まっ赤な苺

壺中天

第1話

「うるせー、うるせー! テメェ、うるせーんだよ!

だまんねーと、今度から恋愛対象としてみるぞ!」


 あのとき僕が何をいったせいか、彼女が何故そんなに怒ったのかよく覚えていない。

 ただ、苺(いちご)のようにまっ赤になって、涙ぐみながら怒鳴る、彼女の表情だけが、鮮やかに脳裏へ残っている。

 汚い面皰顔(にきびづら)だし、本当はみっともなくて、滑稽(こっけい)なはずなのに――。

 それがすごく綺麗に思えて、僕はうっかり見蕩(みと)れてしまった。



 彼女はいわゆるスケバンで、一年の同じクラスだった。

 先輩と呼ぶと嫌そうだが、僕は気づかないふりしてた。

 出席日数がたりなかったのか進級できなかったらしい。


 目付きの悪い女だなとみていたら、目が合ってしまい目を付けられた。

 はやいはなしパシリにされた。

 彼女は横幅と迫力がある。

 ひ弱で小柄な僕に、逆らえるわけない。


「オレよりかわいいなんて赦せねえ!」

 たいていはだれだって君よりかわいい。

「なよっとして、女みたいくてキモイ」

 僕だってなれるんなら男っぽくなりたい。

「いまさらそんなんなったらキメェよ」

 どっちみちキモイのかよと殺意を抱いた。


 よく殴ったり蹴ったりされた。

 派手にふっとぶわり痛くなかった。

 手加減くらいはしてくれてるのか。

 きっと、僕が殴られなれたせいだ。


 蹴られるとパンツがみえる。

 案外かわいいのをはいてる。

 柄が横に拡がりすぎてなければだけど――。

 それに汚い。昨日もはいていたやつだ。

 お気に入りなのか糸がほころびている。

 機嫌がわるいのは生理中のせいだとわかったりもする。

 むだ毛の処理くらいはちゃんとしたほうがいい。



 厚顔無恥、粗暴粗悪。あつかましくて恥じらいもなにもない暴力女。

 僕は一人っ子だったし、女の子はもっとかわいくて綺麗なものだと思ってた。

 こんな不潔でだらしない生物(なまごみ)だなんてしりたくなかった。



 それが彼女のあの表情をみたとき、これまで抱いていた嫌悪感が、全部好意に逆転してしまった。


 両手で口をふさぎ、彼女はくるりと背を向けた。その首筋まで赤い。

「ヤベー! いっちまった、いっちまったよ。どうしよ、どうしたらよかんべ?」

 なんて、わたわたして呟いてる。

「――先輩?」

 僕はおそるおそる肩にふれた。

「ヒャワワ―――ッ」

 彼女は 変な声を上げて、ダダーッと駆け去っていく。


 放課後の校舎裏。夕暮れの空に秋茜(あかとんぼ)が飛んでいた。

 ぼうっとしてずっとそこに佇(たたず)んでいたが、自分がパンツを汚していることに気づいてわれにかえった。

 ビビってチビったのか、それともほかの何かだったのか、ここではいうつもりない。

 



 そのときの彼女が僕の嫁さんになっている。

 いまはだいぶほっそりとしている。そのままでもいいと僕がいうのに、ずいぶん頑張ったらしい。

 面皰(にきび)のあとが月面みたいな痘痕(あばた)になってのこってしまってるけど気にならない。まっ赤になった顔が、僕にはとてもかわいい。


 抱き寄せた彼女の唇は甘い香りがした。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

まっ赤な苺 壺中天 @kotyuuten

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

カクヨムを、もっと楽しもう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