第2話 僻地

 リージニアの作戦から半年、ラングレーは内地へ向かう汽車に乗っていた。

 とはいえ、汽車と名前は付いているものの、燃料は石炭などではなく、それはラスト同様魔力を用いて動作をしている。


「相変わらず非効率的だよな」


 汽車に揺られながらそう一人呟くラングレー。

 というのも、元々、枯渇しかけていた燃料の代わりに、人の活力。つまりは魔力を研究し、それを動力と出来るようになったのが約五十年前、以降、魔力の開発は年々進んでいき、より効率的な魔力の運用方法は次々と確立されていった。

 だから本来、今現在の技術力ならば、この汽車のように魔力でタービンを回し続けるのに3名もの魔導士は必要無く、最新の技術であれば見習いの魔導士が一人いるだけで、この規模の汽車なら運用できるはずなのである。

 しかし、今から約20年前、突如として海から現れたシーインベーダー、通称『シーダー』の登場により、防衛の要である『ラスト』の開発にほとんどの予算や物資が回される事となった。

 結果として、軍で使われている魔力炉と比べ一般で使われている魔力炉は、数十年前に作られたものをを未だに使っている。というのが周知の事実であった。


「しかし…… 内地はまだまだ平和だと聞いてはいたが……」


 ラングレーは窓の外を見つめる。つい先日まで自分が戦っていた戦場と、地続きだとは思えぬほど、そこには人の笑顔が溢れていた。


「先日の大敗からまだ半年しか経っていないというのに…… 一般の認識はこんなものか。つくづく平和な……」


 ラングレーのいた隊は先日の敗戦ののち解体。あれから一言の会話も交わさぬまま、ランスロットとも離ればなれになってしまった。

 しばらくの間、チームの再編成が行われず宙ぶらりんになってしまっていたラングレーの処遇ではあったが、この度、この辺境の土地を防衛するチームにエンジニアの欠員が出たため、ラングレーが配属される事になったのだ。

 列車越しに見えるのどかな風景。そして町並みや人々の笑顔が、ラングレーを小さく苛立たせる。

 彼らにとっては、テレビやネットなどのニュース、数字の上での犠牲者などは所詮遠い異国での出来事のようなものなのだろう。

 実際の戦地は、列車で5時間も走れば着いてしまう距離まで迫っているというのに。である。

 しかし、とも思う。それは仕方の無い事なのかもしれない。軍による徹底した情報統制に、戦地へ向かう交通機関の封鎖。

 もちろん、混乱を避けるためという名目はあるものの、彼らをそういった争い事から徹底的に遠ざけているのは、他ならぬ国家そのものであるのだから。

 ラングレーはそこで、軍に入隊したての頃の自分を思い出す。そういった彼らの笑顔を守りたいと願い入隊したのは、他ならぬ自分自身であった事を。

 そうして考えを巡らせているうちにラングレーを乗せた汽車は進んでいき、街を抜け川を渡り、とても長いトンネルを抜けた先で停車した。

 

 本当に何も無いな。と、ラングレーはそこに広がる景色を見て思った。

 ラングレーが配属される先はかなりの僻地で、何も無い。何も無いとは聞いていたのだ。しかし、よもやここまでとは予想していなかった。

 そこには、一面の白が広がっていた。白。シロ。しろ。辺り一面の雪がラングレーを待ち構えていた。


「基地まで埋まっているんじゃないだろうな……」


 思わずそう呟いてしまうほどに、そこには雪深い景色が広がっていた。

 列車から必要な荷物を下ろすと、ラングレーを下ろした汽車は再び動き出す。

 二度の警笛を鳴らした汽車が走り去ると、あたりは耳が痛いほどの静寂に包まれた。


「たしか…… 1700に迎えに来ると言ってたな」


 そうつぶやきながら腕時計を確認すると、時計は1500を指していた。


「2時間か……」


 流石にこの寒いなか2時間も待っていては風邪を引いてしまう。


「たしかここに…… あった」


 もしも合流が出来なかった時のために、駅から基地への地図を受け取っていたのだ。

 早速、寒さでかじかんでくる手に暖かい息をはきかけると地図を開く。

 地図上で読む限り、ここから基地までは5キロ無いぐらいだ。

 それならばと、気を取り直し荷物を背負い直すと、地図とコンパスを手に歩き出した。

 

 結果だけを言えば、それは失敗だった。

 というのも、5キロぐらいなら軽いトレーニングだろうと甘く見たのが間違いで、ここは僻地である。それも雪深い山奥の。

 直線距離では5キロほどだった道のりは、坂を登っては下り、登っては下り、くねくねと入り組んだ道を散々歩き回らされて、ラングレーが基地に辿りついたのはそれか


ら3時間ほど経過してからだった。

 幸い、通信は生きていたから良かったものの、連絡すら取れなかったら大事になるところだった……。

 ラングレーは、やっとの思いでたどり着いた基地へ、歩みを進めながらそんな事を思った。

 目指していた基地は、辺り一面の白銀の中にぽつりと立っていた。基地としてのサイズは、以前ラングレーが配属されていた基地の半分ぐらいだろうか。

 とは言っても、以前の基地には戦闘員、非戦闘員を含め100名以上が寝泊まりしていたから、これでも大きすぎるぐらいではあるが。

 

