第5.5話
世の中は金が全て。
それがエミリア・グリードの信条であり、十数年の人生で得た真理であった。
母はそれなりに大きな商家に使えていた使用人。そして、父はそこの主人だった。正確に言えばエミリアの母に主人であったギーゴ・グリードが無理矢理手を付けたと言うのが正しい。
妊娠が発覚すると、妻がエミリアと母メアリーを追い出したために、身寄りないエミリアと母のメアリーはスラムで身を寄せあい生きて行くことになった。
もちろん、身寄りも伝手も何もない女に出来る仕事など限られており、重労働で擦り傷が絶える事はなく、時には花を売る事もあった。
それでも母はエミリアに笑顔を常に絶やさず、望んだ子ではなくとも惜しみ無い愛情を注いで育てた。
だが……エミリアが六歳の時、無理が祟り母は倒れてしまう。
医者を呼ぼうにも金がなければ見てもくれないと知っていたエミリアは考え、考え抜いて、会ったこともない父親に頼る事にした。
一度だけ母から聞いた話と、スラムの顔役からの情報を頼りに街を駆けて、駆けて、半日以上の時間をかけてエミリアは父親の居所を見つけ出した。
そして、エミリアが門前までたどり着いた時、丁度父親とその家族が馬車で出掛けようとしていた。
エミリアを見たギーゴはそれなりに人の情があったのか複雑な顔を浮かべ、腹違いの兄妹からは侮蔑した目を、エミリアの母を追い出した妻はどこから取り出したのかあろうことか、グラスをエミリアに投げつけて『出て行きなさい、穢らわしいっ!』と叫んだ。
投げられたグラスは頭に当たり、血を流しながらもエミリアは怯まずに、父親達を睨み付けながら掠れた声で言った。
「母が……母が倒れました。どうかっ!どうか助けてください!」
半日以上走り回ったために喉は渇き、これ以上声を出したくもなかったが、一言で素直に助けて貰えると思わなかったエミリアは、続けて言った。
「助けてくれないのなら……私は母と娘を棄てた外道と周囲に言いふらしてから、舌を噛んで死にましょう!」
その一言で妻は激昂し、またグラスを投げ付けようとしたが、それをギーゴが止めた。
「……分かった。メアリーの元に案内してくれ」
使用人が手配した医者、ギーゴ、エミリア、護衛の男の四人で母の元に向かうと、母は虫の息だった。医者がその様子を見て手の施しようがないと告げると、エミリアは泣きながら叫んだ。
「なんでっ!なんでよっ!医者だったら治しなさいよ……!お願いだからっ!助けてよ……」
泣き崩れるエミリアにかける言葉などなく、周りは押し黙った。
「エミリア……」
そんな中で虚ろな声が発せられた。
「母さん……!」
エミリアは母に駆け寄り、手を力一杯握りしめた。
「エミリア……私の為に頑張ってくれたのね。ありがとう……。ごめんね。あなたが一人前になるまで一緒に居たかったけど……無理ね」
「そんなことっ……そんなこと、言わないでよ……」
「ごめんね……」エミリアの母は娘の頭をあやすように撫でながら、ギーゴに視線を向けた。
「お久しぶりです。ギーゴ様……」
「ああ……メアリー。……私の事が憎いかね?」
ギーゴは今聞くことではないと思いながらも、絞り出すにメアリーに問いかけた。
「……恨んでいないと言えば嘘になりますが、この子が生まれた事は私の人生で最大の幸福でした。……最後にお願いを聞いてくれませんか?」
「……なんだね?」
「この子を……エミリアをお願いしたいのです。お願い出来ますか?」
「……分かった。私が責任を持って育てよう」
「そうですか……感謝します。エミリア、産まれてきてくれてありがとう。幸せになるのよ……」
「やだっ!やだよ!母さんがいないと!母さんがいないと嫌だよっ……」
顔を歪め泣き叫ぶエミリアにメアリーは「困った子ね……」と、娘を頭を最後に優しく撫でて……眠るように静かに息を引き取った。
グリード家に引き取られたエミリアだったが数ヵ月すると、奉公という形で家を出された。
理由としてはエミリアを気に入らない継母や、腹違いの兄妹からの陰湿な嫌がらせ、折檻などがギーゴがいくら止めても、仕事に行っている間に行われた事、そしてそれが日に日にエスカレートしていったからだ。
身を守る為にとエミリアはグリード家と深い付き合いがある公爵家に預けられたのだ。
だが、そこで待っていたのはグリード家よりは、少しはまし程度の同僚からの陰湿な嫌がらせだった。
公爵家ともなると、男爵や子爵の子女が侍女として働く事も珍しくない。そのため下手な貴族より余程力を持つ商家とはいえ、妾の子は格好の虐めの標的だったのだ。
普通なら誰も味方がいないこの状況で、心が壊れたかも知れない。もしくはその前に自分で命を断ったかも知れない。だけど、エミリアは聡く、強い人間だった。
「幸せになるのよ」
その母の言葉を守る為にエミリアは何が必要かと考えた。
……どうすれば幸せになれる?母さんがいないのに、どうすれば……幸せになるには何が必要なの?
ああ……そうか。お金だ……。お金さえあれば、母さんは死なずに済んだんだ。温かい食事や、綺麗な服も着れたんだ。
それがエミリアのたどり着いた結論だった。
それから数年、エミリアは持ち前の政治力で公爵家の中で力のある人間に取り入ったりして後ろ楯を得ると、同僚達と駆け引きや、交渉術などで一定の地位を築き上げた。
ある程度の給金と立場を得て、これ以上のお金を得るために、どこぞの金持ちか貴族の愛人にでもなろうとエミリアが考えてる時、内密に公爵を通して国王から呼び出しがかかった。
直接関わった事のない国王からの呼び出しに何事かとエミリアが国王の元に向かうと、国王から直々に「王子の世話係になってくれぬか?」と頼まれた。
平民の自分を王太子の世話係に!?と驚いたエミリアだったが、それが第二王子だと分かると納得した。
身を守る為にも貴族や王族達の情報収集を怠らないエミリアの耳に入って来た情報に寄れば、正室が産んだ第一王子のアベルは四歳にして、生まれながらの聡明さを発揮しているとの話だが……側室が命と引き換えに産んだ第二王子のカインは三歳になったのにろくに喋らず、ぼーっとしているうつけとの噂だったのだ。
そのため本来なら貴族の子女達がこぞって成りたがる王室の世話係だったが、王位継承の目が極端に低く、正室からの不興を買う可能性のある第二王子の世話係に成りたがる者はいないとの話だったのだ。
だからこそ平民であるものの、公爵家で侍女としてやって行けるだけの才覚のあるエミリアに話が来たのだ。
国王直々の話とは言え、貧乏クジ以外の何物でもない第二王子の世話係にエミリアが返事を渋っていると、国王から世話係の給金に合わせて、国王個人から謝礼を払うとの話が出た。提示されたその二つを合わせると一般的な男爵以上の給金になる大金だった。
第二王子の世話係になった場合の面倒と、給金を天秤に掛けたエミリアは……世話係を受けることにした。
余り反応せず、生きているのか死んでいるのかも分からない第二王子の世話係になって二年。カインに時たま冗談や、不敬に当たりかねない言動をしたり
乙ゲー世界に転生しました。……男なのに @SInmasaki
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