魔導兵器のエンジニア
堂家 紳士
第1話 リージニアの防衛戦
――倒壊したビル群と、元都市だった残骸の中聞こえてくる。
怒号。悲鳴。規則的な破裂音に、爆発音。
左耳に装着したインカムからは、自体が刻々と悪くなっていっている事が分かる。
また爆発音。続いて悲鳴。今度のそれは非常に聞き慣れた声で、ラングレーは我に返る。
「おい! どこにいるんだ! ラングレー! 急いで、急いでくれ!」
それは半年間という月日を共に過ごした戦友からの通信だった。
ラングレーは埋設途中であった地雷をその場に投げ捨て、ピットへと『ラスト』を走らせた。
ラスト――。ラストラインと呼ばれるそれは、今やこの世界において人類の最後の希望そのものであった。
魔力を燃料とし様々な事象を行うための兵器の総称で、その形状は多岐にわたり、装甲車のようなものから、巨大な人型を模したものそしてそれに搭載される砲門や剣まで、それら全てをひっくるめラストラインと呼ぶ。
何故、ラストラインと呼ばれているかと言えば、『それが、人類にとって守らなければいけない最終ライン』においての運用がメインだから。というのが解になるだろうか。
ラングレーはピットへと急ぎながら、通信を返す。
「今、地雷の埋設場所、N320 E1435から緊急帰投中。到着予定時刻は1320。どうぞ」
チーム用回線へ通信を返している間にも、戦場全体の通信からは止めどない悲鳴や怒号が響いてくる。
ドンッ! という大きな爆音が、ラングレーが元いた方向から聞こえて来た。どうやら、迂回してきた敵がそれを踏んだらしい。
背後から敵が迫りつつあるという事実に、背中のあたりがひやりと冷たくなる。操縦桿を握る手に力が入り、グローブから皮の擦れるような音がギリリと響いた。
「1320!? それじゃ間に合わない! 早く! 早く前線に戻ってやらないとあいつらが死んじまう!」
通信先から聞こえる戦友の声には、ひどく焦りが混じっている。
そんな事は分かっているんだ。くそっ。ラングレーは、そう悪態を付きたい気持ちをぐっと堪える。
今、この場で彼自身が取り乱してしまってはまずい。なぜなら戦場でリーダーが取り乱す事は致命的な結果をもたらす。
それは軍人であれば誰にでも分かる事であり、ラングレー自体がその任を任されている以上、今自分にできる事は努めて冷静でいる事だ。
大きく息を吐き、気持ちを落ち着かせると、再びチーム全体へ通信を開く。
「現在の状況を確認したい。ブラッド、レーダーで敵の位置を知らせてくれ。前線のメンバーは残弾の確認。各機の破損状況もだ」
「こちらブラッド、今レーダーの情報を送りましたが、敵は確実に数を増やしており、このままでは囲まれるのも時間の問題です。自軍全体の損耗率は約40%。チーム内の状況はアンジー、ニコル両機が大破。生存は不明です。ブラッド機は損傷なし残弾30%」
「こちらマーク。左腕大破、右腕と両足は今の所戦闘に支障が無いがさっきから左足にオイル漏れのシグナルが鳴ってやがる。このままだと焼き切れちまうぞ!」
「カタリナ機はとりあえず全部ついてるよ! 残弾は20%、このままじゃまずいねぇ……」
「ランスロット機は両腕大破。ピットにて待機中。早くしてくれ! このままじゃ押し込まれちまう!」
通信を聞きながら、ラングレーは考える。現在の味方の分布、そして敵の進行速度を考えると、自分がピットに到着するまで前線はもたないだろう。――そして即座に決断した。
「マーク、カタリナ、ブラッド機は両翼のチームを支えながら緩やかに後退。突出しすぎているから、伸びきってしまっている前線を一度立て直そう。隊列はカタリナ機を前にブラッド、マークの順だ。出来るだけマーク機に無理な機動をさせないように注意しろ」
続けて小隊全体への通信で、チームがラインを下げる事を伝えると、両翼のチームもそれに合わせてゆっくりとラインを下げていく。縦に伸びてしまっていた戦列は上手く横並びに戻り、友軍機の数が減った分だけ空いてしまっていた穴が埋まっていく。
なんとか…… 挟撃は避けられたな。
ラングレーは胸をほっとなで下ろすが、安心はできない。なぜなら、今を以て戦況は不利に進み、敵は刻々と数を増やしていっているからである。
増え続ける犠牲者の数が、この戦いが絶望的である事を否が応にもラングレーに知らしめる。
「ピットに到着した、これよりランスロット機のリペアに入る。ランスロットはピットの中央に進め」
チーム内通信にて到着を伝えると、ラングレーはピットと呼ばれる巨大なラストに今乗っている小型のラストを接続する。すると、即座にランスロットの乗るラストの状態がモニタに映され、ラングレーは一つ一つを修復するようピットに指示を出していく。沢山のアームがせわしなく動き、ランスロットの乗るラストの破損箇所などをまたたたく間に交換、修理していく。
――ピットとは、いわゆるリペア専用の巨大ラストで、中に格納したラストを修理する事が可能な機械である。基本的にピットは修理を行う事の出来る巨大なラストの部分と、それに接続される小型のラストの部分に分かれる事が可能で、エンジニアと呼ばれるピットの操縦員は、修理を必要としない時は小型のラストにて地雷の埋設や戦闘の援護を行うのが一般的だ。
3分ほど経ったであろうか、ランスロットの破損した右腕を修復し終えた時、突然の悲鳴が通信から聞こえてくる。
「あぁぁぁ! くそっ! なんだよこいつら! 来るんじゃない! 来るんじゃないよ! くそっ! 弾切れだ! くそっ。くそぉ!」
「こちらブラッド! ものすごい敵の数だ! カタリナ機が囲まれている! この弾の数じゃ追いつかない!」
声に混じって聞こえてくる、ライフルの連射音が敵の数がかなりのものである事を物語っている。
そして、続けて聞こえてくる声。
「くそっ! こちらマーク! 敵の突進を回避したんだが、足が止まっちまった! まいったねぇ……」
焦りながらも、なんとかラストを動かそうと操縦桿を動かしている様子が通信から聞こえてくる。
「がぁぁぁぁ! やめろ! 来るんじゃないよ! あぁぁぁぁぁぁ!!」
カタリナの悲鳴が聞こえた後、一瞬の静寂。そして、続けてブラッドからの通信が入る。
「カタリナ機大破! 敵はなおも全身中! もう押さえられない!」
レーダーを見ると、足を止めたマーク機を庇うように応戦するブラッド機の姿が映し出されているが、じりじりと囲まれつつあるのが見える。
「マーク! もういい! ラストを破棄してここまで戻れ! ブラッドはマークを拾ったら、全力で撤退だ!」
そう指示を伝えようとしたラングレーだったが、ラングレーの言葉が言い終わらぬうちに、ブラッドの悲鳴が響き渡る。
「隊長ぉぉぉ! くそっ! こいつら放せ! もう! 持ちません! 後は頼みます!」
そして、ブラッドのラストを示す光点がレーダーから消えた。
続けてマークから通信が入る。
「へへっ。くそ。あいつ俺より若いくせに俺より先に逝っちまいやがって…… 隊長さんよ。俺も行くわ。後の事は頼んだぜ。うおおおおおおおおおおお!!」
怒号と共に、マーク機のガトリングが激しく弾を撃つ音が響き渡る。
そして、レーダー上の赤い点がいくつか消えた後、マーク機もまたレーダー上から姿を消したのだった。
そして、なおも増え続ける赤い点。その数はもはや自軍の数十倍に上っており、自軍の損耗率は既に70%を越えていた。
「おい! まだかよ! ラングレー! 俺が! 俺が行ってやらなきゃ!」
左腕を修理中のランスロット機から、怒声が聞こえてくる。
しばらく呆然とレーダーから消える友軍機と、増え続ける敵を眺めていたラングレーは我に返ると、
「……撤退する」
と、それだけを告げピットを後退させ始めるた。
「おい! 冗談じゃないぞ! いいから出せ! 俺があの魚どもをぶっ殺してきてやる! おい! 聞いてんのか! ラングレー! おい! この! 動け! 動けぇぇぇぇ!」
ランスロットはそう言って、ラストを動かそうとするが、ピット作業のために動力を完全にオフにされたラストは動くことはなく、後に、リージニアの防衛戦と呼ばれた作戦、人類にとって歴史的な大敗を喫したその作戦で、多くの犠牲を払ったまま、ラングレー達はその戦場を後にする事になったのだった。
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