第4話 『一騎打ち』
「い……いま、なんて……」
「その様子だと、知っているようだな」
ロウが口にしたのは俺が捜索している幼馴染の名前だった。それも一言一句違わず。
この世界では基本的に名前はカタカナで表記されるらしい。俺も『優斗』と名乗ったのにも関わらず、シャルロットからは『ユウト』と呼ばれた。
何故彼女が雪乃のフルネームを知っているのだろうか。それにまだ杖は下ろしてもらえていない。
「先に問おう。お前は何者だ。シャロに危害を加えるつもりならば今ここで首をはねる」
「そんなことはない! 俺はそんなことしないって!」
必死で否定する。俺はただこの世界に迷い込んでしまっただけで、危害を加えるつもりや、何かをしようなんてことは思っていない。
雪乃を見つけて、そして元の世界に帰る。それが俺の当面の目標だ。
それにはシャルロットもロウも巻き込むつもりは無い。
「とにかく、杖を下ろしてくれ。俺も剣はお前に預ける」
「ま、いい。とりあえず座れ。お前に敵対の意思はないと見る。剣はいい」
彼女は杖を下ろした。
だが表情はまだ険しく、警戒自体は解いていないように見受けられる。俺は物陰に腰を落ち着かせた。
どこかの家の影。ロウが連れてきた場所だから、ここならば話しても問題はないだろう。
聞きたいことは色々あるが、まずはロウの話を聞こう。
「八日ほど前だ。私は森にいた。お前が倒した魔物の件だ」
ロウは俺の隣にしゃがみ、どこか遠くを見ている。
こちらを見ずに淡々と語っていた。
「人が倒れていたんだ。お前と同じような格好をした女がだ」
「……っ!?」
八日前。雪乃が失踪した日にちとつじつまが合う。
彼女が消えて七日。ここで一日過ごしたため合わせて八日だ。
「そいつは……どんな風貌をしていた……?」
「ああ、茶髪で、私ぐらいの短さだ。目はつりあがっていた。凛とした雰囲気だったな」
間違いない。雪乃だ。
彼女が生きている。やはりあの崖から落ちてきたことで異世界に転移したのだろう。
俺は今、得も言われぬ幸福感のような安心感のようなものを感じている。彼女の生存が確認されただけでも上々だ。
「その様子だと、そいつとは面識があるようだな……まあ、落ち着け」
「え、ああ、そうだな……」
はやる気持ちを抑える。ロウにはお見通しだったようだ。自分では分からないが、かなり焦っているみたいだ。
深く息を吸い、深く息を吐く。少しでも落ち着こう。
「それで、雪乃はどこにいるんだ? 教えてくれ、頼む」
「待て。まずはお前の話だ」
ロウは立ち上がると、俺の前に立った。
俺を見下ろすスタイル。オレンジ色の瞳。鋭い眼光は俺の目を捉えていた。
彼女はゆっくりと近づき、俺の顔を覗き込んだ。
「な、何だよ……」
「……君はどこから来た」
嫌な汗が垂れる。
迫られた表情は真剣で、鬼気迫るものがあった。
これはもう言うしかない。バレて何かトラブルを起こすことを危惧していた俺だが、これはもう仕方が無い。
そもそも理解してもらえない可能性が高いというのもある。
「……言って信じるか?」
「まずは言え」
距離は変わらない。
至近距離で見るロウは、やはり美しかった。その瞳の奥に何を隠しているのかは分からない。
俺は意を決して口を開いた。
「……こことは別の世界から来た」
「異世界ってやつか」
「まあ……そうなるな……」
一瞬の沈黙が流れる。
するとロウは目を閉じ、俺から離れた。背を向け、ぶつぶつと何かを言っている。
何かマズイことでも言っただろうか。最悪殺されかねない。それくらいこの世界の人間は割り切りがいい。
背中の太刀に手をかけようと手を伸ばした時だ。
「ときにユウト。『自転車』を知っているか?」
「自転車? ああ、まあ……」
「乗れるのか!?」
「ああ、ちょっとな?」
急変するロウ。狩人のようだった目はいつのまにか新しいおもちゃを買ってもらった子供のようだ。可愛い。
いや、いきなりどうしたこいつ。あと何故に自転車を知っている。
ロウは目をキラキラとさせ、こちらを見ている。
「あの……ロウ?」
「はっ……すまない、私としたことが……」
「あの、なんで自転車を知ってるんだ?」
「ああ、それは師匠が教えてくれたんだ」
そういってロウは楽しそうに語り始めた。
彼女は数年前までとある魔導士のもとで修業を受けていたらしい。その人は学者で、いろんなことを研究していたという。
天文学に始まり、進化の過程や動植物の生態など、それはそれは幅広い知識だったらしい。
中でもロウが興味を持ったのが『異世界における転移と転生』だという。
師匠はこの世界には別の世界があり、それを中心に回っているという説。あながち間違いでもないのが恐ろしい。
「まあ、私は難しい話は分からなかったからほとんど聞き流していたがな」
「おいおい、世紀の大発見だぞ……」
「難しい話は分からなかったが、別の世界の話はとても興味深かった。暇さえあれば聞いていたな」
そういって懐かしそうに目を閉じるロウ。
確かにこの世界は娯楽が少なそうだから、きっと楽しかったのだろう。だが待て。何故そこまで外の世界を知ってるんだ。
学者だから何かあるのか? にしては詳しすぎるだろう。
「えっと、その師匠は異世界から来たのか?」
「……よくわからん。何か……『転生』だったか?」
「転生だと!?」
「え、ああ、確かそんなことを言っていたな。よく意味は分からなかったが」
「……頭痛くなってきたな……」
俺は頭を抱え、はぁと息を吐いた。
一体この世界はどうなっているんだ。どんな理由で存在してるんだ。分からないことが多すぎる。
とりあえず分かったのは、俺以外にも転移者(雪乃が例)がいたり、ロウの師匠。おそらく転生者がいたりするのだろう。
何だこの世界は。厨二か? それともラノベか?
考え悩む俺の横に、ロウがやってくる。彼女は普段とは似つかない表情を浮かべ、俺の顔を覗き込んでいる。
「ユウトは朝倉雪乃をさがしているのか?」
「……ああ」
「だがこの世界に当ては無い。そうだろう?」
「残念ながらな」
「……そうか」
ロウは立ち上がり、こちらを見下ろした。冷たい氷のような表情ではない。
そう、弾けるような、まさに屈託のない笑みだった。俺はそれに魅入られ、言葉を失う。
彼女は笑っていた。まるで雪乃中から目を出したふきのとうのようなものを連想させる。
「私とパーティを組まないか!」
「お前と? パーティをか?」
「ああ! 私は世界に興味がある。それを解明する旅にでるのだ!」
そう言って目を細めるロウ。心臓が跳ねるのを感じた。いや、こいつは普通に美少女だ。仕方あるまい。
だが異世界から来たというだけでこんなにも待遇が変わるのか。恐るべき異世界人ステータス。
彼女は学者肌らしい。謎を解くことにこんなにも熱心になれるのは素晴らしいと思う。
「シャロも旅に出たいと言っていた。いい機会だ。君にも理のある話だろう?」
ふっと笑う。
確かに彼女といれば俺のこの中途半端なステータスや、常識的なことを考えるとそのほうが断然いい。むしろこうするべきだとさえも思う。
巻き込まないつもりだったが、ここはあえて話に乗ろうと思う。
まあ、あれだ。理屈っぽいことをダラダラ並べてみたが、理由はもっと単純だ。男なら分かってもらえるだろう。
「ああ、頼むよ」
「ふふ、交渉成立だな」
冒険。そんな言葉に魅力を感じたのだ。
幸い雪乃もこちらに来ているという情報があるだけで、自然と肩の力が抜けたような気もする。
まだ油断はできない。けれど少しは楽観的になってもいいんじゃないのだろうか。
「では一旦戻ろう。あんまり遅いと怪しまれる」
「なあ、ロウ。雪乃の話は……」
「それは夜にでもゆっくりしよう。安心しろ。悪いようにはしない」
「そうか」
「だが、私にもちゃんとしてくれよ?」
彼女はいいたずらっ気のある笑みを浮かべた。
「外の世界の事。じっくりとな」
「ああ」
そう言って彼女は歩き出した。俺もそのあとをついていく。最初こそロウからの好感度は低いと思っていたが、何とかなったようだ。
やはり嫌われるより好かれたいしな。そう思いロウに声をかけた。
「お前なんか楽しそうだな」
「ふっ、そうだとも。まさかこんな身近に……って違う違う!」
「はい?」
突然首を振るロウ。彼女は振り返ると、こちらを鋭い目で睨みつけ、人差し指を向けてきた。
「お前とは利害関係が一致しただけで別に仲良くなったわけではないぞ、そもそもシャロを持っていこうとする時点で許せないのだ」
「は、はぁ……」
「そうだ。別に嬉しいわけじゃないからな! そこを理解しておけ!」
とは言うものの、ロウの顔は真っ赤に染まっていた。恥ずかしいのやら何やらあるのだろう。
ちなみに俺は鈍感系でも難聴系でもない。普通の男だ。きっと嬉しかったんだと察する。
「よく聞け。私はいつか必ず『君を』殺す」
ロウは鋭い視線をこちらに向けてきた。
これは前回とはちがう。ほら、お前じゃなくて君だったろ?
「はいはい、わかったよ」
「ふん、とにかくシャロのところに戻るぞ」
彼女はまた歩き始めた。その背中は明らかに嬉しそうな人の背中だ。あからさますぎる。
それを見て微笑ましいなと、俺は思った。
☆ ★ ☆
俺が戻ってくると、そこには律儀に素振りを繰り返すシャルロットの姿があった。
正直恐ろしいほどの成長スピードだと思う。芯は通ってるし、振りの速度や角度も申し分ない。どうやら彼女には剣の才覚があるようだ。
「おーいシャルロット! そろそろ休憩しようぜ!」
「うん、分かった」
そう言って汗を拭う彼女。顔に張り付いた白い髪が何とも扇情的だった。無駄にエロいとはこのことである。
俺とロウとシャルロットはそのままの足で食事を摂った。何かの肉と、何かの植物。そして何かのスープ。
味の方は気にならなかった。うまくはないといったところだろう。とりあえず普通に食べた。
だが欲をいえばあまりいいとはいえない。現世の飯がうまいことを改めて気付かされる。
「それじゃ、ユウト。午後は一緒に訓練をしよう」
「一緒に?」
「ああ、戦闘の基本と言うものを教えておきたい。あと……」
ロウはちらりと、俺の食べた食事の皿をに目をやる。
「食事は……大丈夫だったか?」
「え? いや、別に……」
「そうか……いや、それならいいんだが」
そう言うとロウはそのまま家を出ていった。
何か問題でもあったのだろうか。まあ、本人がいいなら大丈夫か。うん。
俺も簡単に身支度を済ませると、太刀を背負って家をでた。
「あ! ユウト! こっちだよ!」
「おう、分かった分かった」
シャルロットに急かされ、二人の待つ場所に向かう。少し遠めの場所で、民家から少し離れたところだ。
ちらほらと木や石がある程度で、それなりに補正されたところだと分かる。
俺とロウとシャルロットの三人はそこに立っていた。
「で、ここで何をするんだ?」
「もちろん剣の練習だよ!」
「あ、そう……」
するとシャルロットは剣ではなく、近くに置いてあった木刀を手に取った。それも二本。
そのうちの一本をこちらへと差し出す。俺はそれを受け取った。
「木刀か」
「そうだよ! とりあえず手合せお願いしたくて」
「……早くないか?」
「問題ないだろう。シャロは覚えが速いからな」
いや、問題はそういうことじゃないんだけどな。けど怪我したら多分回復してくれるだろう。ロウが。
だが俺が教えたのは振りだけだ。それで怪我でもしたら大変だ。
俺は手元の木刀を見た。
重いし、固い。見るからに危険な雰囲気を放っている。
「まずは師匠と手合せして、どれくらいの実力があるかっていうのを知りたいんだ!」
「ええ……それは……」
「ね? ちょっとだけ?」
「むぅ……」
「とにかく! 試してみたいから……ダメかな?」
「…………」
濡れた瞳をこちらに向ける。上目遣いは卑怯だろう。
もうさ、昨日の一件以来意識しまくって仕方が無い。可愛いんだもんさ。
だがここで負けてはいけない。師匠だってそんなに甘くはないのよさ!
