踊る焔

深津 夏凜

01

「皆様、お初にお目にかかります。

わたくしの名はこの場ではお教えできかねますが、宜しければお時間を頂きたい。

今から話すお話は、今世間を賑わせている

有名歌手“谷櫛 明喜”殺人事件でございます。

皆様がTVや雑誌等で報じて知り得ているものと

わたくしの知り得る情報では、多少食い違いがございます。

その件についてお時間の許す限り、事細かくお話ししようと思います。

そして、聞いた上で皆様に考えて頂きたいのです。


この事件の、本当の被害者をー。


まぁ。

皆様が仰る通り、確かに殺された被害者は

谷櫛 明喜ではあります。が、

彼女は皆様が思う程の優しく、聡明で、“善人”であったのでしょうか。

芸能人ということもあるので、多少の裏はあるかと思います。

なので、彼女の闇の部分も含めてお話ししましょう。


そして、彼女の影に隠れた人生を送る

姉、谷櫛 美幸の物語も含めてー。」



背景は黒く、中央には1体の人形。糸繰り人形のようだ。声の主は、声自体を加工しているので男か女か判断するのは難しい。

ピエロの格好をした人形は、最後に近日公開と告げて軽やかに一礼し、動画は終わった。


「この動画は、一昨日某動画サイトで挙げられていたものです。

我々警察が今調べている"谷櫛 明喜殺人事件"に関連するものかと思われます。

残念な事に運営側によって、動画もアカウントも残ってはいませんし、続きも公開出来ない状態となっています。

もしかするとこの事件のもう1人の被害者である、あなたならこの動画の主や、この谷櫛 美幸という人物についても知っているのではないかと思い、訪ねさせて頂きました。

思い出したくない過去かとは思いますが、どうか犯人を捕まえるためにも是非、ご協力お願いします。

杉田 静雄さん。」


病室内に警察と名乗る2人が現れ、この動画見せた直後、深々と一礼をした。


大の大人が未成年相手に頭を下げる行為が、今の僕には滑稽に見えて仕方なかった。

いや、違うな。

この僕に頭を下げていることが滑稽なのだ。




なにせ、この事件の犯人は僕なのだからー。

確かに、僕が、杉田 静雄が、この手で谷櫛 明喜を殺した。その犯人に向かって捜査協力をお願いするなど馬鹿げている。可笑しくて堪らない。つい、笑いかけたが腹部の刺し傷が痛み出してしまった。左手で傷口を押さえ、苦痛に耐える。それに、気づいた警察は慌ててナースコールを押した。数分もしないうちに、病室内に看護師と医師が来て、麻酔を打ち、痛みが和らいだ。

僕の返答を待っているのか、まだ帰らない警察に僕は、

「今はまだ思い出したくないんです。」というと、

医師は察したのか

「今は精神的負担も大きいから、また今度にしてもらえませんか。」と伝えてくれた。

その結果、渋々ではあったが警察も帰っていった。

医師と看護師もそれと同時に去ろうとしたので「ありがとうございました。」とお礼を言うと

「君は、悪くないよ。」と言い残し去っていった。



ようやく、一人の時間をもてて安堵する。

一昨日目覚めてから、今に至るまで家族、友人、マスコミに囲まれていたせいだ。そのせいかで、疲れが溜まったのか睡魔に襲われた。

部屋の明かりを消して、横になる。

カーテンは閉めているが、僅かな隙間から外が見える。今日の空模様は悪天候のようで、雨も強く雷でも落ちてきそうなほどだった。

しかし、そんな外ですぶ濡れになっている見覚えのある女が立っているように見えた。


僕の命の恩人である、谷櫛 美幸ー。


起きて確かめようかと思ったが睡魔には逆らえず、そのまま目を閉じた。




思い返せば、あの日もこんな土砂降りだったー

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

踊る焔 深津 夏凜 @natu86

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る