その3

「この奥です。3体おります」

「3体……?」


 飛翔爪で進むユイ姫たちに、息も切らせず疾走して付いてきた鞘は、先行隊の報告を聞いて困惑を深める。


「いや……だから……これ……キノコ狩り、だよね?」

「マツタケ狩りよ。ほら」


 そう言ってユイ姫は、先行隊が指した森の奥を見た。

 そこは少し開けた場所で、上から心地よい日差しが降り注いでいた。深い森の中を進んでてこう言う場所にたどり着くと実に爽やかな気分になるのは間違いない。


 確かにそこに、マツタケはあった。


 正確に言えば、背丈は10メートルはあろう、巨大な裸の亜人種の股間に、それは生えていた。


 鞘は後に、それを目の当たりにしたその時が、自身の人生においてもっとも全力を尽くした瞬間だと語る。

 全力で突っ込む事に。


「なんじゃそりゃあああああああああっっっっっっっ???!!!」


 まるで天を突くようにそそり立つ巨大なイチモげふんがふんマツタケは、紛うことなく高級食材、庶民にはお吸い物でお馴染みの松茸であった。


「凄く……」

「大きいです……」


 ユイ姫や侍女たちはマツタケをうっとりとした顔で見つめていた。その隣では鞘が一人蹲って頭を抱えている。


「……何かタチの悪いドッキリじゃねぇのかコレ」

「いえ、アレがマツタケですよ」

「カタナ、冷静に言わんでくれ……」

「でもマツタケですし」

「……こちらではアレを食ってるのか」

「ええ。他にもシメジやシイタケが」

「えーとですね」

「はい?」

「……やっぱり?」

「ええ、同じように」


 カタナに言われて、鞘は想像した。そしてもう一度頭を抱えた。


「……“ドーナツ”の事と言い“天丼”の事と言い、この世界の神様はどんだけ歪んた性癖を……っ!!!」


 ちなみに“天丼”はこの世界では食べ物では無く、ドーナツ同様に良い子にはまだ早い使い方をする道具を指していた。


「さあ、鞘、狩るわよぉ」


 ユイ姫たちが一斉に構えた。


「姫様スミマセンがマツタケ見ながら舌なめずりしないでください不快デス」

「美味しそうなマツタケ見て何が悪いのよ?」

「いや悪くは無いけどさ!」

「鞘はバックアップ頼むわよ!一同、フォーメーションA!早い者勝ちよ!」

「お、おい」


 当惑する鞘を余所に、ユイ姫たちは散開して巨人を瞬く間に包囲する。


「慣れてるなあ」

「狩りは王族のスタンダードな娯楽ですから」


 カタナがそう答えると鞘はまた頭を抱える。


「……娯楽で狩ってるの」

「まぁ半分は王族の仕事みたいなものですが、娯楽と言えば娯楽ですね」

「キノコを」

「はい」

「……僕、本気で元の世界に戻る方法探すなあ」

「えー」


 と鞘たちが暢気に会話している前で、ユイ姫たちが飛翔爪を駆使して巨人に一斉に襲いかかった。

 赤松の森を進む巨人の動きはゆっくりとしていて、ユイ姫たちの襲撃に反応こそするが、反撃する素振りは無かった。

 魔導力によって飛躍的に向上した跳躍力を持って、周囲の赤松を足場に跳び上がり、他方から飛びかかっていく。

 ボウガンを所持した侍女が巨人の足に狙いを定め、木の杭を撃ち放つ。

 木の杭を突き立てられた巨人の足はその場で左膝を突いた。


「今よ!」


 日本刀を担ぐユイ姫は巨人の背中から肩をかすめて飛びかかり、左腿を蹴って巨人の股間に剣先を伸ばす。反対側からも槍と剣を手にした侍女二名が旋回しながら斬りかかった。

 三条の閃光が、巨人の股間に生えているマツタケの根元を貫く。

 ユイ姫たちが着地すると同時に、マツタケは根元からぽろりとこぼれ落ちていった。


「…………っっ」

「鞘、何で股間押さえてるんですか」

「……女には一生判らんよこの気持ちは……イタタ」


 そう言って鞘は心の中でマツタケを切り落とされた巨人の為に涙を流した。


「……あれ?」


 鞘はきょとんとする。マツタケを切り落とされた巨人の身体が光を放ちながら塵に変わり、粉々になって朽ちていくではないか。


「どういう事」

「マツタケが本体だからね」


 ユイ姫が日本刀を肩に担いでしたり顔で応える。


「巨人の身体って、キノコが繁殖で移動する為に作り出した菌糸で構築されてるのよ。だから本体が分離させられるとその身体は維持出来ず粉々になっていく。身体は食えないし、でも有害じゃ無いわ」

「成る程……別の意味で納得はしたくないがな」

「取り敢えず一本~~!」

「とったど~~!」


 侍女たちが巨大なマツタケを囲んで鬨の声を上げていた。

 もの凄く嬉しそうではあるが、鞘の目にはそれが、マツタケが採れた事では無く、何かストレスを発散出来た事を喜び合っているようにしか見えなかった。


「何という肉食女子ども……」

「さぁて、次はどいつだぁ?」

「あと二体だっけ……ユイ先生、僕、親父の忌引きで早退していいですか?」

「ダーメ」


 ユイ姫は意地悪そうにウインクした。


「いや、でも僕必要ないじゃん」

「うん、でも、たまに、ね……」

「姫様、二体目が接近中です」


 先行していた侍女がやってきて報告する。


「それもキコウシュです!」

「……そろそろ元ネタのファンに殺されそうな気がしてきた」

「鞘、何を訳のわからない事言ってるのよ、さぁ駆逐するわよ!」


 すっかり殺る気満々なユイ姫たち肉食系狩人女子たちは、呆れる鞘を置いて先へ進む。

 鞘も渋々その後を追っていった。

 5分ほど森を走ると、既にユイ姫たちは二体目と交戦中であった。

 しかしよく見ると苦戦している。先ほどはあっさりとイチモげふんがふんマツタケを切り落としたのに、今度は何故か刃を突き立てるのに躊躇しているようであった。


「きゃー!」

「いやーん!」


 巨人を包囲している侍女たちの黄色い声が鳴り止まないのは何故か。



「どうした――」


 鞘は二体目の巨人の顔を見るなり唖然とした。そしてその理由を即座に理解する。

 気品に満ちたイケメン。


「そっちの“貴公”かいいいいいいいっっっ!!」


 ちなみにこのツッコミは鞘にとって人生で二番目の全力であった。

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