「お願い……」
うん、無理。
「ま、まあいいんじゃないか? 実戦って大事だしよ」
「ホント! ありがとーっ!」
甘い男だ。いつからこんなに吹抜けてしまったのか分からない。が、しかしそういうものだろう。
ここには異世界系美少女が二人もいる。二人とも可愛いのは認める。現世でも通用するだろう。
ああ、この状況をクラスの奴が見たら死ねとか、爆発しろって言うんだろうな……。
そんなことを考えていると、ロウが歩み寄ってきた。その口元は若干にやけている。
「……気持ちは分かるぞ、ユウト」
「そうか、同志だな」
「全くだ」
そう言うとロウは少し離れ、こちらに向き直った。
俺とシャルロットは向き合い、腰に木刀を下げている。先ほどまでのまったりした雰囲気は消え、思い空気が流れる。
手を挙げるロウ。構える。
「では、相手の命を奪う行為は禁止。もし負傷したら私がヒールをする」
そう言うと、彼女は手を振り下ろした。
「……はじめ」
空気が揺れた。
一瞬にして目の前に迫るシャルロット。俺は肉体強化されているために、難なく反応する。
攻撃自体はシンプルな特攻だった。直線的な攻撃ほど避けやすいものはない。俺は木刀を斜めにし、衝撃を吸収し、いなす。
木刀を払う。それと同時に集中し、闘気を込める。
シャルロットは吹き飛ばされた。が、しかし空中で軽く身をよじると、そのまま着地した。
「うお……すげえ」
あまりの鮮やかさに目を奪われていた。やはりこれは異世界で戦闘を積んだものとの差だろう。
こう三次元的な戦闘を生業としている異世界の剣士は強い。これがロウの言う、戦闘の基本なのかもしれない。
と、思っていたのだが。
「天駆ける閃光よ、我が穢れし肉体に宿り、その力を顕現せん……」
「は? ちょ、詠唱!?」
「雷光脚、『ライトニングステップ』」
またもや瞬間の出来事だった。
両足に雷を纏ったシャルロットがこちらへと近づいてくる。それもえげつないスピードで。
たかだか数歩だというのに、俺とシャルロットの距離は一気に縮まった。
一瞬にして間合いに入り、俺の反射を超える速度で剣が振り下ろされる。
まさに光速ともいえようその動きに、俺はもろに斬撃を喰らってしまった。
「ぐほあっ!」
「はああああああああっ!」
大きく振られる斬撃。それは俺が教えた振り方だった。
驚きと、衝撃と、何やかんやで吹き飛ばされてしまう俺。2、3度バウンドし、かなりの距離を吹き飛ばされる。
痛い。想像よりもは痛くはないが、痛い。こんなに吹き飛ばされたのは初めてだ。いや、普通ない。
というかあいつ魔法使ってなかったか? いや、アレ完全に魔法だろ。
「ユウト!」
「なっ、何だよロウ……」
「今の君、すっげー無様だぞ!」
「言わなくていいだろ!」
そんなやりとりをする。その瞬間にもシャルロットは迫ってきた。
かろうじて手放さなかった木刀を握りなおし、何とか受け流そうと反応するが、あの勢いを殺しきれなかった。
負傷と動揺。それが俺を追い詰めていた。
負けてはいけない。というかここで負けたらいろいろと恥ずかしいだろう。
弟子に負けたくない。負けてたまるか。
と思ったがそれも無意味に終わった。
「大地を貫く閃光よ、我が刀身に宿りて力を与えん……」
「…………え?」
「雷よ、万物を貫く光となれ……『エレクトリックブレイド』」
いや、そんなガチでこなくていいじゃんよ。
聞くからに、雷の剣とかいう、厨二大喜びの技だろう。
