映画を観に行こう―3

 家に帰って畳に寝転がり、スマホで映画館までの路線を調べる。

 やはり片道3時間はかかるな。……往復にして、6時間。日帰りで行けないこともないけど、そうすればかなり疲れるだろう。それに、滞在時間より移動時間の方が長いくらいになってしまうのは、ばかげている。

 ――そうなるとやっぱ、泊まりかな。

 でも、月瀬には泊まりだとかそういうことは話してもいなかった。そういえば、観る映画だってまだ伝えていないし。

 ……よくこんな状態で承諾してもらえたな。

 やっぱり駄目、とか言われたらどうしよう。

 そんなことを考えていた時だ。

 突然、手にしていたスマホが震え始め、暗転した液晶画面に、通話ボタンと「月瀬」の文字が浮かび上がった。

 これは! 電話だ! 

 月瀬から、電話だ!

 取り落としそうになったスマホを、両手でしっかりと握りなおす。画面に正対し、鼓動に合わせて揺れる手で「通話」を押すと、あの柔らかで華やかな声が響いた。

「もしもし。凛さんですか?」

「うん!! どうかした!?」

 思わず前のめりに尋ねてしまう。どうかしているのは私かもしれないけど。

「えっと、映画を観に行く件なんですけどね……」

 う。来た……これは、やっぱり無理とか言われるパターンか……?

「……そのですね、せっかくなんで泊まりにしませんか? と思って……」

 ……!? なんと! やった! 願ってもない!!

「うんうん、やっぱそうでね! そう思いよったとこ! 泊まりにしょう、うん、泊まりにしよう!」

 まさか、むこうの方から提案してくれるとは! 嬉しいことこの上ない!

「やっぱり、せっかくおまちまで出るなら色々回りたいですよね!」

 月瀬も嬉しそうにしている。よかった。

「では、私がホテルを取りましょうか?」

「いや、大丈夫! 取るよ、自分が! なんか、駅に着く時間とかも関係するろうし」

「そうですか……ありがとうございます! では、凛さんにお任せしますね!」

「う、うん!」

 よし。このあと路線の時間を決めて、ホテルを予約して、高知市内のいいお店とか調べて……

「あ、そういえば」

 月瀬が、思い出したように声を上げた。まだなにかあっただろうか。

「……何の映画を観に行くんですか?」

「え、……うん……、とね……」 

 ……そうだ。何の映画を観るか、まだ言っていなかった。

 今度私が観たい映画。

 ――桜Trickという映画だ。

 ざっくり言うと、女子高生同士がキスをするという、そんなアニメの劇場版だ。ああ、なんか、考えただけで恥ずかしくなってきた。

 しばらく前に30分アニメとしてテレビでやっていて、面白かったから私は結構ハマったんだけど。

 ……なんかやばい気がしてきた。

 伝える勇気が出ない。

 何とかぼやかして言おうかな。

 なんて考えて、うんうん口ごもっていると、月瀬は

「あれえ、もしかしてまだ決まってないんですか?」

 と、からかうように笑った。

 それだ、乗った!

「あー、うん、実はまだ決まってなくてさ……うーん……」

 とごまかしてみる。すると月瀬は、ふふ、と笑って、

「まあ、大丈夫ですよ。私は、凛さんと一緒なら何の映画でも楽しいですから」

 ……!? 今、なんて言った……!?

「じゃあ、それも凛さんにお任せします! それではまた。よろしくお願いしますね!」

「う……うん、じゃあね!」


  ◇


 電話が切れてからもしばらく、畳の上から動かずにいた。通話していた時のままの姿勢で、さっきの月瀬の言葉を反芻していた。

 凛さんと一緒なら。

 楽しい。

 ああ、月瀬はちょくちょくこんなことを言うから。もう、だから私をどぎまぎさせて止まない。

 …………もしかして、月瀬も私に気があったりして。

 いや、もう、何考えてるんだろ。気があるって何だよ。てか、そんなわけないし。

 そんなことを何度も考えて、何度も打ち消して。

 そんな風にして畳の上でしばらくの間のたうちまわっていたら、本棚の角に頭をぶつけて一時停止した。やや痛かった。

 

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映画を観に行こう やまd @yamad-

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