第3話 『宴と疑惑』

 月が真上で輝いている。 

 燃え盛る炎。それを中心に酒を酌み交わす人々。

 あるものは酒を注ぎ、あるものは楽器をかき鳴らし、あるものは歌い。


 宴だ。盛大な宴が目の前にで繰り広げられている。


「なんだ、お前さん。酒は飲めねえタチか?」

「は、はい……すみません……」


 見知らぬ人から酒を勧められる。俺は未成年なので遠慮した。この世界では大丈夫なのかもしれないが、飲めないものは飲めない。

 先ほど一口いただいたがまるでダメだった。


「ほらユウト! じゃんじゃん飲みなさいよ!」

「いやいや、だから飲めないって……」

「ユウトが魔物を倒したからこんなにお祭り騒ぎなんだよ? もっと楽しもうよ!」

「あ、ああ……」


 そう言ってヒョウタンのようなものを受け取ると、シャルロットは豪快にラッパ飲みし始めた。

 まさに圧巻。シャルロットの飲みっぷりは他の大人たちを凌駕している。だが酔った様子は見られない。


 この宴は魔物を退治したことによるものらしい。何でもこの世界の人たちは何か少しでもいいことがあれば宴を開くようだ。何とも楽し気な風習である。

 村を荒らしていた魔物を討伐した際も宴は開かれる。あれだけいがんでいた親衛隊も、今は大人しい。絡んではこないが。


「にしてもお前、さすがに飲み過ぎじゃないか?」

「そう? まだいつもの半分も飲んでないけど?」

「そ、そうか……」


 彼女はとんでもないレベルの蟒蛇うわばみのようだ。

 またヒョウタンを受け取ると、同じようにラッパ飲み。それの繰り返しだ。


「ね、隣座っていい?」

「ああ、いいぞ」

「うん、ありがと」


 シャルロットはちょこんと隣に腰掛けた。どことなく上気している頬。多分、酒のせいだろう。

 俺は出された料理、というよりつまみに近い炒り豆のようなものを摘まむ。


「にしても、ヘンな感じだな……」

「変な……感じ?」

「ああ、俺のいたところではこんなことなかったからなぁ……」


 現世のことを思い出す。こんなパーティなど年末年始くらいだ。だからやはり騒ぎ慣れしていないのだろう。うまく馴染めない。

 俺は異世界で、何とか生き残ったといえる。一日を終えたことにこんなにも喜びを感じたのはいつ以来だろうか。


「……楽しく……無い?」


 不安げな表情を浮かべるシャルロット。


「いや、楽しいよ。すごく」


 それに答える俺。シャルロットは気恥ずかしそうに、だが嬉しそうにはにかんだ。

 こうしてみると普通の少女だ。彼女が甲冑を纏い、剣を振りかざすなど考える者はいないだろう。異世界では違う。

 こんな風にもてなしてくれていると、どうもここを離れたくなくなってしまう。むしろここで過ごした方がいいのではとも思える。


(雪乃の奴……今頃何してるんだ……)


 ちゃんと食事を食べているのか。

 健康に過ごせているか。

 そして、生きているのか。

 ふとしたことで異世界へと迷い込んでしまった俺だ。雪乃の情報など聞いていない。

 だとすれば雪乃の生存は、もはや絶望的だろう。


「……はぁ」


 自然とため息が漏れる。

 どうにもならないことを前にし、途方に暮れているのだ。


「ねえ、ユウト。やっぱり楽しくなさそうだよ……?」

「ん? そうか、悪い。ちょっと考え事してた……」

「そうなんだ……」


 ちらりと俺の顔を覗き込むシャルロット。群青色の瞳が揺れる。

 小動物のような仕草。危うく心が揺らぎかけた。そんなことはつゆ知らず、シャルロットは俺にこう聞いてきた。


「……聞いてもいい?」

「考え事のことか?」

「うん、話すだけでもさ、きっと楽になるよ」


 にっこりとほほ笑む彼女。

 俺は不思議な気分だった。出会ってまだ間もない人間に、何故か安心感を感じるのだ。

 現世ではきっとこんなことは無い。疑ってナンボの世界だ。それこそこんな風に親しみを持って接してくれるのは、異世界ゆえのものだろう。

 離してみよう。ふと、そんな考えが生まれた。


「俺さ、人を探してるんだ」

「人?」

「ああ、幼馴染でさ。何年も一緒にいたんだ」


 手首のリストバンドに視線を落とす。蒼いリストバンドが、どことなくくすんで見えた。


「その人って今どこにいるかとか、分かる?」

「いや、分かんない。生きてるかどうかさえもだ」


 シャルロットは表情を変えずに聞いていた。終始神妙な面持ちで耳を傾けている。

 しばらく俺とシャルロットは黙っていた。黙って揺らめく炎を眺めていた。たまに弾ける音が聞こえる。


 周りはお祭り騒ぎ。だが俺の周りだけ時が切り取られたように、静かな時が流れていた。

 沈黙を破ったのは、シャルロットの方だった。


「……名前、シャルロットって呼んでるよね」

「まあ、そうだな。それがどうかしたか?」

「ロウから聞いたんだけど、本名を呼ばせるってことは、その人を認めてるってことになるらしいの」


 彼女は俺に名前を呼ぶ意味を教えてくれた。

 ちなみにロウの件は、決闘に負けた=実力を認めるという意味になるらしい。複雑だ。


「世間的にはさ、お父さんとか女友達を除くと、旦那さんだけが呼ぶんだって」

「……え、ということは世間的に見ると俺とお前は夫婦ってことになるのか?」

「…………」


 無言で頷いた。

 俺は2、3度瞬きをし、視線を炎に戻した。いや、何を言ってるんだシャルロットは。

 つまり俺今プロポーズされてるってこと!? ここにきてまさかのフラグ!? 


 いやいやいやありえん。この短時間で俺が女性に気にいられるなんてのがまずありえない。

 でも、シャルロットを魔物から守ったし、ルークとやらも撃破したし、フラグとしては割と自然なのではないか?


「…………」


 彼女は俯いている。

 何だ。急に可愛く見えてきたぞ。この角度と表情ヤバイ。そこいらのアイドルとかより可愛い。


 いやいやいや何を考えてるんだ、相手は会って間もない異世界系女子だぞ!?


「ねえ、ユウト」

「え……何だ……」


 こちらをじっと見るシャルロット。もはや俺の心音はドラムのように荒々しいビートを刻んでいる。

 胸が熱い。目の前の少女に緊張している。


「名前で呼ぶってことはさ、実力を認めてるってことだよね、お互い」

「あ、ああ、そそそそうだな……」

「だったら、もういいよね?」


 マズイ。非常にマズイ。

 だんだんと顔に近づいてくるシャルロットの顔。目の前にまで近づいたそれに、俺の頭はオーバーヒート寸前だった。

 よく見るとキメの細かい綺麗な肌をしている。綺麗だ。可愛い。

 群青色の目も、腰まで伸びる白い髪も、少し濡れた唇も、すべてが魅力的に見えた。ああ、もうこれは堕ちたな、俺。

 と、思っていたのだが。


「私を弟子として認めてくれたんだよね?」

「……ゑ?」

「名前ってそういう意味とかも持ったりするんだね! 私知らなかったよ!」

「あの、えっと……」

「いやあ、ロウに旦那さんがどうとかって話されたときはびっくりしたけど、裏を返せばこういう意味だったんだ! 納得だよ!」


 言葉が出ない。いや、こんなオチなの?

 あ、いや、分かってたけどね? そりゃこんなすぐに落とせるわけないよな。

 ……なんか涙出そうなんだけど。


「おーいシャロ! こっちで飲み比べしよーぜ!」


 盛り上がった向こうから、大人の男の声が聞こえる。見れば数人が酔いつぶれているではないか。

 それを聞いたシャルロットは嬉々として立ち上がり、ヒョウタンを大量に抱え始めた。


「いいよ! 望むところだよ!」


 ああ、哀れなり桜井優斗。所詮俺はぽっと出のサブヒロインでしかないのだ。多分メインはロウ。

 何かとんでもないぐらい疲れた。これが女子を意識するってことか。ちょっと勉強になったよ。


 俺は悲しくなって酒を手に取った。飲めるはずもない酒だが、なんだか無性に流し込みたくなった。


「それじゃ、明日からよろしくね!」

「え? 明日?」

「うん、しばらくは滞在してくといいってお父さんが」

「ああ、そうなの……?」


 俺の返事を待たずしてシャルロットは大人の群れへと入っていった。

 つい先ほどまでよこにあった熱が、なんだかとても寂しい。もう彼女はここにいないんだなと。俺の勘違いだったのだと。


「……ちくしょう」


 酒を飲んだ。

 喉に焼けるような感覚が走り、すぐにむせてしまった。





 ☆ ★ ☆





 目が覚めた。

 茣蓙のようなものの上に雑魚寝していた俺。起き上がるとそこには無数のシャルロットグッズが。

 なるほど。昨日今日でこれはきついな。


「ああ、くそ。なんだろうな……」


 昨日、シャルロットに落ちかけたことを思うと、このグッズたちは少々刺激が強い。傷口を抉られる。

 いや、まずあんな可愛い子(可愛いのは認める)にあんな思わせぶりな態度をされるなんて、普通コロッと落ちるだろう。

 誰に言い訳してるんだろうな。とりあえず起きよう。


「ふぁ……ああ、眠い」


 あくびをしながらシャルロットグッズの部屋を出る。

 ちなみに何故ここで寝泊まりしたかと言うと、決闘に勝ってロウを手に入れた俺は、やはり部屋もロウと一緒がいいだろうと長老が計らってくれたのだ。


 ロウもその辺に関しては諦めているらしい。まあ、手を出せば氷漬けにされるのは明らかだしな。

 もうこの辺には変な人しかいないのだろうか。そんなことさえ思ってしまう。


「おはようロウ」

「ユウトか。あのまま目覚めなければよかったのにな」


 そこにいたのは、黒いローブに身を包んだロウだ。若干髪が跳ねている。寝癖だろう。彼女はすでに身支度を終えているようだ。


 朝から厳しいな。とにかくロウは俺が嫌いらしい。それも仕方ないか。普通こんなもんだ。

 だが考えてみよう。あのとき彼女は失禁した。あのときの姿は正直ちょっとくるものがあった。もちろん興奮として。

 だからこれからゆっくりと仲を深めていけばいい。長老のお墨付きなのだから。


「そういえばユウト。シャロが弟子にしてもらったと大層喜んでいたな……」


 ロウはこちらを睨んできた。

 通常状態がのほほんとした半目のため、凄みの増し方が違った。


「君は彼女を冒険に連れては行かないと言っていたが……」

「ああ、それは変わんないよ。……ちょっと言いくるめられちゃってさ。教えるだけだ」

「まあ、それくらいならいいか。だがあんまり度が過ぎるようだと私も黙っていないからな」

「分かってるよ。そんなに厳しいことはしない」


 俺は貸し出された寝間着を脱ぎ、道着を着込む。

 袴をはき、しっかりとひもをしめる。この世界に鏡は無いのだろうか。そもそも自分の顔を見たことが無い人とかもいそうだよな。池とかなら映るか。

 何にせよ鏡が無いと身支度がしづらい。まあ、贅沢は言えないが。


「あ、そうだ」

「ん?」

「父上が君を呼んでいたぞ。何か渡したいものがあるらしい」

「そうか、なんだろうな……」


 長老様か。これで何か変なものとか渡されないだろうな。

 決闘に負けただけだというのに、ロウがもう結婚するかのような雰囲気だ。俺は本人の意思とそぐわないことはしたくない。


 とすると思うのだが、この異世界は一夫多妻制とか、その逆とかあるんだろうか。今度機会があれば聞いてみよう。


「…………」

「ん? どうした?」


 俺は思う。決闘に勝利し、ロウは俺の所有物になった。この世界のルールだとそういうことになる。

 とすれば結婚しろと言ったらそうなるのだろうか。所有物の範囲がどこまでなのかが分からん。

 でももしそうだとすれば世の中ハーレムだらけじゃんかよ。


「おい、私の顔に何かついてるのか?」

「いや、ロウってかなり美人さんだよなって……」

「は? 何だよいきなり」


 こういうクール系の女子に可愛いっていったら大体照れるのが王道パターンだろうに。ロウはちょっと目を細めただけだった。

 こちらを睨む彼女。やはり顔立ちが整っている。


「あのさ、決闘して勝ったら相手の所有物になるんだよな?」

「まあ、そうだな」

「ということは、結婚しろって言ったら俺と結婚するのか?」


 一瞬、時が止まった。

 ロウはそのままの表情でこちらを見ている。何の感情もない表情。


「まあ、お前がそう言うなら私はそれに従う他ない」

「え、まじかよ」

「……ただし」


 目の前に迫るロウ。ひゅんという風を切る音とともに、俺の鼻先に杖が向けられている。

 若干の冷気。先日の氷の槍を連想させる。

 本気だ。目が本気だ。俺を殺す気でいる。


「私が魔力の操作を誤り、君を氷の彫刻にしてしまうかもしれんぞ」


 鼻先が若干凍った。


「いやいやいや、冗談だって。そんなこと言わないってー、ははは」

「ならばいい。さっさと飯を食べろ」


 彼女は帽子をかぶると、後ろ向きのまま近くのちゃぶ台のようなものを指差した。そこに見えるのはパンと少しのおかずだった。

 朝ごはんだ。おいしそうに湯気を放っている。


「え、これロウが?」

「悪いか? これでも家事はできるぞ」


 正直彼女を侮っていたかもしれない。家事できる美少女。おまけに魔法も使える。これはすごい。

 特筆すべきだとすれば胸が無いということか。胸元のはだけ方が尋常でないのだが、胸がないため不思議な感覚に陥っている。


「あ、そうだ、ユウト」

「ん? どうした?」

「……あ、いや。後でいい」


 家を出る直前に、「冷めないうちに食べておけ」と釘を刺された。ロウはそのまま家を出ていった。

 なんだか少しだけ温かい気持ちになる。嫌われてるのは変わらないが、言うほどでもないらしい。


 というかさっきのはなんだったのだろうか。大事に至らなければいいのだが。とにかく穏便に事が済むことを強く願う。

 俺はパンを手に取り、一口かじった。


「……おいしっ」





 ☆ ★ ☆





 ロウお手製であろう朝食を食べ、俺は家を出た。


 外は明るく、時間的に八時ごろだろうか。体感的にはそれくらいの時間だと思われる。

 この世界に時計はなさそうだ。あるとしたら日の傾きで時間を知るやつとかくらいだろうか。それに時間という定義すらないかもしれないな。


 そんなことを思いながら長老の家を目指す。先日の別れ方が衝撃だったから何かあるかもと少しだけ身構えていた。


「あ! ユウト!」

「シャルロットか、おはよ」

「おはよー!」


 長老の家を前にして、にこにこと笑顔を振りまくシャルロットを見つけた。屈託のない笑顔。可愛い。


「どうしたの?」


 あどけない笑顔を見せるシャルロット。彼女は別に悪くないのだが、昨晩の出来事を思い出すとどうにも気恥ずかしい。

 ずいと顔が近くに寄る。目、頬、唇と順に目がいく。思わずじっと見てしまう。


「……ユウト?」

「あっ! いや、何でもないんだ、うん……」

「そう? 変なの」


 そういってすっと離れるシャルロット。

 どうにも調子が出ない。これはきっと別れた後、次の日街でばったり遭遇してしまった元カノみたいな状態だ。俺だけ気まずい、みたいな。


 そんなどうにもならない一人相撲をしている。早くに解決できるといいが。


 すると長老の家の扉が開き、一人の男が出てきた。作業服のような軽い装備を身にまとっている。

 彼は布に包まれた長い何かを担いでいた。まるで運搬中の竹刀のようで、妙に親近感が湧いた。


「おい、シャロ。頼んでたもんできてるぞ」

「ありがと!」


 そういって男は担いでいたものをシャルロットに渡した。彼女はそれを満足そうに受け取る。


「そういえば、お父さんは?」

「ああ、長老様なら、ロウの奴の花嫁姿想像して泣いてるよ」

「あー……そうなんだ……」


 という訳で長老様は出てこないらしい。泣くな親父。

 シャルロットはこちらを見ると、にへらっと顔を歪ませた。大事そうに抱えたそれを持って、こちらへと駆け寄る。


「うふふ……」

「どうしたいきなり……なんか気持ち悪いぞ?」

「えへへ~」


 一体どうしてしまったのだろうか。だが楽しそうな彼女を見るとこっちも楽しくなってくる気がした。いやさ、可愛いんだもん。

 するとシャルロットはそれの布をほどき始めた。ときおりちらちらと期待の目でこちらを見るのだが、気になって仕方が無い。


「うふふ、ほら! 見て!」

「……ほう、これはまた……」


 ファンタジーチックだなと、現世的発想を何とか押しとどめる。

 現れたのは身の丈ほどもありそうな太刀だ。有体にいってしまえばモ〇ハンのようなデザインをした太刀がそこにある。

 動物的装飾が施された鞘にしっかりと収まるその姿は、どことなく王者のような風格を感じさせる。

 シャルロットはそれを俺に差し出した。


「はい! これは私と、お父さんからのプレゼントです!」

「え? いいのか?」

「いいよいいよ! ささ、ちょっと振ってみて!」

「お、おう……」


 俺は太刀を受けとると、鞘から取り出す。黒い刀身に銀色の刃。赤黒く光るラインと、刀身の付け根にある牙のような装飾が男心をくすぐられる。

 そういえばどこかで見たかのような素材だ。何となく既視感がある。


「これはね、昨日ユウトが倒した魔物の素材で作ったんだよ!」

「へえ、すげえ……」

「名付けて『神撃刃しんげきじんアクジキ』。悪食で有名なあの魔物の素材をふんだんに使いました!」


 すごい。名前も思った通りだ。現世ならば厨二と呼ばれる部類のネーミングだ。まあ、かっこいいけどさ。

 にしてもこの太刀が放つ雰囲気がやばいな。なんか、禍々しい。

 俺はシャルロットに配慮しながら、少し離れると、太刀を振ってみる。


「……何だこれ……」

「ね!? すごいでしょ!?」


 一言でいえば軽い。肉体強化無しでこの軽さなのだ。実戦で使えば相当な速度で剣を振れるだろう。

 いつものように一太刀、すり足を繰り返し、剣の感覚を確かめる。


「……どう?」

「……いいんだけど、俺がいつも使ってる奴よか長めなんだよな……」

「えっと、ダメだったかな……?」


 不安そうなシャルロット。脇差、というより背中に背負うタイプの長さだ。正直慣れないと辛いかもしれない。

 だが十分だ。この世界の闘気? とやらをうまく使いこなせばカバーできる。むしろその方が強い可能性もある。

 俺は太刀を鞘に納めると、彼女に向き直った。


「いいや、すごくいいよ。ありがと」

「……ふふ、よかった」


 満足そうに笑うシャルロット。それを見てまた、心臓が跳ねるのを感じる。何故こうも意識しまくっているのだろうか。

 いや、余計なことは考えるな。集中だ。剣が乱れる。

 すると彼女は剣を持ち、隣に立った。


「…………」

「……あの、シャルロットさん?」

「さあ! 始めよう!」

「始めるって……」

「修行だよ! 弟子にしてくれるって話でしょ!」


 何か話変わってない? いや、そもそもこれはシャルロットの勘違いなのだが……まあ、それは俺の落ち度だ。落ちかけた俺の負けだ。

 そもそも修行などしなくても、闘気の肉体強化があれば戦えるのではないか?

