美しき月と下品な打ち上げ

「ほらよ、今日は特別だ!飲め飲め!」

「ちょっ、先輩。俺は酒が飲めんのです」

「なんだお前は~!女も抱いたこともねぇんだろ?」

「それは言わんといてくださいよ」

「だはは!おい皆、ここに童貞がいるぞ!」


 商会を襲った日の夜、とある洞窟の近くにひっそりとある俺ら小隊の秘密基地では大量の収穫にお祭り騒ぎだった。40人はいるであろう野蛮な小隊も…今ではただの酒臭いおっさんだ。


「「女も抱けなきゃ男じゃない!」」

「ホイホイ!」

「「酒の味も知らんガキがおる!」」

「ホイホイ!」

「「お呼っびじゃないガキゃはウチに帰んな!」」

「よぉ~お!」

「帰っておっ母さんのおっぱい飲むんだ!」」

「あそ~れ!」

「「どうどう童貞いるぞ!ここにいるぞ!」」

「「笑えや笑えや!未来があるんや!」」

「そっそっそっやぁさ!そそっそそやっさ!」


 周りの連中が俺をからかうように適当な音頭を取り始める。不愉快極まりない行為だが、もう慣れてしまった。


「そぉれ!どっこさ!俺の女はどっこにおる!」


 俺は仕方がないので汗臭い服を脱いで上半身裸になり、馬鹿らしく踊りながら連中らの輪の中央に出て、大声で歌う。


「あそっれ!どっこだ!どっこだ!どっこにおる!」


 俺が1人で下品に歌い踊れば、ゲラゲラと周りは笑い転げる。本当に我ながら…くだらない生き方を選んだものだ。


「あらっよ!さっさぁ~!へのさっさぁ~!」


 酒の臭いは嫌いだ。嫌気が差す。馬鹿な連中をより一層馬鹿にさせるのだから、困ったものだ。


「ったくもぉ~俺を踊らせないでくださいよ」

「いいぞいいぞもっとやれやれ!」

「ば~か!誰がやるもんですか!」


 一通り終えるとせめてもの抗議として、ズカズカ自分のいた場所に戻る。そして荒っぽく座ると、その場に転がっていた器に瓶に入った水を注ぎ、一気に飲み干す。


「ぷはぁ~…畜生、おっさん衆が」


 雲一つないので、綺麗な月が見えるというのに…汚い人間がその下で火を囲み、低俗どもは最低な笑い声を上げる。


「目に毒だな…」


 風情を解する感覚は持ち合わせていない。でも…見ていると何だか笑えてきた。


「何がそんなに面白いんです?」

「あん?…お前は…」

「隣いいですか?」


 するとそこへ、俺が言うのも変な話だが、妙に若いバンダナをつけた男が俺の隣に座ってきた。顔は泥まみれだというのに、何故だか清潔感が溢れていた。一見するとただの優男。


「お前は…新人か?」

「いえ、1年前に」

「歳は?」

「18ですけど…」


 やなこった。とうとうこんな爽やかな同い年でさえ…盗賊をやるようになるわけだ。嫌な時代になったもんだ。


「女みたいな顔だな。声もそれっぽい」

「嫌だな~、女に飢えすぎですって!」

「まぁ…こんな野獣の群れで暮らせばな」


 俺の目もいよいよ狂ってきたようだ。


「ところであなたは…盗賊になって何年目で?」

「8年目だ。随分な古参だよ」


 優男も俺の横で持ってきたらしい瓶に入った水を飲んでいたが…何が目的だ?単純に歳が近そうだからか?


「10歳から…ですか?」

「ここいらの町じゃ不思議なことじゃないだろ?どこも食うのに困ってんだ。俺が知ってる中じゃ、8歳から盗賊をやってた奴もいる。すぐ死んだがな」


 やけに驚いた表情を見せる優男。こいつは珍しいよそ者か?


