ものを書くということ

匿名希望

ものを書くということ

 耐えがたいほどに苦しんでいる。誰も助けてはくれないからここで叫ぶ。くそったれ。

 昨日今日と、何度も何度も万年筆にインクを補充しなきゃならないほど小説を書いた。全然感触が無い。いつも掴んでいた筈の、甘い物語の感触が。

 ぜんたい私は何も考えずに小説を書いているタイプだ。考えれば考えるだけ小説は硬直する気がする。考えなくたって言葉は出てくるし、そうやって書けたものは勿論推敲の対象になって後々あれやこれやと修正はするのだが、「書く」段階でどうにかなるようなものでもない。ああしろこうしろって言われても上手く出来ないのかもしれない。でも、何が駄目なのかも分からずただ「お前の小説は駄目だ」って、無視という形で表明されるのが一番きつい。駄目だ駄目だ、無言の否定ばかりを押しつけるお前らは何様なんだ。知っている、審査員様、編集者様、下読み様、読者様。

 私がいつも感想を求めるのは、褒めてほしいからじゃない。駄目な理由を教えてほしいからなんだ。誰もそれをしてはくれない。駄目なものを駄目って言わない。そりゃそうだよね、わざわざ才能の欠片も感じられない駄目なものに懇切丁寧に駄目な理由を教えてやってもメリットが無いし、文句言って怒られるのは怖いもん。

 でも無視をされた側は死ぬほど苦しい。自殺を考えるほど。評価されない自分はなんて駄目なんだろう、どれほどクズで、意味が無い存在なんだろう、この小説は私以外誰の目にも触れず腐食し滅びていくだけの紙片なのか、そう考えると吐き気がする。実際、嘔吐した。口から飛び出た濁流は今書いている小説のような味がしていた。

 小説が書きたい。とても書きたい。それなのにどうだ、私の書く言葉はすべて意味のない汚らしい塵になる。嫌な記憶ばかり思い出される。記憶に引きずられる。最初は小学校の先生だった。「でもね、君の文章は自分に酔ってるよね、って国語の先生が言ってたよ」、そう言っていた。ふざけるな、自分の言葉で批判するならまだしも、他人を傘に着るなんて教育者の風上にも置けない。冷静に考えても、教育的な態度とは言えないと思っている。大体、自分も酔わせられず何が小説だ。陶酔の中にしか本当の物語は立ち現れてこないのに。

 何よりも嫌なのは賞に落ちた時。絶望する。何がいけなかったのか、最終選考まで残りでもしなければそれさえ教えてはくれない。どの段階で落ちたのかも分からない賞さえあった。落ちる度に泣いた。それでも机に齧りついて小説を書き続けた。その結果がこれか。涙も血も肉も時間も、捧げたものすべて、誰だか分からない匿名希望さんに黙殺される。黙って無視。そうすることによって殺す。殺したなんて自覚を持たないまま。

 だから私も、匿名希望として、叫ぶ。

 読んで。せめて、読んで。十枚、四千字の猶予をください。読みもせずに、捨てないで。貴方がコンテンツとして消費しているものを作っている、作者という存在。そいつは死ぬ気で貴方を喜ばせようとしている。貴方の心の、誰も知らない部分を慰めようとしている。そのことに気づいてもらえないのは作者の落ち度なのかもしれない。もし何も感じられないなと思ったら、どうしてそうなのか伝えてあげれば、いつか貴方の為に、そいつは最高の小説を書くかもしれないよ。

 無理なお願いをしている。分かっている。だから、これは懇願の為の文章ではなく、ただの叫びなのだ。意味を成さない遠吠えだろう。それでも書かずにはいられなかった。そのくらい、追い詰められているし、苦しんでいる。搾り出すようにこれを書いている。小説の為の言葉が出てこない。私の可愛い可愛い子どものような作品達、未来に生まれる筈だったそれらが、悲鳴を上げている。中絶させられているのを感じる。他でもない、私の汚らしい言葉達が殺しているのだ。罪深い。涙が出るね。

 言葉を返して。言葉は私の身体だった。単なる伝達ツールなんかじゃない、私の魂の襞。壊れてしまう前に返して。それは私のものだ。

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