魔導狩人 =キノコ狩り=
arm1475
その1
魔導界〈ラヴィーン〉。そこはあらゆる世界の始まり、そしてあらゆる世界から放逐された人々の為の約束の地。
かつて〈ラヴィーン〉に世界の覇を唱えた、魔皇、と呼ばれた男が居た。
恐怖と暴力、そして最強の力を持つ〈魔皇の剣〉によって世界を支配せんとしたが、一人の勇者によってそれは潰えた。
時が流れ、〈魔皇の剣〉は一人の若き魔導狩人の手に渡る。
魔導狩人。人々は、かつて魔皇が世界征服に用いた数々の魔導器による災害を防ぎ、解決する仕事を請け負う冒険者をそう呼ぶ。
奇縁の末に〈魔皇の剣〉を手に入れた若き魔導狩人、瑞原鞘(みずはらしょう)。彼が魔皇の忘れ形見だという事を知る者は少ない。
遙かなる異世界からやってきた、魔皇に縁し若者の手にその力が委ねられた時より、若き魔導器狩人と〈魔皇の剣〉の冒険が始まった。――
「シメジ?何それ」
町外れの小さな食堂のテーブルの上で、自分の胴ほどもある大きな木イチゴの朝食を摂っていた小さな剣の精霊、カタナは、向かいでヤギのチーズを塗ったパンで朝食を摂っている相棒の瑞原鞘がふと漏らした言葉に反応した。
「ん? ……ああ、キノコの一種でな。あれが入った味噌汁を久し振りに食べたいなあ、って思って」
「ミソシル……、あ、お父上も昔そんな事を言ってたような」
テーブルの上でうーん、と傾げるカタナを観て、鞘は脳裏に一瞬過ぎった、魔皇の姿で自分と同じような事をぼやく父親に吹き出しそうになった。
「あー、僕も〈ラヴィーン〉に来て長いが、親父も食いモンで相当苦労したみたいだなあ」
鞘はそう言って頬張っていたパンをコーヒーで流し込む。
「ワショク、ですか。この間から言ってますよね」
「ほら、先週まで世話になってたシフォウ王が、橋本さん家の沢庵食いてぇ沢庵食いてぇってぼやいていたのが移っちまったみたいでさぁ。僕もシメジの味噌汁飲みたくなった。
元居た世界から、色んな時間軸から人や物が紛れ込んでくるラヴィーンにも、無いものはあるんだよなあ。やっぱりこの世界にはキノコは無いのかねぇ」
「ありますよ」
「え、マジ?」
思わず身を乗り出してきた鞘の目は輝いていた。
「どんなキノコさー?!シメジ?椎茸?それともリッチに松茸?」
「ま――」
松茸、と聞いた途端、カタナが困惑する。
「どうした」
「ま……マツタケ……?……あンなものを……鞘や魔皇様が居られた世界では食していた、と?」
「あんなモノ?どういうコト?」
「え……あの……いえ、確かに食べ物は食べ物ですが……」
カタナは何故か顔を赤らめ俯く。
そこで鞘はようやくこの世界の“特性”を思いだした。
(あー、そういや俺たちの世界ではそう呼んでるモノが、こちらじゃ全く別モノの場合もあるんだよなあ。えーと、『ドーナツ』だったよなあ、あれはこちらでは生きた…)
その時だった。
店の入り口から、金属が小気味良くぶつかり合う音と一緒に聞き覚えのある声が届いた。
「失礼する、こちらに魔導狩人の瑞原鞘殿がご滞在されてると聞きまして…」
「鞘、ミヴロウ騎士団のイチエさんよ」
「あれ、本当だ、おーい」
二人は旧知の訪問に、手を振って応えた。
「おー、二人とも久し振りだな」
イチエと呼ばれた黒髪の騎士は嬉しそうな顔で手を振って二人のほうへやってきた。
「どうしたんですか、仕事の依頼?」
「仕事と言えば仕事だが……」
イチエは少し仰ぎ、
「んー。まあ姫様からの依頼というかお誘いというか」
「姫」
その言葉を聞いた途端、鞘は不快を露わにする。
「あ、やっぱり」
イチエ、思わず苦笑い。
呆れるカタナは鞘の正面に飛び、鼻頭をつん、と小突いた。
「鞘、失礼ですよ、お世話になってる方なのに……」
「いや、だってあの姫さんの依頼ってろくな事無いし……」
「そうですか?」
「オメー記憶力無いのか?この間なんか何度逆バンジージャンプさせられたか!」
「えー?楽しかったじゃ無いですか」
嬉しそうに笑うカタナを見て、鞘はこれはダメだ、と仰いだ。カタナは姫=ミヴロウ国の王女、ユイ姫の事が大好き、いやほとんどシンパであった事を思い出す。
(……世を震え上がらせた魔剣が残念姫にゾッコンとか……最低最悪のジョークやん)、
鞘は心底疲弊した面をイチエに向けた。
「でー、具体的にどんな依頼で?」
「あー、依頼っつーか……」
何故かイチエはまた口ごもる。どうやら言い出しづらい事情があるらしい。
そしてもう一度仰ぐと、諦めたような顔を二人に向けた。
「いや、狩りのお誘いだ」
「狩り?」
頷くイチエは一呼吸置いて、
「キノコ狩り」
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