合宿!前編3
「さて、鳥見素人、及びにわか諸君!」
部屋の中央のあたりで、寝巻き代わりのジャージ姿の羽美先輩が声を上げる。自家栽培の野菜をふんだんに使った夕食をいただき、二人ずつ入浴を済ませ、この就寝前の時間を思い思いに過ごしていた最中のことだった。
広間の中央には楕円形のちゃぶ台があり、そこで羽美先輩は偉そうにあぐらをかき、手招きしている。
「いったいなにを始めるの?」星羅先輩がしかめっ面で尋ねる。
「ほら、明日は早朝から目的地に向かうだろ? その前に、素人にわか諸君に明日見られるであろう鳥のレクチャーをしてあげようと思ってね!」
当日はみんな鳥見に熱中して、どれがどの鳥か教える余裕がないから、今のうちに知っておこう、ということらしい。そう説明を受けると、星羅先輩が不満をあらわにして言った。
「ねえ。まるで自分が一番詳しいみたいな言い方してるけど」
「その通りだけど? 私からしたら、全員素人みたいなものよ」
「むかつく部長ね」
「とにかく、今のうちにある程度わかっておいた方がいいっしょ? だから勉強会を開きます」
私と小綸ちゃんにとってはありがたいことだけれど、その突然の威張った態度に、やれやれと肩をすくめざるを得ない。そんな部下たちの呆れ顔をよそに、我が部のリーダーはパソコンを操作し、画面をこちらに向けた。
画面には、いくつかの種類の鳥の写真が並んで映っていた。パワポで作ったスライドらしく、エンターキーを押すと、別の種の写真に切り替わる。
「こいつらが、明日お目にかかれるであろう小鳥たちだ。茜音、このスライドの鳥たちには、どんな共通点がある?」
「ヒタキの仲間、でしょ」バカにしないでよ、といった風に茜音先輩が答える。
「そう、ヒタキ類」スライドの一枚目に戻る。そこには、なんとも美しい色をした小鳥が映っていた。
「この時期は、夏鳥のヒタキ類を見るのにうってつけだ。そしてここに載っているのが、ヒタキの代表種。明日はヒタキ祭りと言っても過言ではない!」
高らかに言うと、羽美先輩は一枚目の写真を指さした。
代表種その一。キビタキ。
名前の通り、黄色い羽毛が特徴の小鳥で、頭から背中、翼にかけては黒。翼の途中には白いラインが入っている。眉毛の様な黄色い模様もとても愛嬌がある。この時期は特に活発で、頻繁に姿を見せてくれるという。さえずりはバリエーションに富み、聞くものを飽きさせない。
「何と言っても、腰の黄色いもふもふを見せるところが可愛いよねぇ」
茜音先輩の言う通り、閉じた翼の間から、黄色い羽毛が盛り上がって見えていた。背中越しに見える顔がどこか自慢気で、ひょっとしたら、わざと主張しているのかもしれない。
「見返り美人って感じですね」
「オスだけどね」
「ちなみに、この眉毛が白いと、マミジロキビタキっていう別の種類になる。見つけたら即刻連絡すること」言いながら、羽美先輩はとんとんとスマホの画面を示す。
「め、めずらしい、んですか?」
「自慢できるくらいには」それを聞くと小綸ちゃんは、ふおお、と目を見開いた。
「さて、次は隣のこの子。緑、ワッツネーム?」
なんで英語......。
「オオルリです!」私は勢いよく答えた。お気に入りの鳥の一つだった。
オオルリ。名前の通り、青色で包まれた美しい鳥だ。同じ青い鳥でもカワセミと比べるとやや暗く、純粋な青に近い。そして容姿に違わない、見事な音色で囀るのも魅力の一つだ。
以前、冴波先輩が昔録音したものを聞かせてもらったけれど、一度、あの透き通った声を、直接聞いてみたいと思っていた。羽美先輩曰く、「飽きるほど聞ける。飽きないけど」らしい。木の梢で鳴く姿はとても凛々しく、最も人気の高い鳥の一つだ。
「この二種は結構たくさんいるから、観察できないことはまずない。百枚単位で写真が撮れるだろうね。で、次のやつがちょっと難易度が高くなる」
羽美先輩がスライドを進める。そこには、体の倍以上はある、長い尾羽を持った鳥が写っていた。
これも名前は知っている。見た目のインパクトが強いため、名前もすぐに覚えた。
「この子はサンコウチョウ。写真提供は星ちゃんです」
星羅先輩がピースサインを送る。「こんな綺麗に撮れたのは奇跡だね。夢かと思ったもの」
「羨ましいなー畜生」
羽美先輩が悔しがるのも無理はない。前の二種に比べ、撮影の難易度が高いらしい。頭全体と背中側にかけて黒く、紫の光沢がある。目の周りには水色のリングがあり、眼鏡をかけた紳士のように思えた。ジュイチィチィ、ホイホイホイと、特徴的なさえずりをする。
