映画を観に行こう―2

 月瀬と初めて出会ったのは、高校に入学してからだった。

 ど田舎だと、新しく高校へ上がってもクラスの半分くらいの生徒が知り合いだったりするし、私もわざわざ新しい友達を求めることはなく中学からの友達と仲良くやっているだけだった。

 でも、いつ頃だろう――梅雨入り前だったかな。

 掃除当番の班で月瀬と一緒になった時期があって、その頃のある日、4人いるはずの男子の班員がみんな完全に掃除当番をサボってしまったことがあった。

 そのとき残った女子4~5人で、男子ひどいね、なんて愚痴りながら掃除をしていると、その内の誰かが、せっかくだからこの後このメンバーで遊びに出よう、と言い出して、その日の放課後に隣町まで遊びに行ったのだ。

 バスに50分ほど乗って隣町まで行き、普段はなかなか訪れることのないマクドナルドで、雑談しながらおやつを食べた。たくさん食べた。わざわざ遠出したわりに、したことといえばそれくらいだったけど……それなりに楽しかったと思う。

 それをきっかけに、月瀬とはちょくちょく喋る仲になった。最初は、同級生にも丁寧語を使う月瀬の話し方にびっくりしたけど、別に気取っているわけでも気後れしているわけでもなさそうだったから、すぐに気にならなくなった――今ではむしろ、その柔らかな話し方に安らぎを覚えるほどだ。


  ◇


「凛さん。高知市まではどうやって行くんですか?」

 早春の陽射しの中、歩いて帰る道。隣を歩く月瀬の、短い髪から覗く横顔を見つめているといきなりこっちを向かれたので、私は慌てて視線を外し、それから改めて向き直った。

「……えっと、バスと鉄道で行こうかな、とか考えゆうけど」

 ――やっぱり、二人きりで行きたいし。

「はあ、なるほど……。でも、私は親の車でしか行ったことがないですけど、大丈夫ですかね?」と月瀬は首を傾ける。けど。

「それはうちが事前に調べたりしちょくき、大丈夫、大丈夫! ……大丈夫やき、ねっ!!」

 大げさな調子で、とにかく問題ないと強調する。月瀬の左手を両手で握ってぶんぶん振る。

「……じゃあ、わかりました。凛さんを信用します!」

「やったっ!!」

 交渉成功だ!!

 ちょうどそこで分かれ道に差しかかる。家の方向が違うので、いつも校門から5分ほど歩いたところでお別れだ。

 しかし、いつにも増して実りある5分間だったと思う。

「じゃ、また連絡するきね! じゃーね!」

「はい! また今度!」


  ◇


 月瀬と別れてから、さっきの幸せな5分間を思い出しながら帰り道を歩く。

 輝く白い横顔、私だけに向けられた笑み、握った左手のやわらかさとあたたかさ…………ああ、やばいやばい。

 最近は、月瀬の顔の左側ばかり見ている気がする。

 帰り道で私が必ず車道側を歩くようにしているからかな。しょうもない気づかいだし、月瀬も気づかないだろうけど……いや、気づいてもらう必要なんかない。やりたいから、やってるだけ。

 月瀬の鼻の右側には、小さなほくろがある。肌が白いせいか大きさ以上によく目立つ。私は、そのほくろも好きで――私が月瀬を気にするようになったきっかけの、ひとつ。

 みんなでマクドナルドに行った日、友達が何枚か写真を撮っていたんだけど。それを後日見せてもらったら、なんと月瀬のほくろの左右の位置が写真ごとに変わっていた。急いで月瀬の顔を見ると、ほくろは右側。向かって左。それ以後、月瀬を見かける度に、ほくろの位置を確認してしまうようになった。――結果、いつも右側だったけど。

 しばらくして、自撮りをすると左右が反転するということを知った。それだけのことだった。でも、今でも月瀬の顔を、ほくろの位置を、毎日確かめてしまうのだ。

 ――高知市への電車では、月瀬の右隣に座ろうかな。

 そして、なんとかして手をつなごう。

 一度、「寒いから」とかなんとか訳のわからないことを言って、手をつないでもらって帰ったことがある。なんというか、優しさに満ちあふれた手だった。

 ドキドキするのに、幸せで。そんな感覚、初めてだった。

 5分間でも幸せなのに、片道3時間なんて――正気を保っていられるだろうか。

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