第5話 『蛇使いと天才』

 ランプの炎だけがゆらゆらと揺れていた。

 目の前には、ほぼ下着姿の少女、ロウがいる。


「さて、ロウ。聞いてもいいか?」

「ああ」

「雪乃の事を教えてくれ」

「いいだろう。約束だからな」


 俺の前であぐらをかいているロウ。健康的な太ももが何とも言えないエロスを放っている。

 ちょっとドキドキしてしまうが、出来る限り見ないようにしよう。


「彼女と私は少し話したんだ。「元いた場所に帰りたい。だが道が分からない」という話だった」


 ロウは先日、魔物を狩るための下見をしていたとき、雪乃と会ったらしい。

 親衛隊と離れて一人で捜索をしていた時、森で倒れていた雪乃を見つけ、声をかけたところから始まる。


 そのときロウは雪乃のことを、行き倒れた冒険者が森に迷い込んできたのだろうと思い、近くの王都に向かうことをお勧めしたらしい。


「王都ってそんな近いの?」

「一本道だ。それなりに歩くとは思うが、十分日帰りできる距離だ。まあ、外の世界でいう遠足に近い」

「へぇ……」


 遠足。そんな言葉を異世界で聞くとは思わなかったな。

 ロウは現世の知識を持ちあわせているようだ。何故かとても親近感が湧いてしまう。

 にしても遠足か。高校でもあったな、それ。


「今現在は王都で何とかやっているだろう。あそこは行き倒れの冒険者に優しいからな」

「そうか、なら安心だな」

「もう少ししたら村を出て、王都に向かおう。そうすればきっと合流できるはずだ」


 ロウは酒を飲んだ。シャルロットほどでは無いが、彼女も酒を嗜むらしい。

 ちびちびとだが、ヒョウタンに入った酒を飲んでいる。俺は普通に水。瓶のようなモノに入った水だ。怪しい奴ではない、と思う。


「さて、村から出ればそのまま冒険だ。各々目標があるだろうしな」


 ロウは目を細めた。


 俺は雪乃の捜索。だがこのままうまいこといけば王都ですぐに見つかるだろう。

 シャルロットは一流の剣士になること。これは俺が剣を教えなければいけないようだが、彼女の能力的には問題ないだろう。

 ロウは世界の研究。具体的なことはまだわからない。とりあえずロウなりに何かするだろう。


「わくわくしないか? 未だ知らないことを解明するというのは」

「まあ、そうだな」


 かういう俺もちょっとテンションが上がっている。

 子供ならば、特に厨二ともなれば憧れる世界だ。冷静に森に入って探索でもすれば、きっと俺は感動するだろうに違いない。


「ところでさ」

「ん? どうした?」

「なんでまたロウは俺が異世界から来たって思ったんだ?」

「ああ、明かに不自然な点が多すぎたからな」


 どうやらロウにはお見通しだったようだ。シャルロットがあんな単純でよかった。そこが彼女の愛らしさだろう。

 よくよく考えれば武器も持たずに森の中で倒れていたのだ。遠くから来たという言い訳は通用しないはずだ。


「それでだ、雪乃と似たような服を着てたしな。あいつも異世界から来たんだろ?」

「まあ、そうだな。幼馴染なんだ。小さいころから一緒に剣道をやってたんだ」

「剣道か。それも聞いたことがあるぞ」


 ロウは口の端を上げ、楽しそうに話し始めた。彼女と話すのは楽しい。

 まるで本当の事を話せる唯一の友人のようで、気が楽になった。異世界でできた本当の友人、とでも言おうか。

 俺は話した。外の世界の景色や、おいしい食べ物。そして生き物。


 ひとつひとつを楽しそうに聞くロウを見ると、こちらも話がいがあるというものだ。

 気が付けば酒は無くなっていた。


「ふう、結構話したな」

「興味深い話ばかりだな。私からも話をしようじゃないか」

「おお、どんなのがでるんだろうな。楽しみだ」

「そんな話でもないぞ? おとぎ話みたいなもんだ」


 そう言ってロウは目を閉じ、ゆっくりと息を吐いた。




 ☆ ★ ☆




