日本男児スケルトン

松本隆志

第一章 八柱霊園の戦い

第1話 スケルトン始めました。

 いい人生だった! 親の死に目には会えなかったが、男としての責任は果たした。いい女房をもらい、子供を3人も育てあげての大往生。享年70歳、悔いはない。


 2035年8月24日、この日、俺は火葬された。灼熱に焼かれて骨だけになる体験、地獄のように辛いと思ったが何も感じなかった。苦痛はない、死んでいるのだから当然だ。だから泣かないでくれ。俺が入った骨壷の前で泣かないでくれ、俺はお前らの親で幸せだったんだ。


 厳しいことを言った日もある、つい怒鳴っちまったこともある。

 言いすぎて後悔したりもした。だが、それを含めて人生だろう。

 いい親だったかは分からないが、お前らはいい子供だったよ。

 だから泣くな、俺も泣きたくなる。


 泣きじゃくる喪服の子供達を目にして、成仏できるのか不安になってしまう。

 喪服を着た親族たちが順番に焼香をして去っていく。すすり泣くな、笑ってくれ。坊さんが何か言ってるが、よく分からない。それよりも、子供たちの笑った顔が見たかった。


 †


 あれから何日過ぎたのか。

 飾られた菊の花が枯れ落ちて、何回も取り替えられた。

 49日が終わったのか、俺はいよいよ墓に納骨されるようだ。

 これでお別れだな……純一、良二、恵……俺の可愛い子供達。さよならだ。

 最愛の妻、里子、お前のいる所に今逝くよ……。


 そして、骨壷に入ったまま、俺は墓の下に納められた。

 暗く孤独を感じる墓の中、ここで成仏するのだろう……。

 ただ寂しい静寂だけに包まれた。


 †


『よう、おめーも来たのか! 遼一』


 墓の中、隣の骨壷から唐突に話しかけられた。

 なぜ俺の名前を知っている?

 だが妙に懐かしい声だ。まさか……。


「……え? どちらさん?」

『儂だよ、わしわし』

「やれやれ。わしわし詐欺とか斬新すぎるだろ」

『あ? 意味がわからんぞ。

 久々に会う父親に向かって口の利き方がなっとらんな』

「……なに? 父親? ……本当に親父なのか?」

『そうだ、お前の父親の金次郎だ。やっと会えたな、嬉しいぞ』

「うっそだろ……まだ成仏してないのかよ」


 声の主は親父だった。俺が25くらいのときに、脳卒中でポックリ逝った父親だ。

 懐かしさの理由はこれか。まさか親父とまた話せるとは死んでみるもんだ。

 だが、どうしてだ? なぜ親父は成仏していない? 俺もだが。


「親父はなんで成仏してないんだ? 今頃は生まれ変わってると思ってたぞ」

『おう、それなんだがな。今世界は危機に直面してるようだぞ』

「……危機?」

『おう、危機だ。人間が増えすぎて、あの世がいっぱいになっちまったんだ。そのせいで、成仏できずに現世を彷徨う亡者が溢れている。儂もその一人っつーわけだ』

「……嘘だろ? じゃあ、まさか、俺もか?」

「おう、気づいてないのか? 体を見ろ」

「……え?」


 親父に言われて体を見ると、そこには骨だけの体があった。

 普通は真っ暗で何も見えないはずだが、見える。なぜだ?

 それにおかしい、骨が動いている。俺の骨の破片が俺の意思で動いている。

 死んでも動けるなんて、俺は骨のある男だったのだ……。骨だけに。


「どうなってんだ? こりゃあ」

『夜になりゃー分かる。この世界に迫る危機も、嫌でもわかる』

「…………」


 表情は作れないが、俺に顔があれば呆然としてるのが分かる顔のはずだ。

 親父の話にはついていけないが、素直に信じるべきなのか? とにかく、夜まで様子を見よう。世界の危機とやらを見れば何か分かるかもしれん。


 †


 あれから数時間、親父と話した。

 親父が死んでからの話、子供の話、現世の話。色々話した。

 昔が懐かしいなぁ……。親父は気骨のある人だった、骨だけに。


「あれ? そういえば他のご先祖様は? おふくろもいるだろ?」

『おらん、儂だけだ。他は成仏に成功しちまった』

「そうか……一人で大変だったな」

『おう、話し相手は沢山いたがな』

「沢山? どこにだよ」

『すぐにわかる。日も落ちたし外に出るぞ。そうすりゃ分かる』


 そう言うと、親父は骨壷から出て骨の体を動かした。

 骨が腕の形に戻り、御影石をどかして外への道を開く。


『行くぞ、付いてこい』

「お、おう……」


 親父に促されて外に出ると、砕けた骨は元の人型に戻った。

 ポキポキと音を立てながら墓石の下より地上にでる。


「うっそだろ……」


 眼前に広がる光景に、俺は愕然として声を漏らした。

 墓石が並ぶ八柱霊園に、骨たちが宴を開いている。

 お供え物の酒やつまみを食べる骨、垂れ流し状態で食べていた。

 いや、食べたと言えるのか?


 辺りには何千という骨が、宴とともに踊り狂っていたのだ。

 謎の物体も飛んでいる。あれは妖怪か? 分からない。


『これが世界の危機だ』

「……マジかよ」


 満月に照らされた八柱霊園を見渡し、俺は恐怖に震えた。骨がカタカタと音を立てる。俺はゴクリと唾もないのに飲み込んだ。飲み込んだ気がしただけだが……。


『このままだと、世界中で亡者が溢れかえる。

 中には悪意を持つものや、人外もいるだろう。後は分かるな……?』

「うせやろ……」 


 信じられないが、信じるしかない。目の前の光景が夢ではないのなら。


「俺の体は、なぜ骨だけで動いているんだ?」

『知らん。儂が知りたい』

「世界を救う方法は?」

『知らん。儂が知りたい』


 糞の役にも立たないな。


「こんな事態なのに、ニュースで聞いたこともないぞ」

『……不自然だな。何者かが意図的に情報を隠したか』

「考えられるのは……パニックを避けるためか?

 しかし、マスコミが黙っているとは思えん」

『ふむ……』

「このままだと、俺の子供たちはどうなる?」

『亡者に襲われるかもしれんな』

「なん……だと……」


 馬鹿な、俺の可愛い子供たちが亡者に襲われる? 日本政府は何をしている?

 警察や自衛隊で対処できないのか? くそっ! 

 俺は困惑から苛立ちを募らせていた。


【金次郎さんこんばんは、こちらは新人さんですか?】


 唐突に後ろから声がかかった。咄嗟に振り向き確認すると、そこには小さい少女がいた。だが骨ではない。この子は……肉のあるゾンビだ。


『おう、ミナちゃん! こいつは俺の息子で新入りだ。仲良くしてやってくれ』

【息子さんですか! 初めまして、ミーナと言います。

 火葬される前に逃げ出してここに来ました。以後、よろしくお願いします】

「え? あ、はい。 鈴木遼一と申します。

 今日、納骨された新人です。よろしくどうぞ」


 そう言うと、ミーナは美しい金髪をなびかせて、ペコリとお辞儀をした。

 ゾンビだが可愛らしい少女だ。腐る前に動き出したからなのか、生前の姿を維持している。顔と首、それと腕に火傷の痕が見られるが死因はなんであろうか?


「2人は顔見知りなのか?」

『最近知り合ったんだ。ミナちゃんも来たばかりで寂しがってたからな。

 声をかけた』

「そうか……」

【金次郎さんには、色々と親切にして頂きました】

「そうか、俺が知らない所で色々とあったんだな」


 ミーナは子供の割には礼儀正しくて好感が持てた。いや、今はどうでもいい。

 最優先事項は生きている子供たちを亡者から守ることだ。

 そのためには何をすればいい? そう考えていた、その時。


「悪霊退散っ!」

「うぎゃああぁぁぁぁぁぁぁ」


 遠くから女の声とともに、風を切り裂く叫び声がこだました。


「な、なんだ!?」

『何が起こった!』

【キャッ!】


 叫び声の後に、次々と骨たちが逃げ出し始めた。

 カタカタと骨を鳴らしながら墓下に逃げ込んでいく。

 危機感を覚えた俺は、すぐに逃げることを提案した。


「何か様子がおかしいな。とりあえず、墓に戻ろう」

『うむ、そうしよう』

【……ぁ、ま、待って】


 近くにある鈴木家のカロートに3人で隠れた。

 折り畳める骨である俺と親父は大丈夫だが、ミーナにはきつい。

 だが、なんとかギリギリで入れる広さで助かった。


「悪霊退散!」

「消えろ! 骨ども」

「うぎゃあぁぁぁぁぁ、逝っちゃう~」

「い、逝きたくない~」

「ひぎゅうぅぅぅ、骨粉になっちゃぅぅぅ」


 外からは骨どもの断末魔が聞こえる。カルシウムが砕け散る音だ。

 声を聞く限り、複数の女がカルシウムを退治しているようだ。

 一体彼女たちは何者なのだ? 俺達はどうなる? 全ては謎だらけだ。


【……うぅ、怖いよぉ……パパァ……】


 何よりも家族が心配だが、隣で震えるミーナも心配だ。

 分からない事だらけだが、やるしかない。

 怯える少女を見て、早々に覚悟は決まった。


 女子供の危機なのに、黙っていられる俺じゃない。

 男として守らねばならない矜持がある。


 日本男児、鈴木遼一70歳。 今日より俺は、日本を救う骨になる!

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