鈴木で太郎な異世界紀行

淡 深波

第1話 女の子は出てきますか?

 俺は龍紋ヶ峯りゅうもんがみね脚楽弑ぎゃらくしい、十五歳。またの名を無限の栄光インフィニット・グローリー。自分で言うのもなんだが、成績優秀、スポーツ万能な完璧超人だ。当然モテる。女子から告白されない日は無いと言っていい。でも誰とも付き合わない。だって俺が一人の子と付き合ったらその子が他の子たちに嫉妬されちゃうだろ?それで嫌がらせとかされたら可哀相じゃないか。いっそ全員と付き合えばいい?はっ、わかってないな!多重交際なんて不誠実なことできるわけないじゃないか。ま、オトコの誇りってヤツよ。


「・・・・・・おい、起きろ・・・鈴木」

しゃがれた声にハッと目を覚ます。生え際が敗残兵のように後退した頭が目の前にあった。

「鈴木、この動詞の活用を言ってみろ」

「ええと・・・三段活用・・・?」

「そんな活用は無い」

(ほぼ)禿頭の主、古文教諭・徳永忠則とくながただのりが呆れたように溜息をついた。ぶっちゃけ、溜息つきたいのはこっちだ。なんでいつもいつも人が寝ていると起こすんだよ、このジジイは。


 あ、俺は鈴木太郎。いたって典型的なダメ高校生だ。最初の自己紹介?ごめん、あれ全部ウソ。年齢すらウソ。先週誕生日が来て十六歳になったの忘れてた。ちなみに高校も男子校だかんな。

「鈴木太郎、お前徳永に目ェつけられてんじゃねーの」

休み時間になるなり肩を叩いてきたのは後ろの席の明石遼あかしりょうだ。

「あーうぜー、あのハゲ」

俺は精一杯気怠げにボヤいてみせる。

「愛されてるねえ、鈴木太郎は。徳永センセの愛の鞭ってことよ」

前の席の棟川修二むなかわしゅうじも振り向いてきて気色の悪いことを言う。

「あんなジジイの愛されたってしょーがねーよ」

俺は深い溜息をついた。


 人は皆俺を鈴木太郎と呼ぶ。まんまフルネームで。いわく「あまりに普通の名前で逆に面白い」らしい。そうですかそうですか、普通で悪かったな!名前のことで親に文句を言うと決まって「矜華きょうかが考えたんだよ」と責任転嫁する。鈴木矜華は俺の十歳上の姉貴だ。で、その矜華ねえを問い詰めるとこっちは決まって「いいじゃん、覚えやすくて」と謎なことをしれっと言う。この一連のやりとりは我が家ではもう1043回ぐらい繰り返されてきた。


 まあそんなこんなだが矜華姉はいい姉貴だ。今までずっと俺のことを本当に可愛がってきてくれたと思う。まあ十歳も差があるってのが良かったのかな?これが二、三歳の差だったら相当イジめられてたよ、きっと。矜華姉けっこうキツいもん。喫茶店で矜華姉に水ぶっかけられた男が何人いると思う?いや、水ならまだマシか。熱いコーヒーの被害に遭ってたヤツもいたな。てかそう考えるとアレだな、矜華姉モテるのか。おっぱいは絶望的に無いのに。性別違うけど羨ましいなあ。おっぱいは絶望的に無いけど。いやまあ、そこがいいんだけどな!とかいうスケベ野郎は挙手〜。矜華姉をエロい目で見るとか許さん。


 コホン、話が逸れた。そうだ、矜華姉はいい姉貴って話。俺のことをよくムギュってしてくる。俺をその文字通り胸で温かく受け止めてくれる。欲を言えば、異性として見れない無乳の姉じゃなくて同い年のおっぱいがある女の子にしてもらいたい。別に巨乳じゃなくていいんだ、Bぐらいあれば全然OK!・・・とか考えてるとどういうわけか矜華姉に伝わっちまうらしい。エスパーかよ。で、頭グリグリされる。ちなみにまさに今現在、絶賛グリグリされ中。痛い痛い、マジでやめて!


 夕日差し込む俺の部屋。ベッドの上で俺は姉貴に抱かれてる。別に文字通りよ?特に変なことはしてないはず、うん。グリグリはもうやんだ。「矜華大好き」って言ったら許してくれた。全くチョロいぜ、ペッ。そして俺はそびえ立つ壁を顔面に感じる。きっとこの壁なら巨人的な何かが攻めてきても大丈夫だ・・・と思ってると、おや?姉貴が仰向けに倒れ込んだぞ。てことは・・・おお、なんと!壁だったものは今や無限に広がる母なる大地になったではないか!いやまあ姉なんだけど。俺は静かに目を閉じた。もうこの際母でも姉でもどっちでもいいが、大地の鼓動を肌で感じる。うん、いいね、この安らぐ感じ。やっぱ無乳サイコーじゃねーか!ああ、なんかいい香りもしてきた気がする。そうだ、これは土の香り、草の香り・・・髪を優しく撫でてくれるのは微風そよかぜか・・・あれ、なんか段々眠くな、って、き、た・・・・・・。


 ハッ!しまった!ここはどこだ?・・・て、矜華姉の胸板の上に決まって・・・・・・ない?え?ちょっとちょっと!なんか一面緑なんですけど。これ草じゃね?どうなってんの?俺はわけがわからなくなって跳ね起きた。

「あ、起きた」

後ろから声がして咄嗟に振り返る。するとそこには・・・・・・おお・・・なんと・・・神よ・・・これは・・・・・・


ガタイのいいオッサンが三人いた。


三人とも生え際が後退している。もっとも後退の度合いが違う。一人はデコハゲ程度。もう一人は前髪が消失している。でもって最後の一人は・・・すまん、よく見たらただのハゲだった。三人とも揃いの見慣れない服を着て、腰には短剣を下げている。なんか怖くなってきた。

「おう、あんちゃん、こんなところで倒れてっから心配したぜ」

前ハゲが言った。

「怪我は無いようだがな」

と完ハゲ。

「意識が戻って何よりだよ」

とデコハゲ。こいつ、無駄に白い歯をチラリさせて笑ってやがる。

「しっかしあんちゃん、見慣れねー服だけどどっから来たんだ?」

前ハゲが不思議そうに言う。

「どこって・・・日本だが」

俺はとりあえずそう答えといた。

「ニホン?」

前ハゲがどこだそれといった感じで首を傾げ、

「知ってるか?」

と残りの二人に聞いた。

「いや、ワシでも知らんな、そんな場所は」

完ハゲが否定する。デコハゲも静かに首を横に振っていた。

あんちゃんよ、そのニホンってのはどこの国にあんだ?」

前ハゲが再び聞いてくる。

「いや、日本は国の名前だが」

当たり前だろ。

「そんな国聞いたこともねーな」

「ワシは世界中の国の名を知ってるが、ニホンなんて国は無い」

「ないよね」

揃いも揃ってオッサンたちはニホンなんて国無いと言う。おいおい、そりゃねーよ。冗談にしちゃつまらんぜ。しかしオッサンたちの顔は真面目だ。うーむ・・・むむむ・・・・・・そうか、ここはひょっとして・・・


異 世 界 


なのか?!そうだ、そう考えるのが一番合理的だ。ひゃっはー、俺氏、まさかの異世界転位キター!

「それよりあんちゃん、名前はなんてんだ?」

前ハゲが質問を変えてきた。反射的に鈴木太郎、と名のりかけて俺はハタと考える。せっかく異世界に来たんだぞ。これはチャンスじゃないか?鈴木太郎なんて平凡な、バカ姉貴がテキトーに付けやがった名前なんか捨てて、新たな人生を始めるチャンスなんじゃねーのか?よし、決定。さようなら鈴木太郎!俺は決意すると、左手で顔を隠し右腕をバッと広げ低く重々しい声で告げた。

「我が名は龍紋ヶ峯りゅうもんがみね脚楽弑ぎゃらくしい、またの名を無限の栄光インフィニット・グローリー夜露死苦よろしく頼もう!」

さあ、どうだ!荘厳なる我が名を聞いて言葉も出ないだろう!実際場はシーンとしている。お?これはキタか?キチャッテルか?俺はもう一度オッサンたちの顔を見回した。

「・・・・・・普通だな」

「普通、だ」

「いたって普通だよね・・・」

オッサンたちがようやく感嘆の声を・・・・・・ん?なんか「普通」って言葉がいっぱい聞こえてきた気がするぞ。気のせいかな?・・・て、いやいやいや!俺は確かにこの耳で聞いたんだ。この人たちハッキリ「普通」って言いやがったよ。どういうことだよ?!

「まあ、あんちゃんの気持ちもわかるけどよ。確かに普通だからって落ち込むこたあ全然ねーが、逆にそんなに気負うこともねえ。自然体でいいんよ」

「そうだそうだ、肩の力抜いていけ」

「今まで苦労してきたんだね・・・」

口々にそんなことを言いながら、オッサンたちがこぞって優しい目をしていたわるように俺の肩を叩く。ああ、なんかゾクゾクしてきた。矜華姉、今頃あなたはどこかでこの光景を見てデュフデュフしているのですか。クソ姉貴め・・・・・・じゃなくて、何この状況。もう色々期待外れすぎて頭ん中グルグルしてるんだが。

「オラは大天城だいてんじょう魅流輝みるきい。二つ名は最後の妖精ラスト・エルフ。よろしくな」

「ワシは暗黒橋あんこくばし苦永沙くえいさあだ。あるいはイカれた哲学者マッド・フィロソファーという」

「ボクは神寿森かむほきもり墓威怒ぼいど愛らしきタマラブリー・ボールで通ってるよ。よろしくね、脚楽弑クン☆」

・・・・・・マジか。


 こうして俺の楽しい楽しい異世界ライフが始まった。

 こうして俺の楽しい楽しい異世界ライフが始まった。

 ※大事なことなので二回言いました。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

鈴木で太郎な異世界紀行 淡 深波 @Awashi_Minami

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る