異世界で命がけのラブコメをしよう。

六番目の課長

第一章 異世界転移のテンプレート

第1話 『転移からの戦闘』

 剣道。

 俺はそれを小さい頃からやっている。今日で高校生最後の剣道の大会に望むところだ。


「なんか、緊張するわね」

「そうか? だからって手を抜いたりしないからな」

「それは私もよ」


 隣にたつのは幼なじみである少女『朝倉あさくら 雪乃ゆきの』である。

 物心ついたころからずっと一緒に剣道をしてきた幼なじみだ。

 甲冑をかぶる前の姿。茶色の髪をアップにまとめ、ピンで留めている。普段はかたあたりのボブカットだ。


「もうこれで最後なのね」

「そうだな」


 高校生最後の大会。その決勝戦にて俺と雪乃が勝ち残った。

 お互い違う高校だが、剣道を辞めることはなかった。三年間やり続けたからこそ、こうやって最高の舞台にて戦うことができるのだ。

 選手が入場する。会場は異様な熱気に包まれている。


 俺と雪乃の夢。それはお互い全国で一位をとること。

 これが最後の戦いだ。目の前に迫る相手を倒せば、日本一の剣士になれる。


「それじゃ、お先に」

「おう、頑張れよ」


 先に雪乃が戦う。

 俺はその姿を見送った。






 後日、雪乃は失踪した。










 大会のあの日から一週間が経った。

 俺は部活を引退したが、練習には参加している。だが道着のまま学校を出たのは間違いだっただろうか。人がコチラをみている。が、それも気にせず公園のベンチに座り、ただぼーっとしていた。

 端から見ると抜け殻のようだろう。あの日、決勝戦で竹刀を握っていたのが彼だといわれても、今の状況では説得力など皆無だ。

 俺が府抜けている理由。それは相手に敗北を喫したからではない。

 あの戦いは俺の勝利だった。圧倒的とまではいかないが、俺の勝ちだった。俺は晴れて日本一となった。

 けれど雪乃は試合に負けた。惜しくも全国2位という結果に至った。雪乃も自分のすべてをかけて戦っただろうし、悔いはないはずだ。

 あの後甲冑を外して話した感じでは、悩みは無いように見えた。


「雪乃……どこにいったんだよ……」


 短く息を吐いた。

 そう、雪乃はあの決勝戦の後に失踪したのだ。誰に何を言うでも無く、ただ1人。人知れずに消えていったのだ。

 すぐに捜索願は出され、何人もの人が捜索にあたった。俺も参加したが、結局彼女は見つからず、今でも捜索は続いている。

 理由は思い当たる。敗北したからではないか、と。

 だが彼女はその理由で多くの人に迷惑をかけるようなことをする奴ではない。それは付き合いが長いからよくわかる。

 では何故? 何故彼女は失踪したのだ?

