第2話 『魔導士ロウとの決闘』

「優斗は踏み込みが甘いわね」


 ある日、雪乃に言われた言葉。俺が雪乃に負けたときに言われた言葉だ。


「と、いうと?」

「君が得意なのはカウンター。だからまず自分から仕掛けないでしょう?」

「まあ、そうだな」


 雪乃は髪をほどき、俺の隣に腰掛けた。

 汗の香りが舞う。だがその中にも女の子特有の甘さが感じられるのは不思議だ。


「太刀筋は申し分ない。が、もう少し踏み込めばきっといい一撃がはいるはずよ」

「そうか。気にかけてみるよ」

「ええ、頑張ってね」


 そう言うと雪乃は竹刀を持って立ち上がり、更衣室へと向かった。


「私はもう着替えるけど、覗かないでね?」

「まさか」

「ま、昔から一緒に風呂に入ったりもしたし、別にいいかしら」

「いやいや、そこは気にしろよ」

「冗談よ。覗く覗かないは自由だから勝手にしたら?」


 そう言い残すと、雪乃は奥へと消えていった。

 これは本人公認の覗きということか。まあ、試しにちょっと覗いてみよう。


 結果、扉をそっと開いた瞬間、蹴りを喰らってしまった。遊ばれたような気分だ。



























 涼しい風が吹く。目の前にはまんまファンタジー衣装の少女。アルクロウド・ヒステリア。通称ロウ。

 多分俺の見立てによれば、彼女をアルクロウドと呼んだ瞬間、リンチになる。袋叩きにされるだろう。

 名前一つをとっても大事にされるらしい。これは絶対に覚えておこう。


「おいそこの男!」

「な、なんだ?」


 唐突に声をかけられる。声をあげたのはロウの近くを取り巻いていた小柄な男だった。

 そいつは妙に小物感漂う口調で言い放った。


「ロウ様は現役の冒険者様とも仕事を共にするほどの実力を持っておられる! 森一つくらい簡単に凍らせることができるのだ」

「…………」

「貴様など数秒で氷漬けになるぞ!」


 まるで噛ませキャラのセリフだ。

 が、しか彼女がどれほど強いかというのは分かった。現役のお墨付きらしい。

 これは積んだかもしれない。


「…………一つ、いいかな?」

「なんだ?」

「俺は遠い田舎出身で常識を知らない。できれば穏便に事を済ませたいのだ」

「なるほど、一理あるな」


 ロウは目を閉じ、ふむと頷いた。だがすぐに目を開き、にっこりと笑った。


「却下だ」

「ですよねー」


 杖を振り下ろすロウ。その瞬間に現れる光の球体。三つの球体。

 それは杖の周りをゆっくりと浮遊し、もう一度振ると俺めがけて飛来してきた。


「魔導球は見たことあるか? 田舎出身なんだろ?」


 ぐるぐると不規則な動きをし、そのどれもが予測のつかない軌道で俺へと襲い掛かる。

 俺は剣を抜き、飛んでくる魔導球と呼ばれた光の玉を迎え撃った。


「いでああああっ! 何だこれいてえっつ!」

「うわ、思ったより簡単に当たった……」


 剣は通らなかった。光にあたった瞬間、少し揺れたかと思うと変な感触とともに抜けた。

 魔導球に物理攻撃は通用しない。その上攻撃は痛い。全弾ヒットした。

 とにかく避けなければいけない。これはマズイ奴だ。


「魔導球が切れないってことは、かなり素人ってわけだな」


 そう言ってまた同じように魔導球を放つロウ。その表情は余裕の笑みだった。


 避けなければいけない。俺は考えた。無い知恵を振り絞り、どうすればいいか考えた。

 先ほどのルーク戦をイメージする。彼は思いっきり吹き飛んだ。それは何故か。


 思えばあの小手に集中したとき、すごい威力になった。それに肉体強化もされている。防御力も格段に上がった。

 だったら同じように身体能力も上がるのではないか?


「集中しろ、集中……集中……」


 目の前に迫った魔導球。足だけに集中する。さっきみたいに偶然じゃなく、自分の意識でだ。

 前方に迫るのは三つの魔導球。それぞれ不規則に動いているが、最後の着弾点は決まっている。俺だ。

 ただそれがタイムラグを感じさせるような動きなのだ。よく見ると、着弾のタイミングは一緒なんだ。


「……ふっ! はっ!」


 寸前のところで避ける。追尾を危惧してのことだ。右へ、大きく一歩。

 だが大きすぎた。俺の予想は的中したといえるが、これでは失敗だ。


「うおおおおっ! 飛び過ぎたあああああ!」

「ユウト!?」


 俺としては格ゲーの緊急回避的なのを予想していた。が、結果は散々。着地に失敗したうえ、転がり落ちた。

 そう、池に。


「……ぷはっ! 何だこれ、えげつなっ!」

「えぇ……」


 びしょ濡れの俺。加減をせずに集中すればこうなるのか。ひとつ学習になった。

 戦いながら戦い方を身に着ける。とてもじゃないが不利だ。


「お前、闘気を知らないのか?」

「え、何それ?」

「は? まあ、いいや。次はこれだ」


 杖に光が集まる。そして、杖を振ることなく光は飛んだ。いわゆるレーザービームだ。

 先ほどとは比べ物にならないくらいの速度だが、やることは変わらない。何となくだが加減は分かってきた。

 けれどまだアラがある。もっと突き詰めなければいけない。これでは攻撃が出せない。


「はははっ! 舐めてたが、さすがルークを倒しただけのことはあるな」


 ロウは高らかに笑うと、先ほどとは違う構えを取った。

 杖を浅く持ち、結晶をこちらへと向け、もう片方の手を添える。


 目を閉じ、短く息を吐いた。


「大いなる氷の精霊よ、我が杖に宿りて力を与えん……」

「ちょっとロウ! それは……っ!?」

「大地に流れる水を凍てつかせ、氷の槍へと姿を変えよ……」


 かっと目を見開き、こちらに視線を向ける。彼女からは殺意を感じた。そう、対人の剣道と同じようにだ。

 俺は理解した。彼女は割と本気で俺を殺そうとしていることを。さっきのは冗談ではないようだ。

 だったらもうやらなければいけないかもしれない。元いた場所では使うことのなかった技。


 刃桜流一の太刀『美雪みゆき


 名付け親、流派名ともに雪乃センスだ。俺がならっていた流派は名前が無い。というか無形だ。普通の部活だ。

 雪乃が得意としていた技で、俺にはできなかった技。俺は踏み込みが甘いため、カウンターで勝負するしか無かったのだ。

 カウンターを主とする俺はこのままでは勝てない。だったら危ない橋を渡ってやろうじゃないか。


「貫け、アイシクルスパイク」


 ロウの目の前に五つの魔法陣が展開された。そこから現れたのは鋭い氷の槍。

 漫画でしか見たことがない物体に、俺の思考は一瞬鈍る。だがそれもすぐに掻き消された。


「串刺しにした後、氷漬けにしてくれる」

「ロウ!? その魔法はダメだよ!? 死んじゃうよ!?」

「そのつもりだ。シャロは黙っていてくれ」


 そのうち二本が発射された。一本目はストレートに飛んでくる。その分速い。二本目はカーブを描きながら飛んでくる。速度は無いがどこにあたるかわからない。

 斬り下がり。それを使い俺は槍を避ける。

 一本目はすんでのところで回避できた。剣先が槍を掠り、微妙に軌道がずれたところをギリギリで避けた。

 しかし二本目は当たった。体制が崩れ、わき腹を通り抜ける槍。


「……うぐっ……つあああ……」

「ユウト!?」


 痛い。血が流れる。初めての痛みだ。こんなに痛い。痛い痛い痛い痛い痛い。


 殺される。彼女が俺を本気で殺そうとしているのだと悟った。現世では『死ね』や『殺す』など冗談で言える。だがここではすべて現実。殺すといえば殺される。


「……お前、本気で殺す気なんだな……」

「何を言っている。こんなの当り前だろうが」


 彼女はまた杖を振った。残った三本の槍がこちらへと向かってくる。

 本当の死を意識したのは初めてだった。怖いのかとか、辛いのかとか思ったけど、そんなんじゃない。諦めがやってくるようだ。

 勝利への秘策はあるが、使うには至らずだ。というかうまくいく保証もない。


(俺……ここで死ぬのかな……)


