その5

「――はっ!」


 再び目覚めた時、Cは自分が家の中のベッドにいる事に気づきました。そう、朝日と共に彼は元のマンションに戻っていたのです。

 いえ、もしかしたらずっとここにいて、今までの「ソメイヨシノの精霊」というのは夢だったのかもしれない、と彼は考え始めました。そうでしょう、突然精霊が現れ、自分が大好きだという都合の良い展開、おとぎ話でしか考えられません。



「……でも、良い夢だったなぁ……」


 また今日もサークルに行けば、先輩や同級生たちにこき使われる日々が待っているでしょう。でも、そんな中でもこうやって幸せを見つけられるだけでも彼は自分が幸福であると感じていました。まだ自分にそのような事を考えられる余裕がある、と言う少々悲観的な思想でしたが。

 とは言え、今日は休日ではありません。早めに起きて大学にいって勉強をし、講義に備えないといけません。ゆっくりとベッドから目覚めた彼でしたが、ふと近くにあった姿見を見た時、彼は驚きました。


「……え!?」


 Cの頬に、まるで桜の花びらのような模様がいくつもついていたのです。

 急いでふき取ってしまったため、じっくり見ることは出来ませんでしたが、このようなものを自分が付けた覚えはありません。一体どういうことなのでしょうか。もしかして――。


「……あ、あれ……」


 ――そしてCは、キッチンから美味しそうな香りと賑やかな音が聞こえていることに気がつきました。

 恐る恐るドアを開け、キッチンの中を見た彼から、あっという間に眠気が吹き飛んでしまいました。


『『『『『『『『『『『『『『『『おはよう、C君♪』』』』』』』』』』』』』』』』…


 お揃いの白いワンピースに桜色のエプロンを付けた、桜色の髪の美女が何十人も集まり、笑顔で料理を作っていたのです。

 そう、彼の頬にたくさんの桜模様――ソメイヨシノの花びらに似た口づけをつけ、彼を公園から家まで送り届けたのは他でもない彼女たちでした。


『『『『『『『『『『『『『『『『C君、これからよろしくね♪』』』』』』』』』』』』』』』』…


 昨日の出来事は夢ではなく、全て現実だったのです!


~~~~~~~~~~~~~


「お、あそこにCがいるじゃん♪」「じゃあ早速……」


 ここは桜並木が彩る街の大通り。件のサークルの面々が、一人で歩くCの姿を見つけました。

 早速いつも通りに彼を呼び止め、色々と使い走りにさせようとした、その時でした。

 

『『『『『『『『『『『『『『『『おーいCくーん♪』』』』』』』』』』』』』』』』…


 彼らの声は、突然あちこちの桜――ソメイヨシノの並木から次々と現れた、全く同じ姿形の美女の大群に遮られてしまいました。


「な、なんじゃありゃ……」「し、知らねえよ……」


 お揃いのワンピースとカーディガンに身を包み、全く同じ桜色の髪をした大量の美女の大群とにこやかに話すCを、彼らは唖然として見守るしか出来ませんでした。数の暴力を使ってきた彼らでも、何百人も一斉に同じ姿形の美女が相手ではどうにも出来なかったのです。


 一方、彼女たち――この桜並木や公園、大学の敷地内など、街のあちこちのソメイヨシノから現れた精霊たちは、今日の講義が終わった自らの恋人であるC君と一緒に、デートを楽しんでいました。


『『小テストの成績上がったんだって?』』

『『凄いじゃーん♪』』

『『先生が言ってるのを聞いちゃったよー♪』』


「い、いえ……ソメイヨシノの皆さんのお陰ですよ……」


 彼の言うとおり、何十年も同じ遺伝子を繋ぎ続けているソメイヨシノたちの教えは、とても有意義なものでした。まるでお姉さんや先生のように勉強を教えてもらい、難しい知識も分かりやすく説明してくれた結果、Cは少しづつ実力が上がってきたのです。そして、同時に大量の彼女たちと暮らす中で、彼は次第に自分の意志をしっかり持つ事の大切さも学んでいきました。今回も、大量の精霊に褒められつつもしっかりと感謝の気持ちを伝える事が出来たのです。


『あのサークル、そろそろ潰すって話も聞いたよー』

『あ、やっぱり潰すの?』

『遊んでばかりだもん。活動報告全然出してないし』

『良かったね、C君が抜けて』


「そうかもしれないですね……多分、僕があのサークルの全部を担ってましたから……」


 そんな他愛も無い会話をしていた彼らは、今回のデートの目的地である町外れの公園に着きました。そこで待っていたのは――。

 

『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『『やっほー♪』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』』…


 ――彼に会えるのを楽しみに待っていた、数え切れないほどのソメイヨシノの精霊でした。


「こ、こんにちは……」

 

 何時もの事ながら、大量に増えた同じ姿形の恋人に囲まれるというのは慣れないもので、今日も彼は顔を真っ赤にしてしまいました。でも、その顔には恥ずかしさよりも嬉しさが多くにじみ出ていました。もうCは昔の不幸なCではありません、たくさんの恋人を持つ、充実した生活を送る存在になったのです。

 そして、無数のソメイヨシノの精霊の元に行こうとした時、Cはある事に気がつきました。


「あれ……髪の色、変わってませんか?」


 そう、彼女たちの髪の色が、美しい桜色から瑞々しい緑色へと変わり始めていたのです。

 

『『『『『『『『『もう少しで花の季節は終わりだからね』』』』』』』』』

『『『『『『『『『これからたくさんの「葉」になる』』』』』』』』』

『『『『『『『『『それで秋と冬には茶髪になって…』』』』』』』』』

『『『『『『『『『また春になると、この髪型になるって訳だよ♪』』』』』』』』』…


「……な、なるほど……!」


 桜色、緑色、そして茶色。季節が変わり、自分たちの髪の色が様々に変わっても、ソメイヨシノの心はずっと同じ、いつまでもCの恋人だ。

 そう言いながら、ソメイヨシノの精霊たちは一斉に彼を取り囲み、その『証拠』を彼の体に刻みました。


「――!!」

『ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』ふふふ♪』…


 顔を真っ赤にしながら、Cは感謝と嬉しさが混ざった満面の笑顔を見せました。

 頬にたくさんの麗しい桜の花びらの跡を残しながら……。

 


≪おわり≫

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

クローン精霊といっしょ 腹筋崩壊参謀 @CheeseCurriedRice

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