第3話 模擬戦
翌日、ラングレーはチームメンバー達をハンガーの前に集合させた。
というのも、改めて就任の挨拶をしようと思ったのと、模擬戦を行うためである。
ラングレーが指揮をし、彼らのラストを整備する以上、それぞれの癖や欠点などをつかんでおきたかった。
「クリストファ少尉、以下6名。全員集合いたしました」
「了解。……えー、ごほん。先日ほとんどの者には挨拶をしたが、俺がラングレー中佐だ。諸君のチームに新しく配属になった。これからは君たちの隊長となる。よろしく頼む」
そう言って軽く頭を下げるラングレー。本来上官というものは余り軽々しく部下に頭を下げるものではないのだが、それが彼の性分であり、個性でもあった。
「……が、諸君に一つお願いがある。階級や役割の上では俺は諸君の隊長ではあるが、正直、堅苦しいのはあまり得意じゃない。よって、敬語などは不要だ」
そう言って一人一人の顔を見回すラングレー。グレイズと目が合うと、グレイズはニヤリと笑って言った。
「ほぅ。ちなみに隊長さんよ。酒はいける口か?」
そう言ってグレイズは手をおちょこを持つようにして飲むふりをする。
対するラングレーもニヤリと笑いながら言う。
「おう。俺は前のチームでは蟒蛇で通っていた。俺と飲み比べしたい奴がいたら、いいぞ。いつでも挑戦を受けよう」
「がははは。そりゃいいや。隊長さんよ。内地からいい酒が入ったんだよ。今夜あたりどうだい?」
「いいだろう。楽しみにしておく」
そんなラングレーに気をよくしたらしいグレイズは、内ポケットからスキットル(アルコール度数の高い酒を携帯する容器)を取り出し呷った。
「グレイズ! これから訓練なんだぞ!」
クリストファが指摘するが、ラングレーはそれを手で制す。
「グレイズ。お前ほどの男だ。それを飲んだほうが良い働きができる事を証明してくれるのだろう? であれば別に問題ないさ」
するとグレイズは、心底嬉しそうな顔をして言う。
「おいクリストファ! この隊長さんは話が分かるじゃねぇか! っかー! 勝手におっちんじまった誰かとはちげぇなぁ」
「グレイズ!」
軽口を叩くグレイズに、クリストファが大声を出す。
また、ほかのメンバー達も、苦虫を噛み潰したような顔をしている。なかでもレベッカは、グレイズがこれ以上少しでも何かを言えばすぐにでも飛び出しかねない勢いで睨み付けている。
「おお怖っ! おいおい。てめぇらそう睨むんじゃねぇよ。ちょっとした冗談じゃねぇか」
そういって小さく肩をすくめるグレイズ。レベッカもクリストファに抑えられ、小さく舌打ちをしながら視線を逸らした。
ラングレーも、何の前情報もなくこのチームへと派遣されたわけではない。このチームに元いたエンジニアがどのように戦って死んだか、それぐらいは聞かされていた。
「俺はこのチームでは新参者だが、一応君たちの隊長だ。喧嘩をするなとは言わんが、勇敢に戦い死んでいった仲間には当然敬意を払うべきだろう。グレイズ、以後気を付けるようにしてくれ」
両者の間に割って入りながら、ラングレーが言うと。
「あいよ」
グレイズはそう返事をし、酒をくいっと呷った。
「クリストファもレベッカも、それでいいな?」
「了解しました」
クリストファはレベッカが落ち着いたのを見ると手を放して答えた。
レベッカは小さく舌打ちしたのち、溜息を吐く。
「今回だけだよ。いいねグレイズ。次は無いからね」
「がははは。すまんすまん。了解した」
そう言って笑うグレイズ。またしても酒を呷る。
「ったく。本当にわかってんのかね…… 」
レベッカはまだ納得していない顔だったが、頭をかきながら元の場所へと戻っていった。
「よし。お前たち、ずいぶんと元気が有り余っているみたいだし、丁度いいな。……全員聞け!」
突然声を張り上げるラングレーに姿勢を正すチームメイト達。
「1000(ひとまるまるまる)、全員ラストに搭乗し通常戦闘装備に演習弾を装填して集合だ。諸君らの実力を見せてもらおう。チーム分けは、第1チーム! クリストファ、グレイズ、ターニャ! 第2チームはレベッカ、マリー、シャーロットだ! 俺は今回、諸君らの戦いを見させてもらう。勝った方のチームには俺が前の基地から来る時に持ってきた上物の肉を分けてやろう!」
「お、そりゃいい。今夜の酒の肴は決まりだな」
と、拳を手の平に合わせるグレイズ。パシンという小気味良い音が当たりに響く。
「はん。今から勝った気でいるのかい? 足下掬われて泣きべそかくんじゃないよ」
持ち前の負けん気からか、先ほどの件をまだ気にしているのか、喰ってかかるレベッカ。
「がははは! 勝てば良し。たとえ負けたとしても、そいつを肴に一杯やるのもまた一興。それが酒の飲み方ってもんよ」
そういってまた酒を呷るグレイズ。
「あんたは酒が飲めればなんでもいいんだろ……」
グレイズの様子を見て、既に戦意を喪失しかけているレベッカ。大きく溜息を吐くと一足先にハンガーへと向かい歩いていった。
「お肉だって」
「お肉……」
「僕も肉は久々だから出来るだけ勝ちたいな」
揉めていた2人を尻目に、暢気な事を言っているシャーロット、ターニャ、マリー。
「みんないい加減にしろ。これは真剣な訓練なんだぞ。それに、隊長に我々の力を見せる事のできる良いチャンスだ! 全力を尽くそう!」