 この一週間何をしているのか? ちゃんと食事はとれているのか? そんな不安がぐるぐると駆け巡っていくのを感じる。

 もしかすると、と思う。俺だけが勝ったから。それが理由だと思うと、言いようの無い罪悪感が襲っていく。

 俺はベンチから立ち上がると、また歩き始めた。ここまできたのも雪乃を探していたからだ。


「雪乃ーっ! どこ行ったんだよーっ!」


 声を荒げてみるも、返事は無い。

 ただ時間だけが過ぎていく。日は傾き始め、街は赤く染まっていく。

 しばらく歩いたところだろうか。俺はとある公園へとたどり着いた。


「ここ……」


 雪乃との思い出の場所。小さい頃はここで二人竹刀を振った。

 泥まみれになったり、転んでけがをしたりもしたが、それでもと意地になって竹刀を振り回した。


「雪乃ーっ!」


 声をかけるが、先ほどと同じように返事は無い。

 茂みの奥や、公衆トイレの陰。できる限り広く探した。どこかに雪乃が居る気がして。

 だが彼女は居ない。どこを探しても居ない。

 茂みを抜けた俺は、街を一望できる高台のような場所へとたどり着いた。

 赤く焼けた街を見下ろし、彼女のことを思う。どうして、失踪したのか。何か事件に巻き込まれたのか。考えだすと切りがない。


「雪乃ーっ! おーい!」


 名前を呼びながら、フェンス沿いに歩く。

 すると一部、フェンスが壊れている箇所があった。すぐそこが崖なので今にも落ちてしまいそうだ。


「……これ、まさか……」


 フェンスに引っかかっている青いリストバンド。そこには拙い刺繍で『YUKI』と描かれていた。

 間違いない。雪乃のものだ。

 ここに引っかかっているということは、まさか彼女はここから落ちたのか?

 雪乃は無事なのか? 一気に恐怖が体を駆け巡っていく。俺は崖を覗き込んだ。

 下には樹が生い茂っている。が、所々隆起した岩肌が目立つ。それに高さも相当な物だ。無事ではいられないだろう。


「雪乃……嘘だろ!? 雪乃ーっ!」


 俺の声は、深い闇に消えていくようだった。

 そしてその瞬間、俺は誰かに背中を押されたような感覚に陥った。




 俺は崖から落ちた。




























 意識が覚醒する。

 真っ暗な空間。目が開いていないのだろう。何故か力が入らず、体が動かない。

 感覚だけが頼りだ。よく集中し、周りを感じる。

 風の音だ。体に風が吹いているのが分かる。

 ケモノの鳴き声も聞こえる。聞いたことのない声だ。


「はぁ……はぁ……」


 荒い息だ。え、何これどういう状況?


