その4

 10メートルの巨躯で金髪をキラキラ光らせ、流し目を侍女たちに送るそのその仕草がいちいちキザである。

 王族に仕える侍女たちでこんな有様である、一流ブランドのスーツを着込んでいればそこいらの町娘なら体格の差など忘れてメロメロ(死語)になっていたであろう。


「裸でもイケメンなら許されるのか……所詮この世は※但略」


 鞘がそうぼやいた次の瞬間、大きなかけ声とともにユイ姫がイケメンのマツタケを切り落とした。


「さっさと斬りなさいよ全く!」

「姫様すみませーん」

「……僕、そういうブレの無さは嫌いじゃ無いなあ」


 2体目を仕留めてから侍女たちを説教するユイ姫を見て鞘は苦笑いした。

 その笑みが次の瞬間、凍り付いた。

 侍女たちを説教していたユイ姫は、突然の出来事に反応する事が出来なかった。

 森の奥から巨大な手が伸びてユイ姫を鷲掴みにしたのである。

 凍り付いた鞘たちの表情がやがて驚愕の色に塗り替えられていく。


「三体目です――」


 恐怖寄りの色に変わりつつあった侍女の一人がそれを指して言った。彼女は先行隊の侍女であった。


「――確認した時はもっと小さかったのに――倍、否、3倍の大きさになってる――!?」


 鞘はもう一度巨人を見た。

 股間に生えていたのはマツタケでは無かった。


 地球上に現存する生物のうち世界最大の生物とは何か、訊かれたら、大半の人はシロナガスクジラと答えるであろう。

 否、である。

 学術名、Armillaria ostoyae。

 和名、オニナラタケ。キシメジ科のキノコである。

 現時点で確認されているそれは、1998年に米国オレゴン州の東部で発見され、その菌床の総面積、約10平方キロメートル。東京ドーム206個分相当に値する。

 推定重量約600トン、推定年齢は約2400歳。広さ、重さそして年齢からして桁外れのスケールである。DNA鑑定により単一の生物である事が判明しており、現時点で最大の生物と認定されている。


 博識の鞘ですら、巨人の股間に生えるキノコをシメジらしい、とまでは判ったが、それが世界最大の生物であるとは思わなかった。

 この巨体はその性質をフルに活かして作り上げたと思われる。恐らく侍女が見たのは、巨人の身体を構成する菌糸が伸びきっていなかった状態だったのであろう。

 最初の2体の3倍以上のサイズもある巨人に圧倒されていた鞘たちであったが、直ぐに状況を思い出して我に返った。


「まずい――」


 鞘は掴まってるユイ姫を救出すべく駆け出したが、直ぐに止まった。


「姫――」


 シメジの巨人に捕まっていたユイ姫が、鞘たちの目の前で、ぱくり、と食われてしまったのである。


「ユイ姫っっっ!!!」


 血相を変えた鞘が直ぐさま飛び出した。しかしそれをカタナが髪を引っ張って引き留めた。


「おいっ!?」

「鞘、落ち着いて。姫は無事だから」

「無事って!食われただろうが!」

「巨人の身体は菌糸で出来ているンですよ?内臓はおろか歯も無いから」

「あ」


 それを聞いてようやく鞘は立ち止まった。


「デスヨネー。……でも飲み込まれた」


 するとカタナは腕をもてあまして唸る。


「キノコは移動する為に菌糸で巨人の身体を作っているンですが、もう一つ役割を持ってます」

「役割?」

「繁殖に使う苗床を探し、捕獲する為です」

「つまり……冬虫夏草?」

「はい」


 冬虫夏草。宿主である昆虫を滋養にして成長するキノコで、漢方や薬膳料理で用いられる有名な高級食材である。


「珍しい話じゃありません。そもそもキノコが移動するのは苗床を捕食する為で、この時期家畜などが被害に遭ってます。キノコ狩りはその予防策の一つとして行われているものです」


「……てことは、だ」


 鞘は溜息を吐いた。


「放っておくとユイ姫があのキノコの滋養にされると」

「はい、放っておくと。人間が捕食された話は今まで聞いたことはありませんが……あのサイズ的になら……」


 困惑する侍女の言葉に、鞘はもう一度、溜め込んだ疲れを吐き出すような溜息を吐く。正直な所、内心ではこのまま放っておきたい気分であったが。

 複雑そうな顔をする鞘を余所に、気を取り直した侍女たちがシメジの巨人に向かおうとするが、巨人のサイズがそれを阻んだ。


「届かない!」

「ボウガンは!」

「ダメ!でかすぎて何発打ち込んでもダメージ与えられない!」


 飛翔爪には装着者の跳躍力を向上させる力はあっても飛行能力は無い。30メートルを超す巨体の股間には剣も槍も届かなかった。

 ボウガンを装備する侍女たちはありったけの木の杭をその足に打ち込むが、膝を付かせる事も叶わぬばかりか、巨人の足を構成する菌糸の密度が高まり、ついには木の杭は弾かれてしまうようになった。


「カタナ、行くぞ!」

「はい!」

「『操刀必割!』」


 鞘はカタナの封印を解放し、〈魔皇の剣〉へと姿を変えた。

 いつもならここでハイテンションなカタナが刀身に現れるのだが、今回は何故か気むずかしそうな貌をしていた。


「……何その不機嫌そうな顔は」

「鞘」

「何」

「アレを斬れって?」


 カタナは巨人の股間を指した。


「今この場でアレを斬れるのは僕たちだけだ」

「だが断る」

「……どうしたカタナ」


 するとカタナは顔を赤らめ、


「――れ、れ、レディになんて事させる気よアンタ! あ、あ、あ、あんなチンポ」

「いや、キノコだからアレ」

「キノコでも何でも、股間に生エてるアんなモノ触りたくも無イ!」

「あー」


 当然と言えば当然ではある。先ほどとは全く正反対の反応に鞘、思わず苦笑い。


「てか、このままだとお前の大好きなユイ姫が……」

「好きなのはアっちの人格! アたイはアイつなんか知ったこっちゃ無イ!」

「えー」


 この期に及んでカタナの二重人格が災いするとは。鞘は思わず仰いだ。


「やれやれ。お前さんが斬りたくないなら、僕が斬るしかないか。おーい、誰か刀を貸して」


 鞘はシメジの巨人を取り囲む侍女の一人に声を掛ける。


「それでしたら、これを!」


 侍女の一人が日本刀が収まった鞘を差し出してきた。


「おー、水心子正秀の業物か」


 鞘はそれを一目で見抜いた。

 水心子正秀。江戸時代後期の刀工である。太平の世による作刀技術の衰えを憂い、南北朝から室町初期の古刀を理想像として復古させた「新々刀」の祖として知られている。


「姫様の予備です」

「あんにゃろ、こう言う佳いモノ持ってるのに黙っていやがって。――よし」


 鞘はすねるカタナを左肩に乗せると、水心子正秀の業物を、収まる鞘を噛んで右手で一気に引き抜く。そして剣先をゆっくりと巨人に向けると、口から鞘を放り出した。


「僕をあそこまで飛ばせるだろ」


 カタナはしばらく黙ったまま拗ねていたが、ちっ、と小さく舌打ちすると詠唱を始める。


「――〈吹(すい)〉」


 すると鞘の足下から小さな光の粒子が立ち上り、鞘の身体が浮き上がった。

 鞘は詠唱を続けるカタナを足下に向ける。

 同時にカタナは両手から閃光を放ち、鞘の身体をシメジの巨人の股間目がけて吹き飛ばした。

 急加速で上昇したにもかかわらず、鞘は眉ひとつ動かさず、巨人の股間のあるシメジの根元に狙いを定めていた。

 まさにロケット。銀色の閃弾は巨人に反撃する暇も与えず、瞬く間にシメジの根元を貫き、綺麗に刮いた。


「一閃で……」

「一太刀では斬れないわよ普通……」


 辛うじてその剣裁きを見極められた、動体視力に長けた侍女も数名居た。

 彼女たちの目には最低でも10連続の突きを短時間、否、一瞬にして撃ち放ち、巨大な剣先を作り出してシメジを刮いだ光景が焼きついていた。

 侍女たちは全員、鞘の剣筋の前に戦慄した。あの〈魔皇〉と呼ばれた男の忘れ形見たちなのだと、皆改めて理解した


 ところが、である。

 

「――何?!」


 鞘が悲鳴にも似た声を上げた。侍女たちが鞘の真横を掠めながら散って行く光の正体に気づくには少し時間が掛かった。


「水心子正秀が――砕けやがった」

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