地獄行きのハイジャック
不二式
第1話
「手を挙げろ機長!今から俺の言う通りの航路を飛べ!」
ハイジャック犯は銃口を突きつけて言った。機長は薄ら笑いを浮かべながら言った。
「撃って下さい…どの道この飛行機に乗っているのはあなた以外全員自殺志願者ですから…」
言われてハイジャック犯が見てみると燃料ゲージがほとんどない。パラシュートの類もないようだ。
「な…に…?!」
ハイジャック犯は戦慄した。
「ど…どういう事だ…?!」
ハイジャック犯は狼狽しながら銃口を突きつけて言う。対する機長は銃口を見て笑みながら言う。
「…この機は旧式となり安くなった飛行機と燃料等を志願者で金を出し合って買い、可能なら事故に見せかけてとある目的を遂行する為に用意されました…」
「な…?!じゃあ奴から貰ったチケットは…」
「…ハメられたようですね…」
機長は嘲笑って言った。
ハイジャック犯は額に汗を浮かべて飛行機の中を歩き回る。
「どけ!何かないのかよ?!何か!」
飛行機の隅から隅まで銃を持って探すが誰もそれに怯える様子がない。銃を見るとむしろ安堵の表情を浮かべる程だ。いくら探しても脱出装置の類はない。ハイジャック犯の喉元を汗が伝う。
客室乗務員がラックをガラガラと動かしながら笑顔でやってきて、ハイジャック犯にホットコーヒーを差し出す。
「お客様、お飲み物はいかがですか?当方のサービスで致死量の毒入りとなっております。痛みのない快適な死をどうぞ」
ハイジャック犯はその様子を見て恐怖に顔を引きつらせて後ずさる。
「嫌だ!俺は!俺はまだ死にたくないッ!」
ハイジャック犯はハァハァと荒い吐息で外の景色を見る。燃料の量から考えて既に着陸可能な場所がないといけないはずなのに、そこに広がっていたのは都市群であった。運転室に駆け込んで機長の胸ぐらをつかむハイジャック犯。
「お前ら!気は確かか?!」
機長は暗い笑顔で言う。
「まさか!気が確かならこんな機に乗っていませんよ」
ハイジャック犯はさらに荒い呼吸で目をギョロつかせながら、その場でせわしなくグルグルと回って、立ち止まって機長に向いて不安そうにつぶやいた。
「な…何が目的なんだ一体…?このままでは都市に墜落するんだぞ…」
機長は暗い顔に戻って前を向いて運転を再開する。ハイジャック犯は銃で天井を撃って威嚇する。跳弾が機長の肩を掠め出血するが機長は微動だにしない。ハイジャック犯は言う。
「海に行け!ここで墜ちたらお前らだけの問題にならないだろうが!」
機長は操縦桿を握ったまま抑えるように笑う。
ハイジャック犯はさらに荒い呼吸でせり上がってくる緊張に嗚咽を漏らしながら、ドタンと床に尻もちを付いてまた立ち上がり頭を押さえる。機長はクククと笑いながら言う。
「…正直…計画で一番苦労したのは“犯人”探しでした…」
ハイジャック犯はハァハァと吐息を漏らしながら肩を揺らす。
ハイジャック犯は胸を押さえて何とか動悸を抑えようとしつつ言う。
「…どういう…意味だ…?」
機長はそのまま都市の中心部へ向けて飛行機を動かしながら言う。
「志願者はすぐに集まったんですよ。この時代ですからね。どうせ死ぬならやりたいことやって死にたい人は割りといますから」
ハイジャック犯は眉を寄せて冷や汗でダラダラになった顔を服の袖で拭い、また荒くなってきた呼吸のまま言う。
「やりたい…こと?…何がしたいんだお前らは?!」
機長はニコニコと笑って言う。
「志願者の我々は社会を恨んでいるんですよ…出来るだけ人に迷惑をかける死に方をしたかったんです」
ハイジャック犯は首を左右にぶんぶんと振り、ふぅーっふぅーっと落ち着きなく身体を震わせる。機長はハハハと笑って言う。
「…でも飛行機で誰かが都市に突入しただけでは首謀者に迷惑がかかるでしょう?」
ハイジャック犯はピタリと動きを止めて冷や汗をダラダラと流す。
「…ま…まさか…」
機長は笑いながら言った。
「“ハイジャック犯になりたい方”を探すのは実に!実に苦労しました!だが成功ですよ!もうこの残り燃料では都市の外には墜落不可能です!あなたという“ハイジャック犯の仕業で”この機は都市に暮らす人々と心中します!」
ハイジャック犯は目を大きく見開いた。
ハイジャック犯は荒い吐息で首を振って言った。
「嫌だああッ!俺は死にたくない!まだ死にたくないいィッ!」
機長はアハハと笑って言った。
「もう既にあなたの顔写真等は送ってあります!“あなたがハイジャックしてこの機を都市に墜とした”という事になるのは確定しているのですよ!」
ハイジャック犯はふと思い出した。都市には元恋人が別の者と結婚して今は子供二人と共に住んでいるのだ。ハイジャック犯は飛行機内を走った。機長は笑って言う。
「無駄ですよ!もうこの巨大質量は激突か墜落するしかないんです!」
ハイジャック犯はトイレに入り鍵をかけると携帯電話を取り出した。
少し待つと「もしもし」と元恋人の声がハイジャック犯の耳元へ届いた。ハイジャック犯はようやく安堵の表情を浮かべた。
「俺だ…」
「あなた…!私達は終わったのよ…もう私には夫もいるんだからかけてこないでって言ってるでしょ!」
ハイジャック犯は笑って電話を切って言った。
「愛してるよ」
ハイジャック犯は次にだいぶ距離のある超高層ビルの電話番号を調べ電話した。少し待つと事務的なアナウンスが聞こえた。
「○○○便の飛行機のハイジャック犯だ!いいかッ?!よく聞け!俺はお前のところの高層ビルに飛行機を突っ込ませる!時間はもう大してないぞ!さっさと逃げてみるんだな!」
耳元に聞こえる動揺した声にハイジャック犯は安堵を覚えた。また機長室に入り機長に銃を向けるハイジャック犯。機長は笑って言った。
「もう何をしてもみんな死ぬんです。都市でごく普通に日常を過ごす者達の中に、飛行機が墜ちる様子をあなたも楽しみま」
ハイジャック犯はトリガーを引いた。
血飛沫を浴びながらハイジャック犯は機長の死体を何とか降ろすと、少し予習していたとはいえ不慣れな飛行機の操縦を始めた。高度を徐々に上げて維持していくと周りにはヘリコプターが舞い始め、点々と見えていた人影は都市に全く見えなくなっていく。都市から人が少しずつ減っていっているのだ。
ハイジャック犯は運転室を閉ざしたまま、電話した超高層ビル側へ飛行機を回頭させて、そのままビルへと飛行機を突っ込ませていく。徐々に近付いてくるビル。バンバンと運転室を叩く音がする。地上は全くもぬけの殻だ。ビルにも人影は全くない。激突の瞬間、彼は元恋人の写真を握り絞めていた。
避難指示を受けて家に帰ってきたハイジャック犯の元恋人がテレビをつけると、どのチャンネルも「ハイジャックされた飛行機が予告通りビルに突っ込んだ」という速報しか放送されていなかった。そこに映った犯人の名前を見て元恋人はコップを落とした。零れた水がゆっくりと絨毯を濡らした。
地獄行きのハイジャック 不二式 @Fujishiki
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます