殺し屋と飯屋

@yms1459

第1話

 昔の中国での話だ。腕利きの殺し屋がいた。あるとき飯屋に入ったらとてもおいしい料理を出す店だった。たびたび行くようになった。飯屋の主人は、静かにしかしおいしそうに料理を食べ、心から満足げに金を払って帰ってゆくこの男を快く思い、来ることを喜ぶようになった。二人は仲良くなり語らうようになったが、殺し屋はさすがに殺し屋であることは隠していた。


 その飯屋は多くの使用人を抱えていた。主人は使用人に厳しかったが、腕前が上がってひとり立ちできると認めた使用人には金を貸し、自分の店を持たせてやっていた。おいしい料理の作り方を教えてもらえるし、腕前が上がれば自分の店を持つこともできるというので、使用人になりたいというものは後を絶たなかった。殺し屋もこのことを知って感心し、主人といっそう懇意になった。


 あるとき殺し屋は、殺した相手の仲間に正体をさとられ、恨みを買い、追われることになった。遠くに逃げなくてはならなかったが、逃げる前にあの飯屋の料理を食べたいと思い、訪ねた。主人はいつもどおり快く出迎えてくれ、料理を出してくれた。


 殺し屋は出てきた料理の中の一品に、毒が入っていることに気が付いた。食べる前だったが、殺し屋は思った。主人も自分を追う連中の仲間なのかと。仲良くなったことがすべてがたがたと崩れてゆくようだと。殺してやろうかとも思った。


 殺し屋は、自分を見つめている主人に気が付いた。殺し屋はすぐに逃げるべきだと思ったが、主人の目を見て、ためらった。本当に俺を殺そうとしているのだろうか、と思った。


 ひとつの皿を目で示し、殺し屋は言った。「これには、毒が入っている。」


 主人は目を丸くし、殺し屋を見つめた。そして示された料理を見つめた。主人は箸を取り、その料理を食べ始めた。殺し屋は驚いて止めようとしたが、主人はすぐに食べ終えてしまったので止められなかった。


 間も無く主人はうめき声を上げて倒れ、口から泡を吹き出し、腹を押さえてのたうちまわり始めた。殺し屋は主人を抱きかかえ、毒入りだと言ったのになぜ食べたのか、と怒鳴った。


 主人は口から泡を吹き涙を流しなら途切れ途切れに答えた。自分はこの料理を作っていない、だから毒を入れるとしたら使用人の誰かが入れたのだろう、しかし自分は使用人たちを信頼していたので、あなたの言葉が信じられなかった、自分の大事な友人に失礼な振る舞いをするものはいないと信じていたし、そう教えてきたつもりだからだ、だから食べた、そして裏切られた、今私は悔しくてたまらない、すまない、食べられないような料理を出してしまい、もうしわけなかった、と。 

     

 やがて主人は顔を紫色にして死んだ。殺し屋は泣いた。泣きながら、集まってきた使用人に向かい、主人の言葉を隠さず伝えた。自分のことも隠さず伝えた。使用人の中で一人だけ、先ほどから姿が見えないものがいると知った殺し屋は、他の使用人から住まいを聞きだし、店を出た。


 店を出るとき、殺し屋は自分の財布の中身をすべて、使用人の頭に渡し、主人を手厚く弔ってほしいと言った。


 葬儀は多くの悲しみの中行われた。主人には身寄りがおらず、葬儀は店から独立したたちと使用人の頭が取り仕切った。使用人の頭は殺し屋から受け取った金を使わずに役人に渡した。


 その後店は、独立した使用人たちが相談の上、使用人の頭が任されて続けることになった。


 喪が明けて店は再開し、主人の生前と変わらず繁盛したが、一品だけ客が注文できない品があった。かつての使用人の頭は必ず毎日一皿だけ、自分でその料理を作るのだが、決まった机にしばらく置いた後で片付けてしまう。客に無理に注文されても、特別の品で代金も頂いているので、出すことができないのだと言って謝った。


 殺し屋もあの日姿を消した使用人も、二度と店には現れなかった。

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