 いや、だとすればあの魔物をシャルロットが斬れなかった理由が分からない。で、俺が斬れた理由も分からん。


 とりあえずは基本の振りと、すり足。後は闘気の使い方だろう。これはシャルロットやロウに聞くしかない。

 もしくはあんときの貧乳推しか、最悪ルークあたりに聞くしかないだろう。それは焼けるべきだ。多分即キルだ。


「まあ、まずは……振りとすり足だな」

「すり……足?」

「あとさ、闘気について聞きたいんだけど……」

「え……ユウト闘気知らないの……?」


 非常に訝しげな表情を向けられた。

 闘気ってそんなメジャーなの? いやいやこの世界のこと知らないし、知ってたらルークから斬られてないだろうし。

 シャルロットはこちらをじっと見つめている。


「あの……シャルロット?」

「もしかして、自然に使ってた?」

「え? ああ、うん、そうそう! いやあ教えてもらうまで全然わかんなかったよ! あはは!」

「…………?」


 誤魔化せただろうか。シャルロットはまだ不満そうだ。

 俺は自然に使ってた体でさりげなく聞いてみることにした。


「そのさ、闘気って何?」

「あー、えっとね、ロウから教えてもらったんだけど。魔力のことなんだって」

「魔力?」


 魔力か。ホントファンタジーだな。

 そもそもの原理すら分からないためどうにもならないだろう。というかこんな微妙に発展した世界だ。解明されていることの方が少ないだろう。


「人間にはそもそも魔力が備わっててね、魔導士はそれをメインで使って、剣士とか近接で戦う人は『闘気』として纏って戦うの」

「へえ……」

「防御系の闘気は無意識で纏うんだけど、攻撃系は意識しないと纏えないんだよね」


 そう言って彼女は剣を抜いた。目の前にそびえるは少し大きめの石。

 目を閉じ、短く息を吐いた。


「はぁっ!」


 振り下ろされる刀剣。石はものの見事に両断された。


「うおっ! すげえ!」

「ふふんっ、私だってそれくらいできるんだから!」


 得意げにしているがシャルロットの顔は若干青くなっている。痛いのだろうか。なんかぎりぎりだったろお前。

 とにかく闘気と言うのは戦闘において最も重要視される代物らしい。


 シャルロットは闘気を身にまとうのが苦手なようだ。だからあの魔物は斬れなかったのか。というと魔物も闘気を纏ったりするのだろうか。

 まあ、それはいい。とにかくまずは素振りをしよう。


「じゃあ、まずは基本の型から。素振りをしよう」

「分かった!」


 剣を構える。右足を少し前に出し、意識を研ぎ澄ませる。


「いいか、まず縦に一振り。しっかりと中心を捉えて剣を振れるまでやるぞ」

「うん! 望むところだよ!」

「よし、行くぞ! イーッチッ!」

「イーッチッ!」


 空を切る音が響く。掛け声を出しながら剣を振る姿が珍しいのか、だんだんと人が集まってくる。

 気にせず剣を振り続けた。不思議なことにあまり疲れないのだ。これも闘気のせいなのか。分からないことが多すぎる。


 それに、少し気になったのだが、この世界にも和製英語があるというのだ。プレゼントなどがいい例である。

 ロウの魔法詠唱にも『アイシクルスパイク』という厨二かつゴリゴリの和製英語が使われている。少々違和感があるのだ。


「よし、次ははらいだ。よく見とけよ、イーッチッ!」

「い、イーッチッ!」


 ある程度形になってきたので、別の肩を教える。

 さて、よく考えてみよう。何故この世界にも和製英語があるのか。ゲームでは当たり前だったが、よく考えるとおかしい。


 このような文化があるといえばそれで確定だが。だとすれば外国語を扱う別の国とかがあるのか?

