第46話 connector
「あのね、ごめんなさい。ライアンの家に行くこと…。」
「もう、いいよ。その事は。」
私は初めてライアンの家を訪ねる時、マザーに言われた事を彼に話した。
「マザーがそんなことを…?」
「ええ、ライアンとジュリアに会ってみて、マザーが言ったことが何となく分かった気がしたの。実際ライアン家族は私に、ライアンの家に滞在するよう頼んできた。
マザーと麻美は、そうなる事を予測できてたみたいだったわ。
でも私がいることでライアン家族に、何かできるならジュリアの側にいたい。」
サマー…。日本から遠いLAに来て友人と離れ、そんな思いを一人で抱えていたのか。どんなに不安だっただろう。
「だからさっきライアンがマザーとケイトの事を言った時、君も同意したんだね?
サマー、ありがとう。本当ならライアンとジュリアには、友人の俺が力になるべきなのに。
無力な俺の代りに君を差し出すような事をしてしまって申し訳ない。」
「そんなふうにとらないで。私がジュリアの為にしたくて決めたんだから。」
「だけど心細かっただろう?麻美とそんなかたちで離れてしまって。」
彼はまだ今回の事に杏さんが、関わっているという私達の考えを信じ難いように見えた。
だからマザーに言われたことを話したのだが、私の心の内を覗いたような言葉が、思いがけず返ってきたのでドキリとした。
私は素直にコクリと頷いた。
マザーの邸に着くと彼と私は、先に到着していたライアン家族と一緒に、サンルームに案内された。
「そろそろ来る頃だと思って、お茶の用意をしておいたわよ。」マザーはいつものように品のいい笑顔を浮かべ、テーブルに着くよう促す。
サンルームには前回入った時にはなかった、大きな丸いテーブルが置かれていた。
大人7人分の椅子。真っ白なシミひとつないテーブルクロス。真ん中には花まで飾られている。
そこには杏さんと麻美もいた。
私とライアンは警戒の色を浮かべたが、ジュリアとレオンは平然としている。
「アリアに大人の話は退屈でしょう。私の子供たちと一緒に遊んでらっしゃい。」
杏さんはメイドにアリアを連れて行くよう指示を出した。
和かなマザーと杏さんとは対照的に、麻美は心配事を抱えているように俯いている。
「マザー、どうして私とライアンまで来ると分かったの?」ジュリアが切り出した。
「簡単な事よ。貴方たち夫婦は昨夜麻美から、日本で夏に何が起きたか聞いたんでしょう?頭のいい貴女だもの、きっと謎解きに来ると思ってたわ。」マザーは笑顔を崩さずこたえた。
「じゃあ解答をお願い。」ジュリアは坦々とマザーに真相を迫る。
「せっかちねジュリア。ゆっくりお茶も楽しませて貰えないの?」マザーは優雅な仕草で、紅茶を一口飲む。
「夏もレオンも充分悩んで辛い思いをしたわ。何故二人が出逢ったのか知る時じゃない?」
微笑んではいるが、マザーとジュリアの心理戦のようだ。
「時間稼ぎをする必要はないわね。
人にはそれぞれ産まれ持った才能がある。それと同じように私達には産まれ持った能力があるの。
夏が会うのは私のはずだった。ケイトの薬を使ってね。薬自体は悪いものではないわ。ただの鎮静効果と睡眠を促すだけのものよ。
けれどケイトには人の潜在意識に呼びかける能力がある。その力を使って私と夏は出逢うはずだった。」マザーは一呼吸置いて、また紅茶を口にした。
「なんの為に夏を?」尋ねるジュリアにマザーは人差し指を立て、口を挟まないよう制した。
「夏には私達の事業を手伝って貰いたかったからよ。
才能があっても才能を開花させる物に出会わなければ、才能にはならない。そしてその才能が認められれば、妬まれる事も賞賛される事もある。
けれど能力者は努力しなければ、恐れられ疎まれるのよ。そして能力者は悪にも善にもなるの。中には何故自分は人と違うのかと、誰にも相談できず悩みを抱えて生きている者もいる。能力をコントロールできず病んでしまう者もいるのよ。麻美のようにね。」
私達は麻美を見た。
麻美はビクリとして、体を硬くする。
麻美も能力者の一人だと言うのね。
「私とケイトは此処に能力者の為の、施設を建てる計画をしているわ。
この計画は私とケイトの亡き夫たちの計画だった。それを私とケイトが引き継いだ。
その計画に関わる人を、私達は世界中から探し求めたわ。そして夏もその一人なのよ。
計画に関わってもらうには、私達のような者への理解が必要だった。
直接話したところで、それが難しいことなのは私達は知っている。
だから眠っている夏の潜在意識に、呼びかける方法を選んだ。あくまでも夢の中でね。
そして能力者の一人である麻美とともに、ケイトが此処へ導く予定だったのよ。」
「それが何故か夏はレオンのところへ行ってしまった。」ジュリアがマザーの話を引き継いだ。
「そうよ。何故そうなってしまったのかわからない…。」ケイトが申し訳なさげに言う。
「まあ、ケイト。貴女が気づいていないなんて…。それも仕方ないわね。本人でさえ気づいていないのだから。
それは麻美の能力のせいよ。麻美の夏を思う力が強すぎて、ケイトの能力に影響を与えてしまったのよ。」
私と彼が出逢ったのは、麻美のせいなの?
麻美が私と彼を引き合わせたと言うの?
「麻美…?」私は麻美の言葉が聞きたくて、声をかけた。
「こんな事になるなんて思いもしなかった…。
夏、レオンごめんなさい。
丈夫な夏が風邪を拗らせた時、こんな時優しい人が側にいて、夏の面倒を見てくれればいいのにと思った。あの似顔絵を見た時、きっと夏はこの人の夢を見たんだろうと思った。この人が夏の運命の人だって…。
公園にレオンが現れたと聞いた時…、ちゃんと会わせてあげたいと…、私なら…、私にはできる気がしたの。
私は小さい頃から気が合いそうな人達を見つければ紹介して、縁結びなんてあだ名までつけられていい気になっていたのよ。
自分が蒔いた種とも思わず、二人を怖がらせた。
アイツに夏が襲われた時、レオンが来てくれればいいと…、夏を助けてと…、願った。
夏からレオンが現れたと聞いた時、自分が怖くなったわ。
その頃には杏さんのお陰で、自分の能力に気づき始めていたから…。
だから私はマザーのところへ来たの。
自分自身に確信を得るために、それは怖かったけど、もう向き合わなきゃいけないと思った。夏とレオンがちゃんと出逢えば証明されると…。ごめんなさい」麻美は涙を必死に堪え、途切れ途切れに語った。
さっきマザーが言ったように、麻美は一人で誰にも打ち明ける事も出来ず悩んでたんだ。
なのに私はなんて独り善がりだったんだろう。
「麻美ごめんね。
麻美が何か悩んでいたのも気づいていたのに、自分の問題ばかり優先して、麻美に甘えてた。
私、麻美には不思議な力があると気づいてたよ。だけど能力者が普通に、ましてや自分のそばにいるなんて思わなかった。
マザーの言うよに、普通に打ち明けられても、理解出来なかったかもしれない。
きっとちゃんと受け止めて、麻美の心を軽くしてあげること出来なかったと思う。
でも私を大切に思ってくれてたんだね。ずっと気にかけてくれてたんだね。それがわかって嬉しい。麻美、これからもずっと友達でいてくれる?」私はずっと抱えてきた、麻美に対してのもやもやした気持ちが、すっと消えていくのを感じた。
「いいの?気持ち悪くない?あんなに怖がらせたのに、友達でいてくれるの?」
「ずっと友達だよ。怖かった事より、喜びの方が大きい。」私は麻美の手を強く握りしめて言った。
「レオン、貴方はどうなの?ずっと黙っているけど、貴方も当事者でしょ?」ジュリアが彼に声をかけた。
「あっああ、なんかにわかに信じ難くて…。」
「何言ってんだよ。お前が一番信じ難い体験したんだろうが?あんなに大騒ぎしといて、よく言うよ。」ライアンが呆れ顔で見る。
「そうだな…。ただ言えるのは…。麻美、感謝しているよ。彼女に逢わせてくれてありがとう。」
「レオン、許してくれるの?」麻美は潤んだ目で彼を見て尋ねた。
「許すも許さないもないだろ?麻美は何ひとつ悪い事をしていないんだから。
君がその…能力者っていうのは、まだよく理解出来ないけど、凄く不安な思いを抱えていたのはわかった。だから俺とサマーの事は気にしなくていいよ。」
彼は今の気持ちを静かに語った。きっと精一杯麻美を気遣ってくれたんだろう。
「偉いぞレオン。よく言った!お前の事だから怒り出すんじゃないかとヒヤヒヤしたぞ。」ライアンが彼を冷やかして場を和ませた。
「馬鹿にするなよ。ライアンが一番信じてなかったくせに!」
「最後には信じてやっただろ?」
「サマーに会ったからだろ?あんなお仕置きまでして!俺はもうダメだと、地獄に落とされた心地だったんだからな!」
「おおっ、その言葉を待ってたんだよ!」
「ライアン、お仕置きは大成功したみたいね。」
マザーがそう言うと、みんな爆笑した。
それからマザーは能力者について、いろいろ教えてくれた。
長い時間をマザーの屋敷で過ごし、私達は帰宅した。
彼はどうしてもライアンの家まで送ると言い張り、ライアンの家までついてきて「ライアン、俺も居候させてよ。」とまで言いだした。
ライアンに断固拒否されたため「二人の時間も作ること」を条件に出してきて、彼の要求を受け入れたが、結局彼は毎日押しかけてきて、殆ど五人で過ごした。
きっと彼はジュリアのことも、気にかけているのだろう。
麻美はマザーに教えて貰うことが、まだまだあるみたいだが、少しの時間息抜きにやってきた。
精神的にハードな滞在だったが、今は来て良かったと思う。
彼はまだ日本に帰ることに不満のようだが…。
「夏はどうしてレオンのこと、名前で呼ばないの?」ジュリアに指摘された。
麻美の力のせいで、彼との出逢いは現実だとわかった。
けれどライアンと名乗った彼との出逢いは、私にとってやはり夢で、レオン・ビィンガムとの出逢いは現実。夢の延長ではない。
夢で出逢った彼と現実の彼は別人に思えてしまう。
レオン・ビィンガムとは知り合ったばかりだ。その上彼はハリウッドスター。
自分が彼と付き合うなんて考えられない。
彼の私に対する感情にもついていけない。
だから彼の名前を呼ぶと、彼の気持ちを受け入れたことになりそうな気がして、名前を呼べずにいる。
そう私はゆっくりその人のことを知って、好きになるタイプ。
麻美が聞いたらきっとこう言うんだろう。
『現実的で面倒くさい女ね。』
〜END
connector 〜夢の続きを karon @kumi3626
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