第3話 性欲の塊、合流する!

 性欲の塊と化した風間を載せたワンボックスカーが走り始めてから一時間ほどが経過した。

 現在の位置は目的としているパーキングエリアからかなり近くのトンネルの中だった。


(そろそろこの車を降りるとするか・・・)


 この車が実際にパーキングエリアに行ってくれればこのまま乗りつづけるのが一番かもしれないが、実際にはそうかは分からない。そのため風間は他の車に見られ辛いどこかのタイミングで降りなければならなかった。彼は薄暗いこのトンネルの中で飛び降りるのが一番最適であると判断した。

 風間はその体を宙に浮かせ、車から徐々に離れていく。他の車両から風間がPBVであると認識ができないうちに視界の外に逃げるために、彼は素早くトンネルの天井付近まで飛び上がっていった。世間には完全自動運転車両が普及しはじめており、走行中には前方ではなくテレビ画面などを見て暇を潰している人間が多いのが風間にとっては幸いだった。

 後はひたすらパーキングエリアまで飛行をするだけである。次のパーキングエリアはトンネルを出たすぐにあることは事前にリサーチ済みであったため、風間は特に焦ることもなく目的地へ向かうことができた。


 その後、1時間ほど飛行を続けただろうか。風間はトンネルを抜け、視界には既に目的のパーキングエリアが見えていた。 

 長期休暇のシーズンでも何でもないタダの平日であるために、駐車場に止まる車はまばらである。「たいやき販売!おいしいよ!」とかかれた看板の店には、たった2匹のたいやきがプレートの上で焼かれているばかりであった。

 風間はパーキングエリアから100mほど離れた林の中に潜ると、携帯電話を出して操作を始める。


(俺が家を追い出されてから一週間、果たしてあいつはどうしているか・・・)


 風間がこのパーキングエリアを逃走経路上の一つとして選んだのは単なる近さからだけではない。

 彼は逃走を手助けしてくれる親友と落ち合うための事前の合流ポイントとしてこの場所を選んであったのだ。


(あいつも無事にたどり着けてるといいが・・・。今日の今日まで連絡がないとなるとな)


 風間の脳裏には合流を約束した親友の顔が思い浮かぶ。

 彼がもし捕まってしまった場合は風間の逃亡計画の難易度はとてつもなく高いものとなってしまう。風間一人では何か物を買うこともできない。誰かと喋ることもできない。

 彼との合流は風間にとっては必須のものだった。

 しかし風間の形態に映し出されるメッセンジャーアプリには「いまパーキングエリアついたなう」の風間のメッセージを最後にして、相手からの反応は一切なかった。


(くそっ!なにやってるんだよあいつ!合流の期限は5時間後だぞ!)


 風間の心に苛立ちが募る。が、だからと言って彼にできることは少ない。

 風間は無駄だという思いもあったが、パーキングエリアの周囲を回って、親友らしい人物がそこにいないかどうかをチェックしにいこうかと決めかねていた。

 だが、そんな風間の憂慮も、次の瞬間には彼の視界に入ったもののせいで吹き飛ぶこととなる。


 風間が何気なく周囲に誰かいないかと見回した先に、それはいた。

 腰には国から割り当てられた専用周波数帯を用いた通信を可能とする専用無線機を持ち、深々と被ったその帽子は国の威信をかけて任務に挑むことを宣言する国旗に菊の紋が入っている。4、5人の特殊訓練を受けた人間達によって編成されるその部隊では、一様に皆が緑一色の制服を身に纏っている。微光ウイルス処理特務班だ。


(何で特務班がここに!?いや、きっと俺が見つかったのか・・・。急いでここを離れなければ)


 国旗の印のついた軍用車から降りてきた筋骨逞しい男たちは、背中に様々な道具を詰め込んだバックパックを背負っている。恐らく風間がパーキングエリアにまでくる途中の道のりで誰かが通報を掛けたのだろう。ふと視界の端に写り込んだ球体像からPBV患者だと判断して通報するものなど少ないと踏んだ風間の判断は誤りだったのだ。

 ウイルス処理特務班は風間の位置を特定で来ているわけではないらしく、チラシの束を片手に一般市民への情報提供を呼びかけていた。


(くそっ!あいつともまだ連絡がとれていないっていうのにっ!)


 しかたがないが、ここにいては見つかってしまう恐れが十分にある。親友のことは諦めて移動をしなければならない。

 風間は触手を隣の枝へと伸ばすと、ゆっくりと特務班がいる方向とは逆の方向へと移動を始めることとした。




~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~


 風間が特務班を見かけてパーキングエリアから離れた時を同じくして、風間の親友である柊信吾ひいらぎしんごもまた特務班の存在に気がついた。

 柊はここにくる最中に携帯電話の電池残量が0になってしまい、その充電用のバッテリーをパーキングエリアで購入した矢先だった。

 店から出ると、逞しい男たちがPBVの球体が描かれたチラシを配り、「みかけたら近づかずに情報提供をお願いいたします」と声かけを行っていたのだ。

 

 特務班からチラシを受け取った柊はその背中に汗をびっしょりとかきながら、にこやかに「おう、ごくろうさまです~。がんばってくださいね~」と受け答えすると、足早に自分のバイクが置いてある駐車スペースへと帰っていく。彼の手は動揺から震え、取り出したバイクのキーは一向に鍵穴に刺さる気配がない。

 彼がここまでに動揺するのには、彼の親友がPBV感染者であること以外にも理由があった。

 柊もまた微光教の作成したウイルスの感染者なのだ。

 柊の感染したウイルスは鼠変態型ウイルス(通称、RCV)。その名の通り、徐々に体全体の遺伝子が鼠のものと置き換わり、最終的に小さな鼠と化してしまう恐るべき病だった。幸いなことに柊は感染してから時間が立っておらず、いまだに身体的な変化は存在しない。

 しかしながら親友の風間から聞かされた強制収容所の内情を知っている彼にとっては、微光教ウイルス特務部隊との遭遇は実際の危険よりはるかに恐ろしいものだった。


 彼はバイクに乗ると、チラシを配っている男たちから離れた位置に移動してから携帯に充電用のバッテリーを差し込む。


(あのだぼが!来る途中に見つかるっちゅうのはどういう神経をしてるんじゃ一体・・・)


 柊の携帯が息を吹き返し、風間から届いていたメッセージがディスプレイに表示される。

────────いまパーキングエリアついたなう。いまどこにいる?


(なんちゅう間の悪い電池の切れ方をしてるんじゃ俺は!)

 

 風間の到着メッセージが届いた時間はくしくも柊がパーキングエリアについた直後だった。携帯の電池さえきれなければきっと風間を回収して早々と去ることができたはずだ。

 

(どうする・・・。俺から風間に場所を指示してもいいが、あいつらの目がある前で風間を確保するっちゅうのも危険すぎるし・・・)


 悩んだ挙句、柊は風間に向かって一つのメッセージを打つことにした。

 そしてメッセージを送信し終えると、ヘルメットをかぶり、早々と高速道路へと戻っていく。


   夜になるまで待ってろ────────

 

 そのメッセージは確かに風間に伝わり、性欲の塊と化した彼は山の奥で日が落ちるその時をジッと待って見せた。










  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

性欲の塊になった俺がみんなを妊娠させながらフランスを目指すSF 機械男 @robotman

★で称える

この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。

フォローしてこの作品の続きを読もう

この小説のおすすめレビューを見る

この小説のタグ