 とにかくまずはシャルロットに聞いてみよう。


「なあ、シャルロット」

「なに?」

「さっきさ、プレゼントって言ったじゃないか。あれはどこからか伝わってきた言葉か?」

「ううん、何かみんな使ってるし、そういうものかなって」


 シャルロットは首を横に振った。「でも確かに言葉の雰囲気は違うよね」と付け加えてくる。

 その違いは分かるようだ。文字に起こさないと分からないかもしれないが、生憎俺はこの世界で文字をまだ見たことが無い。

 きっと識字率も低いだろう。何となくそう思う。


「よう、やってるみたいだな」

「あ! ロウ!」


 剣を振っていたところ、彼女が現れた。ロウだ。


「お疲れ、何してたの?」


 無視。ロウはそのままフラッとシャルロットの元へと歩いて行った。

 いや、無視することはないじゃん。そう思ったときだ。ロウの両手がシャルロットの頬へと添えられた。

 一瞬、思考が止まる。

 そして案の定、『それ』は行われた。


「……はむっ!? んん……」

「ん……んちゅ……」


 いやいやいや、ははは。

 え、こいついきなりなんでキスしてんの? 女の子同士だよ? しかも舌がっつり入っちゃってるよ?


 ねっとりとしたいやらしい舌使い。口周りを唾液で汚しながら、幸せそうにするロウ。シャルロットは何か、普通だった。

 好きとかいってたけどなんだ、もうそんな関係なのか。そうかそうか。


「ってちょっと待てやおおおおおいっ!」

「ぷはっ! もう、ロウったら……そんなに好きなの?」

「ああ、もちろんだ」

「ちょっと! アルクロウドさん!? こっち来なさいよ!」

「はぁ、五月蝿い男だな」


 短く息を吐き、こちらへと近づくロウ。その顔は満足そうというよりドヤ顔だった。うざい。


「まあ、落ち着け。君の言いたいことは分かる。皆まで言うな」


 芝居がかった口調で、大げさに手を振る彼女。

 なかなかにうざい仕草だ。外国の通販番組みたいでむかつく。


「ときにユウト。常識を知らないということが何を意味するか分かるか?」

「いや……というかそれに何の関係があるんだよ……」

「新たな常識を植え付けることができる」


 ドヤッ。

 いや、そこで得意げにするんじゃない。今お前クソみたいなこと言ってるぞ。

 だが周りを見ると男どもは若干前かがみになってこちらを横目で見ている。そうか、気持ちは分かる。


 するとロウは急に真剣な表情になった。突然の変化に俺はついていけず、動揺していた。


「ま、冗談はよしとしてだが」


 いや、お前あの顔は本気だったろ。


「話がある。他に聞かれるとマズイ」

「……お、おう」


 彼女はそう言うと、先を歩いた。俺はその後ろをついていく。

 家々の間を抜け、村の外れのような場所まで連れてこられた。一体何の話をされるのか。

 ただその表情があまりにも真剣だったため、何かマズイことをしてしまったのかと構えてしまう。


「えっと、どうした?」

「ああ、細かい話は省く。とりあえずこの質問に答えてくれ。


 そういってロウはこちらを見る。

 杖を散りだし、それを俺に向けてきた。光を帯びていない所を見ると、まだ攻撃態勢をとっているわけではないということが分かる。


 保険だろう。俺が何かをしたときの。念のために俺も、背中に背負った太刀に神経を集中し、いつでも抜けるようにする。

 だがそれらはすべて無意味に終わった。


「……朝倉雪乃、という名を知っているか?」


 耳を疑った。

 遠くにシャルロットの掛け声が聞こえる。

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