 世界は幸せに溢れていました。

 ときおり悪い魔物が出たり、それによって命を落とす人がいたりしましたが、やはり平和でした。

 不幸よりも幸福が勝っていた、そんな世界のお話です。


 ある日、とある剣士が、魔導士に向かって言いました。


「やい、魔法使い。俺とお前、一体どっちが強いと思う?」


 魔導士は答えました。


「それは僕にも分からないよ。ほかの誰かが決めないと」


 そうなのです。世界は平和だったので、誰が一番強いのか、分かりませんでした。

 それはすべての剣士と、魔導士が考えていました。

 それを見かねた神様は言いました。


「この世で一番は決められない。それぞれ何かに秀でているモノに称号を与える」


 それを聞いた剣士と魔導士たち、はたまた学者や商人までもが、競って争いを始めました。

 やれ、これは俺が秀でいる。それは俺が上だ、などと。

 争いと言っても、戦争のようなmのではありません。むしろ、優劣がついたことで世界には活気が生まれました。


 神様は彼らに星座の称号を与えることにしました。



 剣に秀でたものには牡牛座を。


 弓に秀でたものには射手座を。


 力に秀でたものには蟹座を。


 知恵に秀でたものには水瓶座を。


 拳に秀でたものには山羊座を。


 速さに秀でたものには牡羊座を。


 槍に秀でたものには魚座を。


 薬に秀でたものには蠍座を。


 公平に秀でたものには天秤座を。


 獣に秀でたものには獅子座を。


 癒しに秀でたものには乙女座を。


 奇術に秀でたものには双子座を。



 そしてしばらくして、十二人は神様によって選ばれました。

 みんな心優しく、戦士として呼ぶに相応しい人物ばかりでした。


 それを見た王様は盛大に祝うべきだと、彼らとたくさんの民衆を城に招いてパーティを開きました。

 その夜はお祭り騒ぎでした。


 すると一人の少女が、王様の前にやってきました。彼女は街でも有名な蛇使いです。

 蛇使いの少女は言いました。


「王様、十二星座には入っていない仲間外れの星座がいます」

「ほう、それは何という星座か?」

「蛇使い座です」


 少女は言いました。

 私はすべてにおいて秀でています。私は何故仲間はずれなのですかと。


 王様は少女を諭すようにいいました。

 それは君が選ばれるような子じゃなかったからだよと。


 君のような小さな子が選ばれるわけがない。子供は戦わなくていいんだと。


 周りの大人たちも同じ意見でした。

 彼女を優しく取り巻き、これをお食べ、これをお飲みと料理を差し出しました。


 ですが少女はそれを受け取らず、代わりに口を開きました。


「では私と勝負をしましょう。そうすればきっと私を認めてくれるはずです」


 少女の言葉に、会場はざわめきました。

 子供の冗談ではすまなくなってきています。すると、牡牛座を受けた一人の青年が少女に近づきました。


「お嬢さん、では僕と剣の勝負をしましょう。僕に負けたら諦めてください」


 少女はそれを聞き入れ、青年と一騎打ちをすることとなりました。

 といっても殺し合いをするわけではありません。木刀を使います。


 青年は手加減をし、勝ってこの場を収めようとしました。大人たちはそれを理解し、微笑ましい目で見守っていました。


 ですが青年は負けました。本気の本気で負けたのです。

 大人たちは焦りました。

 それを見たほかの星座たちは、彼女を説得しようと、また勝負を挑みます。

 ですがひとり、またひとりと負けていきました。


 蛇使いの少女は十二人全員に勝ちました。周りの大人は何も言いません。

 それを見た神様は彼女に蛇使い座の称号を与えました。


 ですが周りの大人たちは猛反発しました。

 こんなバカな話があるか。こんな少女に負ける訳がない。

 ひとりが言い出し、次第にその数は増えていき、しまいには収集が付かないほどにまで大きくなりました。


 少女は黙っていました。

 すると先ほど牡牛座の青年から受け取った木刀を持つと、大人たちを攻撃し始めました。


 ただの木刀だというのに、大人たちはどんどん殺されていきます。

 少女は言います。


「私は正しい。強さを示して何が悪い。こいつらもそうだろう」


 彼女は正しかったのですが、大人たちは認めようとしません。

 またひとり、またひとりと人が減っていきます。


 神様は後悔しました。何故彼女をもっと早くに選んであげなかったのかと。

 神様は最後の償いと思い、自身の体を十三に分け、神器を創り出しました。


 蛇使い座の彼女にあげるはずの神器は、残った力で封印し、その他の十二の神器を彼らに与えました。


 神器を与えられた星座たちは、すべての力を使い、少女を止めました。

 十二人がかりで、やっと止めることができました。


 少女は最後に涙を流すと、光となって消えていきました。魂はどこかへ飛んでいき、見えなくなってしまいます。

 十二人の星座たちは、神器を手にして、人々の前に立ちました。



 彼らは『黄道十二騎士』と呼ばれ、伝説となりました。



 この少女と、神様を忘れてはいけません。

 いつかきっと神様も、少女も、現れるかもしれないのですから。






 ☆ ★ ☆





「……よく、分からんな」

「これはよく子供のころにされるおとぎ話だ。この世界で知らないものはいない」

「にしても結構矛盾点が多いんだよなぁ……」

「それはまあ……おとぎ話だしな」

「……だよな、うん」


 ロウは二本目の酒瓶に手を出していた。

 若干だが頬は赤くそまっている。そろそろ酔いが回ってきているのだろうか。


「それで、この神器とやらは実在するのか?」

「ああ、それを手にすることができれば見事十二星座入りだ」

「ん? 神器って見つかってないの?」

「いや、神器は使い手を選ぶ。現在の持ち主よりも相応しいと思った相手の前に現れるんだ。そうやって変動する」


 だが神器に選ばれるような奴はそうそう現れないけどな。ロウはそう付け加えた。

 なるほど、この世界ではどうやらそれが一流の証ということになっているらしい。

 ちなみに彼らは全員、神器使いとよばれているらしい。まんまだ


 シャルロットはいつかその神器を手にするのが夢だとか。何と言うか、彼女ならできそうな気がする。

 さて、結局このお話が何を伝えたかったのかはわかりかねるが、有名と言うことは何か意味があったりするかもだ。

 頭の片隅に置いておくぐらいはしておいたほうがいいだろう。


「昔はよく言われたぞ。いい子にしてないと『蛇使いの女の子』が来るよってね」

「へえ、何かそういうの聞くと微笑ましいな」


 夜中に笛を吹くと蛇が来るとか、そんな感じだろうか。

 とりあえず異世界版のそんな話を聞くと、なんだか新鮮だ。


「にしても、その話は本当なんだろうかなぁ……」

「どうだろうな。そもそも神器が存在し、それに対して作られたおとぎ話かもしれないしな。学者の間では意見が分かれている」

「まじか、研究までされてるんだな」

「ああ。封印されたっていう蛇使い座の神器が見つかれば、きっとまた見方も変わるだろうよ」


 ヒョウタンを掴むと、また口につける。

 この世界にも星座はあるようだ。ますます謎が深まるばかりだ。


「それで、転生者だとかいうお前の師匠は何て言ってるんだ?」

「多分本当の話なんじゃないかって言ってる。まあ、あの人も神器持ってるしな」

「は? その人、神器使いなの?」

「ああ、宝瓶宮。みずがめ座だ」


 こいつ何者なのだろうか。なんて奴から魔術を教えてもらってるんだ。

 あとその転生者が気になって仕方が無い。どれだけ強いのかとかも全部。


「それも含めてだ、冒険しよう。旅をしていればきっと師匠ともまた会える」

「そうだな」


 気が付けばろうそくの火が消えかかっている。

 ロウは毛布をとると、茣蓙の上に引き始めた。どうやら寝る準備を始めているようだ。


 なんだか寒気がする。夜だからだろうか。それとも異世界の気候のせいだろうか。

 とにかく寒い。


「じゃあもう寝るか」

「あのさ、ロウ。俺の分の毛布は?」

「は? ある訳が無いだろう」


 この子のときおり厳しいスタンス何なの。

 いや、この肌寒いの無理だろう。夜の冷え込みなめんじゃねえよ。

 とか思うが毛布はひとつ。俺は横で凍えながら過ごすのだろうか。


「あの……寒いんですけど……」

「はぁ、仕方が無い。入れ」


 毛布を被って横になるロウ。そして空いたスペースを指差す。

 まさか彼女は俺と一緒の布団で寝ろとか言ってるんじゃないだろうな。なんだこのイベント。

 もう俺は騙されんぞ。先日のシャルロット件みたくコロッといったりしないからな。


「じゃあ、遠慮なく」

「いや、遠慮はしろ」


 はっきりと言い切られる。が、それでいい。

 ゆっくりと布団へとはいる。若干あたたかい茣蓙の上に体を横にする。何だか懐かしい感触だ。

 先日はあまりの疲れに茣蓙の上で寝てしまっていたからな。一日ぶりの布団だ。


「もう火を消すぞ」

「ああ、おやすみ」

「……ああ」


 火を消すべく手を延ばすロウ。

 俺はそれを横でみていた。そう、間近で。


「どうした? 寝るんじゃないのか?」

「あ、はい、もちろんです……」

「……?」


 慌てて視線を逸らす。よくよく考えると、女の子と添い寝なんて初めてだった。緊張している。

 いや、幼少期を含めれば雪乃と一緒に寝たことなど何度もあったが。とにかく今現在、異性を意識する年になっては初めてだ。

 それにロウは俺の事どうとも思っていない。何か寂しい。

 相手はただ毛布が無かっただけだろうが俺にとっては結構なイベントである。


「…………」

「…………」


 寝れねえ!

 いやいやいや、眠い。眠くはある。だが眠りに入ることができない。何故だ。緊張してるからか。


「……んぅ……」


 妙に艶っぽい吐息を漏らすロウ。寝ている。こんなにもあっさりと。

 まあ、酒飲んでたし、こんなもんか。


 というか俺のこと全然意識してないのか。ちょっと寂しい。


(にしても眠れねえなぁ……)


 緊張のせいか知らないが、またく眠れない。

 横にあるのはロウの背中だけだ。すらっとしたスレンダーな背中だ。綺麗だと思う。

 ロウは好きな人(シャルロットを除く)とかいないのだろうか。あの優男風の奴とかいいと思うけどな。


「…………」


 ふと、ロウが寝返りをうった。

 またもや色っぽい吐息を漏らしながら、顔をこちらに向けてくる。


「……む……ぅう……」


 何なんだろう、この気持ちは。

 薄い水色の髪。短いながらも手入れが行き届いているようなつややかさがある。

 薄紅色の唇。若干湿っている。


「…………」


 見境無しか俺。可愛ければ何でもいいのか? おかしい。おかしいわ。

 いやでもカワイイ、カワイイのは確かだ。うん。


 でも何故だろうか。見なければいいのに、見てしまうこの形容し難い感情。

 それでいて俺とロウ。主従関係のような状態であるため、手を出しても誰からもとがめられない立ち位置である。


 いやいやいや、何を考えてるんだ俺は。いくら長老様のお墨付きだからってそれはよくないだろう。


「……起きよう。とりあえず」


 一人呟き、体を起こす。

 布団から抜けると、寒くないようにかけなおす。そのときもまた色っぽい声を出すものだから、意識せざるを得ない。

 もう何なのこの異世界生活。美少女だらけじゃないかよ。


 そしてこれがライトノベルのような世界だとすれば、また増えるはずだ。


(結局、何のために転移したんだろうな……)


 まさかハーレム作れとかそういうんじゃないだろうな。まあそれはいい。とりあえず水でも飲もう。

 そう思った俺は水瓶に向かう。木でできたコップのようなもので水をすくい、それを口にする。

 冷たさが口の中に広がり、少しだけだが頭が冷静になった。


 そんなときだ。外から何やら空を切る音がしてくる。まるで素振りの時にでるような音だ。

 外に出た。音のする方へと歩みを進めると、見覚えのある少女が映る。


「……シャルロット?」

「あ、ユウト。起きてたんだ」


 月明かりの下、白い髪を揺らしながら、「眠れないの?」と聞いてくる。

 バックに月を映す彼女は、とても美しく見えた。


 またもや心臓が跳ねる。


「どうしたの?」

「いや……何でも……」


 頭を抱え、しゃがみこむ俺を不思議に思ったのか、訝しげな表情を向けてくるシャルロット。

 先ほどのこともあってか知らないが、何とも言えない気持ちになってしまう。

 そんな邪な感情を振り払い、彼女に声をかけた。


「それで、なんでまたシャルロットは素振りしてんの?」

「うん、お昼に寝ちゃったから。今練習しとかないとね」


 彼女はそう答えると、また剣を振りはじめた。

 俺が見るに、彼女の太刀筋は完璧を越えている。この練習量でたどり着くことができる領域ではない。

 やはりロウの言う通り、天才だと思う。いや、それを越えた、何か異常なものだと思う。


 ロウの奴は朝まで起きないだろうとか言っていたが。まあいいか。


「私ね、魔法が使えるから、闘気を纏うのが苦手なんだ」

「そういうもんなのか?」

「うん、魔導士は魔法を形にする。剣士は形にせずに纏うって感じだからね」


 空を切る音が響く。

 俺は異世界の事はよくわからないが、剣士である俺は魔法は使えないということになる。

 いや、簡単なものならば使えるかもしれないが。


 防御用の闘気は簡単に纏えるのに、武器にはうまく纏えない。

 何故かよくわからない。


 魔力の関係など全く分からないのが現状。それなのに頑張れるシャルロットは素直にすごいと思った。

 その姿は幼き頃の雪乃によく似ている。


 するとシャルロットは剣をふるのをやめ、こちらへとやってきた。


「ねえ、ユウト。ちょっと教えてほしいんだけど……」

「どうした?」

「ユウトは、闘気を纏うときってどんな感覚? 無意識って言ってたけど、どんな感じかあったら教えてほしいな」

「あー、俺は……うーん……」


 シャルロットからのお願いだ。聞いてあげたくはあるのだが、本当に感覚なのでよくわからない。

 こう、集中したら斬れた、とかそんな感じだ。

 俺はシャルロットから剣を受け取ると、それを握って感触を確かめる。


「……どうだろうな……」

「やっぱり、分からない?」

「うーん……」


 何かが流れるような感覚はあるのだが、うまく言葉にできない。

 彼女には悪いが、どうにも力になれそうにない。どうにか説明できないかと、奮闘してみる。


「なんか、こうさ……体の中を水が流れてる感じ……かな?」

「なるほど!」


 すると彼女は井戸めがけて走り出した。


「ちょっと!? シャルロット!?」


 水をくみ上げると、それを頭から被った。

 俺はその一連の出来事を黙ってみていた。いや、あまりの躊躇のなさに止められなかった。

 アクティブ過ぎる。これが彼女か。


 何て言ってる場合じゃない。夜に濡れれば寒いだろう。俺は彼女の元へと駆け寄った。


「何してんの!?」

「うん、何かわかった気がする!」

「ちょ、風邪引くって!」


 びしょ濡れの髪を揺らしながら、昼間一騎打ちをした場所へと駆けていった。

 それを追っていく。


「シャルロット! さすがに髪くらい拭けって!」

「この感覚を忘れる前にやっておきたいの!」


 彼女は剣を抜いた。

 そして昼間のように一歩踏み込むと、目の前の木に向かって横薙ぎを放つ。

 空を切る音が響き、木が砂煙を起こしながら倒れていった。


「……」

「……」


 しばらく俺とシャルロットは黙っていた。

 現状に理解が追い付かなかったのである。ゆっくりとお互いの顔を見合わせ、そして声を上げた。


「やったあああああああああっ!」

「すげ……まじかよ……」

「ありがと! ユウトのおかげだよ!」


 そう言ってシャルロットは俺の胸にとびこんできた。

 ふわりと舞う甘い香りと、柔らかい感触。そして水浸しになる俺の服。

 それと同時に俺の中で何かが暴れているのを感じる。これはヤバい奴や、あかん。


「ちょ、シャルロット……離れて……」

「うぅ……やったよ……よかったよ……」

「…………」


 今にも泣きそうな表情。よほど嬉しいのだろう。

 そう思うと邪な気持ちは消えていった。わけではないが和らいでいる。


「まあ、よかったじゃないか。とりあえず着替えたほうがいいぞ?」

「うん、ありがとう……ありがとう……」

「はいはい、泣くなって」


 びしょ濡れの頭を撫でた。

 なんだかいけない気持ちになりそうになるが、そこは我慢。

 こんなにも人に喜ばれると、やはり気分はいいものだ。彼女が笑顔になってよかったと思う。


 月明かりの下、俺は異世界でできた弟子を優しくなだめる。






 シャルロットは闘気を武器に纏うことに成功した。

 ストーリーが、大きく動き出した。

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