茶会に参加したいって言ってたよな。ニカイドウサンのために来賓席用意したんだ。俺のステージ聞いてってくれよ」

状況に理解が付いてこず、ニカイドウは固まっていた。そうこうしていると進行役らしき人間からイリヤが呼ばれた。

「わかった! すぐいく!」

イリヤは振り向き、ちらりとニカイドウを見た。目をきょろきょろと動かし、少し恥ずかしそうに口を開いた。

「ニカイドウサン、その、あの時はアリガトウ。俺にできる恩返しなんてこれくらいしかないけど……楽しんでってくれよな」

イリヤはそう言って、照れくさそうに頬をかいた。

「じゃあ、またあとで!」

そう言い残して、イリヤは駆け出していく。ステージの上で朗々と話すイリヤを、ニカイドウは茫然と眺めていた。


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雨天暗黒地下街 佳原雪 @setsu_yosihara

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