「だったらお前こそ、まともっぽそうじゃないか。少なくともあの野獣どもよりかは…まともだろ?働く先もあったろう?」

「あはは…それは」

「ま、盗賊は変な連中しか集まらない。それなりの事情があるんだろうよ。深く関わってもキリがねぇ」


 相手の腹を探る必要のない、馬鹿で、間抜けで、くそったれみたいな集団に属する以上、個人情報には興味すら湧かない。俺は酒臭い集団でも、この集団のそういうところに居心地の良さを感じていた。どこか自分を棚に上げることができたからだろう。優越感に浸れる組織はそうそうありはしない。


「で、俺に何か用でも?」

「あ~…あのですね?歳の近い人と仲良くなれたらなって」


 仲良く?…一体何を言っているんだ?


「俺についてきても出世はできないぞ」


 俺が思わず訝しげな顔で優男を見ると、こいつはヘラヘラと笑いやがる。


「別に下心があるわけじゃないよ」

「こんな連中のいる集団で友情を求める奴なんざ…とうの昔に死んでるよ」

「あなたはどこかが違う気がしてさ」

「気持ち悪い奴…お前、まさかソッチ系?俺にその気はないぞ」

「え!違うよ!そんなつもりじゃないってば!」


 たまにいるんだな。俺らが屈強だか汗臭いだかが好きだっていうよくわからないソッチ系の男が…数年前にもここの小隊にいて、まだ子供の俺を食べようとしやがった。ほどなく戦死したらしいがね。


「疑ってる?」

「いや、ただのからかいだ」

「もうっ!」


 あぁ…この時、俺は何故気づかなかったんだろうか。


 優男が頬を膨らませた瞬間、常闇に沈んでいたはずの秘密基地の周りがボッと明るくなった。


「なんだっ!」


 酔ったおっさんどもが周囲の様子の変化に気づいた時、綺麗な星空から無数の…矢の雨が降り注いだ。ロクに動ける野郎はいない。全員が泥酔の一歩前まできていたから。


「どうしてここが…!」


 目の前で大量の仲間たちが死んでいった。でもここで俺は気づいた。


 こいつらはただの盗賊だ。運命共同体ではない。仲間じゃないんだ…つまり、酔っていない俺はこいつらを利用できる。


「戦え!戦わなきゃ死ぬぞ!」


 矢の餌食になったのはおよそ半数。辛うじて凌ぎ切った俺は咄嗟に野郎どもへ怒号を飛ばす。


 状況としては…兵士どもに場所を嗅ぎつけられたということになるだろう。てなるとだ、それ相応の軍勢を率いているのだろう。勝ち目はない。だったら?


「畜生!野郎ども行くぞ!」

「「おぉ!」」


 混乱してまともな判断もできない連中に戦わせ、その隙に…


「あなたはどうするの!?」

「優男か…俺は逃げる」


 兵士どもと交戦し始めたのを確認し、俺は手早く洞窟入口に山積みにされていた金銀財宝を袋に詰め、それを背負うと、泥棒よろしくとでもいうように戦闘の横を通過していく。


「待て貴様!」

「うるさいよ。バレたらどうすんの?」


 まぁ包囲されていたわけなんだから、誰1人として気づかれずに行くなど無理な話で、1人の青年兵士に見つかったが、金貨1枚をプレゼントし、気が散っている間に逃走した。人間なんて欲で動くもんだ。だからチョロいもんさ。


「待って…!」


 ただ、どうやら…俺以外にも逃げる輩がいたようだ。そいつは全力疾走でその場を後にする俺を追いかけてきた。そのような真っ当な判断ができるのは俺以外に…あいつしかいない。


「優男か!」


 走りながら後ろを確認すると、何にも荷物を持っていない優男が追いかけてきていた。


「ってお前…バンダナ!」


 こいつはさすがに驚いた。何せ、バンダナが外れた優男は………優男じゃなく、根本男ではなかったのだ。


「ははっ!女だったか!」


 そこで俺は思った。


 俺の目は狂っちゃいないってな。

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