もはや打つ術ナシの現状。この状態で避けられる気がしない。一撃を喰らった時点で負けが決まったと言っても過言ではないだろう。
せめてものあがきだ。刃桜流の一撃でもお見舞いしてやろう。
だが場合によってはこれで勝てるかもしれない。あくまで希望的観測だが。
「碧雷斬っっっ!」
腰を低く構える。先日の魔物に使った技だろうか。名前的にそう思う。
高く飛び上がり、力任せに叩きつける。そんな業だろう。そう考えていたのは間違いだった。
突如として踏み込むシャルロット。一瞬にして目の前へと間合いを詰められてしまった。
「……っ!?」
違う。彼女が放った一撃は『碧雷斬』ではなかった。
刃桜流一の太刀『美雪』。一瞬で間合いを詰め、脳天へと振り下ろされる技。それはまんまそれだった。
下手をすれば俺や、雪乃すらも凌駕するような、そんな太刀筋だ。
体が反射的に動く。そう、この技にはカウンターが効く。俺発案、雪乃命名の技。
刃桜流二の太刀『凍花』
もはや習慣的に行っていた行為だ。『美雪』相手にこの技はもはや必勝技なのだ。
勝手に動いた、というのが正しいのだろう。振り下ろされた木刀を斜めに太刀を入れ、いなす。
「……なっ!?」
「悪いシャルロット」
直線的な軌道。
その一撃は顎を捉え、そしてまっすぐ貫いていった。
「ぎゃぴぃっ!」
宙を舞うシャルロット。白い髪をただめかせ、そのまま音を立てて落ちていった。
砂煙が舞う。シャルロットは仰向けになっている。
俺はすぐさま駆け寄り、彼女に声をかけた。
「大丈夫か!?」
「…………」
「え? ちょ、シャルロット?」
返事が無い。某ゲーム風に言うならば『ただのしかばねのようだ』った。
いや、嘘だろ? まさかとは思うが死んだとかないよな? だってここ異世界だよ!?
慌てる俺。必死になってゆするも彼女は目を開かない。
「シャルロット!? おい! 返事してくれよ!」
「おいおい、騒ぐな。シャロは生きてる」
「……え?」
ロウはこちらに歩み寄ると、「担ぐのを手伝ってくれ」といい、彼女の体を起こした。
状況が理解できない俺は、促されるままシャルロットを背負い、日陰まで移動させることに。
彼女の体は軽かった。ひょいと背中に乗せ、そのまま移動する。
そして俺は重大なことに気付いてしまう。
「シャロは二度も魔法を使った。その反動だろう」
「ああ、そう……」
「いくらシャロが得意な魔法だからって……無理し過ぎだな」
「そ、そうなんだ……」
「なあ、聞いてるのか?」
「えっ!? うん、もちろん!」
正直それどころでは無かった。そう、背中だ。背中にシャルロットの胸が、シャロぱいが当たっているのだ。
彼女は目算でDカップくらいある。しかもこの世界の服が薄いのか、その感触はダイレクトに伝わってくる。
そして何だろうか。この中心にあるふたつの感触の違う突起は。
「おい、ユウト」
「はいっ!? ああ、うん、大丈夫大丈夫」
「もう、さっきからぼーっとし過ぎだぞ」
「うん、もう大丈夫だよ、うん」
落ちつけ。そうだ、隣のロウを見よう。ふむ、AAカップといったところだろうか。
ほら、背中のは関係ない。こいつはシャルロットだ。弟子だ。変なこと考えるな。
とか考えているうちにようやく日陰へとたどり着いた。すぐさま彼女を下ろし、横にする。これ以上は何かが危ない。そう思った。
「ふぅ……厳しい戦いだった……」
「そうか? 私が見るに圧勝だと思ったんだが」
多分ロウは大きな勘違いをしているだろう。俺はあえてそれについて言及しない。
