誰かがいる限り
林檎
誰かがいる限り
歌の大好きな少女がいました。少女の名前は、エリナーゼといいます。
エリナーゼは、悲しい時淋しい時、歌を歌いました。なぜならエリナーゼには、両親がいなかったからです。
エリナーゼは、生まれてすぐに、孤児院の前に捨てられていました。
エリナーゼは、それはそれはかわいい赤ちゃんでした。院長先生が抱き上げると、にこにこ微笑ました。
「こんなかわいい赤ちゃんを捨てるなんて、よっぽどの事情があったのでしょう」
院長先生は思いました。
エリナーゼは粗末な白い布にくるまれて、便箋に、“名前エリナーゼ”と殴り書きのように書かれていました。
「裕福な家庭の子ではないようね」院長先生は思いました。
「今日からここがあなたの家よ。仲良く暮らしましょう」
院長先生は、赤ちゃんのエリナーゼに声をかけました。
時を経て、エリナーゼは成長し、10歳になりました。
エリナーゼは、院長先生のおかげで、優しくて素直な少女になりました。
幼い頃は、院長先生を母のように慕い甘えていたのですが、ここは孤児院、次から次へと捨てられた子供達がやってきます。エリナーゼは、いつまでも先生に甘えているわけにはいきませんでした。小さな弟や妹達の面倒をみないといけません。
エリナーゼは気がつくと、孤児院の中で、一番年上になっていました。
お兄さんやお姉さん達は、親が迎えに来たり、里親が現れて、みんな孤児院を旅立って行きました。
エリナーゼは、誰にも甘えることが出来なくなりました。
悲しい時、淋しい時は、唇をグッとかみ締めて、我慢するのでした。
そんなエリナーゼを、院長先生は、気がついていました。
ある日のこと、院長先生に呼ばれてエリナーゼは、先生の部屋に行きました。
「エリナーゼ、あなたは、歌が大好きよね。だからこれをあげるわ」
そう言って手渡されたものは、少し重いアコーディオンでした。
「これは、亡くなったお父さんからもらった物よ。エリナーゼは音楽が大好きだから、このアコーディオンを弾きながら、歌を歌えば、笑顔になれるんじゃないかしら」
「ありがとうございます院長先生。でもお父さんの形見を頂くなんて・・・」
「エリナーゼは、わたしの娘よ。娘が形見を受け継ぐのは当然の権利よ。さあ遠慮しないで、弾いて美しい歌声を聞かせてちょうだい」
エリナーゼは、嬉しくて涙でいっぱいになりました。アコーディオンをもらえたことも嬉しかったけれど、何より院長先生が、娘だと言ってくれたことが一番嬉しかったのです。
その日から、一生懸命アコーディオンの練習を始めました。
それからしばらくすると、エリナーゼの美しい歌声が、孤児院に響き渡るようになりました。その声につられて、幼い弟や妹達が、エリナーゼの部屋に集まるようになりました。
エリナーゼは、みんなの嬉しそうな顔を見ながら、自分で歌詞を作って、即興で歌ってみました。
「私達は、孤児。だけどみんな幸せよ。こんなにたくさん兄弟姉妹。お母さんのように優しい先生。みんな一人じゃないからよ〜。ランランランランランランラ〜」
「ランランランランランランラ〜、ランランランランランランラ〜」
みんなが、一斉に口ずさみました。歌い終わるとみんなニコニコ笑顔でした。
その夜、エリナーゼはとても幸せな気分になりました。
「私の歌で、みんなが笑顔になることが、こんなにも満たされた気分になるなんて」
その日は、興奮してなかなか寝付けませんでした。
ある日学校で、今月誕生日をむかえるカトレーナのお祝いを、教室ですることになりました。学校の先生が、「カトレーナのお祝いに、誰か出し物はないですか?」と尋ねました。
エリナーゼは、勇気を出して手を上げました。
「やい、孤児のお前に何ができるんだよ」
いじめっこのロックが、エリナーゼをからかいました。
エリナーゼは泣きそうになるのを、グッとこらえました。
先生は、優しく尋ねました。
「エリナーゼ、どんな出し物なの?」
「はい、アコーディオンを弾きながら、自分で作った歌を歌いたいと思います」
「やい、孤児がアコーディオンだって、そんな高価な物持ってるのかよ」
「ロック!静かに」
先生が、怒鳴りました。
「エリナーゼ、それはステキな出し物になりそうですね、みなさん、エリナーゼにお願いしましょう」
先生が言うと、パチパチパチ、みんなが拍手をしてくれました。
エリナーゼは、人前に出るのはとても苦手でした。でも最近少しだけ、アコーディオンを弾きながら、自分の作った歌を歌うことで、自信を持てるようになっていました。
エリナーゼは、カトレーナが好きでした。エリナーゼがいじめられている時、かばってくれたことがあったからです。
カトレーナは、財閥の娘でした。カトレーナの家は、学校にもたくさん寄付をしているので、先生もカトレーナには、気を遣っていました。
しかし、カトレーナはひとつもえばることもなく、とてもさっぱりした性格でした。
そんなカトレーナに、少しでも喜んでもらおうと、エリナーゼは勇気を出したのです。
それから、エリナーゼは歌を作り、お誕生日会の日まで、何度も何度も一生懸命練習しました。
その日はついにやってきました。もう心臓がドキドキして、心臓がそのまま飛び出しそうでした。
「一生懸命練習したから、大丈夫、大丈夫」
エリナーゼは、自分に言い聞かせました。
「ハッピィバースディ、カトレーナ!ハッピィバースディ、カトレーナ。いつも元気なカトレーナ。いじめっこもやっつけてくれる。強くて優しいクラスの人気者カトレーナ。いつも助けてくれてありがとう。だけど今日は私の歌で、お誕生日をお祝いしましょう。恥ずかしくて言えなかったけど、とっても大好きカトレーナ。今日はみんなでお祝いしましょう。ハッピィバースディ、カトレーナ!ハッピィバースディ、カトレーナ。これからもみんなの中心で笑っていてね。みんなあなたの笑顔が大好きだから、ずっとみんなで笑っていよう。
ハッピィバースディ、カトレーナ!ハッピィバースディ、カトレーナ」
初めは、恥ずかしくて少し声が小さかったエリナーゼでしたが、アコーディオンの音にあわせて、どんどん大きな声で、元気に歌うことができました。
歌い終わると、しばらくみんな何も言いません。エリナーゼは、心配になったその時、パチパチパチ、パチパチパチ、拍手喝采です。
「エリナーゼ、すごいわ!こんな才能があったなんて」
「すてき、感動して涙が出たわ」
みんな大興奮です。
そして、ゆっくりカトレーナが近づいてきました。
「ありがとう、エリナーゼ。こんなステキなお誕生日にプレゼント。生まれて初めてよ。私も大好きよ、エリナーゼ」
と言って、エリナーゼの手を握りました。
アコーディオンの手入れを終えて、鞄に片付けようとしている時、ロックが近づいてきました。
「また、何か言われる」エリナーゼは、覚悟しました。
「よかっよ」
「えっ?」
「だから、歌。よかったよ」
「ありがとう」
「今まで、ごめん。お前才能あるよ。頑張れよ」
そう言うと、そのまま走り去って行きました。
エリナーゼは、「うまくいかなかったらどうしよう」出し物をすると言い出したことに、後悔した日もありましたが、今は、勇気を出して手を上げて、本当によかったと思いました。
義務教育を終えたエリナーゼは、孤児院を出て、一人暮らしを始めました。
今でも、院長先生に頂いたアコーディオンと一緒です。
長患いの病人を励ましに病院や、老人ホームを訪れては、元気に演奏しながら歌いました。
顔色も悪く生気のない人でも、エリナーゼの歌を聞いた後、みんな生き生きと笑顔が戻ってくるのでした。
エリナーゼの生活は、楽ではありませんでした。しかし自分の歌を聞いて喜んでくれる人の笑顔は、エリナーゼの心に、豊かさを与えてくれました。
自分を必要としてくれる誰かがいる限り、エリナーゼは、アコーディオンを弾きながら、いつまでも歌い続けることでしょう。
誰かがいる限り 林檎 @mint_green
★で称える
この小説が面白かったら★をつけてください。おすすめレビューも書けます。
フォローしてこの作品の続きを読もう
ユーザー登録すれば作品や作者をフォローして、更新や新作情報を受け取れます。誰かがいる限りの最新話を見逃さないよう今すぐカクヨムにユーザー登録しましょう。
新規ユーザー登録(無料)簡単に登録できます
この小説のタグ
関連小説
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます