第45話 夢の続きを
彼にお姫様の様に抱かれたまま、マザーの屋敷から出た。
ホールではまだパーティーが続いているようだった。
誰かに見られたら恥ずかしから、降ろして欲しいと頼んだが取り合ってくれない。
私は俯いてなるべく顔を、見られないようにした。
彼は私をこんなふうに抱いて歩くのは、二度目だと言った。
最初の夜意識をなくしてしまった私を抱いて、家の中に運んでくれたらしい。
今も意識をなくせればいいのに…。
車の助手席にそっと私を降ろし、やっと腕の中から解放したが、自宅に着くとまた私を抱き上げた。
「手を離したら、消えてしまいそうで、嫌なんだ。」と彼は言った。
なんだか駄々をこねる子供みたいだが、彼の気持ちもわかる。
私は黙って彼にリビングまで運んでもらった。
「やっぱりここに私来たのね。全部覚えてる。」
「そう、ここが君の場所だ。」
そう言って私をソファにそっと降ろした。
そうだ最初の夜ここに寝かせてくれたんだ。
彼がブランケットを持って来て、膝にかけてくれた。このブランケットにも見覚えがある。
一番最初に見た照明。テラスに出るガラス戸。大きな出窓。キッチン。パウダールームは、やはり見事なデザインだ。
ここに来てやっと確信できた。
夢なのか現実なのかわからないが、確かに私はあの夜ここに来たんだ。
彼は温かいコーヒーを淹れた大きなマグカップを、私に手渡し言った。
「ミルクと砂糖で甘くしたコーヒーがよかったかな?」彼がいたずらっぽい笑みを浮かべて言う。
「また私を子供扱いする気?」私もいたずらっぽい笑みをかえした。
彼が私の隣に座り言う。
「夢の続きをしよう。」
サマーに着替えを貸して欲しいと言われ、ジャージの上下を渡すと、パウダールームに着替えに入って行った。
しばらくするとドアからひょっこりと顔を出し『鏡を見ていたらドレスを脱ぐのがもったいなくなっちゃった。』と照れ臭そうに笑う。
俺が『どんな格好でも中身はサマーだから、どっちでもいいよ。』と笑ってこたえると、『やっぱり着替える。』と言ってまた中に引っ込んだ。
なんて可愛らしいんだ。
サマーとこうして毎日いられるようになれば…。と考えるだけで胸がぎゅっと掴まれたように苦しくなる。その苦しさに痛みがないどころか、喜びだった。
これを幸福と呼ぶのだろうか?
今でも不幸だったことはない。何人もの女と付き合いもした。けれどこんなに愛しいと思えたのは初めてだ。
俺と夏はいろんな話をした。
「本当に日本まで行ったの?私に逢いに?」
「そうだよ。何かわからない偶然の力に頼らず、自分の足で逢いに行きたかったんだ。君とは行き違いになったけど、ケンニィと双子に会えて実家に連れて行ってくれたんだよ。日本のおもてなしをして貰って嬉しかったよ。」
俺はサマーの家族が良くしてくれた事を、伝えたつもりだった。けれどサマーの反応は違った。
「はあ?今なんて言った?ケンニィって兄の賢斗のこと?実家に行ったですって!」
「そうだよ…。」やはりサマーに逢うのを飛ばして、実家に行ったのはまずかったんだろうか?
「何を見たの⁉︎何を聞いたのよ⁈怒らないから言って!」
「怒らないからって、もう怒ってるじゃないか」
「貴方に怒ってるんじゃないわ。でも正直に何を見て聞いたのか言わないと、今度こそ許さないわよ。」
サマーが言っているのは、多分あの事だ。
LAに戻る前リナさんから忠告された。
「なっちゃんに子供の時の写真を見たことは話さない方がいい」
でも正直に言わないと…、もう嘘を吐くのは懲り懲りだ。俺は正直に答えた。
「ひどい…。私が嫌がってるのしってるくせに…。」
「サマー、どの写真もイキイキして可愛いかったよ。俺の知らないサマーの話が聞けて嬉しかった。家族がサマーの事を大切に想ってるのが伝わったよ。」
「ほんと?」
「ほんとさ。アルバムをこっそり盗んでやろうかと企むぐらいホント!」
「わかった。でも帰ったらケンニィ達許さない。」
「帰る?帰ると言ったか?」今度は俺が聞き返した。
「そうよ。5日後、もう日付が変わったから4日後に帰るわ。」
「何バカなこと言うんだ!さっき逢ったばかりだぞ!それにあんな危険な場所に君を帰せるもんか!」
彼の言う危険とは、きっと後藤和也に襲われた時の事だ。
「お礼を言ってなかったわ。あの時は助けに来てくれて、ありがとう。ジャケットも返そうと思って持って来たのよ。」
「そんなのどうだっていい。またあんな事が起こったらと考えるだけで、悍ましい。だからこのまま居てくれ。」
「そんなの無理よ。それに彼は逮捕されて、会社もクビになった。接近禁止命令も出して貰ったし安全よ。」
「そんなのあてになるもんか!また何かあっても偶然行けるとは限らないんだぞ。俺がこの手で守ると決めたんだ。言うことを聞いてくれサマー。」
何度説得してもお互い譲らず、とうとう言い合いになってしまった。
門のチャイムが鳴り、来客を告げる。
ライアンだった。
「ライアン、ジュリア、いいところに来てくれた。二人からサマーを説得してくれないか。」
俺とサマーは事の次第をライアン夫婦に話した。
「なんて分からず屋なんだ?」
「分からず屋はそっちでしょ?」
ライアンは呆れ顔で私を見て、私に荷物を差し出した。
「ナツの荷物を持ってきた。とりあえず着替えておいで。お前もうちょっとマシな服貸してやれなかったのか?」
確かにあの素敵なドレスから見れば、貸してくれたジャージはブカブカでみすぼらしい。
まるで魔法の解けたシンデレラだ。
私は着替えを持って来てくれた事を感謝して、着替えをすませた。
「二人ともそこに座れ。あんなに苦労してまで逢おうとして、あんなにゴージャスな再会を準備してやったのに、一夜明けて喧嘩してるってどういう事だ?他にやることがあるだろう?」
サマーは、顔が赤くなって俯いた。
「ライアン何言い出すんだ。」
「いや〜ねぇ。ライアンが言ってるのは、そういう意味じゃないわよ。そんなに赤面されるとこちらが恥ずかしいじゃない。」
「プレイボーイのお前が何もしなかったとは、びっくりだな。むしろ見直したぞレオン。」
「ライアン言葉に気をつけろ。ジュリアどういう意味なんだ?」
「あなた達がホールを出て行った後、麻美からも話を聞いたのよ。それでねあなた達が出逢ったのには、ケイトが関わっているんじゃないか?って私は思うの。
三回目まではケイトから貰った、風邪薬を飲んだんでしょ?四回目はどうなの?何かないの?」
私と彼もどうしてああなったのかは疑問だった。三回目までは風邪薬という共通点があった。でも四回目には薬を飲んでいない。それにたかが薬ぐらいで、あんな事になるとは思えなかった。ケイトさんから貰った薬…?
「そうだわ。私あの時ケイトさんから貰った、アロマオイルの小瓶を割ってしまったの。オレンジスィートとマジョラムのオイルよ。」
「まてよ、あの日クリスティーンからバレンシアオレンジを貰っただろ。覚えてるか?」
「あっああ、覚えてる。あの後ライアンとクリスティが部屋から出て行って、暇潰しにオレンジをボール代りに遊んでたんだ。そうしたら突然サマーの所に行ったんだ。」
「それよ、間違いないわ!オレンジスィートオイルはバレンシアオレンジからも抽出しているのよ。」ジュリアが疑問だった四回目の共通点を導き出した。
「俺は以前からマザーとケイトには、何かあると感じてたんだ。凡人とは違うような…上手く説明できないけど、妙な違和感を感じる時があった。」いつものライアンとは違う表情だ。マザーとケイトに畏怖さえ感じているように見える。ライアンは昔から人の才能を見抜く天才だ。そのライアンがそこまで言うなら、その通りなのかも知れないが…。そんな超常現象を人が起こせるものだろうか?
