その6

「カタナ、着いたらその足下に爆炎を放て」

「爆炎? 足下で?」

「巨人を焼く必要は無い。足下で火事を起こせ」

「了解」


 カタナは詠唱を始めた。鞘が巨人の足下に到着したタイミングで、巨人を中心にカタナの詠唱によって出現した爆炎の紋章が地面に広がった。


「〈爆炎〉」


 詠唱が完成すると、巨人の足下で凄まじい火柱が噴き上がった。しかしその火力を持ってしても巨人は跪かせる事すら叶わなかった。

 だが鞘の狙いはそこには無かった。

 巨人の身体を舐めるように噴き上がった爆炎は周囲の樹に延焼し、巨人とその周囲を朱色に染め返す。

 燃え盛る炎の中で、侍女たちの心配を余所に、カタナと日本刀を両手で構える鞘は「機会」を待っていた。

 髪や服をちりちりと焼かれるながらも待つ価値のあるその「機会」は意外と早く訪れた。

 周囲の炎が巨人の周囲で突然渦を巻き始め、灰を舞い上がらせた。


「――今だ」


 鞘は飛翔爪を使い真上にジャンプした。だが飛翔爪の力を持ってしても巨人の膝の辺りまでしか飛び上がる事は出来なかった。

 そのハズだった。少なくともそれを目の当たりにしていた侍女たちの認識では。

 飛翔爪から放出された光の布は大きく膨らみ上がり、侍女たちが想定していたそれを凌駕する高さを装備していた鞘に与えたのである。

 火災旋風。広範囲の火災や山火事などによって炎を伴う旋風現象の事で、場合によっては火焔を伴った竜巻を起こす為、火災を更に悪化させる最悪の自然現象である。侍女たちは知識が無い為に目の前で発生しているそれがそうだとは全く理解していなかった。

 今回の場合、火焔の竜巻みたいな大仰な現象は起きていないが、カタナの爆炎によって局地的な上昇気流が発生し、飛翔爪の光の布がそれを受け止めて装備していた鞘を天高く舞い上がらせたのである。

 鞘の狙いは上昇気流を利用して、魔導器具が内包されているであろう巨人の胸元まで飛び上がる事であった。


「『操刀必割!』


 飛翔する鞘はカタナを振りかざす。しかし風の属性の魔力を持つカタナでは土の属性で作られた巨人を断つ事は叶わないと他ならぬ鞘が理解していたはずではないか。


「あっ!」


 成り行きを見守っていた侍女の一人がその時、巨人の異変に気づいた。


「――亀裂が」


 鞘が焼かれる事を覚悟で爆炎を利用したのは上昇気流を得る為だけでは無かったのだ。爆炎の熱を持って、土で出来た巨人の体表が急速に乾燥し、その結合力を奪う狙いもあったとは、侍女たちはその時まで誰も気づかなかった。


「『流星光帝斬』!!」


 鞘は巨人の亀裂目がけてカタナの強大な剣圧を撃ち放つ。先ほどは容易く跳ね返されてしまったそれは亀裂の隙間に入り込み、巨人の体表ばかりか体内に侵入して凄まじい振動を起こさせ、巨人の胸から上を体内にあったであろう魔導器具を粉砕したのである。


「姫様!?」


 それを見て侍女たちは、体内にいるであろうユイ姫も一緒に吹き飛ばされてしまったのでは無いかと動揺する。


「心配するな」


 巨人を撃破して宙でとんぼを切った鞘は、巨人の股間にある巨大なシメジの上に着地する。そして片手に持っていた日本刀で足下にある、魔導器具の庇護を失ったシメジをばっさりと断った。

 シメジを失った巨人の身体は一気に崩壊する。するとシメジの根本の奥から、菌糸塗れになっていたユイ姫の身体が現れたのであった。


「冬虫夏草の性質を持っているって言うから恐らくここに居るんじゃ無いかと思っていたよ。――カタナ、地上に〈転移〉を」

「アイよ」


 ユイ姫を抱きかかえた鞘は、霧散していく巨人を背にカタナの転移魔法を使って、地上にいる侍女たちの前へと帰還した。


「ゴメン」


 鞘にお姫様だっこされているユイ姫は意識を取り戻すと、気まずそうに苦笑いしてみせた。


「あら、姫様、顔赤いですよ」

「う、うるさいっ!」


 鞘にお姫様だっこされているユイ姫は、侍女たちに冷やかされて一層顔を赤くした。


  *   *   *   *


「すまんねぇ」


 ユイ姫の治療で早々に王宮に戻った鞘は、ミブロウ国王シフォウ直々の出迎えを受けた。


「うちの跳ねっ返りがまた下手打ったみたいだなぁ」

「もう慣れましたわー」

「ははは」


 かつて魔皇を討ち取ったこの壮年の王に、不断の精悍さが嘘のように優しい笑みを作らせるのはかなり親しい者で無ければ無理である。

 〈ラヴィーン〉に於ける列強の王の一人でもある彼にとって鞘は、頼りになる魔導狩人であると同時に、この世界での無二の親友の忘れ形見であり、娘と同じくらいの存在にあった。


「まー、この件の礼はちゃんとするとして――おい」


 そう言うとシフォウ王はいきなり鞘の首に腕を回して引き寄せた。


「変な仕事に付き合わせてスマンかったなあ。……で、だ」

「何ですか?」

「今度はこっちの狩りに付き合ってくれないか?」

「もうチンコ狩りはゴメンです」

「俺だってヤダよ、んなモン。――海で“アワビ狩り”に行かないか」

「…………」

「何だその複雑そうな顔は」

「……まさか今度は“女の巨人”って事は無いですよね」


 するとシフォウ王はいやらしそうに笑う。


「鞘、お前さん察しが良いなあ」


 鞘は堪らず仰いで呆れた。



                          完

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

魔導狩人 =キノコ狩り= arm1475 @arm1475

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ

同じコレクションの次の小説