疑問と動揺は逃走の中に
逃げ切った翌日、念のため…こっそりと無残な有様になった秘密基地に戻ってきた。当然、野郎どもの安否確認ではなく、兵士どもが回収し忘れた金銀財宝がないかの確認だ。嫌な奴だと思いたきゃ思えばいい。まぁ…そうやって思いたい奴らはとっくに死んだか。
「つっても…あいつら根こそぎ持って行きやがって」
秘密基地には何も残されていなかった。仕方がないので、俺の中に眠るわずかな良心で秘密基地に油をまき、すべてを焼き払った。死体も基地もすべて…弔いってやつだ。
「あ~あ、これからどうすっかな」
バシャ…
金はある。相当な金額だ。
バシャ…
とりあえず、あの一緒に逃げた奴と話すか。
そう思ってやってきたのは1度身を隠した川沿いの茂み。正確に言えば…そこを出てすぐの川なのだが…
「どうすっかな~?」
「…人の裸を見てそういうこと言うのやめてもらえます?」
一緒に逃げた奴、そいつは優男だって思っていた。けど目の前で股と胸を手で隠していたそいつは…紛れもなく女だった。
「盗賊団に男装して入る女が今更恥らう?」
「と、とりあえず、見ないでください」
俺が戻っている間に水浴びをしていたらしい…今もしているけど。
「いやな?水も滴るいい女じゃないのってさ」
「…単純に私が濡れていて、水が滴っているだけです。そもそも私の格好を見たら…」
「ああ、全裸だな」
眼福眼福、と思いながら川に足を入れて座り、ちょうど川の中央に立っていた女に問いかけてみた。女は何かを諦めたように対岸へ上がり、惜しむことなく俺に裸体を晒す。まぁ…所詮はその程度の身体ってわけだ。当人は俺を睨みながら着替えを始めた。
「よく見りゃ…相当な美人だが、そんな美人がどうして盗賊風情に?」
鍛えてしまったせいかもしれないが、胸の脂肪も尻の脂肪もないのでドンキュッボーンな魅力はないが、何となく俺の中で男装していた女に興味が湧いた。
「行くアテがなかったんです。だから盗賊団に流れ着いたんですが、女の私が盗賊団に入っても娼婦にされるだけかなと思うと、男装した方がよっぽどいいかと…」
「確かに盗賊団の娼婦にでもなれば、1日に20人は相手しなきゃならんからな。大抵の女は10日と保たない」
10日目の娼婦など…ぼろぼろなのに、ケラケラと狂ったように笑い、それを見た連中は…そいつを迷わず殺す。娼婦はただの使い捨てだった。まぁ…彼女らも死に場所を求めていたのだけれども。
根本的に、下着を履き、平たい胸には入念に包帯を巻く女を見ていると…こいつの身体じゃ娼婦にもなれないような気がした。
「お前、まだ男装するのか?」
「はい。盗賊団の本部に合流しましょう。私たちの小隊のことを報告しないと」
「それはどうでもいいんだが…ない胸に包帯を巻く意味はあるのか?」
「それこそあなたにはどうでもいいです」
「あなたには…ね。そういやさ、男装している時も俺のことをあなたって呼んでたな?盗賊は野蛮な人間が多いってんのに、その言葉遣いは目立つぞ~」
目の前で女が着替えている。正直、特別な感情が湧いてこない。長い髪を新しいバンダナでまとめ、服を着たら…あっという間にあの時の優男に戻りやがる。そのせいもあって、俺の口調はぶっきらぼうにしかならなかった。何の楽しみもありゃしないってか。
「気をつけます。では行きますか?」
「おいおい、どこにだよ?」
優男はクソ真面目だ。どこに行くかなんて聞かなくても想像できる。それでも聞いてしまうのだから…俺も相当なバカだ。
「どこにって…本部に」
「悪いけど俺は行かねぇよ」
俺の答えを聞き、キョトンとした優男に見えるように俺は懐からパンパンに膨れた袋を掲げる。
「この中には、うちの小隊が略奪した中でも希少価値の高い財宝やら金貨やらをぶっ込んだ。俺はこれさえあれば生きていける。だから盗賊団には戻らない」
財宝を商人に売りつければ、一生を暮らすことができる。ここで盗賊団に戻れば…この財宝はお取り上げされてしまう。
「俺は生きるために盗賊団に入った。でもこれで生きられるなら…盗賊団に戻る必要はないってわけだ」
「そんな…」
「盗賊団は自由だった。楽に生きていられた。だがな、俺はもっと楽に生きる手段を手に入れたのさ~」
ヘラヘラ笑って見せた俺に優男は神妙な面持ちで俺のいる方に歩いてくる。
「お前も欲しいか?」
「うっ…欲しいです」
クソ真面目だが、所詮…悪人になった奴らはこの程度だ。
