僕と君たちの物語

西川 旭

円裕次郎はどこから来て、どこへ行くのか

 自分というものが、この世に生まれて18年間、いまいちよくわからなかった。

 僕の名は円裕次郎まどか・ゆうじろうという。日本生まれ日本育ち、なんの変哲もない中小都市に暮らす、生粋の日本人。

 当年とって18歳の高校3年生(この春に卒業見込み)だ。


 取り立てて熱中する趣味もない。

 気心の知れた仲間とバカ騒ぎして華やかな青春を過ごしているわけでもない。

 勉強も運動も、可もなく不可もなくといった程度の出来で、僕はいわゆる「普通の男子」として生きて、この春に大過なく高校の卒業式を迎えた。

 卒業式を終えたと言っても、3月31日までは名目上、高校に在籍している建前なので校則を守らなければいけないことになっている。

 けれど、破ったところで誰がどんなペナルティを僕に与えられるのかは謎だ。


 地元の中堅大学に合格したはいいものの、それも「高卒よりは大卒の方が就職に有利だろう」という、特に根拠のない個人的憶測から大学進学を決めただけであって、僕個人としては大学に進んでまで成し遂げたいことや、修めたい学門があるわけではなかった。


 このまま平凡に生きて平凡に歳を重ねつつ、平凡にガンにでもなって70~80歳で死ぬんだろうか、などと考えながら近所のコンビニから歩いて家に帰る途中のことである。

 赤信号から青信号に変わるのを待っていた僕は、道路の反対側で同じように信号待ちをしている女性を見た。

 女性の服には詳しくないのでどんないでたちのどんな女性だということははっきりと表現できないけど、清楚な印象の、少し釣り目がちな髪の長い女性だった。

 短めのスカートが春を感じさせた。

 

 不思議なこともあるものだと思った。

 僕は今までの人生、18年間という長いのか短いのか自分では客観的に言い表すことのできない年月を、女の子に夢中になって過ごしたことなど一度もなかった。

 カワイイと思う女の子はいても、そのこと個人的にどうこうしたい、どうなりたいと強く思わないままこの歳まで生きて来たのだ。

 しかし、その女性を目にした瞬間、僕という人間の内面的価値観が音を立てて崩れ落ちた。見事なまでに崩壊した。完全に瓦解した。


 僕は、この人に会うために生きて来たのだ。

 僕はこの人に添い遂げるために生まれて来たのだ。

 僕のこれからの人生は、この人と共に過ごす、それだけのためにあるのだ。

 体に電撃が走ったというありきたりな表現は陳腐に感じられるかもしれないけれど、僕の頭上には雷が落ち、僕の心臓は溶岩のように熱くなった。

 こんなにも、生を実感したことはなかった。

 生まれて初めての体験だった。


 言葉も自我も正気も失っていた僕だけれど、体は自然に動いていた。

 おそらく、まだ信号は青に変わっていなかったと思う。

 そのため、当然とも言えるし、不幸にとも言えるし、案の定テンプレ通りにとも言えることだけれど、僕の体は大型トラックが道路を走りぬけるタイミングで横断歩道に侵入してしまった。


 ああ僕は、今まさに生きる意味を知った。

 だから僕の人生はここで一つの回答を得て、完成に至って、ここで完結を迎えるのだ。

 不思議とそう納得しながら、迫りくる鉄の塊を呆然と僕は見詰めた。


 神さま。

 どうかそのような存在がいるのならば、大それたお願いはしません。

 けれど、たった18年しか生きられなかった僕の、ささやかな望みは。

 

 次、生まれ変わっても。

 またあの人に、会いたい。

 それが叶うならば。







 途切れた意識ののち、目が覚めると見覚えのないところだった。

 ところで、目覚めという言葉と見覚えという言葉は使っている漢字が同じなので紛らわしいのでどうにかしてほしいと思う。

 目醒めとか眼覚めとか、そんな風に書けば混同することはないと思うけれど。


 そんなことよりもここおそらくは森の中……なのだろうけれど、聞いたことのない鳥の鳴き声が響き、見たことのない花が咲いている。


「どこだ、ここ……?」


 自分がどこに来てしまったのか、それを不安に思うと同時に僕は、自分が全裸であることに気付き、なにか身にまとうものはないかと森の中をきょろきょろ見渡すのだった。


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僕と君たちの物語 西川 旭 @beerman0726

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