クリストファは拳を握りながら力説するが、誰もそれに耳を傾けず、各々準備のためにハンガーへと歩いていった。
「さてさて、お手並み拝見といくとしようか」
そうひとりごちるラングレーは小さく溜息をつくと、彼自身のラストに乗るためにハンガーへと歩いていった。
ーー始め。
その号と同時に歩き出す、両チームのラスト。
ここは模擬戦闘用に軍が買い上げた、元々は本当に人が済んでいた都市の跡地だ。
シーダーとの戦いが激化し、世界的な人口の減少は歯止めがきかず、結果として世界各地にこうした無人となった元都市が点在している。
そのうちの1つを、軍が買い上げて演習場に使っているのだ。
「基本的な動きは問題無いみたいだな」
そう、両チームの動きをレーダーで監視しながら呟くラングレー。
基本的な動きとは、ラスト戦における、チームの基本的な進軍方法である。
とは言っても別段難しい事はない、先ず移動速度が遅い代わり重装甲で、かつ短射程のディフェンダーが物陰から物陰に移動する。そしてそこで物陰から敵がいると思われる方向を牽制、警戒したまま仲間に進軍を促す。続いて2番目に射程が短く、足の速いサポーターが前進。物陰に身を隠した後レーダーで索敵を行う。そして最後に一番射程の長い武器を持つアタッカーが前進し、到着した先で物陰から前方を牽制、警戒する。あとはこの繰り返しである。
この戦術は特に障害物の多い市街地での基本動作となるため、実践におけるだだっ広い物陰が見当たらないような地形などでは使えない。
しかし、軍ではラスト乗りが最初に習う戦術で全ての基本となる動きのため、良く訓練された兵士ほどこの基本動作を上手くこなすのである。
ある一種の、練度を計る指針と言っていいものだ。
「そろそろ、両チームのレーダーに敵影が映る頃か」
ラングレーのラストのレーダーには、この戦域全体に設置してある監視用レーダーからの情報が映し出されている。ゆえに、両チームの動きはラングレーからは筒抜けで
ある。また、戦域の中心近くには多数のカメラが設置されているため、両チームの戦闘が始まる頃には、モニターでその様子が確認できるはずだった。
そうしていると、突然ドーンという爆発音が響いた。続いて聞こえてくる散発的な発砲音。音からして、サポートの短機関銃の短連射の音のようだ。
ラングレーはレーダーで両チームのポイントを確認した後、モニターを確認する。
すると、既に始まっている戦闘が映し出されてくる。
どうやらその様子からすると、第2チームのマリー機が警戒していたポイントに、進行途中のターニャ機がかかったらしい。
最初の爆発音は、アタッカーに配備されているPM122ライフルの携行グレネードの音だ。恐らく、ターニャ機の動きに気付いたマリー機が、ターニャ機の隠れた物陰を目視した後、ピンポイントでグレネードを打ち込んだらしい。
演習であるから、火薬の量こそ減らしてあるものの、グレネードの爆発によりターニャ機の左足は黒くすすけている。これが実践であれば、ターニャ機は戦闘不能であっただろう。
マリー機のライフルを物陰でやり過ごしながら、隙を見て短機関銃で応戦するターニャ機。物音を聞いて駆けつけた両チームの他のメンバー達もも続けて戦闘が開始される。
ターニャ機を援護しようとマリー機の横を取りに行ったのはグレイズだ。その動きは機敏で、なるほどたしかに酒を少し飲んだぐらいではなんとも無いのだろう。
ターニャ機を釘付けにしているマリー機に物陰から接近する。そして、マリー機に照準を定めたその時、そこに圧倒的な量の銃弾の雨が降り注ぐ。
咄嗟に物陰に隠れるグレイズ機。間一髪の所で、銃弾の雨を防ぐことに成功した。
「おらおら、さっきの威勢はどうしたんだい? 酔っ払っちまって動けないかい?」
チーム内全体に聞こえる無線でグレイズを煽るレベッカ。続けてグレイズの無線が聞こえてくる。
「おお、おっかねぇ。レベッカよぉ。そんなにカッカしてっとヨメの貰い手が無くなっちまうぜぇ」
「うるっさいよ唐変木! んなもんこっちから願い下げだ! いいからさっさと死になよ!」
隙を見てなんとか反撃を試みようとするグレイズだが、レベッカ機の装備する機関砲の途切れることのない連射を前に何もする事ができない。
「ところで、レベッカよぉ。何か忘れてねぇか?」
暫くそこで釘付けになっていたグレイズが唐突にそう言ったかと思うと、突然、レベッカ機とは違う方向から機関砲の音が響き渡る。
「んなっ!?」
「レベッカさ~ん。すいませんやられちゃいましたぁ~」
シャルロットのそんな間の抜けた通信が聞こえてきた頃には、マリー、レベッカ両名のラストには青色の塗料がまき散らされていた。
「釘付けにしていると相手に認識させておいて、その上で戦闘力の高いディフェンダーで戦闘力の低いサポーターを撃破。そのうえで間髪入れず相手の背後からの奇襲か。なかなかやるものだな」
モニターで結果を見届けながら呟くラングレー。
「しかし、この戦い方では……」
ラングレーは戦闘の終了を全体の通信で伝えると、ハンガーへの帰投を指示。そして、先ほどの場所への再集合を命令した。
魔導兵器のエンジニア 堂家 紳士 @doke-shinshi
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