 基地に着いたラングレーは、先ほども連絡した番号をコールすると、落ち合う予定だったチームの責任者に到着を知らせる。

 基地の中から出てきたのは、見た目の上ではラングレーとほとんど歳の変わらないであろう優しそうな男だった。

 事前に聞いてはいたが、習慣として男の階級を確認する。ラングレーよりいくつか下の階級である事を確認し、男が口を開くのを待つ。


「お待ちしておりました! ラングレー中佐殿! 自分はチームの副リーダーをしておりましたクリストファ少尉であります!」


「本日付で配属となったラングレーだ。よろしく頼む」


 ビシッと模範的な敬礼をしたクリストファに、敬礼を返す。ラングレーが敬礼を下ろす見て、クリストファも続いた。


「思ったより厄介な地形だなここは。少々山を甘く見過ぎていたようだ」


 基地を案内すると言って歩き出したクリストファに続くラングレー。


「はっはっはっ。自分も最初にここに配属された時は、あまりの雪深さに愕然としました。中佐殿はご出身はどちらで?」


「リージニアだ」


 そうラングレーが堪えると、クリストファは表情を曇らせる。

 まずいことを聞いた。そんな焦りが見てとれる。


「その…… なんと言っていいか」


「いや、特に気にしていない。戦争だ。常に勝ち続けられるわけではあるまい。未知の相手と戦っているのだから尚更だろう。それに…… 不幸中の幸いと言っていいのかは分からんが」


 そう言ってクリストファの顔を見て足を止める。クリストファもつられて足を止めた。


「元々俺は孤児でな、家族はいない。だから失ったのは住み処とチームの仲間だけで済んだ」


 しばしの沈黙が流れる。クリストファは何を言っていいのか分からず、その表情が面白い事になっている。


「冗談だ。許せ」


 そう言って、薄く笑うラングレー。

 クリストファはますますどうしていいか分からず、困ったように笑った。

 

 兵舎に着いたクリストファは声を張り上げた。


「全員集合!」


 通常の軍隊であれば、1分程度で集合が完了する。ラングレーは腕に着いている時計を眺めながら集合を待つ。

 しかし、このチームはどうやら違うらしい。

 一番手前のドアが開く。


「んああ? なんだよこんな時間に……」


 まず一番手前の部屋から出てきたのは半裸の女である。

 歳の頃は20代前半であろうか、ウェーブのかかった赤く長い髪と、気の強そうな目尻が特徴の女だ。

 その女は、ラングレーの事を見つけると、


「誰だい? この冴えないおっさんは」


 と、あくび混じりに言った。


「レベッカ! 前もって言ってあっただろう! 新しい隊長さんが来るって……!」


 クリストファはレベッカと呼ばれた女に駆け寄ると、そう囁いて部屋の中に押しこんだ。

 扉の向こうからなんだよー。とか、別に構わないじゃないか-。といったぼやきが聞こえてくる。


「ラングレー中佐! あー、そのレベッカは、寝ずの歩哨の直後でありまして! 私からよく言っておきますので!」


「あぁ。分かった。ところで、他の者の姿が見えないようだが……」


 そうして当たりを見回すラングレ-。部屋を半開きにしている気の弱そうな女を見つけて目をとめる。


「ひっ!」


 ラングレーと目が合った女は小さく悲鳴を上げると、部屋の扉を勢いよく閉めた。


「……」


 無言でクリストファを見やるラングレー。


「あぁあの中佐殿! 彼女は…… その…… 初対面の人に対する対人恐怖症でして……」


 それは、人見知りというのではなろうか。そう、考えるものの口にはせず、他に誰かいないか当たりを見回す。

 すると、ラングレー達の立つ玄関のドアを空けて、二人の男が入ってきた。


「がははは! だからよぉ! 女は若いに限るんだよ。今夜あたりお前もどうでい?」


「いえ…… その僕…… 自分は…… そういうのは……」


「あぁん? んだよノリがわりぃなぁ。ちゃんとタマついてんのかぁ?」


「ひえっ!? さわらないでください!」


「がははは! いいじゃねぇか減るもんじゃなし、女みてぇな悲鳴上げるんじゃねぇよ!」


 がさつな笑いを上げながら入ってきた男は、短めの髪を逆立てた強面で、なかなか良い筋肉をしている。いかにも職業軍人といった出で立ちだ。

 対してもう一人の男は、同じく短い髪に、幼い顔立ち。小柄でおおよそ筋肉というものがついているようには見えない。

 入ってきた二人にクリストファが詰め寄る。


「困るじゃないか! 二人とも! 今日は新しい隊長さんが来る日だって! って臭っ!? また飲んでいるのか!」


「あぁん? 固い事言うない! 固くしていいのはここの銃だけだってなぁ! がはははは!」


 そういって腰のあたりに指で銃のようなサインを出す強面の男。


「あぁもう! 中佐殿! ご紹介します! この男はグレイズ伍長。アタッカーです。そして彼が、シャーロット上等兵。サポートになります」


「おう。適当によろしくなぁ! がはははは!」


 そう言って勝手に自室に戻っていくグレイズ。クリストファは、あぁもう…… などと呟きながらその背中を恨めしそうに見送る。


「お初お目にかかります。シャーロット上等兵であります。皆からはシャロって呼ばれています! よろしくお願いします!」


 小さな背を目一杯背伸びしながら、シャロが敬礼した。


「ラングレー中佐だ。本日付で配属になった。よろしく頼む」


 敬礼を返すと、ラングレーはシャロの身体をまじまじと見回す。

 軍人にしては線が細い。新兵とはいえ、最低限の訓練は受けているはずだが……。

 まぁ、そもそも旧時代の軍人と違い、今の軍人は筋肉より魔力の資質のほうが重要であるから、彼もそのクチなのかもしれない。

 そう自己完結して、シャロに向き直る。


「いやがらせをされていたようだが大丈夫か?」


 そう言って視線で先ほどの男が去った先を示してやると、シャロは慌てて首を振る。


「いえ、グレイズさんは決して嫌がらせをしているわけじゃないと思うんです。むしろ僕が悪いというか…… だから平気です!」


 何か後ろ暗い事があるのだろうか、一瞬だけ暗い表情をしたものの、嘘を言っているそぶりは無い。


「そうか、何かあれば言うといい。では、下がりなさい」


 あまり長く捕まえていても可哀想だと考えたラングレーがそう言ってやると、シャロはほっとした表情を浮かべ、


「それでは、失礼します!」


 と、またもや目一杯背伸びをした敬礼を残し、立ち去った。


「あと一名、アタッカーがおりますが今頃は多分自主訓練をしていると思われます。見に行きますか?」


 そう聞いてくるクリストファに首を振るラングレー。


「いや、いい。邪魔してしまっても悪いからな。ご苦労クリストファ少尉。現時刻を以て基地内の案内の任を解く! 私はもう少し一人で見て回るので休んでよし!」


「了解しました! 何かご用がありましたらお呼びください!」


 きちんとした動作で踵を返すクリストファ。彼が立ち去るのを見送ってから、ラングレーもまた歩き出した。

 しまった…… 俺の部屋を聞くのを忘れた。

 そう思ったものの、帰したばかりで今すぐ呼び出すのも悪い。先にハンガーを見ておこう。そう思い返しハンガーの方へ足を運んだ。


 ハンガーに着いたラングレーは人の気配を感じた。

 物音のする方に足を運ぶと、それは一台のラストの前だった。

 ハンガーの小窓から差し込む光に照らされて、神秘的に輝く白髪が印象的な少女だった。

 少女はじいっとそのラストを見上げている。まるで対話でもしているみたいだ。と、ラングレーは思った。

 ラングレーはしばらくの間、その少女に見惚れていたが、やがて我に返り声をかける。


「それが、君のラストか?」


 ラングレーの声に驚いた様子もなく、少女は緩慢な動きで振り返る。


「あぁ、この子は僕のラストだ」


 少女の瞳は、青空がそのまま落ちてきたんじゃないかと錯覚するような澄んだ青色をしていて、その二つの眼はラングレーの目をじっと見つめている。


「君が、このチームの最後のメンバー……でいいのだろうか? その……自己紹介をしてもらえると助かる」


 そう言って少しだけ視線を外すラングレー。少女は一瞬だけふっと笑うと、右手を差し出す。


「僕はマリー。このチームではアタッカーを担当しています。あなたが新しい隊長さん?」


 差し出された右手をぎゅっと握り返してから、ラングレーは少女に言った。


「ラングレー中佐だ、呼び方は任せる。君は、マリーと呼んでいいのかな?」


 突然マリーと呼ばれたことに、別段驚きもせず、マリーは人なつっこい笑顔を浮かべる。


「あぁ、そう呼んでくれるとうれしいな。僕は自分の名前が気に入っているんだ。両親からの贈り物だからね」


「そうか。自分の名が好きな事は良い事だな。マリー。うん。たしかに良い名だ」


 そうラングレーが言うと、マリーは目を細めてさらに嬉しそうに笑う。


「そう言ってくれると嬉しいよ。ラングレー。……でいいかな? 僕はかたっ苦しいのは苦手なんだ」


「はっはっはっ。それで構わない。俺ももともとチーム内での上下は気にするつもりは無いんだ。なんと言っても命を預けあう仲間だからな。マリー。これからよろしく頼む」


 ラングレーがそう言って笑うと、つられてマリーも笑った。

 その笑顔は、たしかに笑顔ではあるのだが、どこか陰りがあるように見えて、ラングレーはその事ばかりが印象に残った。

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