話の終焉が現在を作り出す
「俺は結局、優男…いいや、彼女を救うことはできなかった。俺はバカだから最後まで悪人を貫き、奪った馬で逃走した。彼女は置き去りにすることしかできなかった。けど、彼女に渡した金貨を回収することはしなかった。その点では悪人を貫けなかったのかもな。
その後、俺は逃げていたが兵士に捕まった。が、世の中捨てたもんじゃなくて、ある将校が俺の力量を買い、俺は盗賊から軍人へと転職することとなった。いかんせん、俺は10歳の頃から人殺しの最前線にいたからな…戦うことだけは得意になっていたらしい。捕まったままじゃ処刑されるのがオチだし…やるしかないってな。
戦場では盗賊で身につけた奇襲や夜襲、それが意外にも発揮された。字も読めない俺は少しずつ武功を挙げ、5年後の23歳の時には結構お偉いさんになってた。その地位にいると…戦場に行かずとも、指揮だけをやればいい…俺にとっては楽な生き方ができるようになって、いつの日か、出世したいと願うようになった。
武功を数々挙げる青年将校、そんな俺が貴族のクソデブどもに懐柔されるようになったのは言うまでもなく、政略結婚だの何だので…程なく超上級貴族の娘を嫁さんをもらうことができた。美人ってだけではなく、博識でもあったために、その嫁さんから学ぶことは非常に多かった。何より、俺も嫁さんも…愛し合うことができた。あんな盗賊団の娼婦とはケタ違いにいい女だった。結果として、娘が1人生まれた」
「それが私ね?」
「ん?ああ、お前のことだ」
椅子に腰掛けた俺の膝に座る少女が俺の顔を見上げて笑う。なんともまぁ…嫁さんにそっくりで良かった。俺に似てしまえば、とんだサル顔の女に育ってしまう。これなら綺麗なお嬢さんに育つだろう。
「じゃあお父様は…」
「様付けで呼ばなくていいんだぞ?」
「ダメ、お母様に怒られるわ」
「ならしょうがねぇか」
…しっかり教育までしちゃって、嫁さんには頭も上がらないな。所詮は武功だけが取り柄だし…
「お父様は悪い人だったの?」
「今まで話した内容だとな。略奪、裏切り、逃走…人間の底辺かもな〜。カムイ中尉が俺を拾ってくれなきゃ、今の俺はいないだろうし、お前もいないかもな」
「カムイ中尉って?」
「数年前に息を引き取られた…すんげぇ偏屈なオヤジだ」
「そんな言葉遣い…お母様に怒られる」
「ハハハ!そうだな。でも俺は今や泣く子もひれ伏す大佐様だぞ?あのオヤジは出世に欲がなかったがな」
娘はヒョイと俺の膝から立ち上がり、俺の目の前で俯いた。目には涙も溜まってやがる。
「おいおい、いきなり何なんだ?」
「ちょっとだけ…悲しくなっちゃった」
「だから話す前に忠告しといたろうが…変な気分になるぞって」
「だって…お父様の昔話、聞いたことがなかったんだもの」
「嫁さんがな?俺の過去はお前に悪影響だって豪語するもんだからよ…」
ホロホロと泣き始めたので抱き締めながら、娘の頭を何度か軽く撫でた。
「これは…お父様とお前の秘密だ。そしていつか、お前が俺みたいな子供を助けてやってくれれば…俺は嬉しい」
お、これって…教育?俺が?…ガラでもないな。
「カリン?どうして泣いているの?」
そんなところへ噂の嫁さんがやってきた。30代にもなるってんのに昔と遜色ない美貌だ。そのためにどんだけ金使ってんだよ…本人には言えないけど。
「ヒック…何でもない」
「何でもないことないでしょう?泣いているのだから」
「…お父様が…カリンのリンゴを食べたの」
嫁さんの登場に娘は嫁さんの腕にしがみつく。ありゃりゃ…嫁さんの顔が険しいですこと。
「あなた…手癖の悪さは相変わらずね」
「怒るな怒るな。シワが増えるぞ?」
「あなた!」
「おぉっと、今日の俺は手癖が悪いから…夜中に嫁さんを襲っちまうかもな〜」
「お母様?襲っちまうって?」
「カリンはまだ知らなくていいの。すぐに召使いにリンゴを買わせに行かせるわ。待っててね」
俺に随分とご立腹のようだが、娘の目線までしゃがみ、キョトンとする娘に笑いかけた。しかし、娘は俺をチラリと見て、首を横に振った。
「私が買いに行くからいいの。お母様たちの分までちゃんと3つね」
娘はそう言うと俺にウインクを送り、駆け出して行った。
「あの娘が自分から買い物に行くなんて…あなた何か言ったのですか?」
今度は嫁さんがキョトンとする。やっぱり親子だ。顔がそっくりだぜ。
「内緒だ。そんなことより、今夜…久しぶりに」
「奥手なあなたからそんな言葉が聞けるなんて…やっぱり何かあったでしょう?」
「ハハハ!ちょっとばかし昔の感覚が戻っただけだよ」
椅子から立ち上がり、嫁さんの背後に回り込むと、後ろから抱きついてみた。異性が得意じゃなくなっていた俺にとっては大きな進歩かもしれない。
「あなたったら…もう。約束を無視したら許しませんから」
「そこは許してくれないか?」
あの話には続きがある。娘が生まれた時、娘の名前を決めることになった俺は…知り合って間もない俺を庇ってくれたある優男の名前を思い出し、その名前を娘につけた。
そしてその優男の墓をとある川の中流域付近に作った。その墓の下で今も数枚の金貨と共にあいつは眠っている。
そいつの名は…カリン。
「カリンに見つからないように嫁さんの部屋に忍び込むのは至難の技なんだがな…」
「いいじゃない。元盗賊さん」
俺は一国の大佐。けど昔は…いろんなことをやらかした。後悔だってある。
もしあの時、リンゴを2つも盗まなければ、じっちゃんの待つ家に早く帰れただろうし、じっちゃんを失うこともなかったかもしれない。盗賊になって悪事に頭を働かせることだって…
そう思う一方で、今の俺は昔の俺が構築されてできた。つまりこの地位に居られるのも…後悔しながら生きた結果だ。
『あなたは…生きて…』
この言葉を残したあの優男に出会っていなければ…今の俺など、存在するはずもない。
盗賊の一存 雨水かいと @Isune
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