あとがき

解説

実験2-1:

円周率π。長編を作る上で、無理数(無限に続く)の中で最も有名なものを載せようと思った。円の円周の長さと直径の比を記述することさえ、有限の文章では不可能であることを提示したかった。


実験2-2:

2の平方根、ルート2。こちらもπと同じく無理数だが、超越数であるπに比べるとある程度単純な量。2-1に引き続き、無理数を書くことで読者にこのままずっとこんな感じなんだろうな、と飽きさせる効果を狙った。


実験2-3:

源氏物語。第1話「桐壺」。日本発の世界最古の長編小説の一つとして知られており、その意味で「カクヨム」はこの小説から始まったといっても過言ではない。実験2-2まで見た読者の予想を裏切りたかった。


実験2-4:

新約聖書。キリスト教の聖典であり、世界一のベストセラー小説。グーテンベルグによって印刷技術が初めて開発された際に、まず『聖書』が印刷されたという意味でも、文章の歴史上最も重要といっても過言でない。


実験2-5:

日本国憲法。日本国に国籍を持つ以上、この文章によって縛られてしまっている。最近、この憲法を改正することが議論されていたり、もしくは法の憲法違反が叫ばれている。おそらく日本にいる人の大半が最後までちゃんと読んだことがない。


実験2-6:

ランダム文字列。規則性が全くない文章を作ろうと思うとこうなる。しかし、この文章も実際はコンピュータの計算で作られている以上、どこまでいっても偽物のランダムである。日本国憲法がそもそも意味を成してきていない昨今、ランダム文字列と何が違うのかという問題提起の意図もあって、日本国憲法の後に載せた。


実験2-7:

フランス人権宣言。人間の自由と平等などが掲げられた、憲法の大元となる偉大な文章。日本国憲法との比較の意味でこの位置に置いた。極めてシンプルに重要なことが書かれており、日本国憲法やランダム文字列との差が際立つのではないだろうか。


実験2-8:

オデュッセイア。詩人ホメーロスによる古代ギリシアの長編叙事詩。源氏物語が世界最古の長編小説の一つと言われているが、文章の古さでいえば古代ギリシアの作品の方が上であろう。第1歌が「ムーサへの祈り」(Aνδρα μοι ἔννεπε, Μοῦσα, πολύτροπον, ὃς μάλα πολλὰ)で始まっていることは有名。


実験2-9:

将棋の「遠見の角」の一局。棋聖として名高い幕末の将棋打ち天野宗歩の御城将棋(1856-11-17)の一局。優れたルールのゲームの下での優れた試合内容は、形を変えながらも長年語り継がれる文章として成立するという良い実例。文章の可能性を考えさせられる。読者が飽きるこの辺で、変わり種を配置したかった。


実験2-10:

三國志。後年の「三国志演義」ではなく、原典の方。日本にもファンが多い三国志はもともとは歴史記録であるが、長年形を変えて読まれ続けられる文章として普遍的な価値があるだろう。古代の英雄物語であるという点でオデュッセイアとの類似点もある。


実験2-11:

リグ・ヴェーダ。古代インドの聖典として、最も古いものの一つと言われており、長年口承で伝えられた。紀元前18世紀にも遡ると言われる。新約聖書との対比のために挙げた。あと、欧米圏や中国圏の文字だけでなく、インド-中東にかけての文字もどこかに配置したかったというのもある。


実験2-12:

シューベルトの魔王。「おとうさん、おとうさん(Mein Vater, mein Vater)」の一節は有名。音楽の授業で爆笑した方も多いだろう。音楽と共に長年語り継がれるであろう文章。実験の中に音楽に関係する文章を入れたかったので採用した。


実験2-13:

プリンキピア。ニュートンが「ニュートン力学」を完成させた本として科学の発展の中で最も重要な位置を占める文章。現在インターネットという科学の結晶の中でこうして「カクヨム」が使えるのも、このプリンキピアから始まった科学革命の結果の一つでしかない。


実験2-14:

文豪芥川龍之介の遺書。源氏物語の頃の文章と対比させるため、もしくはシューベルトの魔王で扱われている「死」と対比させるために採用した。遺書ですら非常に読みやすい名文であることは、芥川龍之介がいかに偉大な小説家であったかを感じさせられる。この辺でまともに読める文章を配置したかったので、ここに置いた。


実験2-15:

孫子の兵法。戦略書として、歴史上もっとも重要な位置を占めている一冊。「彼を知り己を知れば百戦して殆うからず(知己知彼,百戰不貽)」という有名な文章で象徴される兵法は、戦争に限らずどんな場面でも有益な教えであろう。三國志や将棋の一局と対比させる意図で採用した。


実験2-16:

著作権法。法は法でも孫子の兵法とは比べものにならないくらい悪評が高い日本国の法律。物書きなどの何らかの創作活動に従事する人物はこの法によって縛られている。一読してみるのも一興であろう。この実験2も、この法律を読めば著作権法に違反していないことがわかるだろう。しかし、この法律を読もうとしても、これまでのような古今東西の名文に比べて、つぎはぎだらけの完成度の低い文章で、非常に読みづらさを感じるかもしれない。


実験2-17:

ツァラトゥストラはかく語りき。哲学者ニーチェの作品として有名であり、新約聖書のようなキリスト教的な理想から離れて、超人となることを理想とする。神は死んだ(Gott todt ist!)という文章はあまりにも有名。新約聖書との対比や、哲学書としての完成度を考慮して採用した。


実験2-18:

フェルマーの最終定理。この短い文章は「私は真に驚くべき証明を見つけたが、この余白はそれを書くには狭すぎる(cuius rei demonstrationem mirabilem sane detexi. Hanc marginis exiguitas non caperet.)」という有名な一文で締めくくられており、この文章のせいで以後360年多くの数学者が人生を狂わされていった。このフェルマーの最終定理を360年後に証明したのは数学者アンドリュー・ワイルズであるが、その解決に貢献した「谷山・志村予想」の谷山豊もまた、31歳という若さで自殺をしている。自殺をするのは芥川龍之介のような文豪だけではない。また、「この余白はそれを書くには狭すぎる」というのは文章を書く上で本質であり、そもそも実験1-1でπを書いたときから余白は足りなすぎた。


実験2-19:

Hello world。プログラム初心者が、もしくは初めて触るプログラム言語を扱う人が打つ文章。これはC言語でHello worldを出すためのプログラムである。このHello worldは今後もずっと形を変えて残り続ける名文になることであろう。そして「カクヨム」のこのサイトも、誰かがHello worldを出力したことから始まったともいえるだろう。書いた人間が、今後無限の可能性を秘めていることを象徴する一文である。


実験2-20:

宇宙。全ての時間と空間、あらゆる情報である文章も宇宙に含まれる。宇宙はこれまでの実験で形を変え、姿を変え語られ続けている。例えばπや√2は宇宙を語る上での道具であり、ヴェーダや新約聖書ではその発生が、プリンキピアではその法則が語られた。日本国憲法やフランス人権宣言、著作権法などの人間の法も、源氏物語やオデュッセイアや魔王や遺書で語られた人間の生と死も、三國志や孫子や将棋で語られた兵法も、宇宙の一部で起きている小さな出来事にすぎない。ちなみに交響曲『ツァラトゥストラはかく語りき』は映画『2001年宇宙の旅』の導入部に使われた。このように宇宙とこれまでの実験の間の全ての関連を語るには、余白が狭すぎる。そして本文での、「宇宙=」の向かう先は空白ではなく、そこから続く全てのもの、PCやスマホのディスプレイから越えたあなたがいる空間までを表現している。我々は宇宙にいて、そのなかであらゆる情報を含んだ「真の永久に続くランダム文字列」である宇宙のほんの一部を取り出して書いているだけにすぎないのだ。Hello world。今我々は「カクヨム」という世界で新しい物語を紡ぐのだ。

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実験2 もょもと @moxyomoto

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