劣等探偵 異世界オンライン

まつだ

第1話 腕が2本足りない殺○事件 その1

 目を開けると、板張りの床に4本腕の大きな人型のいきものが倒れていた。これが今回の事件なのだろう。もう慣れた。とはいえ異世界に飛ばされたときにまずは状況把握が必要だ。手早くとりかかるとしよう。

 俺がいるのは室内だ。床は板張り、壁から天井までは白い。漆喰のように見える。右手に棚がある。茶色の板──床とあわせて、もしかすると木があるのかもしれない──で構成されている。高さは床から天井まで。正面にガラスだろうものが使われた窓。そこから光が入ってきているのだからなんらかの光源、恒星が外にあるのだろう。木も地球と似た生物なのかもしれないと期待できる。その窓を背にして、大きな机が置かれている。机上には紙のように見えるものが散乱している。木があるのだとしたら紙にも期待ができる。

 室内には5人の生き物がいる。いや6人か。全員が床の4本腕をみているため、はっきりと顔が見えない。顔を下に向けているということは、目、もしくは受光器官が顔の前面にある証拠だ。

 続いて関係者を観察する。

 一番左が肌の赤い、身長1メートルくらいの人型。全裸だ。

 次に同じ背丈で肌の色が赤に青の水玉。これはパンツは履いている。

 次がシャツをズボンを着て、靴も履いた肌の色がまっくろの身長2メートルはある生き物。ただしこいつは頭がない。その隣が同じく黒い肌なのだけれど、腰から下がナメクジのようだ。上半身に藁を巻きつけている。服なのだろうか。

 その隣には身長50センチくらいの生き物2匹が肩車をして立っている。どういう文化なのかさっぱりわからないが、肩車のおかげで身長1メートルだ。上の奴は。こいつらは肌が銀色で靴だけ履いている。もう一度いう。どういう文化だ。

 適当に名前をつける。赤鬼、青鬼、黒デカ人、ナメ人、肩車人だ。肩車人はどう数えればいいのかわからない。あと全員腕が2本なのが不思議なのだが……。

「あの、すみません」

 声をかけた。はたして全員がこちらを見た。顔は……全員が目がふたつ、その真ん中に鼻、つづいて口。やった、人間に近い! それだけでもずいぶん仕事がやりやすい。ただ、ナメ人だけはすぐに顔を背けたのでよく見えなかった。

 俺を異世界に飛ばし続けている何か、たぶん、神──疫病神だって、死神だって、貧乏神だって、神様だ。ありがたい──の唯一の良心は、俺の言葉が相手に伝わり、相手の言葉が俺にわかることだ。異世界にいくつかいってみたが、音声はだいたいの生物が装備している機能だったのは驚くしかない。

「誰だ?」

 そういったのは黒デカ人だった。この中でのリーダー格なのかもしれない。

「いえ、私は事件を解決して旅をしているものです。当然ですが、事件を見つける能力を持っていまして、この前を通りかかったら気配がしまして……」

 全員が私を見ている。全員の目の色がカラフルなので何を考えているのかわからず非常に怖い。

「事件、ですか?」

 そう答えたのはナメ人だ。声質から女性ではないかと思われた。女性で藁を巻いているのだとしたら、きわめて地球に近い文化を持っていると期待できる。ナメ人あらためナメ子とする。

 事件。そう、まだ何が事件なのかわかっていないのだ。おそらくこの4本腕の生き物が事件の中心だと考えられるのだが、それは俺のあさはかな思い込みに過ぎない。

「ええ、そうです。事件があると私にはわかるのですよ」

 そんな能力はない。しかし、俺を異世界に飛ばしている神のこれまでの仕打ちからして、ここにはかならず事件があることだけは絶対だ。

 どうして俺が異世界の飛ばされるのかはわからない。地球で死んだから転生したわけではない。俺が全感覚野置換型ネットワークゲームを遊ぶとときどきこういう事象が発生するのだ。全感覚野置換型、というのは、首に巻きつけたセンスリスナが血流、リンパ液、延髄に集まる全感覚情報をオーバーライドすることでプレイヤーは現実と同じ感覚でゲームを遊ぶ仕組みだ。俗語ではフルダイブと呼ばれる。俺だってフルダイブ型と呼んでる。ただし、ちゃんとした言葉は時として必要である。

