映画を観に行こう

やまd

映画を観に行こう

映画を観に行こう―1

 終業式の日、ホームルームが終わった後の教室は、春休みを迎えた開放感のせいか今年に入って一番というくらいざわついていた。午前の内に学校が終わって、春を感じさせる陽気と陽光をこれから浴びに行けるということも、みんなを浮足立たせているみたいだ。

 今日は本当に暖かい。3月に入ってからも身を縮ませるような寒さが続いていたから、久しぶりのこんな天気にはウキウキせざるを得ない。

 「このあとゲーセン行こうぜ」とか「買い物しにいこう」とか、教室には、出かけたくてうずうずしているクラスメイト達それぞれの声が充満していて。

 私はそれらの声を通り抜けて、一直線に向かうのだ。「あの子」の席へ。

「つっきー。なに見ゆうが?」

 教室の端の席で、月瀬つきせは机に頬杖をついて窓の外を眺めていた。私の姿を認めて、月瀬の白い頬が緩む。

「いえ、特には……何でもないですよ」

 そう言って微笑み、こちらを向く。

 ぱっちりとした大きな目。輝く白い肌。シャープで血色のいい唇。ああ、きれいだな……。彫刻みたい。ため息が出てしまいそう。

「桜、まだ咲かないかなと思って」

 月瀬はそう言ってまた窓の外に目をやった。

 確かにここからは桜並木が覗けるけど、まだ一輪も咲いていない。桜の時季が早く訪れる高知でも、さすがに3月中旬は気が早い。それは月瀬もわかっているはずだけど、待ち遠しい気持ちがそうさせるのだろう。

 お互いのそわそわした気持ち――向いてる方向は違うけど――の隙間に、思い切って滑り込ませる、その言葉。

「つっきー、今度さ……。映画、観に行こう!」


  ◇


 思い付きみたいにして言った(つもりだ)けど、数週間前から考えていたことだった。

 この春休みに、月瀬との仲をよりいっそう親密にしたい。

 二年生に上がってクラス替えがあるから、来年度も月瀬と同じクラスになれるとは限らない。今、かなり仲良くしていても、違うクラスになるとどうしても疎遠になってしまうだろう。

 月瀬は私にとって特別な「存在」で、普通の人が言う特別よりも何倍も特別で。でも、月瀬にとって私がどれほど特別なのかはわからなかったから。だから、私たち二人で、特別な「関係」になりたかった。月瀬の心にも必ず残るような思い出を作りたかった。

 そこで選んだのが、映画なわけだけど。

「えっと、レンタルですか?」

 まあ、そう考えるだろうな、普通。

 この町で映画を観ると言ったら、レンタルDVDを借りるか、たまに開催される上映会に赴く以外はないのだ。

 高知県には映画館が3つしかなくて、県西部の住民は、映画館に行くなら数時間かけて高知市へ行くほかない。

 でも、だからこそ、だ。

「映画館に行こう。高知市まで」

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