 遠のきかける意識。痛みが体を支配していく。もう諦めてしまおうか。

 そんなことを考えていたときだ。声が聞こえた。


「ユウト! 詠唱後は硬直するから狙うなら今だよ!」

「なっ!? シャロ!?」


 シャルロットの声が聞こえる。横目に見えた彼女は今にも泣きそうな表情だった。それを見て俺は、雪乃の小さいころが浮かんできた。

 そうだ。俺は雪乃を探してここまで来たんじゃないか。それが何だ。一撃程度で弱気になったり、シャルロットは悲しませたり。酷い男だ。

 見れば疲れているようなロウが目に映る。詠唱後の硬直だ。狙うならば今だ。もう考える余裕は無い。やるしかないのだ。

 迫る氷の槍。柄を握り、右足を前に出す。

 シャルロットの助言を無駄にはすまい。そう思い踏み込んだ。

 一本目。

 かがんで避ける。ギリギリを交わすので掠めるレベルだ。

 二本目。

 これは剣で打ち返す。物理的な槍なので壊せるはずだ。これもクリア。

 三本目。

 最後の太刀はいなす。いなすことで攻撃態勢を整えるのだ。距離としては2メートルを斬った。


「ぐっ! お前……っ!?」

「はああああああっ!」


 まっすぐに構えた剣を、少し傾け横にする。体を縮め、大きく一歩。

 荒々しく地面を蹴り、ロウめがけて突進する。風を切る音が聞こえる。 まるで一秒が縮まったかのような感覚に陥ってしまう。

 強化された一歩は強い。気が付いたころには目の前にロウの姿があった。

 この技は一瞬にして相手との間合いを詰め、脳天に一撃を加える技だ。すべてを一瞬で処理するためキャンセルが効かない。

 いける。以前たどり着けなかった領域に今、俺は立っている。振り下ろす剣。


「ユウト!?」

「あ……えっ!?」


 刃桜流一の太刀『美雪』これは一撃で面をうつ技。そう、一撃必殺なのだ。

 雪乃はこれで毎回瞬殺していたのを覚えている。だが俺は誤っていた。

 俺が持っているのは竹刀ではない。生身の真剣だ。


 脳天に振り下ろされる剣。完全に殺すための一撃だ。


「ダメっ! 殺しちゃ……」


 剣が振り下ろされ、鈍い音が響いた。

 空気が止まった。風の音だけが喧しく聞こえる。

 死んだ。誰もがロウの死を疑わなかった。シャルロットも、親衛隊も。


「…………うっ、ああ……はぁ……はぁ……」

「ユウト!?」


 太刀筋はそれた。というより気合でずらした。

 いくら防御力が強化されるとはいえ、魔導士にも適用されるかわからない。それに刃物だ。普通にヤバいだろ。

 とにかく太刀は当たらなかった。

 ロウは茫然とし、その場にペタンと座りこんでしまった。


「あ、えっと……ロウ……さん?」

「あ……え……ええ、ちょ、ちょ、見るなぁ……」

「……え?」


 急に足を閉じ、手で押さえるロウ。

 慌てて隠すがときすでに遅し、問題のソレは露わになった。そう、失禁したのだ。


「…………」

「ちょっとユウト! 見たらダメ! ほら!」

「うわっととと……」


 顔を真っ赤にしたシャルロットに一瞬にして目元を隠されてしまった。

 だが俺はちゃんと見ている。そう、顔を赤らめ、本気で恥ずかしそうにするロウを。ぶっちゃけ強気な女性がこんな姿をさらすと、とてもいいと思う。


 まあ、端的に言うと興奮する、だが。

 そんな不埒なことを考えていた時、ふっと耳音に息がかかった。


「ちょ、シャルロット……」

「…………ロウを殺さないでくれて、それと、勝ってくれてありがと」

「……え?」

「もう! 見たらダメだって!」

「いや、今なん……ぐえっ!」


 目を隠す力が強まる。めり込む。痛い。

 こちらから顔を確認できなかったが、きっと気恥ずかしさがあったからだろうと勝手に納得。少々ドキッとしてしまった。


 親衛隊は声をかけるべきか否か、決めかねているような雰囲気を感じる。

 だがそれもすぐに静寂へと変わった。異様な雰囲気の変化に俺は身構えてしまう。


「それ以上はやめなさい」

「えっ!? お父さん!?」

「え? お父さん?」

「長老!?」

「え? 長老?」


 ロウの前に絡んできた男の声だ。そしてもうひとつ聞こえるのは老人の声。

 視界が解放され、光が目に入る。現れたのは老人。初老の紳士と言ったところだろうか。

 彼は周りの人間に声をかけ、その場をあっという間に沈めた。すごい、何者なんだ。


「君かい? シャルロットが気に入った男というのは」

「え、まあ……そうなるんすかね?」

「家にきなさい。話をしようじゃないか。あとシャルロット。アルクロウドを頼んだよ」

「は、はい……」


 俺はそちらへ向かおうと一歩を踏み出した。が、負傷しているためうまく歩けない。傷に響く。


「おお、怪我をしているのか。どれ、見てやろう」

「え、あの……」


 その老人がさっと手をかざすと、傷はたちまり癒え、跡形もなく消えた。もちろん痛みももう無い。

 これが治癒魔法だろうか。すごい、今まで感じたことのない感覚だ。

 そう思いながら訝しげにわき腹を撫でまわす。

 老人は先を歩いた。

 ロウすらも本名で呼んでいた。彼は一体何者なんだ。というよりこの世界における呼び名の意味を教えてほしい。


「何をしている? 早くきなさい」

「あ、は、はい……」


 促されるままその姿についていった。

 ロウの後ろにいた親衛隊がこちらを睨んでいたがそれも仕方ないだろう。


 こうして俺は村への侵入をゆるされたのだ。



 ☆ ★ ☆




 日が照っている。広く、大きな桶に浸かる私と彼女。

 小さいころからこんな風に一緒に水を浴びていた記憶がある。だが最後に一緒に入ったのはいつだったかは覚えていない。


「ふぃー、やっぱり水浴びは気持ちいいね!」

「……そうだな」


 家の裏。井戸のすぐ近くの庭にて私とシャロは水を浴びていた。私が粗相をしたからだろう。

 いきなり現れて、そして完全に敗北した。シャロ曰く、彼があの魔物を倒したらしい。


「もう、ロウったらそんなにつんつんして。ほら、もっと笑顔だよ!」

「……そんな気分じゃない」

「ロウったら……」


 彼女は酷く困惑したような表情を浮かべている。以前ならば彼女にこんな顔をさせまいと奮闘したはずだ。

 私はどうしてしまったのだろうか。

 それなりに名のある魔導士にになったことで浮かれていたのだろうか。


「元気だして! ね? ほら、ユウトも悪い奴じゃないし……」

「シャロは分かってない……」

「え? 名前って認めた人にだけ呼ばせるんでしょ?」


 いや、そうじゃないんだ。

 誰だこんな風に真実をぼかして伝えたのは。いや、私だ。私が過保護すぎたんだ。


 そもそも本名とは認めた男にしか呼ばせてはいけないという風習がある。これは間違っていない。

 まず例外として父親、女は別。認めたということはつまり結婚できると言っているのと同義である。


 彼女はそれを知らない。教えなかった。だが風習は風習である。世間からはそうみられるのだ。

 私はそれを彼女に伝えた。


「ええええええっ!? そ、そうなの!?」

「ああ、そうだ」

「なんで教えてくれなかったの!? 私バカみたいじゃん……」


 顔を真っ赤にして水の中に沈むシャロ。ぶくぶくと泡が立つ。

 本当は初めて彼女と会ったときから、この村からは出さずにずっととどめておこうと考えていた。


 そうすれば嫌な虫もつかないし、危険も無い。親衛隊もいる。

 それがなんだ。いきなり現れた男にすべてを持ってかれるのか。


「私は、父上からシャロを守るように、小さいころから言われてきた」

「もう、シャルロットは子供じゃないんだよ?」

「子供じゃなくても、守るべき相手と言うことに変わりはない」


 目を合わせる。ゆっくりと近づき、頬に手を添えた。柔らかく、白い肌だ。

 思えば何年もこうやって眺めてきた少女だ。カワイイ。食べてしまいたいくらいだ。


「えっと……ロウ?」

「君が好きだ。ずっと一緒にいよう」


 口をふさいだ。



 ☆ ★ ☆




「それで、お話とは……」

「ああ、それはシャルロットとアルクロウドのことだ」


 長老はゆっくりとこちらに目を向ける。穏やかな表情だが圧迫感は否めない。

 彼は口を開いた。


「遠くから君を見ていた。随分と変わった構えをとるのだな」

「え、はあ、はい……」

「遥か遠くから参られた剣士と見受けられる。さしずめ遥か東方の地の剣士ではないか?」

「え、はあ、まぁ……」

「きっと隠し立てすることも多いだろう。まあ、本題はこれからだ」


 長老は正座した俺の前に座りなおした。先ほどまで小さな椅子に座っていたのにだ。

 横に杖を置き、俺と同じように正座した。


 俺は正直、何が何だかわかっていないので、自然と歯切れが悪くなってしまっている。

 その重苦しい雰囲気に、俺は何か重大なことを言おうとしているのが感じられる。


「君は、シャルロットをどう思っている」

「え、まあ、明るくて……純真無垢というか……カワイイ女の子……ですね」

「そうか。君は随分と慕われているようだな」


 長老はしみじみと語るような、柔和な表情をこちらに向ける。

 シャルロット曰く、父親らしいが、やはり何か思うところがあるのだろう。彼は俺を一瞥する。


「シャルロットはな、天涯孤独なのだ」

「……え?」

「冒険者の両親を持ち、二人とも村に戻らずに死んだ」

「そうなんですか……」


 意外な話だ。あんなにも明るい彼女にそんなことがあるとは思えない。 

 冒険者の両親か。だとすればこんなこともあるのだろう。この世界とは死と隣り合わせだと知った。


「アルクロウドは私の娘だ。私はシャルロットとアルクロウド。二人の父親をしている」


 なるほど。どうやら父親は本名呼びしていいのだろうな。

 にしてもロウのお父さんだったのか。ということは長老様もとんでもない魔導士なのではないか?

 じゃあこの横にあるのは杖か。多分、下手すれば初撃でやられる。注意しよう。


「それで、何か問題でも?」

「やはり孤独な子だ。アルクロウドを含め、村のすべてのものが彼女を溺愛している」

「ああ……何かわかります……」

「ロクに男とも接したことも無い彼女だ。気絶した男を山中で見かければ、きっと迷わず襲ってしまうだろう」

「…………」


 長老の予想は大当たりだ。まあ、男に対しての幻想、そしてこの無法感のある世界ならば意外とレイプも盛んなのかもしれない。だからってしたりしないが。

 それに純真そうな子だ。とりあえず触りだけ聞いた性の知識。それが目の前に転がっていたらまあ、やるだろうな。


「彼女は外の世界に興味があるようだ。君は強い。どうか二人を頼む」

「え、二人……ですか?」

「ああ、この地ではとある風習があってだな……」

「風習?」

「そうだ、名を名乗って勝負をすることは決闘を意味するのだ。その時点で相手の命は自分のものとなる。逆もまた然り」


 命をかけた戦い、ということになるのだろうか。

 俺の予想だが、その時点で所有関係が発生し、命を奪っても文句は言えない、といった感じと勝手に納得。

 だが殺さなかった場合はどうなるのだろうか。そういえばあのとき俺とロウは名乗って戦った。多分ルールが適用される。


「決闘で命を落としても、それは自分のモノ、という考え方が古来からの考え方だ」

「へー、そうなんですね。じゃあ殺さなかった場合はどうなるんですか?」

「もちろん、先ほどの通り、勝敗が決した瞬間所有物になる。生かすも殺すも自由」

「あの、すみません、どういうことかうまく理解できないんですけど……」

「簡単だ。アルクロウドはもう君のモノという意味だ」

「……は?」


 俺は多分、今現在顔文字のような表情をしているだろう。

 待て。決闘とは命の掛け合いだ。あの時点からロウは俺を殺すつもりでいたうえ、かなり自信があったってことか。


 殺人はご法度だが決闘による死は殉職のような扱いになるらしい。命軽いぞ。

 そして俺はロウに勝った。うん、これは間違いない。この世界のルールだとロウは俺のモノにあったことになる。


「二人を頼む……」

「ちょちょちょ! いやいやいやそれはマズイですって! ここは本人の意思を尊重して……」

「シャルロットは見ての通りだ。アルクロウドも不愛想だが根はいい子だ」

「シャルロットはまだしも娘さんは俺の事めちゃくちゃ嫌ってますよね!?」

「あいつもついに誰かのモノになるのか……幸せにしてやってくれ……」


 話が。話が全く噛み合っていない。この世界の常識を聞く前にヘタこいてしまった。

 俺は何とかロウの件を取り下げようとしたが長老はもうすでに娘を嫁に出した父親状態だった。言葉が通じない。

 その後男泣きし始めた長老を親衛隊が取り巻き始めたため、半ば強制的に家から出された。


「えぇ……マジかよ……」


 別に嫌という訳でため息を吐いたわけではない。正直ロウはカワイイ。

 気怠そうな半目も、淡い水色の髪も、控えめな胸も、とても魅力的だと思う。が、そこではない。

 俺は一夫一妻制度の国、ジャパン出身だ。多分この世界はそうでもないだろうがたくさんの女を侍らせるのはよくない。

 そのうえ俺とロウは先ほどまで殺し合った仲だ。決闘に負けたから俺のモノね、ってすんなり受け入れるはずがない。


「どうかされましたか?」

「え、ああ、あんたさっきの……」


 そこに現れたのは俺の殺気にすごみ、かなりビビッていた男だ。

 その男は普通の、特に何も感じていない表情だ。


「はい、宿を用意しておりますので、ついてきてください」

「ああ、分かった……」

「そんなに身構えなくても大丈夫ですよ。我が親衛隊は手出ししませんので」


 男はクスリと笑った。穏やかそうな男だが油断はできない。俺はそのまま後をついていった。

 村を歩くと、やはり生活感のある景色が広がっていた。遊ぶ子ども、干された洗濯物、井戸から水を汲む姿。

 異世界にやってきたとはいえ、やはり生活は変わらないらしい。


「何か、気になることでもありますか?」

「あ、いや……親衛隊って何だろうなってね……」

「それはただの集まりですよ。少年兵団のようなものです」

「へえ、で、なんでまたシャルロット派とロウ派に分かれてんの?」

「私は、慎ましやかな胸を好みますので」


 なるほど。巨乳派か貧乳派か、ということか。

 男は異世界だろうとそんなものなんだと、軽く安心した。




 ☆ ★ ☆




 案内された家はそこらとあまり変わらないレベルだった。てっきり嫌がらせ受けると思ってたわ。

 まあ、あの男は話が分かってもらえそうだったな。多分大丈夫だろう。


「お邪魔しまーす……」


 うん、特に何もないわ。よかった。

 ゆっくりと部屋に入る。警戒はまだ解かない。どことなく香る甘い香り。

 何かおかしい。人の住んでいる形跡がある。


「何だこれは……」


 俺は目を疑った。

 そこにあるのは精工に作られたシャルロット人形たち。それぞれ表情やポーズが違う。

 壁にかけられているのはシャルロットのイラスト。まさか異世界にこんなレベルの創作物を見かけるとは。

 何だここ。気持ち悪い。シャロキチの家か? ルークか? ルークの家だろここ!?


「えっと……この瓶の液体は……やめとこう、キモイ」


 ヤバさを感じた。異世界における瓶の存在もそうだが、何か雰囲気がヤバイ。

 風呂の残り湯だろうか。気持ち悪い。


「けど……何故か気持ちが分かってしまうのは……心が痛いな……」


 そう、思春期特有の暴走なのだ。

 きっと日夜、シャルロットさんの艶姿を想像しながらハッスルしているのだろう。

 そう、この人形を見ながら……


「ってこれダッチワイフやんけ!」


 甘かった。

 こんなものが異世界にあるのか。もうどいつもこいつも考えること一緒なのか。もうなんなんだ。

 リアルにエロいことする人形を前にすると人間はこうも無力になってしまう。


 見知らぬ他人のオカズくらいなら許容できる。だがリアルなはけ口を見ると動けなくなる。


「……誰だ」

「……っ!?」


 そいつは現れた。

 俺はいろんな恐怖により全く反応できなかった。そう、雰囲気に飲まれていたのだ。

 振り向いた瞬間にやられる。そう思って目を向けた。


「……え、ロウ?」

「は!? ユウトか!?」


 アルクロウド・ヒステリア。異世界一のシャロキチである。





 ☆ ★ ☆




 しんとした室内。

 目の前に座るは帽子をとったロウ。目を閉じ、涼しい表情を浮かべている。


「さて、ユウト。お前何故ここにいる?」

「はい。さきほどの男がここを宿屋にと指定してきました」

「そうか」


 ロウは剣を手に取った。


「まあ、なんだ。私も君とは殺し合いをした仲だ。思うところはある」

「そ、そうか……」

「君を殺して私も死ぬ。ついでにシャロも殺す」


 なんてサイコな女だ。


「うわあああああああああああああっ!」

「ちょ!? ロウさん!? 急に発狂しないで!? 落ち着いて!?」

「嫌だああああああっ! 世界なんて滅んでしまええええええええっ!」

「アールクロオオオオオオオドッ!」


 全力で止める。短剣を取り出し、そして首元へ。もうガチだった。あまりにも鮮やかな手際に一瞬戸惑うが相手は自殺志願者だ。止めろ俺。


 慌ててそれを止め、取り上げる。安心したのもつかの間。冷気が手を包み、そこにツララが現れた。とても鋭い氷柱だ。

 そして今度はそれをあてがう。もはやエンドレスゲームなこのやりとり。俺は両手を掴み、何とか押さえつけようと力を込めた。


「とにかく落ち着けって! 死んだらダメだろ!」

「五月蝿い! 私はもう……もう……っ!」

「おわっ!」

「きゃあっ!?」


 つい力が入ってしまう。


「うっ……ぐすっ……」

「あ、えっと……いや、俺黙ってるから……その、泣かないで?」

「……そうじゃない」


 抵抗する力が段々と弱くなり、彼女は大人しくなった。

 俺はそれを確認し、彼女から離れた。手をかし、起き上がらせる。彼女の涙はまだ止まっていなかった。


「あの……ロウ?」

「……聞いてくれないか?」

「え?」


 ロウは涙を拭い、こちらに目を向けた。

 目はまだ赤い。


「見れば分かるだろうが、私はシャロが好きだ」

「うん……だろうね」

「幼少のころから一緒にいる、いわば幼馴染だ。独り身のシャロをずっと育ててきた。そう、私がずっと」


 彼女は悲しそうに目を伏せた。そのさきには先ほどの瓶。何を見ているんだ。


「先ほど彼女に思いを伝えてきた」

「まじか」


 溺愛のレベルが尋常じゃなかった。

 まさかここまでとは思わなかった。いや、だって女の子同士だしさ。いや、否定的な意見は無い。


「そしたら『じゃあロウも一緒に冒険者になろう!』と、笑顔で返された」

「それって……」

「彼女には恋愛感情が無い。まあ、私が迫る男どもをちぎっては投げていた結果だろう」

「それ、お前のせいじゃん……」


 そう言うとロウはカッと目を見開き、俺へと迫ってきた。

 あごに突き付けられる杖。じわりと伝わる冷気が恐ろしさを加速させている。


「さて、ここで問題だ。これから冒険者になるならば一緒についてまわるのはどこのどいつだ? あ?」


 ガラ悪っ! 

 ロウが怒っているのはあれだ。多分俺に対する嫉妬だ。きっと何か話を聞いたのだろう。

 俺はできる限り刺激しないように注意しながら答える。


「えっと……アルクロウドさん?」

「ふん、分かってるようだな。が、それは間違いだ。シャロはお前と行くつもりだ」


 彼女はこちらを睨みつける。獲物を前にした狼のような目つきである。

 だが俺はひとつ疑問に思うことがある。たった今おれはアルクロウドと呼んだのだが何も言われなかった。

 もしかするとすでに決闘に勝った影響がでているのかもしれない。そんなことを考えているとロウは杖を離した。


「あ、あの……」

「私は君に決闘を申し込み、負けた。はなはだ不本意かつ不快極まりないうえとてもじゃないが許容できるものではないが」


 とりあえず並べられるだけの罵詈雑言を吐くロウ。

 結果何が言いたいのかは分からないがまず大分イラついていることは分かった。


「残念ながら私は君の所有物である。だがそれ以前にシャロに忠誠を誓った身だ。どちらかを取るなどできない、よって」


 ロウはものすごく不快そうにこちらを見た。


「私も連れていけ。シャロは私が守る」

「ロウ……」


 呼び名は好きにしろと捨てるように言い放った。

 彼女は先ほど暴れて倒れたフィギュアやイラストを元の場所に戻していた。俺はそれをただ黙って見つめていた。


「君にシャロを任せるのはいささか不安だ。それに私の大事なシャロを渡してたまるか」


 どうやら彼女は本気で俺の事が嫌いらしい。

 まあ、そりゃ気分悪いわな。いきなり現れた得体の知れない男に最愛の人を持ってかれるのだから。

 だがしかし、ロウはひとつ勘違いをしている。


「なあ、アルクロウドさんや」

「なんだクソ虫」


 その返答はどうかと思うが。


「俺、別にシャルロットと冒険に出る気ないけど?」

「……は?」


 ロウの呆けた声が部屋に響いた。


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