第6話 君の冬が明ける

幸福の幻想は、未だ都市を包みます。

その中を駆けるのは少年、後を追うのは背の高い男。道行く家々から聞こえる歓声が、祝福が、まるでその源を隠すかのように響き渡ります。

「ハンス!闇雲に探しても見つからない、魔法が一番強い場所を見つけるんだ!」

ジュドがハンスに叫びます。

「わかった!」

足を止めぬまま、ハンスはきょろきょろと周りを見渡しました。

この広い東の都市のどこか1点を探すなど到底難しく思えます。



その時、ハンスの目にひときわ大きくてあたたかな光が映りました。

今朝、マッチを売る少女がいたあたりです。

もしやと思い、2人はそこへと向かうことにしました。



光の中に少女はいました。

彼女の手いっぱいに収まるマッチ棒が煌々と輝き、少女の見る幻想をありありと映しています。

暖かい幻想、失った幸せ。彼女の魅せる夢に、人々は歓喜します。

しかし、ハンスは手を伸ばしました。

その夢から醒ますために。

その幻想を霧散させるために。

「やあ、また会ったね。」

彼女の手に触れ、微笑みかけたハンスを見て、少女の顔は真っ青になりました。

「何……何を、しにきたの。」

震える声で、今にも泣きそうな瞳で、彼女はハンスに問います。

「この夢の終わりを教えに来たよ。」

次の瞬間、少女は声を張り上げ抵抗しました。

「やめて!やめて!!どうしてあなたが邪魔をするの!?あんなに暖かいあなたが!

取らないで、消さないで、殺さないで!私の大切なお母さん、私の優しかったお父さん、私の大好きなお婆ちゃん、やっとまた手に入ったの!!」

髪を振り乱し、ハンスの手から逃れようと必死に声を荒げます。

「でも、ここは夢なんだ。もう起きないと、君が前に進めない。」

「進むって、どこに!?私はどこに行けばいいの!こんな寒い場所で、こんなさみしい街で、私はどこに行けばいいの!!」

ハンスの瞳がジュドのほうを向きました。

許可を取るように。これから自分が下す決断に同意を求めるように。

「好きにしろ。」

その言葉が返ってくると、ハンスはまた柔らかく微笑みました。

「僕たちと一緒に旅に出よう。世界を見よう。未来を見よう。」

「未来……?」

光が弱くなりました。

彼女の幻想の家族が彼女を見つめました。

『ルミア、父さんを置いてどこかへ行ってしまうのかい?』

『ルミアはまだ子供なんだし、そう急がなくても……。』

父と母の心配そうな顔を見て、少女は「嫌だ」、と口にしかけました。

『ルミア。』

優しい祖母の顔がありました。

『お前があんまり悲しそうだったから、こちらに連れてきてあげようかと思ってたんだけどねぇ……。その必要は無さそうで安心したよ。お前みたいな小さな子がこちらに来るなんて悲しいじゃないか。そうなる前に、ちゃんと光に出会えたんだねぇ。』

果たしてそれは、彼女の作った幻想でしょうか。

果たしてそれは、彼女が願った夢でしょうか。

『お行きなさい、ルミア。

私たちはお前の心にちゃんといるから。』

そう言うと、老婆は幻想を連れて宙へと浮かびました。

「お婆ちゃん!」

少女の声が響きます。

『生きて、ルミア。お前ならきっと大丈夫。』

流れ星が降りました。

1つ、2つ、流れ落ちたころには、街を包んだ幻想はすべて消えてしまいました。



朝、人々は雪かきに追われます。

しかしその顔は、いつにも増して晴れやかでした。


昨日は良い夢をみた。

夢だったのがちょっと勿体なかったなぁ。

ああ、なんだか幸せな気分だよ。今なら杖なしでも歩けそうだ!


その声を背に、街を去る3つの背中。

背の高い男が一人と、同じくらいの年の男女の子供が一人ずつ。

「これからどこへ行くの?」

少女が問いました。

「目指すは中心の町だ。」

少年が地平の遥か彼方を指さすのを見て、男は薄く笑い、肩を竦めました。

「少しばかり遠いがな。」


彼らの目の前には、青々とした草花が茂る草原が広がっていました。



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童話の国のアンデルセン 夏島臙脂 @machibari

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