 そうやって遊ぶネットワークゲームのひとつに、「エンシェントソードアンドマジック・オンライン」がある。日本国産のゲームで、やたら広大な剣と魔法の世界でプレイヤー対戦のみの、あまり大勢が好むとは到底思えないタイプだが、このコミュニケーション皆無の仕様がそれを面倒くさいと思っているプレイヤーに絶賛され、また、やたらかっこいい名前をあいまって、国内プレイヤー総数は800万人で第2位だとかなんとか。2位なのがなける。余談だが1位は某有名アニメのオンラインゲームだ。

 俺の本業は探偵だ。東京の蒲田に事務所を構えている。ただし客はいない。探偵の需要なんてないからだ。

 でも、やりたかったんだよなー。なんとかなるだろ、と考えて大学在学中に探偵業法を勉強して、卒業と同時に申請書を提出して、開業許可を取り付けた。農業大学に在籍したのだがまったく役に立たなかったのが残念だ。ゲームの中でも役に立ってないので、ますます残念だ。

 結果として、なんともならなかったのだが。

 その無聊をかこつため、オンラインゲームをはじめたのが運のつきだった。最初のころは普通に遊べたのが、ある日突然、異世界に飛ばさせるようになり、しかも事件を解決しないと帰ってこれないゲームになってしまったのだ。

 だったらやめればいいのだが、ここがさすが神様、うまくできていて、解決すると金、レアアイテムなんぞが手に入るのだ。あとはそれをリアルマネートレードすればいい。800万人もプレイヤーがいるのなら案外売れるものである。

 やめたいのだが、やめるわけにもいかず、事務所はあるのだが客はこず、プロゲーマーが1人いるだけと相成ったわけだ。

 

「事件、ですか……」

 肩車人の上が腕を組んでつぶやいた。下の人は微動だにしない。どういう文化なのだろうか。

「たとえば、その床に倒れているかたが事件なのではないでしょうか?」

 ここまで言わないとわからないのだから、そうとう事件性は低いのだと思えるのだが、すててしまうにはあまりに惜しい「事件」なので、一縷の望みを託して訊いた。

 そう、異世界探偵はまず事件を探すところからはじめないとならないのだ。

「そうだな、どうしてこうなったのかは知る必要があるだろう。だが……」

 全裸の赤鬼が答えた。理知的な低い声だった。全裸なのが残念だった。

「お前のその服装は何だ?」

 全裸にそうい言われた。ひどく気分を害しているらしく、鼻の穴が大きく開いている。人間そっくりだな。

「え? おかしいですか?」

 俺の服装は、黒の上着とスラックス、赤い革靴に、真っ白にところどころ蛍光の緑色をあしらった細身のコートだ。俺は現実の姿で転生するのではない。あのかっこいい、ゲーム中のアバターで転生できる。この喜びはあらゆるプレイヤーと共有できるだろう。

「そんな白い肌で恥ずかしくないのですか?」

 そういうのはナメ子だ。先ほどから俺を見ようともしないのはそういう理由があったのだ。

「黒い髪は信用できない」

 黒デカ人にそういわれるのは非常に心外だ。ただ、これは俺も理解している。異世界では黒髪のほうが珍しいのだ。しかも、共通して、黒い色は歓迎されない文化が多く、髪の色で信用されない文化は多い。アバターだから変えればいいのだけれど、そこに抵抗があるのは俺の文化だ。

「白い肌、髪の色はえらんだわけではないので仕方ありません。お許しください」

 選んだのだけどな。

「話を戻したいのですが、このかたはどうして床にこうしていて、また、先ほどからまったく動かないのでしょうか?」

「私はそれに困っているのです。あなたがもし、この事件を解決できるのなら、楽ができます」

 ひどくしわがれた声の青鬼だった。

「では、事件とはやはり……」

 殺○事件なのか。何が殺されているのか判らないから殺○だ。

「アンドロルムはこんなに明るいのになぜ歌わないのでしょうか?」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

劣等探偵 異世界オンライン まつだ @tiisanaoppai

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る