最終話

函館空港…

俺と大平は最初に北海道の一歩を歩いた場所にいた…


今日は1月3日…旅の9日目…

東京に戻る日だ…


空港に着く前…


優子と彰美ちゃんと俊一郎さん、香奈さんの四人が、

俺と大平に東京の飛行機に乗るためのゲートに入る前に、

最後の言葉を言った。


俊一郎「楽しい9日間だったよ、また来る日を楽しみにしているよ」


香奈「東京に戻って仕事で忙しくなるでしょうけど、頑張ってね。

昌幸君も元気でね」


彰美「お兄ちゃん…」


優子「待ってますよ私…優吾のこと…」


優吾「みんな見送り本当にありがとう…それじゃあ行ってくるよ」


昌幸「荒山さん…

俺ここの酒屋のワインとか全国ネットで注文しますから…

お元気で…さよなら…また来ますね!」


みんなが見送る中で俺達は飛行機に乗った。


あっさりとした別れだったけど、俺は別れだとは思っていない…

必ず戻るって信じているから…

優子に渡した指輪と、


朝早くみんなに内緒でジムニーを出して…

中身のなくなったペンダントを…

薫の墓に添え、別れの言葉を告げたた俺は、

東京行きの飛行機に乗った…



大型液晶モニターの目の前の席に座り、

荷物を指定された場所に入れて離陸まで大平と雑談した。


飛行機が飛び…二十分ほどして…

大平が楽しそうに話している…


昌幸「ははっ、本当に楽しい旅行だったな。

俺も長野に戻りてえなぁ…みんな元気かな」


優吾「…で、結局どっちが寒いかわかったのか?」


昌幸「あっ、そういや忘れてた!」


優吾「お前な…まあ、どうでもいいことだな」


昌幸「そんな事より、良かったな。お前の恋が…」


バンッ!


突然の音…発砲の音…


野太い男の声がした。


男「騒ぐな!騒ぐとこの飛行機を墜落させる!

操縦士はすでに他の仲間によって抑えられている!

いつでも殺せるぞ!


黒いマスクをつけた男たちが女性を人質に銃を持っている…

6人?いやそれ以上いる…


何かの組織だろうか…


昌幸「マジ…か…よ…」


優吾「ハイジャックか…それも複数のグループによる…」


どうなるんだ…一体…

客の一人が立ち上がる。


客「殺さないよな?俺達ちゃんと降りれるんだよな?」


昌幸「あのバカ…何言い出すんだ…」


優吾「まずいな…」


ハイジャッカーA「まだ事態が呑み込めないバカがいるようだな。

おい、やれ!」


近くにいたハイジャッカーの一人と目があった…


ハイジャッカーB「殺されないだと?

よし、ならばわかりやすい答えと証拠を見せてやろう」


バンッ!っという銃声が聞こえた…


胸に痛みが一瞬走る…


俺は…目の前がぼやけて、やがて真っ暗になった…


ハイジャッカー「わかったか!これは脅しではない事の証明だ!

大人しくすれば二人目は出来んぞっ!」


優吾「………」


昌幸「嘘だろ!おい!こんなのありかよぉ!!」


ハイジャッカー「騒ぐな!お前達も死にたくなかったら大人しくしろ!」


昌幸「優吾!優吾ぉ!うわああああああああああああああああ!!!!」




ここはどこだろう…

視界がぼんやりとする…


白い部屋?いや空間だろうか…


船のようなものに乗っている…夢だろうか?


運河の船で手漕ぎのタイルが無いのに進んでいる。


対面する方向に女性がいる…


小柄な可愛い女性に見覚えがある…


…薫だった…


薫が目の前にいて、

悲しそうな切ない顔でこっちを見ている。


優吾「薫?薫なのか?」


どこへ行くんだろう 突然の事態なのに

妙に落ち着いている自分がいる。


落ち着きの原因は至極単純なものだ…

この非現実的な光景を以前見ている…

非現実的な夢の世界で…


薫は俺を見て、ゆっくりと言葉を告げた。


薫「優吾…ごめんね 忘れられなかった」



優吾「俺だって忘れているなら墓参りになんて来なかったし、

指輪もペンダントもいつまでも持っていなかった。」


話している中で体の違和感に気が付く…

胸に穴もなければ、血も流れていない…

痛みもないが胸を右手で抑えた…


優吾「そうか…俺…胸を撃たれて…」


優子との一夜の後に見た、

この光景にそっくりな夢で起きた…あの胸の痛みは…


罪悪感などではなく…

飛行機での最後を伝えた、未来への暗示だったのか…



薫「見てたよ、ずっと優吾が私の事思ってる姿を…」


優吾「自分のためじゃない…

約束しただろ薫と俺、

一緒の幸せのためにどんなに離れても

忘れずに想ってきたんだ」


奇跡なんて起こりやしない…

それは現実で立証できることが全てだから…

立証は人づてに語られる…


そう…死んだ奴が現実で奇跡の出来事を語るわけがない…

現実では起きないfantasyファンタジーの証明…


ここは現実から乖離した

おとぎ話のUtopiaユートピア…


現実では知りもしない…

死んだ後のsecondworldセカンドワールド…

いつまで居られるかも解らない…そんな場所…


薫「ありがとう…優子さんには悪いことしたね…」


優吾「すまない…優子…俺は薫の事が結局…」


薫「それ以上は言わないで、ねっ?」


優吾「薫…」


俺は薫を抱きしめ、唇を合わせた…


薫「嬉しいな…ねえ、優吾…私…」


優吾「わかってる…何も言うなよ…薫…可愛いよ」


薫「ふぇぇ…やっぱその言葉聞くと恥ずかしいよぉ…」


俺は再び唇を合わせ、服を脱いだ…

寒さは感じなかった…そこには確かに人の体温が感触が感じられた…



優吾「痛かった?」


薫「う、うん…でもぉ、ちょっと凄かったよぉ…」


優吾「ここは?」


薫「綺麗でしょ?私もさっき来たばかりで…

遠くの景色が白い霧で見えなくて雪が降ってるけど…

寒さも感じないの…むしろ温かいんだ…」


優吾「本当にどこなんだろうな…」


薫「あっ…なんだか霧が濃くなってきたね…」


雪景色が綺麗な遠景が、

霧に包まれた湖で船が霧に包まれ何も見えなくなった。


俺達は薄々気が付いていた…霧に包まれた事の不安の正体…


俺達は多分…もう存在しなくなる…そう思えた…

眠気も襲ってくる…感触も曖昧になっていく…


薫「大好きだよ…優吾…」


その言葉が暗闇の世界から聞こえる中で、

おそらく最後になる言葉を穏やかに告げた。


優吾「俺も薫を愛している…

どんなに離れても…

俺は永遠に薫を愛している」



霧に包まれ顔も相手の見えないのに笑顔がしっかりと見えた気がした。


そのまま眠くなり俺は静かに瞼を閉じた…


見えなくても浮かぶ…


雪の降る…


遠景が霧に包まれた月の明るい無人の小樽運河を…


ゆっくりと渡る…二人だけの船…


二人だけの…


雪景色の箱舟…

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雪景色の箱舟 碧木ケンジ @aokikenji

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