「まぁ?アテもなく流れ着いた盗賊より、普通に生活できた方が楽だよな。ほれ、一緒に逃げ切った奮闘賞だ」
俺の目の前に立った優男に金貨を数枚プレゼントした。ここで殺し合いになるのはお互いが得ではない。
「そんだけあれば、相場として20年は生きていられる。その間に一般男子…いや、お前なら貴族とでも結婚できるだろうよ」
そう思うとこいつも楽な生き方ができたんだよな。
俺も立ち上がり、優男と目線を合わせる。
「ありがとうございます。この恩は絶対」
タンッ
優男が俺に頭を下げた瞬間、正面から飛んできた矢が後ろにある木に突き立った。射手が下手くそで良かったもんだ。
「いたぞ~!盗賊の残党だ!」
優男のいた対岸の奥の森から…兵士どもが姿を現してきた。当然だが…兵士どもから離れるように後ろへ逃げようとするも、後ろにある森からも兵士どもが出現する。お互いが合図し合うように笛がけたたましく吹かれた。
「だったら行く方向は一つだろ!」
挟み撃ちされたので、とにかく川沿いを優男と走った。まったく…不幸だ。
「追え!追え~!」
笛を吹きながら10人そこらの兵士が後ろを追いかけてくる。鎧兜を装備しているので…ぶっちゃけ俺らより遅かった。まぁ、そこに逃げ切れるという希望を見出したわけだ。
パカラッパカラッパカラッ!
「馬の足音⁉一体どこから…」
優男は耳がいいらしい。俺は言われてから音に意識すると…確かに馬だ。騎兵がいるのか?
「馬より速い足なんて持ってないぜ」
こんな状態で軽口を叩くなんて、俺も気が気じゃない。
走りながらあたりを見回し、騎兵の姿を探す俺らに追いつけないと判断した後ろの兵士どもは弓で矢を射かけてきた。俺の真横の地面に矢が刺さる。
「これさえ乗り越えれば…俺の幸せな日常が来るんだ!」
もうこれは俺の人生において山場も山場だ。人は正念場ともいうのかもしれない。
しかし、結果から言うと…この正念場を俺は乗り越えることができた。正確に言うならば、俺だけが。
矢が俺の足に刺さり、俺はその場に突っ伏した。そこにどこからともなく騎兵が突っ込んできて…身動きが取れなくなった俺を槍で貫こうとした。この段階で、俺は死を覚悟せざるを得なかった。
ザクッ
槍は迷うことなく貫いた。何を貫いたかって?
「お前っ⁉」
俺と騎兵の間に割って入ってきたのは優男だった。何を思ってか、騎兵に背を向け、腹からは槍が突き出ていた。
「あ…あぁ…」
まったく理解ができなかった。別に親友というわけでも、仲間というわけでもない。いざとなれば裏切るような脆い関係だったはずだ。
「な、なぜ俺を庇った?」
「恩を返すって…言ってなかった…っけ?」
恩を返す?…聞いていない。そもそも、恩とは何ぞや?
「言ってないぞ…おい」
「あなたは…生きて…」
理解できない。が、自然と…面白いほどあっさりと俺は動いた。身に染み付いた感覚が俺を突き動かしたのかもしれない。
吐血し、今にも死にそうな優男の腹から突き出た槍を掴み、俺の方向へと強引に引っ張った。
「うわっ!」
優男を隔てて反対側にいる騎兵は自分の持っていた槍が引っ張られたことによって、馬から落ちた。
「なろがっ!」
そこへ俺は優男に抱きつき、優男の背後に落下した騎兵の首に忍ばせていた短剣を突き刺した。
「お前…名前は?」
「私の…名前は…」
抱きついたまま優男に尋ねてみると、優男は俺の耳元でか細い声で自分の名前を告げた。
「忘れん。じゃあな」
俺を庇ってもいいことは何も起こらない。そのことをこいつは理解していたはずだ。その証拠に…槍を全部抜いても、柔らかな微笑を浮かべたまま死んでいった。
『あなたは…生きて…』
俺は悪人だ。助けられても…疑問にしか思えない。ただ、なぜだか………優男に渡した金貨を回収する気にはなれなかった。いつもなら盗賊の死体から金を抜き取るのを当たり前と判断していたのに…
「へへっ…バカな野郎だ」
俺は槍を杖代わりに使い、地面に座り込んだまま死んだ優男と俺に殺された騎兵の死体を通過した。そして…騎兵の乗っていた馬にどうにかこうにか跨り、駆け出した。
あいつがなぜ、俺を庇ったのか。いくつもの憶測が湧いてきたものの…俺は考えることを早急にやめた。俺はその時初めて…自分がバカであることを自覚した気がした。
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