「これが……男の人の……」


 意味が分からない。声は女の子のものだ。それが何故息を荒くしているのか。

 あと何故だか無性に下半身が涼しい。謎の開放感がある。

 そして俺は感じた。そう、足の付け根にある棒が強く握られる感触を。


「おわあああああっ!?」

「えっ!?」


 目を開き、手足に力が入る。俺は咄嗟に後ろへと後ずさった。

 そこにいたのは白髪に青い目をした少女だ。年は同じくらいだろうか。幼さの残る風貌がそれを感じさせる。

 よく見ると俺の袴を手にし、頬は上気している。

 俺は下半身裸だった。


「ちょ!? 誰!? つか何してるの!?」

「ちょっと! 起きてたなら言ってよ!」

「そういうことじゃねええええええっ!」


 俺は必死に自分の棒を隠しながら、その少女を怒鳴りつけていた。

 半裸の男が少女をまくしたてる。実に犯罪的な絵面だ。


「とにかく落ち着いて! 私の話を聞いて!?」

「えっ!? 落ち着いて話することある!?」

「とにかく座って! そこ!」

「ああ、はぁ……」


 少女にまくしたてられるまま、俺はそこに正座した。でなければ見えるからだ。

 あぐらなんぞをかいてはみ出してしまえば何が起こるかわからないからな。最悪捕まる。


「あなた、この辺で見ない人だけど。名前は?」

「ああ、優斗だ。桜井優斗さくらい ゆうと

「ユウ……ト? 聞かない名前だね」


 そうでもないと思うのは俺だけだろうか。

 ようやく少し落ち着いてきた俺はしっかりと少女の姿を見据えた。

 腰まで伸びる白い髪。群青色の瞳。よく見ると甲冑のようなものを装備している。

 先ほどは握られた衝撃で気が付かなかったが彼女は明らかに日本人ではない。だが言語は日本人のそれだ。

 一体ここはどこなのだ。そして彼女は何者なのか。あと袴返せお前。


「それで、そっちの名前は?」

「私はシャルロット・ウラヌス。みんなからはシャロって呼ばれてるんだ」

「え? シャルロット?」

「うん? 何か変かな?」

「いや、まあ、聞きなれないというか……」

「そうかな? この辺では普通だと思うけど……」


 おかしい。さっきから違和感ばかりだ。ここは日本ではないぞ。

 だったらどこかと聞かれれば何とも言えないが、ここは俺の知る世界ではないと言うことは確かだ。


「えっと、それでなんでまた俺の袴を?」

「そ、それはですね……」


 シャルロットと呼ばれた少女はあからさまに視線を逸らした。

 もはやこいつが何をしたいのか俺は全く分からない。


「この森にはね、村に迷惑をかけてる魔物がひそんでるの!」

「は? 魔物?」

「そして勇敢なシャルロットは魔物を倒すために森へと足を踏み入れたのです……的な」

「すまん、全く理解できん。とりあえずその袴をこっちに寄越せ」

「いやだ! せっかく気絶してた男に出会えたんだ! しっかりやるまで返さん!」

「いきなり何言ってんだ! 返せ!」

「ちょっ!? 待ってストップ……」


 俺は下半身裸のままシャルロットに襲い掛かった。と言ったら語弊がある。掴みかかった。

 もはや何を言っても無駄だと悟った結果、力づくでの勝負に出た。そう、フルチンで。


「まず下着だ! 下着どこやった!?」

「いっぺんに脱がしたからこっちにあるよ! でも返さないもんね!」

「ええい返せ!」


 森に響くは変態と変態の声。もはやどうにもならないシュールさを醸し出すこの画面に誰か救世主はいないのか。

 そんなことを考えながらシャルロットの手にある袴を奪うべく奮闘する。

 そんなときだ。

 森の遠くから聞いたことのない獣の鳴き声が聞こえてきた。狼の遠吠えのような、威嚇の意味を持つ叫びだ。


「…………」 

「…………」

「あれ何の鳴き声? こっち来ないよね?」

「えっと、私たちが騒がしくしたから……多分来るよ……うん」

「そっか……」

「そうだよ……」

「…………」

「…………」

「袴返してくれない?」

「いやだ」


 それに対して俺が声を上げようとしたときだ。

 森が静かになった。森そのものが異変を察しているとでもいおうか。

 その変化は俺にでもわかり、もちろんシャルロットも気づいていた。


「……ねえ、あれ」

「あー……多分来る」


 天高く何かが飛び上がったかと思うと、それは勢いよくこちらへと落下してきた。

 強烈な風圧と共に着地したのは四足歩行のモンスター。魔物と呼ばれる生物だろう。

 大きな狼のような風貌。だがそれには大きな角が二本生えている。異形だった。


「お前の話、嘘じゃなかったんだな」

「逃げて、私がやる」

「は?」


 シャルロットは腰の剣に手をあて、魔物に向かって走り出した。

 その姿は先ほどの変態チックな雰囲気は微塵も感じられない。

 そして剣道経験者の俺には分かる。あの一歩は日本の流派とかけ離れていると言うことだ。

 柄に手をあて、それを挽きぬくと同時に高く飛び上がるシャルロット。その高さや、人間業ではない。

 まるでファンタジーのようなその情景に、俺は目を奪われていた。


「はあああああああっ! 碧雷斬へきらいざんっ!」


 技名であろう名前を叫ぶ。魔物はシャルロットのことを完全に舐めていたのだろう。余裕の表情を浮かべ、佇んでいた。

 その能天気な魔物の脳天に振り下ろされる剣戟。鉄と鉄がぶつかり合うような音が響き、森を揺らした。

 俺はその一部始終を見ていたにも関わらず、何が起こったのか理解できなかった。

 きっと魔物は一刀両断されているのではないかと。


「うがっ! 硬っっっっ!?」

「え!? 今ので斬れて無いの!?」


 後ろにとんだシャルロット。手が痛いのか苦悶の表情を浮かべている。

 すると魔物はその角でシャルロットを一撃。


「うげっ!」

「シャールロットオオオオオオオオッ!」


 剣は投げ出され、はるか遠くまで吹き飛ばされるシャルロット。

 俺は安否を確認するためにすぐに走った。シャルロットが飛ばされた方向に砂煙が舞っている。

 が、その俺の動きを魔物は見逃していなかった。そして一飛び、俺の前まで来ると、今度は前足で俺を攻撃してきた。


「ぐはっ!」


 内臓が破裂するかのような感覚。

 俺はシャルロットと同じように吹き飛ばされ、木に叩きつけられた。

 そのまま地面へと落ちる。


「ぐっ……くそ……あれ?」


 おかしい。これは確実に致命傷だ。致命傷のはずなのだ。だが俺はあまり苦しんでいない。

 それにまだ動けるぞ? 

 俺は近くにあったシャルロットの剣を手に取った。

 慣れた手つきでそれを構えると、魔物に向かって言い放った。


「こっちだ!」


 振り向く魔物。俺はそれをにらみつけた。

 相手が人である剣道。ほかにもボクシングにも言える共通点。それは気迫で勝つこと。

 それに今回相手は獣だ。危機回避には優れているだろうからいつもより効果があるはずだ。

 魔物はじっとこちらをみている。うかがうような視線だ。

 汗が垂れる。沈黙が両者の間に流れていた。俺はただひたすら勝機をまった。

 しびれを切らしたのは魔物の方だった。先ほどのシャルロットと同じように正面から突っ込んでくる。

 この動きの対処は簡単だ。どんなに力が大きくても、いなすときはほぼ均一だ。 剣に角をあてるように流し、力をそとに逃がす。頭の芯がぶれる。

 俺は流した魔物の首に太刀をねじ込む。魔物相手に剣を取ったことなど一度も無いが、少なくとも急所であろう場所は的確に突いたはずだ。

 だが不思議なことに、剣は魔物の首を刈り取り、まさかの一刀両断してしまったのだ。


「は!? 何だこれ!?」


 魔物の巨体は倒れた。

 血なまぐさい香りが立ち込め、吐きそうになる。

 残ったのは血に濡れた剣を持った下半身裸の男だけだった。


「嘘だろ……? 何が起こったんだ?」


 俺は現状が全く分からなかった。

 いや、とりあえずはシャルロットの生存確認だ。


「おーい! シャルロット!」

「うん! 生きてるよー!」


 何とも明るい声が聞こえた。いや、あれで大丈夫だったのか。

 そもそも何が起こってるんだ。けがはしないし、剣はバカみたいに切れるし。もう何が何だかである。

 先ほど一緒に吹き飛ばされた下着と袴をさっと身にまとい、シャルロットの元へと向かう。


「シャルロット?」

「えへへ、もろに喰らっちゃった……」


 にへらと笑う彼女。

 こいつもかなりの距離吹っ飛ばされていたがこんな程度なのか。全然怪我したように見えない。

 こっちの心配をよそに、シャルロットはにこにこの笑顔を浮かべて駆け寄ってくる。


「すごいよユウト! あの魔物一撃なんだもん!」

「あ、あは……そうか……な?」

「うんうんうん! 本当にすごいよ! やっぱり私の目に狂いはなかったよ!」


 こいつは何を言っているのだろうか。

 まあいい。この結果から俺は分かったことがある。とてもシンプルなことだ。



 俺は異世界へと迷い込んでしまったのだ。











 森の中にて。

 先ほどの魔物のせいで静かになっていた森がまた活気を取り戻し、少しづつだが騒がしくなっていた。

 獣ではない。二人の人間の声が響いていたのだ。


「お願いします! 私を弟子にしてください!」

「え、やだよ……。というよりそんな余裕ないし……」

「お願いだよ! 私強くなりたいんだって!」


 先ほどまで半裸だった変態と、もう一人の変態の土下座姿。

 異様な光景ではあろう。普通の森の中では見られない。


「ていうかさ! 私がこうやって頭下げてるんだよ!? 普通いいって言うでしょ?」

「いやいやいや、お前のどこにプレミア要素があるんだよ……」

「おかしい……。男の人は女に絶対服従のはずなのに……」


 どんな教育が施されているのだろうか。まさかと思うが女尊男卑の世界なのか?


「とにかく、まずは村に来て。みんなに紹介したいからさ」

「ま、まあ、それくらいならいいけど……」


 雪乃の捜索もあるが、まずは自分の安全が確保だ。

 先ほどは運良く魔物を退治できたが、次に教われたときに対処できるかはわからない。それに剣を持っているのは俺ではなくシャルロットだ。すぐに取り出せはしない。

 荷物も、どこかに消えていた。持っていた竹刀も消え、バッグも無い。唯一手につかんでいたリストバンドだけが残っていた。

 俺はそれを左手首に身につけた。

 歩き始める俺とシャルロット。森は木々が鬱蒼と生い茂っており、ときおり顔に虫のような生き物が体当たりしてくる。

 シャルロットは歩きながら口を開いた。


「ねえ、ユウト。あなたどこから来たの?」

「え? どこ……から?」


 彼女の目線で言うと異世界だろう。だが信じてもらえないだろうし、何かトラブったりするのをさけたいので、俺は何となく濁すことにした。


「……い、田舎だよ。かなり田舎のほう……」

「え? ここより田舎なんて無いけど?」

「その……いや、えっと……」

「ま、強い剣士さんだから、何か隠したいことでもあるんでしょ」

「お、おう、そうだ……はは」


 物分かりのいい子で助かった。

 どうやら強い奴ほど秘密が多いらしい。この世界の常識は全く分からない。もしかすると俺とは合わないかもしれない。

 結果的に無礼を起こして、はい、絶命。なんてことがあってもおかしくはない。

 だとすればシャルロットを身近に置き、いろんなことを教わったほうが安全ではないか?

 それに彼女も弟子にしてほしいと言っていた。なら大丈夫かもしれない。


「なあ、シャルロット」

「ん? なに?」

「お前はなんで強くなりたいんだ?」

「んー、この世界ってさ、男の人より女の人の方が大事にされるんだよね」


 俺の見立て通りだった。

 女尊男卑。俺の住む場所とは正反対だ。男女平等とはいいつつ、男性の権力が強かった俺の世界とは違いが多そうだ。

 できる限り村の人に粗相のないようにしたい。


「何もしなくてもちはほやされるんだ。私はそれが嫌い」


 シャルロットは前方を歩くため、表情は見て取れない。

 声のトーンから、相当なものだろうと感じた。


「前にも魔物が出たことがあってね、その時に来た女の冒険者さんに憧れてね。それで剣士を目指したんだ」

「そうか……そんな悩むほどか?」

「そうだよ。だから魔物を倒したくてね……まあ、結局手も足も出なかったけど」


 彼女も彼女なりに悩むことがあるんだろう。

 この世界にはやはり考えがついていかないだろう。森もまったく整備されてないため、あまり発展はしていないと見れる。

 だとすれば考えや思想は偏ったり、極度なものが多いだろう。


「あ、そろそろ村だよ」

「ほう、あれか」


 森を抜ける。

 少し遠くに見える集落のようなものが見える。ファンタジー世界観のゲームでしか見たことのない景色。

 それが目の前に広がっていた。異世界に対する不安はあるが、やはり気持ちが高ぶってしまう。


「はい、ユウト。今から大事なことを言います」

「お、おう。なんだよ急に改まって」

「ユウトは常識が欠けてるみたいだから、私が説明するまで何か言ったらダメだよ?」

「そうか……じゃあ、さっきお前に襲われた理由も分かると」

「まぁ……村についたら説明するよ。それまで絶対に喋っちゃダメだからね!?」

「ああ、うん。分かった」


 シャルロットは真剣だった。先ほどの変態的思想は皆無。何やら村には危ないことがあるらしい。

 いや、俺が無知だからか。


「あ、そうだ。あとこれ。ユウトが持ってて」


 そう言って差し出されたシャルロット剣。いよいよ本格的にヤバそうなんだが。大丈夫か?

 彼女は短く息をし、真剣な目を村に向けた。


「よし、行こうか!」

「あ、ああ」


 俺とシャルロットは村を目指して歩き出した。




 ☆ ★ ☆



「今すぐに立ちされ! この淫獣が!」


 それはすぐに起きた。

 村に入るすぐそこで止められ、数人の少年に罵声を浴びせられていた。

 いや、見ただけでこれは無いだろう。こいつらにモラルとか思いやりとか無いのか?


「ちょっとルーク! 何てこと言うの!?」

「バカを言っているのはシャロ様です! このような得体の知れない男を村に入れるわけにはいきません!」


 ルーク。見るからに少年たちを取り仕切っているであろう男。年は俺よりひとつやふたつぐらい下か?そんな容姿だ。

 跳ねた銀髪に、釣りあがった緑色の目。そして特筆すべきは右手から肩。そして胴体にかけて甲冑を身に着けている。

 他の少年たちも同じ装備で、肩には剣を携えている。

 肩には同じ刻印。何かの親衛隊だろうか。


「ユウトは村を襲ってた魔物を退治したんだよ!? それも一撃で!」

「嘘はなりません、シャロ様。大人数人で一太刀も当てられなかった魔物がこのような下種い男に倒せるはずがありません」

「だからルーク! なんでそんなこと言うの!?」


 シャルロットは苦戦していた。ときおり申し訳なさそうにこちらを見る。

 にしてもルークとやらもすごいな。こんなやつドラマでしか見たことないぞ。


「もういい、話になんない! ロウは!?」

「先ほど親衛隊のものと共に魔物を討伐にいかれました。そのうちもどってくるでしょう」

「魔物なら狩ったよ! ほら!」


 シャルロットはそう言って、先ほど倒した魔物の素材を見せつけた。あの後剥ぎ取っていたものだ。

 彼女は切り札だと言わんばかりに差し出したが、訝しげな表情は変わらなかった。


「どうやって用意したのか知りませんが、この男はシャロ様をたばかっています。危険です」

「ああ、もう!」

「なあ、シャルロット。一旦さ……」


 空気が固まった。

 ルーク、他の親衛隊の方々も俺を見て目を丸くしている。シャルロットも同様だった。

 いやさ、何かマズイことでも言ったか俺。


「貴様……軽々しくシャロ様の名を呼ぶでない……」

「は? え?」

「ルーク! この人はいいの! 私がいいって言ってるんだから……」

「シャロ様は黙っていてください!」


 剣を抜きながらこちらへと歩み寄るルーク。殺意がビンビン伝わってくる。

 それを皮切りにほかの面々も剣を抜いた。その数六名。


 俺が何をしたのだろうか。この世界の常識に触れてしまったのだろうが、これはいくら何でも早い。

 無礼、からの絶命の方程式が速すぎる。怖すぎるだろこいつら。


「貴様のような無礼者はこの場で死ねええええええっ!」


 斬りかかってくるルーク。遅い。

 雪乃や魔物に比べると遅すぎる。俺にとっては止まって見えるような速度だ。

 だがこれは想定内だ。早かっただけだ。想像以上に殺意の速度が速かっただけなのだ。


 対処はいつも通り。だが真剣なため、斬りつけるわけにはいかない。

 荒々しく叩きつけられる剣をいなし、ルークの利き手側へと一歩踏み出す。そして柄で背中を打つ。


「ぐああああっ!」


 鈍い音とともに倒れるルーク。こいつの動きは元いた世界で休憩中、後輩がやってきたのと同じだった。

 そのとき突き出された剣を抜け、イラッときたので柄で殴る。これと全く一緒。


「ルーク! ユウトは強いから……」

「ああああああっ!」


 シャルロットが言い終わらないうちに他の男も俺に向かってくる。

 基本的には動きは同じだった。ただ素振りだけをし、技などまったく知らない動き。


 剣を扱っているだけで剣士ではない。俺はそいつらを同じように一撃で沈めた。


 だが彼らは立ち上がった。俺も自分で感じたが何かしらの肉体強化があるようだ。原理は分からない。

 俺は何度も同じように一撃を与えた。多対一にもかかわらず、俺は一撃も喰らわなかった。これが素人と経験者の差だろう。


「はぁ……はぁ……」

「あのう……ルークさん? もうやめません?」

「黙れ。ここで引き下がってはシャロ様に忠誠を誓った意味がなくなる」


 かっこいい。が、すでに満身創痍だ。俺としてはこれ以上一方的に攻撃するのはあまりいい気分ではない。

 すでにほかの五名は沈み、残っているのはルークのみ。だがもう立っているのもやっとだろう。


「どうやってシャロ様を口説き落としたのか分からんが、貴様のような淫獣にシャロ様を名前で呼ぶ資格などない」

「あのさ……俺かなり穏便に済ませたかったんだけどさ、そろそろ怒るよ?」


 直接的にいろいろ言われて段々と腹が立ってきた。

 俺としては穏便に済ませたかった。何かしらの嫌味を言われるとも思ってたし、入れてくれるのも仕方なくだとは考えていた。

 が、しかしこいつらは斬りかかってきた。しかも真剣だ。


「やってみろ。俺は倒れん」

「そう、じゃ遠慮なく」


 剣を握りなおす。いつもの構えだ。甲冑の部分を斬れば大丈夫だろうか? いや、先ほど魔物の首は軽く切れた。

 峰打ちがいい。が、しかしこれは両刃だ。だったら平たい部分を叩きつけてやろう。


「……ふぅ」


 集中する。剣道とは、一瞬で勝負が付く。一本とれるかとれないか。

 その一秒を切り刻んだ時間に、一体どれほどの技を出せるのか。それだけを考えここまでやってきたんだ。

 殺気を放つ。異世界でも、試合でもやることは一緒だ。

 殺すぐらい真剣にやる。殺気をまきちらし、一撃で仕留める。ただそれだけだ。


「ひっ……なんだこれは……」


 見たことのない構えだろう。

 俺はルークを気迫で圧倒しながら、じりじりと間合いを詰めた。

 そして一歩。いつもより踏み込んでの小手。ただの小手だ。


「ぐはああっ!」


 俺は刃の部分をあてずに、ただ打撃を与えただけだ。それだけのはずだったのだが、ルークは吹き飛ばされた。

 宙を舞い、木に叩きつけられ、そのまま動かなくなった。


「…………」

「…………」


 茫然とする俺。青ざめているシャルロット。


「え……死んだ? 嘘だろ……?」

「いや、多分気絶してるだけだと思う……」

「じゃ、じゃあなんでお前そんなに青くなってるの……?」

「あの子が……ロウが怒る……」


 ロウ。先ほども登場した名前。なんだろう、元締めだろうか。

 いや、しかし咄嗟のこととはいえ酷いことをしてしまった。つかルークに至っては飛び過ぎだろ。俺あんな強くねえぞ。


 とにかくこの異世界には何かしらの秘密があるようだ。それも調べなければならない。

 そんなことを考えていた時だ。


「なんの騒ぎだ。あの木の下で寝てるのはルークか? 派手にやられたな」


 森から現れた一団。声を出したのは先頭に立つ少女だった。

 淡い空色の髪。それを肩をくすぐるくらいの長さでそろえている。服装はシャルロットとは対照的な黒。

 肩だしのコートのようなものに、三角のとがった帽子。完全に魔法使い的なアレだ。


「ロ、ロウ……これは……そのね……」

「シャロ。まあ、何となくは分かるが」


 そのロウと呼ばれた少女は、気怠そうに見開いたオレンジ色の半目をこちらに向けた。


「シャロの話を聞かずにルークたちがあの男に襲い掛かった。で、返り討ちにあったと」

「そ、そうなの……だからね、ロウ……」

「大丈夫だ。私はこの程度で怒ったりしない」

「ロウ! ありがとー!」


 そう言って彼女に抱き付くシャルロット。

 よかった。話の分かる女の子だ。ホント助かる嬉しいありがとう。


「それで、お前は?」

「あ、優斗だ。その、お友達を怪我させちゃったみたいで……」

「ルークのことか? 構わん。別に殺したって文句は無い」


 冷たっ。途端にルークがかわいそうになってきた。


「あ、そうだシャロ。森に向かったが魔物はいなかった。すでに討伐されていた」

「そうそう! それユウトが倒したんだよ!」

「こいつが? ほう、それはすごいな」

「でしょ!? 村にいれてもいいよね!?」

「ああ、もらった恩は返さなきゃだしな」


 ロウはこちらへと歩み寄ってきた。


「ユウトと言ったな。随分とシャロから慕われているようだが、お前何かしたのか?」

「いや、別に……特には……」

「にしては反応がおかしいな。ん?」


 笑顔のまま迫るロウ。やばい、疑われている。

 どうにかして誤魔化さなければいけない。だが俺もバカではない。ちゃんと先ほどの経験を活かせる。


「べ、別に何も無いよね? シャロ?」

「え、なんでいきなりそんな風に呼んでるの? さっきまでシャルロットだったじゃん」

「……ほう」


 彼女は目を細めた。


「さて、どういうことかな? シャロ、説明を」

「あはは、まあその通りというか……認めた? シャルロットが認めた! みたいな……」

「なるほど」


 ロウはこちらへと体を向けると、無表情のまま言い放った。


「お前を殺す」

「……手のひらの返し方えげつなっ」


 その瞬間から発せられる殺意がすごかった。ロウがシャルロットにどんな思いを抱いているかは不明だが、何かしらの強い思い入れがあるのは確かだった。


「いやいやいや、ロウ……この人は……」

「ロウ様。ここは私が」

「ああ、私もこんな生き物に触れるのは不快だからな」


 そう言って名乗り出てきたのは一人の男。

 名前は出してない。ロウが俺と戦うというのを彼が肩代わりするようだ。


「では、私が相手を」

「あのさぁ……お前ら好き勝手言いすぎだろ……」

「は?」

「……ほう」


 先ほどから聞いていれば好き勝手言いやがって。常識とそぐわないのは分かった。だが流石に言いすぎだろう。

 俺だってここにきていろいろあったのだ。話が噛みあわないにもほどがあるだろう。

 変態に服を持ってかれたり、シャロキチに斬りかかれたり、もううんざりだ。


「よそ者に厳しいのはわかるけどさ……流石にちょっとドが過ぎるんじゃねえの?」

「これも規則ですので。では……」


 目が、合った。その瞬間彼の目が恐怖に染まる。

 「ひっ」と後ずさり、見るからに怯えた表情を浮かべた。ただ俺は大分イライラしていたのだろう。


 その男は口元を引きつらせながら、俺から下がる。

 両足は見るからに震え、彼は俺に完全にビビっていた。


「……ロウ様、これは……私には荷が……」

「ふっ、ははは、だろうな」


 口の端を上げ、こちらを見るロウ。

 その表情は嬉々としており、新しいオモチャを与えられたかのようだ。


 彼女はこちらへとゆっくり歩き味めた。


「気が変わった。私が相手だ」


 彼女は一人の男に「杖を」と言い、それを受け取る。長い杖だ。先端に青い結晶が付いた黒い杖。

 それを持って、こちらへと向ける。

 青い髪が揺れ、口角はつりあがる。何ともいやらしい笑みだった。


「アルクロウド・ヒステリア。呼び名はロウ。魔導士だ」


 目を細め、白い歯を見せる。


「……お前を殺す」


 俺は悟った。この世界は俺に厳しい。ベリーハードだ。

 腰に携えた剣に手をかけた。


「桜井優斗。俺は今、最高に気分が悪い」


 これが俺の異世界による初の戦いだったといえよう。  

 人を、魔導士を相手とした戦い。


 横では今にも泣き出しそうなシャルロットが、こちらを見ていた。


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