「私…。ライアンの言うこと分かる気がする。」
「だろ?ナツも感じたか?」
「初めは自分とは身分違いなセレブのせいかと思ってたんだけど、ライアンの言葉を聞いてなんだか納得できる。それに麻美もLAに来ると決まってから変なの。」私は胸に支えていた事を話した。
「そうね。麻美はケイトと親しくしてたのよね。そしてLAに来させたのも麻美でしょ?きっと麻美は何か知っているのよ。」
ジュリアは少しのヒントで、どんどん推理していく。頭のいい人なんだわ。
「よし、行くぞ!」ライアンが立ち上がる。
ライアンの言う通り、いつまでもこうして推理していてもしょうがない。
直接マザーとケイトそして麻美に、事の成り行きを聞くしか答えはでないのだから。
「その前に、あの…。」
「どうしたんだ、サマー。怖いのかい?」
「そうじゃないの。ライアン、私の荷物を持って来てくれて助かったんだけど…。私マザーの屋敷に戻らないといけない?この家の主が見つかるまでって約束だけど、ライアンの家に帰っちゃダメ?」
「なっ、何を言い出すんだサマー!4日後に帰ることにも納得してないのに、ライアンの家に戻るって、俺の家の何が不満なんだ!」
彼はまた怒り出した。なんて分からず屋の怒りん坊なの!
「この家が嫌だなんて言ってない。」
「お前のそういうところだよ。この単細胞。ナツ無理しなくていいんだよ。せっかく逢えたんだから二人で過ごせばいい。コイツにはちゃんと言い聞かせてやるから。」
「そうじゃなくて…。」
「レオン?」大人しく遊んでいたアリアが、彼のズボンを掴んで何か言いたげに見上げる。
彼はアリアの目線までしゃがんだ。
「なんだい、アリア。」
「あのね。ナツをアリアのお家に帰して。ナツがいるとママが、ニコニコできるの。お願いレオン。」
「アリア…。」ジュリアは涙ぐんで、ぎゅっとアリアを抱きしめた。
「アリア、ごめんね。アリアに心配かけて悪いママだわ。」
アリアがジュリアの頭を慰めるように撫でる。
私はじっと彼を見つめ、これでもダメなの?と問い掛けた。
ライアンがぐっと拳を握り口を開いた。
「レオン、クリスティーンの家で、言ってくれたことは本心か?俺とジュリアの助けになる事なら、何でもすると言ってくれただろ。」
「わかった、わかったよ。こんな可愛いお姫様にお願いされて、嫌だなんて誰も言えないさ。」
「悪いな、レオン。」
「もう、いいって。サマーにはもう自由に逢えるようになったんだし…。」
彼はあからさまに肩を落とした。
「まっ、ここにナツを置いていくのは、 狼に赤ずきんちゃんを差し出すようなもんだ。」
「レオン、オオカミさんなの?」アリアが真剣な目で問い掛ける。
彼はジロリとライアンを睨み「そうだよアリア、悪いライアンを食べちゃうぞ!」と言って笑わせた。
「ところでナツは、この家の内装が気になってたんじゃなかったか?実際に見た感想はどうだい?」ライアンが尋ねてきた。
「ええ、どこも素晴らしいわ。私はテラスとパウダールームが特に気に入ったわ。私には絶対デザインできない。デザイナーのセンスの良さが存分に発揮されてると思う。」
私は感じたまま正直に答えた。
「良かったなジュリア。ナツに気に入って貰えて。さっきから感想を聞きたくてウズウズしてたんだろ?」
ジュリアが初めて会った時のように、頬に赤みが差し瞳を輝かせる。
「えっ?この家をデザインしたのジュリアなの?何故教えてくれなかったの?」
「だってあんなに興味津々に言われたら照れるじゃない。率直な意見も聞きたくて。」
「言わせてもらうけど、あのテレビはないんじゃないか?あんまりだろ。」彼がコホンと咳払いして言う。私は笑いだした。
「そうね。あれはないわ。どうして、ジュリア?」ジュリアに尋ねた。
「だってレオンったら『何でも君の好きにしてくれ』って、私がどんなに頑張っても興味を示してくれないんだもの…。だから嫌でも興味が示せるようにしてあげたの。」
「いったいどんなテレビなんだ?」
あの巨大なテレビを見た事がないライアンが聞いた。
私は嫌がる彼からリモコンを奪い、スイッチを入れ壁の一部を開いた。黒板のようなテレビが現れ大人は爆笑したが、アリアは映画館みたいだと感激した。
「ジュリアは悪戯のセンスもいいだろう?」
とライアンが私に問いかけた。
「ほんと、最高だわ。ジュリア。」と私はライアンに同意した。
怒ったり笑ったり推理したりと、忙しい時間を過ごした私達は、いよいよ 真相を確かめにマザーの屋敷へ向かうことにした。
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