その5

 シメジを斬り落とした鞘だったが、刃先が巨人の股間の皮膚に到達した途端、刀身が粉々に砕けてしまったのだ。

 渋い顔をする鞘は柄を握る右手に軽いしびれを覚えていた。鞘の苛烈な剣技を持ってしても巨人の皮膚は断てず、その反動は刀身に犠牲を強いたのだ。


「この巨人――ただのキノコじゃ無いな」


 着地した鞘は柄を放り捨てその場を飛び退く。入れ替わるように降ってきた巨人の足は転がっていた柄を粉々に砕いてみせた。


「おーい侍女さん。シメジが本体じゃ無いのか?」


 木陰に待避した鞘が侍女たちに大声で訊いた。


「そのハズなんですが……」


 侍女たちも困惑する。


「冬虫夏草……」


 鞘はそう言って傾げる。


「……カタナ」

「何?」

「以前、空気タイプの巨人と戦った事があるが、魔導器具でああいう奴は他にもいるか?」

「魔導器具? ウーん」


 カタナは鞘の背中で唸った。


「作り出すのなら。でも大抵は四大元素の魔力に準じるから、キノコの巨人を作り出す魔導器具は原則、存在しなイわ」

「原則、か」


 鞘はため息をついた。


「……四大元素の魔力、火、水、土、大気。――あの巨人に影響を与えていそうな魔力は土かね」

「土?」

「こんなデカい身体を作り出したのは土の魔力の影響かね」

「魔力に汚染された土、って事?」


 カタナは鞘の考えを察した。


「つまりあの巨人は――」

「土の魔力を帯びた土の鎧で覆われてる」


 先述の世界最大のキノコは地面の中で大きく成長していた。この巨人も地面の中で大きく成長し、人型の土をまとって歩き始めたのであろう。


「あの巨人の実質的な本体は股間のシメジじゃなくて、その土の魔力の素になってる魔導器具のほう、だな」

「やっとアたしたちの仕事らしくなったわね」


 カタナはにやりと笑う。股間に触るより派手にぶった切るほうが性に合っているといわんばかりに。


「でも、どこにアるかなァ」

「人型って事はそれに習ってるんじゃねぇかね」

「習ウ?」


 聞かれて、鞘は頷きながら巨人を指した。

 その先にあるのは、巨人の左胸。

 即ち、心臓。


「成る程。でもアの高さはちょっとやそっとじゃ届かなイわよ?」

「〈吹〉でもキツイか?」

「ギリギリで届イても、着地がねェ」

「あー」


 鞘は仰いだ。赤松の森の高さを凌駕するサイズの巨人を相手にするには足場が頼りなさ過ぎた。

 加えて、巨人が意外と俊敏な動きをすることもあった。魔力で狙撃しようとしても簡単に防がれてしまうであろう。火力にものを言わせる方法ならあるいは距離に関係なく処分出来るであろうがしかし問題は内部にユイ姫が居るという点である。

 流石に鞘も、面倒くさいからまとめて燃やしちゃおうとは口が裂けても言えるはずが無かった。

 言う代わりに軽く舌打ちをするが、カタナには何故舌打ちをしたのか判らなかった。


「カタナ、ダメ元で聞くが〈転移〉は……無理だよなあ」

「一度行った場所なら可能だけど、アの巨人の胸なんて行った事無イからねェ」

「……跪かせてみては?」


 侍女の一人が提案した。


「どうやって?」

「足を攻撃しましょう」

「転ぶかね?」


 鞘は傾げながらもカタナを巨人に向ける。

 カタナは詠唱を始める。


「「一刀両断! 『流星光帝斬』!!」」


 鞘は詠唱によって金色のオーラに包まれたカタナを振り下ろし、膨大な魔力を伴った凄まじい剣圧の衝撃波を巨人の足めがけて撃ち放った。

 ところが巨人はその衝撃波をいとも簡単に蹴り飛ばしてしまったのである。跳ね返された衝撃波は周囲にある大量の赤松を宙に舞い上がらせた。鞘たちは慌ててその場から待避した。


「おいおい、なんで効かないんだ?」

「属性ね。流星光帝斬は風の属性。でもアちらは風に強イ土の属性。アたイは基本風の属性だからやっぱり魔導だけでは無理」

「術使う時に稲光起こす癖に?」

「派手な方がイイでしょ」

「さよか」


 鞘は思わず仰いだ。


「跪かせるのも無理……かぁ。やっぱり跳ぶしか無いか」

「鞘様、この飛翔爪で跳べる所まで跳べませんか?」


 侍女の一人が装備していた飛翔爪を鞘に差し出した。その幅広な布は時折吹く風にふわふわと浮いて舞っていた。

 鞘は暫しそれを見て、ふむ、と呟いた。


「その光の布、風に乗るのか」

「はい、それが何か?」


 訊かれて、しかし鞘は応えず、うーんとしばらく唸って、よし、と手を叩いた。


「魔法で足りなきゃ物理で補うか。済まないけどそれ貸して」

「は、はい」


 鞘は戸惑う侍女から飛翔爪を受け取ると、光の布を舐めるように見回した。


「イケそうだ」

「どうするんですか」

「ちょっと荒技使うからみんな離れてて。あと、もう一本刀貸して」


 言われて、別の侍女が所持していた日本刀を差し出した。先ほどの水心子正秀には劣る無銘の一降りだったが、鞘は鞘から引き抜き、零れてきたその鈍い光を見て満足そうに頷いた。


「この先に空いてる場所ってある?」

「あの巨人がいる辺りがそうです」

「じゃ、ちゃっちゃと殺ってきますか」


 そう言って鞘はカタナを担いで巨人の足下へ駆けだした。

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