第6話 『病気からの襲撃』

 異世界とは。

 俺が生まれた世界とは別の世界の事を指す。


 ロウに言わせれば俺の住む世界が彼女にとっての異世界にあたる、ということだ。


 結局何が言いたいかと言うと。





 俺氏、異世界にて体調を崩しました。





「大丈夫か? 今お前死にそうに見えるぞ?」

「ああ……大丈夫じゃない……」


 死にかけている。そんな表現がよく似合う状態だ。

 ちなみにだがこの世界。村の王都の近くに何と凍土があるらしく、そのせいで近辺は年中涼しいらしい。

 そして食事。体に合わない。うまく言えないが合わなかった。


 結果、俺は今長老様の家にて、天井を見上げている。


 長老他、親衛隊は出払っているのか、この場には俺とロウの二人だけだった。

 先ほどまでいたお医者様は診断した後どこかへいってしまった。


 どうやらこの世界でいう風邪と診断されたようだ。いや、そんな軽いもんじゃない。辛いわ。


「さて、その様子だと今日の修業は無理そうだな」

「うぅ……申し訳ない……」

「喋るな。気持ち悪い」


 今ぐらい優しくしてくれたっていいじゃないか。

 ロウは冷たい視線をこちらへと向けてくる。


「ま、ここは異世界だ。体を壊すくらい当たり前だと思ったほうがいい」

「きついな……これ、インフルエンザくらいだぞ……」

「そっちの世界のウイルスか。師匠はここ数年はかかってないらしいがな」

「そりゃ、異世界だからだろ……」


 転生してきたんだからきっと体も適応しているのだと予想。

 このままでは場所を変えるたびに体調を崩すことになる。それだけは避けたいと思う。


「とりあえず安静にしておけ。父上と親衛隊が王都に食糧調達のついでに雪乃の確認もしてくれている」

「嘘っ!? まじで!?」

「ああ、だから安心して逝け」

「……いや、死にはしない」


 それだけ言うと、ロウは立ち上がり、家を出るべく出口へと歩いて行った。

 正直傍にいてほしい。心細い。が、彼女にとってはシャルロットと二人きりのチャンスだ。

 俺など適当に放置するだろう。何たる扱い。


 するとロウは去り際に一言。


「そこにおいてある本は自由に読んでいいぞ」

「これ? 何の本?」

「私が調べたものをまとめてある。何か手掛かりになるかもしれないぞ」


 そう言い残し、家を出ていった。

 広がる静寂。それと同時に寂しさも広がっていく。


 辛い。病気のときほど人肌が恋しくなるものらしい。まさにそれを実感している。

 シャルロットは? こういうときこそべたべたしてきてほしい。たとえそれが偽りであったとしてもだ。

 というか、俺のブツ掴んでるんだし、本気で迫ればヤらせてくれるんじゃないか?


 いや、そうに違いない。ルークやロウから男を遠ざけられていた彼女だ。性に対する好奇心も強かろう。


「…………」


 なんてことを考えてるんだ俺は。

 シャルロットは弟子。それ以上でも以下でもないわ。そこをしっかりとしていなければ。


 にしてもこの異世界で、ロウは字が書けるのか。大体異世界は識字率低めのイメージがある。

 とにかく落ち着こう。

 とりあえずロウの本でも読もう。


 そう思い、俺は手近な一冊を手に取った。

 俺のよく知る文字で書かれている。

 またもや謎が増えたが、そこはまあいい。読めるんだから。


 そう思い、俺は本を開いた。




 世界に関する記述。


 これは、魔導士である『アルクロウド・ヒステリア』による調査結果をまとめたものである。

 なお、この文献は未だ不可解なことが多く、確定的な情報はあまり記載されていない。

 そのため、あくまで諸説であることを、最初に明記しておく。


 この世界は何故存在しているのか。

 未だ不明瞭なこの問いに対して、いくつかの説が立っている。


 ・転移説

 この世界は、別の世界の一部で、そこから大陸が転移してきたと考えられる説

 しかし、これ以外の世界が確認されてない。


 ・転生説

 一度世界は死に絶え、それによって新しく生まれたという説。

 ただしこれも、以前の世界が確認されていない。


 ・始原の神説

 一人の神様が存在し、それによってこの世界が創り出されたという説。

 おとぎ話ではあるが、神器が存在しているため、最も有力な説とされる。




 始原の神とは。

 様々な文献に登場する神であり、我々が崇拝するのもこの神だとされる。


 決まった姿は無いが、すべての文献における神は、この始原の神とされている。

 この神は全知全能であり、何者も抗えないと言われているが、すべての神器をもってすれば倒せるという説もある。

 だがこの神は世界を支える存在のため、倒してしまうと世界が壊れる可能性もある。


 すべては推測の話なので確定はできない。





「なるほど……」


 なかなかにおもしろい話だった。

 いろいろな説が出てるんだな。この世界の学者も侮れないな。

 世界か。本当なんでこんな世界があるのかって感じだよな。不思議過ぎる。


 俺はもやっとした気持ちを抱えながらも、二冊目へと手を出した。






 神器に関する記述。


 これは、魔導士である『アルクロウド・ヒステリア』による調査結果をまとめたものである。

 なお、この文献は未だ不可解なことが多く、確定的な情報はあまり記載されていない。

 そのため、あくまで諸説であることを、最初に明記しておく


 神器とは。

 始原の神と呼ばれる神が、自身の体を13に分け、作り出したものであるとされている。


 うち一つ。蛇使い座の神器は以前発見されておらず、存在すらも不明であるとされる。

 他の12の神器は、星座を与えられた人間が所持している。


 星座を与えられる条件としては、今だ不明瞭な点が多い。


 ・神器を扱うにふさわしい実力を持っていること。

 ・人間性が高く、神器を悪用しないものであること。


 主にこの二つが重要視されている。

 実際、私が接触した黄道十二騎士に悪い人物はいなかった。



 ※12人中、出会ったのは半分だが、その全員から食事を奢ってもらった実体験がある。



 黄道十二騎士について。


 黄道十二騎士とは、前述したとり神器に選ばれた人間を指す。

 一般的には神器使いと呼ばれる物だ。


 戦士としての実力も高く、人間性も高い人物が選ばれる。

 そのさい、体のどこかに星座の紋章が現れる。


 他にも能力を使用するとき、左目にも紋章が現れるが、それを確認したのはまだ数件である。

 未だ不明瞭な点が多いが、黄道十二騎士については明らかになりつつある。






「ふむ、おもしろいな……」


 RPGの図書館で、本を読み漁る感覚だろうか。

 某ポケットのモンスターとかでよくある。少しづつ情報が開示されていくあのもどかしさ。

 今、俺はテンションが上がっている。


 ここまでくると、全部読破したくなってくる。幸い暇だし問題ないだろう。

 俺は積まれた本を、一冊一冊タイトルを見る。とりあえずおもしろそうなのを見てみよう。


 ・魔法詠唱に関する記述。

 ・魔物の生態に関する記述。

 ・武器の強化、合成に関する記述。


 どれも興味をそそられる内容だ。すごく気になる。

 そうやって手に取っては置き、を繰り返していると一冊の本が目に入る。



 『黒魔術と魔装具に関する記述』



 いかにも、なタイトルが書かれている。

 にしても黒魔術か。闇の魔法、とかそんな感じかな。とにかくおもしろそうだ。

 俺はその本を開いた。





 黒魔術について。


 魔術には主に二種類に分けられる。

 属性魔法を扱う魔法。それ以外である。


 ここではそれ以外の、黒魔術について記述しておく。


 魔法は主に、詠唱することによって発動される。

 簡単な魔術ならば詠唱と必要としない。難しいものほど詠唱が必要である。

 黒魔術は詠唱をを必要としない。


 黒魔術とは、禁忌の魔術であることを記しておく。


 黒魔術師になるには。

 普通の魔術師では、黒魔術師になることはできない。

 諸説あるが、それをひとつひとつ上げていこう。


 ・幼少期に何かしらのトラウマを負っていること。

 ・魔術を覚える前に、人を殺していること。


 以上の二つがあげられる。確証はないが、この二つが有力とされている。


 黒魔術師の特徴として、次のものがあげられる。


 ・無詠唱で魔術を使用できる。

 ・黒魔術ならば、魔力の制限なしで使用できる。

 ・目の色が赤に変わる。

 ・凶暴な性格に変わる。


 以上のことがあげられる。

 基本的に温厚な魔導士そのものが黒魔術に目覚めることは無いため、基本的に黒魔術師は好戦的である。

 また、副作用として思考が狂気的になることが多い。

 そのために躊躇なく人を殺める。また、中には殺戮を快楽とする輩もいるため注意されたし。


 ごく稀にだが、理知的な黒魔術師も存在する。

 だが、そう言った場合は一般的な黒魔術師よりも恐ろしいため、より注意しなければいけない。



 魔装具について。


 魔装具とは、魔術が込められた武器、装飾品の総称である。

 一般的によく使われているのは、魔力を込める水晶であり、込めた魔力を貯蓄できるものである。

 魔導士はこれを携帯している。ほかに、長期戦を主とする剣士などにも人気である。


 ここで記すのは、魔装具のなかでも、陰に傾くものについて記そうと思う。


 世間的な総称として、闇の魔装具と言われている。

 具体的には、黒魔術師のように無制限の力を与える魔装具である。

 だがその強力さ故に、使用者の精神を食いつぶすとされている。


 ・無尽蔵の魔力と、並外れた戦闘力を得る。

 ・精神は崩壊し、自身の持つ最も強い欲望の為に動く。

 ・肉体は人間と言うよりも、魔物に近いものになる。


 黒魔術師、闇の魔装具による凶暴化。

 これらを総称して、『闇堕ち』と呼ぶ。


 現在、闇堕ちから元の人間に戻す方法は無い。

 魔術師の方は、滅多なことでは戦闘になる事は無いが、魔装具の場合は発見と同時に戦闘になるケースが多い。

 彼らは肉体が魔物と化しているため、腕や足を切り落としても絶命はしない。


 唯一の対処法として、首を斬り落とさなければならない。


 もし、自分の身内の人間が魔装具によって闇堕ちした場合、躊躇ってはいけない。

 できないようであれば、最寄りのギルドに依頼することをお勧めする。






 俺は一瞬、思考が停止していた。

 やはり、というかどこの世界でもあるだろう闇の部分。

 この世界の黒い部分を見てしまった。もとより予想していたことだが、


「闇か……」


 なんだか嫌なものを見てしまったような気分だ。

 にしても黒魔術か。やっぱラノベでも敵はこういうのだよな、うん。


 さて、他に何か口なおし的な本は……。


「ん? ……んんんっ!?」


 俺は一冊の本を目にする。

 黒い本だ。一つだけしっかりとした厚みのある本で、ひときわ異彩を放っている。

 何故、俺はこの本を見つけなかったのだろうか。そう思うほどに異様な本。


 手に取る。

 ずっしりとした辞書のような重みがあった。

 俺はその本につづられているタイトルをゆっくりと読みあげる。




「蛇使い座……シャルロット・オヒューカス・ウラヌスについての記述……」




 心臓がどんどん早くなっていく。

 著者にはちゃんと、アルクロウド・ヒステリアと書かれている。

 落ちつけ。焦るな俺。


 オヒューカスは確か蛇使い座の別称だったはず。そして蛇使い座はこの世界でいうタブーにあたる。

 それに今思えば、思い当たる節もないではない。彼女の全能さ。それは蛇使いの少女と似ている。


 シャルロットが? 蛇使いなのか? ロウが言っていた話とはもしやこれなのか?

 そんな疑問ばかりがぐるぐると回っていく。


 俺は本をめくった。



「ユウト! シャルロットが看病しに来たよ!」

「うおおっ!?」

「ん?」


 不意に後ろから、シャルロットの声がした。

 慌てた俺はその本を咄嗟に隠す。布団の中に入れ、出来る限りの平静を装うことにした。

 シャルロットはどことなく楽しそうにしている。こっちの気も知らないで。


「あれ? 大分調子いい?」

「いや、まだちょっと……」

「もうお昼だからね。ごはんもってきたよ」


 え。もう?

 どうやら本を読みふけっているうちに、時間が経っていたようだ。

 この世界に時計は無いのか。時間の感覚がよくわからなくなってくる。


 シャルロットはパンのようなものをさらに乗せて持っていた。前の世界でも見たような食べ物がある。

 彼女は俺の横にちょこんと座り、皿を差し出した。


「ユウトは病気してるからね。食べやすいの用意したよ!」

「何それ?」

「マルパクっていうこの地方のお菓子でね、すっごく美味しいんだよ!」


 ほう、異世界の郷土料理という訳か。見た感じまんじゅうみたいな感じだ。

 差し出されるマルパクを手に取り、一口。


 口の中に広がる上品な甘味。弾力のある周りの皮。どことなく懐かしさを感じさせる味だ。


「どう? おいしいでしょ!」

「うん、おいしいよ。けどこれ……」


 まんじゅうだわ。完璧まんじゅう。まんじゅう怖い。

 まんじゅうそのままとはいかないが、ほぼまんじゅうだった。餅のような食感と、上品な甘みがものすごい既視感だ。

 とにかくおいしい。これは体に合う食べ物だ。うん、おいしい。


「おいしいよ、ありがとう」

「えへへー、よかった、それ私の手作りでさー」

「……っ!?」


 手作り……だと!?

 いやいやいや、何を揺らいでいるんだ俺。これは勘違いしてはいけない。


 いや、でも美少女の手づくり和菓子とか、テンションがあがる。

 世の中には鬼畜和菓子なるものがあるらしいが……。


 まあいい。シャロ菓子最高。


「どうしたの?」

「いや、何でも……ないんだ……」


 落ち着かない。何かシャルロットを見るたびにこんなふわっとした気持ちになっているような気がする。

 何だろうこの、苦しいけれど、嫌じゃない……そう、あの……。


 まさかだが。まさかとは思うが、俺はシャルロットに、その、あれだ。恋心とやらを抱いているのではないのか?


 いやいやいや、それこそまさかだわ。さすがに異世界とか言う辺境に飛ばされて、何か気が変になってるだけだ。

 落ち着いてみればどうと言うことは無いはずだ。うん、そうだ。


「ねえ、ユウト?」


 疑問に満ちた表情。困ったように眉をハの字にし、こちらを見上げている。可愛い。

 流れるような白い髪。雪のようにふわふわ、それとも流れるようなさらさらなのだろうか。可愛いと思う。

 そして、この桜色の唇。柔らかそうだとか、触ったらどんなだろうかとか思っちゃう。可愛い、というか色っぽい。


「ふぅ……」

「あの、ユウト?」


 何を考えてるんだ。

 何故わざわざ自ら墓穴へと喜び勇んで足を踏み入れなければいけないのか。というか何をしようとしている俺。


 確かにカワイイのは認めるよ。可愛いもん。

 けどさ、カワイイと好きかどうかは別だろうよ。可愛いって思ってるだけだし。


 ……誰に言い訳をしてるんだろうか。何か悲しくなってきたぞ俺。


「大丈夫? 辛そうだったら私もう放っておくけど……」

「いや、いいんだ。むしろいてほしいというか……心細いというか……」


 俺は何を言ってるんだ!?

 自然と口から出た言葉に動揺する俺。もうテンパりすぎておかしくなっている。


 きっとあれだ。さっきシャルロットが蛇使い座だとかそんな話を見てしまったからだ。

 俺がおかしいんじゃない。この状況だ、おかしいのは。


「じゃあ、もうちょっとここでおしゃべりしててもいい?」

「ああ、うん……いい、ぞ……」

「ふふ、ありがと」


 にっこりと笑う。

 脳天をぶち抜かれたかと思った。


 ああ、もう……これはヤバい。


 何か話そう。そう、こういうとき何を話せばいいんだ?

 確か、好意的な「好き」とかそういうのを会話に挟んで。無意識にそれをしみ込ませる。

 その後「H」とか、性行為を連想させるワードを挟む。


 それで準備を整わせれば、ホテルでひゃっほいできる、というわけだ。


 心理学の勝利だぜよ。


「…………」

「…………」


 会話が。続かねえ!


 だめだ。何故サシ飲みからの持ち帰りテクを話そうとしているんだ俺は。


 ダメだ。テンパっている。これは中学校のとき文学少女にドキッとしてしまったときと同じだ。

 確か……あのときは……えっと……。


 どうにもなんねえ。終わった俺。


 とかなんとか思っていると、シャルロットが口を開いた。



「あのさ……」

「ん? ど、どうした?」


 俯き目に、どこか恥ずかしそうにしている。

 これから何を言うのか全く見当が付かない。というか妙に緊張する。


 沈黙が続く。


「えっと……シャルロット?」

「ユウト前に言ってたよね、人を探してるって」

「あ、ああ、そうだな」


 彼女はこちらを見つめる。

 群青色の目が、ゆらゆらと揺れ、その目にブサイクな俺が映っている。不憫だ。


「その人が見つかったら、元いた場所に帰っちゃうの?」

「元いた場所……?」

「この土地の、反対側の土地にある国から来たって聞いたけど……」


 ロウの奴、何となくぼかして伝えているのか。まあ、いずれはばれる話なんだろうけど。

 というか、そうだよな。俺は雪乃を見つけたら元の世界に帰る。

 方法は未だ分からずだが、いずれは帰る。そのつもりである。


「まあ、そうだな……」

「そっか、そうだよね……」


 何だろう。シャルロットの様子が変に見える。

 何? もう攻略済みとかそんな? 嘘だろ?


「あの……それでさ、私……」


 シャルロットの目が、強く見開かれる。

 顔は目の前にまで迫り、息がかかる。頬はどことなく上気しており、食べごろのいちごを連想させる。


 体が熱い。目の前に少女に、何か別の感情を抱いているように思える。

 心臓が脈打つのを感じた。


「私……っ!」


 言葉が途切れる。

 彼女が止めたのではない。掻き消されたのだ。


 突如として響く轟音。数秒遅れて衝撃が走る。


「シャルロット!」


 彼女に覆いかぶさり、床に伏せる。

 家を衝撃波が走っていき、体が揺らされるのが分かる。

 揺れが収まると、今度は人々の泣き叫ぶ声が、合唱のように聞こえてきた。


「何!? 何なの!?」

「外で何かあったみたいだ……ぐっ、げほっ、げほっ……」

「ちょ、ユウト!?」


 急に咳が出る。未だ本調子ではなく、苦しさが俺を襲う。

 シャルロットに手を貸され、家を出る。剣を肩にかけ、いつでも抜けるように備える。


 まだ調子が出ない。だがそうも言っていられないだろう。


 村の中心。叫び声が最も響く場所へと向かう。

 異様だった。


「あははははははははっ! いいぞいいぞ! もっと焼き尽くせえええええええええっ!」


 焼ける家々。逃げ惑う人々。おっしてその中心に、彼はいた。

 黒い剣。いや、刀だ。黒い装飾に赤い刀身の刀。焦点の定まらない目。その目は赤々と燃えている。


 見覚えのある、そして因縁のある男が、そこに立っていた。


「ルーク……? ルークなの?」

「ああ、これはシャロ様……ご機嫌麗しゅう……」


 そういって頭を下げる。その動きは糸の切れた操り人形のようで、吐きそうなほど不気味だった。

 それを見たシャルロットはただ茫然と見つめていた。

 目を開き、口を開き。手足は震えている。


「ルーク……嘘でしょ……?」

「何を言っているのですか? ルークはいつも通りですよ?」


 気持ち悪い。動きが、オーラが、すべてが。

 俺は未だ、剣を抜けないでいた。それは何故か。対処法が分かっているからだ。


 それは現世では罰せられ、世間から避難されるもの。


「シャロ! ユウト!」

「ロウ……ルークが……」

「ああ、分かっている。ルーク。お前、やってくれたな……」


 物陰から走り寄ってくるロウ。

 その目には、焦りが。おそらく、俺と考えていることは一緒だろう。


 彼女は杖を構えながら、こちらへと寄ってくる。


「ユウト。本は読んだか」

「ああ、闇の魔装具だろ」

「……話が早くて助かる」


 彼女は杖を一振りし、先端をルークへと向けた。

 俺も覚悟を決めなければいけない。異世界で生き残ると決めたんだ。だったらこれくらい乗り越えなければいけないだろう。


 剣を抜き、まっすぐルークに向けた。


「首だ。さっと仕留めろ。でなくてはこちらが殺されるぞ」

「……分かってる」


 対峙する少年。シャルロットやロウと共に生活してきたはずの男。今現在、我々が討伐すべき敵である。

 この世界は残酷だ。一歩違えば敵。味方変わる。


 いつかシャルロットや、ロウに刺される日が来たりするのだろうか。

 考えるだけ無駄だな。




 息を吐き、目の前の現実へと剣を向けた。


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異世界で命がけのラブコメをしよう。 六番目の課長 @rokubannmeno-katyou

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