「さて、この辺はまあ見分けやすいんだけど、次の奴らがややこしい。にわか諸君でも案外難出来ないんじゃないか」
全員がむっとした。訂正。座ったまま寝ている綾姫先輩以外がむっとした。羽美先輩はどこか、みんなをいらいらさせるのを面白がっている節がある。
でも確かに、次のスライドに貼られている写真は、今までと違ってはっきりとした違いがないように思えた。少なくとも私たち素人には無理だ。
「これらはそれぞれ、サメビタキ、コサメビタキ、エゾビタキという名前だけど、さて、どの写真がどれでしょう」
私と小綸ちゃんは、身を乗り出して写真を凝視した。三種とも全身灰色っぽく、キビタキたちと比べると地味な色合い。少なくとも色による違いはほとんどないように思われる。
「んんー」
「緑も小綸ちゃんも苦戦しているようだね。ではここでヒン.....」
「お腹の模様に注目してみるといいよ」
調子に乗る羽美先輩を星羅先輩が遮った。今度は羽美先輩がむっとする。
私たちは言われた通りに、三種のお腹を見てみた。確かに違いがある。ように見える。
「一番左、お腹が真っ白なのがコサメビタキ。真ん中の淡い灰色がサメビタキ。最後の細かい縦線が入っているのがエゾビタキ。だよねぇ部長?」
星羅先輩の答えは正解らしい。羽美先輩が舌うちした。
説明を受けて、初めて違いがはっきりした。でも、それは説明を受けた直後だからであって、自然の中で実際に出くわしたら、判別できる自信がない。
さらに茜音先輩が、「ここにオオルリとかのメスが混じってくると、もうわけわかんなくなるんだよね」と言った。メスはオスと違い自らをアピールすることはないため、比較的地味な色合いのことが多い。確か、カモでもそうだ。そうなると、鳥見素人の私には無理難題だ。
「この辺はもう慣れの問題だからね。たくさん見ていって、覚えていくしかないよ」
「そう。二人はとにかく、写真なりスケッチなりで記録に残すこと。経験値を増やしてレベルアップして、新しい技を覚えるんだ。そして進化を......」
「進化......」茜音先輩はあのゲームが好きなのか。
まあ、そんな疑問はともかく、言われた通りだ。私はもっとたくさん鳥を見たい。スケッチブックも、鉛筆もたくさん持ってきている。明日は、全部のページを使い切るくらいの意気込みで、とにかくたくさん描こうと思った。一人でもちゃんと識別できるように。
「楽しみ、だね」小綸ちゃんが頬を赤らめて微笑む。私も同じようにして頷いた。
「ま、実際はヒタキ類だけじゃなくて、もっといろいろな種類が見れるけど、とりあえずこれだけ知っていればいいっしょ。今回はこれでお開きで」
「じゃ、あとはやることは一つだね」星羅先輩が手を叩く。
「やること?」
「あれよ」
指さした方を見る。そこには寝息を立てる綾姫先輩と、いつのまにか寄り添って寝ている冴波先輩の姿があった。
「さっきから静かだと思ったら、冴波もか」羽美先輩が頬をつつくも、もごもごと口を動かすだけで、目覚める気配がなかった。車酔いしたり急に走ったりで、疲れたのだろう。
「みんなももう寝るんだからね。歯磨きしてない人はさっさと済ませて」
私は時計を見る。まだ九時にもなっていない。
「早朝って言ってましたけど、何時に出発なんですか?」
「夜明け前に出るよ。日が出てくるころから始めるつもり」
よあけまえっ、よあけまえっ、と歌いながら、ぱたぱたと茜音先輩が洗面所へ行く。
「そんなに早いんですか」
「鳥見はやっぱり朝じゃないとね。ま、早起きした分、いいものが見れるから」
それから私たちは手分けして布団を敷き、寝入っている二人を運んで、寝る準備をした。歯を磨いて、少しスマホをいじって、布団にもぐる。
明日はすごいものが見られる。圧倒される。何度も言われてきたことを、いよいよ明日、目の当たりにする。そう思うと、わくわくして寝付けそうになかった。いったいどんな景色が、どんな声が聞こえるのだろう。
高まる期待感がどきどきと胸を打ち、目はぱっちりと覚めている。このまま寝られなかったらどうしようかと心配したけれど、部屋の電気が消え、布団の温もりが体に染み渡っていくと、いつの間にかぐっすりと眠ってしまっていた。
より鳥みどり! 大鳥風月 @huzuki-ohtori
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