言祝ぐ花に誓う【2】
「だって、寂しいではありませんか」
癖の強い私の髪を櫛で
「差し出がましいようですが、私たちはみんな、ここにいらっしゃったのがお二人で本当によかったと思っているんです。なのに、そのお二人がご結婚された日に、お二人自身は特別思い入れがないだなんて、やっぱり私たちは寂しいんです。お祝いだってしたいですし、できたら結婚記念日が来るたびに、思い出してしまうような結婚式であってほしい」
だから、とケフィは打ち笑う。緊張で強張ってしまった身体をほぐすように肩をすくめて。
「私たちは、これからずーっと先。それこそ、奥様がすっかり御歳を召して、孫にひ孫に囲まれるようになっても、うっかり思い出してくらい素晴らしいものにするため、奥様と領主様の結婚式をやり直すことにします!」
高らかなケフィの宣誓に呼応して、集まった侍女たちが一斉に首肯したのが鏡に映った。
これは、あまりに突拍子もない挑戦状で。
だからこそ、私は彼女たちの意気に応えなければならない。
「いいわ、受けてたちましょう」
きっと、来年、続く未来と、この結婚式を思い出すよう。
顔に白粉をはたいて、唇に、頬に、色をのせなおす。
夜会用のドレスだと、結婚式にはなんだか派手すぎる、とケフィたちとさんざん悩んだあげく、選んだのは落ち着いた色合いの、けれど、何の変哲もない普段着だった。
六人がかりで結い上げられた髪には、花をふんだんに編み込んでいる。途中、控えめな叩音に続いて顔を出したルーベンが「よろしければ、どうぞ」とブーケと一緒に届けてくれた花だった。
朝が冷え込みはじめたせいか、ただでさえ庭の花は目に見えて減りはじめていたのだ。
「花があれば、随分と華やかになりますね!」とケフィたちがはしゃぐ中、私は「ルーベン」と咎めるように、この老庭師を軽く睨む。どれもルーベンが丹精を込めて、咲かせた花だ。ブーケはまだしも、髪飾りに使ってしまえば、花瓶に活けることさえできなくなる。
ルーベンは聞く耳を持たぬふりをして、かわりに柔和な目元に皺を畳んだ。
「庭師の花は、愛でられてこそ、いきるものですから」
秘密を打ち明けるみたいに、ルーベンは誰にともなく囁く。
「奥様を美しく飾るのに一役買うのなら、それはこの上もなく当てはまるでしょう?」
同意を求めるルーベンの口調は、どこまでもいたずらめいていた。
ルーベンが隠したその意趣を、私は夕暮れ時の庭で知ることになる。
庭に降りてすぐに出会ったロウリィが「ああ、なるほど」と、私の髪に飾られた花を見て言ったのだ。
ロウリィの胸元には、やはり同じ花が一輪挿してあった。ルーベンがロウリィにも同じように持っていったのだろう。
喧騒に満たされた庭の中、私たちは示し合わすでもなくルーベンの姿を探す。隅の方でコック長のジルと談笑していたルーベンは、私たちの視線に気づくや、片目を瞑って合図してみせた。
庭の中央に連ねられた長机には、真白い布がかけられ、その上には山盛りの料理が所狭しと並んでいる。
当然、何の準備もしていなかったせいか、急遽夕食に加え、つくられた料理には統一感など存在しない。そこにあった材料をもとに、とにかく品数を増やしたらしい料理は、調理場のみんなの得意料理ばかりだった。
調子のよいスタンはルカウトと一緒になって、早くも料理を頬ばっている。けれども、そのいくらか先でスタンの行動に気がついたバノがこれでもかと言うくらい目を瞠り、静かに怒りはじめたのを見つけてしまって、私たちは笑ってしまった。
「さぁ。領主様、奥様」
ケフィの声に呼び招かれて、私とロウリィは、白布を覆ってつくられた簡易の祭壇の前に立つ。
そこには、木彫りのアナティシスの像が一体。倉庫の奥にしまいこまれていたという小さなアナティシスは、あの時と同じく愛情深い眼差しで、私たちを見据えていた。
聖堂は、ない。
途端、静まり返った秋の庭。集まった人たちが固唾を飲んで見守ってくれている分だけ、至るところに緊張感が孕んでいる。
そっと、隣を伺うと、ロウリィがちょうど苦笑したところだった。
細く線のようになってしまった薄蒼の双眸に誘われて、私は差し出されたロウリィの手に、手を重ねる。
たぶん、こんなにも、心の底から笑いたくなる結婚式もそうないだろう。
ロウリィが顎を引いたのを見て、私はぎゅっと彼の手を握り返した。
そうして、私たちは再び神を見あげ、誓いの言葉を唱和した。
「なんだか、照れてしまうわね」
屋敷の壁に寄りかかりながら、私は隣にいるロウリィに、こっそりと話しかけた。
なぜなら、これは二度目のもので、さすがに記名の儀式は省略したけれど、きっと二度も誓願されたアナティシスにしたら、呆れるほかないだろう。よくも、まあ、ああも静かに私たちの誓願に耳を傾けてくれたものである。
既に勝手にまわりはじめた喧騒は、私たちには遠く。お酒が入っているせいか、至る所で調子はずれな歌声が響いている。
陽はもう既に落ちていて、辺りは随分と冷え込んできた。それでも、ぽつぽつと置かれた燭台がぼんやりと浮かびあがらせた庭は、どこまでも明るく、ぬくもりで溢れている。
「悔しいけど。これは、絶対に忘れられないと思うわ」
「はい、確かに。この騒ぎを忘れるのはなかなか難しいですね」
楽しそうなロウリィの胸元に、私は手を伸ばす。そこから攫った白い花を、私は自分の髪の中に挿し込んだ。
「綺麗ですよ」
「自分でもそうだと思うわ」
笑えば、ロウリィはまばゆそうに目を細める。
「カザリアさん」
「ええ」
「好きですよ。僕はちゃんと、カザリアさんのことを愛しています」
「私もね、ロウリィ」
「うん」
「一緒に生きていくのなら、やっぱりあなたがいい」
「ありがとう」
絡めたロウリィの指はふくよかで、心地のよいぬくもりに、思わず目を閉じると、額の上に口付けが落とされた。
背があまり変わらない私たちの距離は近い。
そろり、と瞼を押しあげれば、ロウリィの薄蒼色の双眸は、いつだって本当に間近にあった。
「そうだ、カザリアさん。カザリアさんの名前の中には、アナティシスから来たものが入っているでしょう?」
「そうね」
「前に僕が無理なお願いをした時に、カザリアさんは僕に誓ってくれたから。今日は神ではなく、カザリアさんに。今度は、僕が誓いますよ」
虚をつかれて、私はロウリィを見返す。距離を取るように、私の手を握りなおしたロウリィは「もう二度と」と、なんだか情けない顔をして言った。
「心配をかけるような、無茶はしません」
あら、と私は、ロウリィの手を握り返す。
「ロウリィを心配しなくてよくなったら、私はどこへだって行けるようになってしまうわよ?」
「いいですよ。僕はきっと早いうちに交易を活性化させて、ここに繋がる道を完全に整備しますから。そうしたら、きっとどこからだって、カザリアさんが帰ってくる時、便利になるでしょう?」
「ねぇ。せめて『追いかけます』くらい言えないの? この口は」
「いひゃいいひゃい、いひゃいですよ、カザリアさん!」
感情に任せ、ロウリィの頬を両手でむにむにと挟み潰すと、彼は不服そうな声をあげた。
「ええー? だって、カザリアさんに追いつける気がしません!」
「そこで、堂々と胸を張らないで!」
むぅ、と私が口をつぐめば、ロウリィはひそやかに笑って、私の手の甲に、自身の手を添える。
それでいいんですよ、と声なく告げるロウリィの眼差しが。暗がりの庭の隅で、光彩を宿す透明な蒼色が、私は腹立たしくて、たまらなく愛おしくって、彼の頬に添えた手を離さぬまま、ロウリィに口付けた。
口付けて、恥ずかしさのあまりに、ロウリィにしがみつく。
慣れない! これだけは、本当に、一向に、慣れる気がしない! 私はこの恥ずかしさを押し付けるように、ぐりぐりとロウリィの肩口に額をくっつけた。ロウリィの肩が小刻みに震えている気がするのは、絶対に気のせいじゃない。
「ロウリィは、どうしてそう恥ずかしげもなくできるのよっ!」
「ええー? なんですか、それ」
ロウリィは、抱き留めた私の腰に腕を回した。髪につけた花飾りが揺れる気配がして、私は一人熱をあげる。私が奪い去った花に、彼は顔を埋めたらしかった。
「よい、花の香りですねぇ」
ぽやぽやと言い放ったロウリィの言葉には、どこまでも他意がなく。それでも、声すら出せなくなってしまった私は、押し黙ったまま、この居心地のよい温度に、おとなしく寄りかかっておくことにした。
紫陽花の世迷い事 いうら ゆう @ihuraruhi
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
カクヨムを、もっと楽しもう
カクヨムにユーザー登録すると、この小説を他の読者へ★やレビューでおすすめできます。気になる小説や作者の更新チェックに便利なフォロー機能もお試しください。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
同じコレクションの次の小説
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます