第3話 殲滅
銀の獣毛に包まれた丸太の様に太い両脚がアスファルトの地面を踏み砕く。
ウィルスによる支配能力で限界まで身体能力を引き出された魂無き奴隷たちが一斉に躍り掛かり銀でコーティングされた分厚い蛮刀が振り下ろされる。
重量と遠心力が乗った蛮刀の鋭利な刃先は鉄線の様な剛毛と分厚い皮膚、そしてその奥の強靭な筋繊維を断ずるには至らなかった。
「―!!!。」
この世の物とは思えない声なき咆哮と共に女性の胴回りほどもある野太い両腕が轟と振るわれる。防刃防弾繊維を編み込んだ漆黒の戦闘衣は哀れなほどあっけなく引き裂かれ四肢が冗談の様に四方にちぎれ飛ぶ。
「くっ!汚らわしい野良犬がっ!撃てっ!。」
一方的な虐殺に歯ぎしりをする白髪の女の横に控えた男たちが構えていたアサルトライフルの引き金を引き絞る。
十分な対人殺傷能力を持つ5.45ミリ弾は牙を剥く巨獣を貫くにはあまりにも心もとない。
フルオートの鉛のシャワーを避け様ともせずドラムマガジンが空になる前に彼らをひき肉に変えた。
「かぁぁぁっ!!。」
女の血の色に染まった瞳がかっと見開かれ、白髪の女の長い髪は意思を宿したかの様に激しく波打ちながら巨獣に覆いかぶさる様に襲い掛かる。
「犬コロがなめるなっ!。」
針状に変化した髪は1mを越える蛮刀もライフル弾も弾き返した巨獣の皮膚を易々と貫通する。鈍いうめき声と共に一瞬静止した巨獣の隙を女は見逃さなかった。
「食らえっっ!!。」
バシュッッッ!!!。
女が懐から取り出したガスガンで放たれた注射器は高圧ガスの重い噴出音と同時に巨獣の肩に命中。途端に苦痛にのたうって吠え狂る巨獣を嘲りながら二本目を装填する。
「もう一発っ!。」
「ゴァァァっ!!。」
勝利を確信した女の止めの一撃が放たれる前にガス銃を構えた細腕は血の霧になって消滅。瞬時にステップバックで小ぶりな鎌ほどもある剛爪の射程内から逃れようとするが、その前に括れた腹をごっそりとえぐられる。
「ひぎっ……ごぶぅぅっ!!。」
男たちと同様の戦闘服を着ていたため上半身と下半身が泣き別れする事だけは
回避できたが胃が大腸が肝臓が膵臓がばらばらに飛び散った。
「ぃぃぃっ!あぁぁぁぁっ!!。」
巨獣に突き刺していた髪を千切り離すと髪を手近なビルの壁に突き刺して瀕死の身体を無理やり引き上げる。
口から溢れる血の噴水で恨み言も吐けず猛烈な怨嗟の視線を残して女は消えた。
「ごぅっ!おおおぉっ!。」
巨獣は咆哮を上げて地に跪く。はらはらと大量の獣毛が抜け落ちて綿毛の様に宙に舞う。丸太よりも太かった屈強な手足が血を噴きだしながら枯れ木の様に細くなっていく。ワニの様に前に伸びた口がめきめきと骨の砕ける音と共に顔面に埋没する。
「うぅぅ……く……苦……しい……。」
2mを優に超えていた巨躯は見る影も無くやせ細り血に塗れた人型となった。血だまりの中心でぐったりと仰向けになり弱弱しい呼気がひゅうひゅうと細い喉から漏れる。
ごろごろと曇天が唸り始め、幾程もせずぱらぱらとした雨が降り注ぎ、やがて
滝の様な豪雨となった。
「みぃー……。」
小柄な黒猫が雨で下水に流される血の川をまたいで長い髪に隠れた細面に顔を擦り付けてすんすんと鼻を鳴らす。
「こら、汚い真似をおよし。」
鈴の転がるような声を聴いて拗ねる様に鳴いた黒猫は差し出された腕を伝わって
華奢な肩に器用に縋りつくや否や体を残像が残りそうなほどの高速で震わせて脱水する。水滴が目に入ってぎゅっと顔をしかめる。
「様子を見に来てみたら……とんだ収穫ね。」
顎で切りそろえたこげ茶色の髪。女子高生として体型も身長も女子高生の平均にぴたりと収まっている。集合写真を撮ったら周囲に埋もれてしまうほどに印象の薄い顔の中でほの暗く光る真紅の瞳が異様だった。
「人狼の血が臭いって本当なのね……まぁ、いいけど。」
生臭い匂いに鼻をつまみながら麻袋を担ぐ様に血に塗れた身体を近くの工事現場から失敬したシートで包むとひょいと肩に抱え上げてその場を後にした。
唇には、牙を忍ばせて @haradaiko
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