その2

  *   *   *   *


 翌日、鞘とカタナは、ミヴロウ国の王城から西へ徒歩で半日ほどの距離にある赤松の森に赴いていた。

 東京の皇居のそれに相当する広さを持つ赤松の森の入り口で、ユイ姫一向が鞘たちを待ち受けていた。。


「良く来たわねぇ、鞘、カタナ」

「お久しぶりです、姫様」


 カタナはふわふわ浮きながら満面の笑みで挨拶した。その隣に居る鞘は、ユイ姫の顔を見るなり、挨拶代わりに溜息を吐いてみせる。


「何、鞘、疲れてんの?」

「まーねー」

「……何かやる気なさそうねぇ」

「無い(キリッ)」

「ダメですよ鞘、ちゃんとしましょう」


 相棒の心情を理解してくれない相方に、鞘は軽く絶望した。


「まー、それはそうと」


 鞘はユイ姫の周りに居る侍女達を見回した。


「あれ? 狩りのメンツって侍女さんばかりだけど、男性陣は?」


 それを聞いた侍女達が少しざわめく。


「あー」


 ユイ姫は頬を掻いた。


「断られた」

「え、何、どういう」


 鞘はその時、不吉な予感を覚えた。

 否、依頼を持ってきたイチエが同行せずに去っていた時点で実は、心の隅で危険にも似た何かを予感していた。


「流石に……」

「無理よね……」


 周りに居る侍女達がこそこそと言い合ってる。どことなく笑っているようであった。


「男どもは力仕事で忙しいのよ。それに今日のは魔導器狩りじゃ無くて、あたしの狩りのお手伝い、男手なんていらないの」

「じゃあなんで僕呼んだのよ、僕も男だぞ」

「暇なんでしょ」

「暇じゃねーし」


 するとカタナが不思議そうに、


「え、最近仕事の依頼無かったでしょ?」

「うるさい黙れ」

「ならいいじゃない」


 ユイ姫はニヤッと笑う。


「ちょっと前まで忙しかったんでしょ? 狩りで気晴らしすれば」

「気晴らしね……」


 これが本当に言うような気晴らしになるのなら、確かに大歓迎である。

 しかし鞘は相手がユイ姫である以上、素直に信じる訳には行かなかった。

 今まで彼女のどれだけ騙された事か、鞘は思い出すだけでもゾッとする。

 何より、先ほどから感じている数々の違和感。鞘は今までの人生の中でトップクラスの細心の注意を払った。


「しかし何でまたキノコ狩りに」

「あら、貴方前に味噌汁飲みたいって言ってたでしょ」

「はい?」

「ほら、前にうちの城に滞在した時に」

「そんな事言ってたっけ……ああ、そういや沢庵の話で何となくそんな事言ったっけ」


 言われて、鞘は滞在した時にシフォウ王との会食で和食が食べたいと漏らした事を思い出した。


「あれで父上も久し振りに食べたいと申してな。で、マツタケが採れるシーズンになったから」

「マツタケですとぉぉぉっっ!!?」


 鞘の目が思わず輝いた。

 思えば目の前に広がる森は赤松ばかり、松茸が繁殖する絶好の場所である。


「こ、この世界にも松茸はあるのか?」

「当然じゃない。ここ、赤松の森よ」

「デスヨネー」


 鞘は心が躍った。

 あこがれの高級食材。

 元の世界では小学生の頃に一度だけ、父親との剣の修行で山ごもりした帰りに、麓の温泉の夕食に出た炊き込みごはんで食べた事がある程度だが、あの香りは未だに忘れていない。

 しかし鞘は直ぐに我に返った。それだけこの状況での違和感が激しいのである。


「……てか。キノコ狩りだよね」

「あー、マツタケ以外も採れるのよこの森」

「いや、そうじゃ無くって」


 鞘は、侍女が背負う巨大な日本刀を指した。


「何に使うの」


 日本刀だけでは無い。剣に槍、弓、ボウガンまで担いでいる者もいる。

 しかも全員、女性用に軽量化しているとはいえ鎧装備である。


「キノコ採集になんでそんな物騒なものを」


 鞘が怪訝そうに訊く。

 するとユイ姫は傾げた。


「へ、何か変?」

「めっちゃ変」


 まるで全員、狩りという言葉で勘違いしてやってきたような物々しい装備なのである。これを変と言わずして何と言おう。

 だが鞘はこの時、忘れていた。

 ここは異世界。〈魔導界〉ラヴィーンである事を。

 その時である。森の奥から、耳をつんざく爆音ともにピンクの煙を引くロケット弾が上空へ昇っていった。


「姫様、狼煙です!」

「鞘、来て早々だけど“奴”を見つけたから行くわよ!」

「は、や、“奴”?」


 鞘は困惑する。何故、見つけたのか、と。奴、とは一体。

 本当にこれは“キノコ狩り”なのかと。

 ユイ姫は下げていた剣を一気に引き抜いて掲げる。


「行くわよみんな!女の底力見せなさい!」

「おおーーっっ!!」


 侍女たちもそれぞれが持つ武具を翳し鬨の声を上げた。


「……まるで獣でも狩るみたいな」

「そうですよ」


 今までユイ姫にべったりしていたカタナが不思議そうに言う。


「はいぃ?」


 もはや混乱の一歩手前の鞘であった。


「ほら、鞘、カタナ、ボサッとしてると置いていくわよ!――一同、飛翔爪(ファング)発動!」


 ユイ姫の号令とともに、侍女たちは首に提げていた爪の形をした魔導器に触れる。するとその身体の周りを薄く幅広い布のような光が包み込み、ゆっくりと浮上した。その姿はまるで羽衣を纏った天女である。

 それは南方の高地に住むハゴロモトカゲの爪を加工した魔導器で、装備した者を浮かせるだけでなく、跳躍力を向上させる効果を持っていた。

 光の布の正体は完全には解明されていないが、ミヴロウ国お抱えの、30世紀の世界から迷い込んだ物理学者の分析では、慣性に作用する微粒子の集合体ではないかと言われている。

 先の大戦では、攻撃魔法が飛び交う戦闘中ではあまり有効活用されず、もっぱら偵察で用いられる事が多かったようである。

 現在では騎乗が難しい場所での狩りや、大型の建設機材が使えない狭い建設現場などで利用されている、一般市民にも浸透したベーシックな魔導器だった。


「行くわよ!」


 ユイ姫が飛び立つと侍女たちもそれに追随する。


「やれやれ」


 鞘は面倒くさそうに頭を軽く掻くと、カタナに合図して走り出した。

 地表を疾走して追い掛けてくる鞘たちを観て、侍女たちが感心する。


「話には聞いていましたが……瑞原殿、飛翔爪を使ってる我らに易々と付いていくとは凄いお方」

「あの魔皇の縁の者とは聞いてますが……」

「ほら、あなたたち、よそ見してるとぶつかるわよ」

「あ、は、はい」


 ユイ姫は鞘の話題をする侍女たちに少し機嫌を損ねているようだった。侍女たちは直ぐに察して黙って付いていった。

 森の奥を3分ほど進むと、先ほどの狼煙が上げた先行隊が合流してきた。

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