にしても先ほどの戦い。正直きつかった。
俺の知らない技が、というか魔法が使われ、その対処だけでも精一杯だった。
偶然彼女が俺のよく知る技を使って来たために、なんとか勝てたといったところだろうか。
俺はそれについてロウに聞くことにした。
「さて、ロウ。君に聞かないといけないことがいくつかある」
「何だ?」
「シャルロットが魔法使ってたと思うんだが……」
「まあ、そうだな」
「何故言わない?」
「……別に、いいかなって……」
俺は頭を抱えた。
とりあえず先ほどの戦闘を思い出してみよう。シャルロットの雷を纏った斬撃は完全に俺を殺す気だったろう。
それなのに何故ロウは高みの見物だったのか。理解できん。
「まあ、ユウト。彼女も君に認めてもらいたかったんだろう。こんなになるまで魔力を使ったんだ」
「そ、そうなのか……?」
「さて、私は君に忠告しておこうと思っていたことがある」
ロウはこちらを見上げると、真剣な眼差しをこちらに向けていた
その目には、寂しさのようなものが籠っていたように見える。何かシャルロットに思うところがあるのかもしれない。
「彼女は紛れもない天才だ。見たものをすぐに覚えることができる」
「なんだと……」
ロウは黙ってシャルロットを見下ろした。膝をかがませ、顔を覗き込む。
シャルロットの髪を撫で、ふっと息を漏らした。
「彼女が剣を握らなければ、魔導士として生きていれば、シャロは私を軽く超えていただろう」
「いやいや、さすがに……」
「現に彼女は、詠唱さえ教えればすべての魔術が扱えるはずだ」
雷が得意だからそれしか教えていないが、と付け加えた。
確かにシャルロットは教えてもいない「美雪」を完成させていた。完成だ。真似事とは違う。
そう言う意味で、彼女は人の努力を才能で潰すような人間なのだろう。自分に悪意が無いとしても。
「君もいつか、彼女に抜かれ、絶望を味わうことになるんじゃないか、と思ってね」
「……どうだろうな」
「それにシャロは……」
ロウはそう言うと、口をつぐんだ。
何も言わない時間が少し、過ぎた。俺はその表情から言い難いことなのだと察し、聞かないでいた。
しばらくするとロウは口を開いた。
「……これは言うのはやめておこう。いつかシャロから聞く日が来るだろう」
そう寂しそうに笑った。
シャルロットは一体何者なのだろうか。そんな疑問が頭をよぎる。
あどけない表情の裏に、一体何が隠れているのだろうか。ロウの言葉だけでは分からない。
先ほどの戦いはまだ、彼女の片鱗しか見えていないのだろう。
「ロウ」
「……何だ」
「俺は弟子を嫌いになったりしないよ」
「はっ、格好のいいこと言うな、君は」
そう言って肩を殴るロウ。触れる程度の、痛みなど全くないものだった。
「今日はもう終わりにしよう。多分朝まで起きない」
「ああ、分かった」
もう一度彼女を背負う。先ほどのような感情は一切湧かなかった。
俺とロウは村を目指して歩き始めた。
背中にの乗る小さな子が、ロウの言う天才だったとして。人の努力を超えるような奴だったとして。
果たして俺はシャルロットを弟子として育てることができるのだろうか。引き受けた以上、最後まで見届けなければいけないと思う。
「ユウト?」
「いや、何でもないよ」
俺はそのまま歩いた。二人の間に変な空気が流れているような気がした。
ただ流れる時間を感じていただけだった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます