第5話 眠る間の刻
「また、あの人は無茶したんですか?」
ガラス越しに眠る恩人を見守りながら、高橋莉奈は自分の店長に問いかけた。ガラスの奥には、恩人ともう一人、赤目の少女がいる。とてつもなくイライラする状況だ。あんな子供にまで殺意を芽生えさせてしまうことに、恐ろしく思いながら自身の感情を制御する。
「ああ、今回は俺達を守ろうとしただけだ。だから、余計な嫉妬心で騒ぐんじゃないぞ?」
「分かっていますよ……」
指摘され、少し心がざわつく。
しかし、彼女の心の奥底では炎なんてものじゃない。まるで天災の一つである大噴火とハリケーンが組み合わさったかのように渦巻いていた。
(なんで、言ってくれなかったんですか?誠さん、私ならあなたの力になれるのに。戦うことだって出来るのに。ひどいです、誠さん。私も人を殺した人間なんですから、あなたと同じように罪を被ることもできるのに。それもこれも全部あの山川とかいう人物のせいですか?そうでしょね。あの人がいなければ、本当なら私は誠さんと同居だって出来るはずなのに。くそ、ちくしょう。殺してやりたい、あの女。とっと、これはいけません。また、暴走してしいまいそう。あああああ、いつになったらあの人は私の方に振り向いてくれるのかしら?やっぱり、あなたの役に立たなければなりません。だけど、どうすればいいの?今回の敵を仕留めた方が良いのかしら?あ、だけどそれはもう倒してるんでした。さっき、ニュースでもやっていましたし。じゃぁ、いったいどうすれば役に立てるの?…………………………」
莉奈が背中に不穏な空気をまた宿らせ始め、その場にいる4人はため息をついた。
「問題は、誰が今回の主犯かってことなんですけど」
アニメのイラストがプリントされた服を着ている八木仙吉朗は言う。普段のキモ度は下げ、真面目な顔&流し眼&丁寧語でかっこつけている。毎度のことなので2人は気にしてすらいないが。
「それは多分だが、以前から来ていた例の2人組みだろう。」
店長は煙草に火をつけ、そして大きく煙を吸い込む。その様子を見て、仙吉朗は2重の意味で嫌な顔をする。彼は純粋なのだ。
「あの赤色と金色ですか?嫌いなんですよね、派手で。」
まだ莉奈はぶつぶつと呟いている。
「好き嫌いはともかく、今回の殺し屋はあいつらの依頼だろう。大方、誰かを人質にとって、それを口実に退去を命じようとした・・・というところだな」
「そうですね。その殺し屋が我が女神をすぐに引き渡さなかったところが幸いしました」
八木の言葉を聞き、毛利として彼は眼をつぶる。何故、彼が拉致した後に即奴らに引き渡さなかったのか。その理由は投影だろう。毛利は正直なところ、彼の迎えた最期に胸が痛んだ。
「危惧するべきは、新たな刺客です」
莉奈がまともな発言をし、ふたりは驚く。
「怪我した誠さんは、私が守らなきゃ……」
「……確かに、新たな刺客の存在は否定できないな」
そう言い、毛利は妻に連絡をとる。
〈何?〉
「調べごとだ」
〈分かったわ。それで?〉
「助かる。青木不動産の……ほら、あの赤色と金色の髪の毛の……」
〈ああ、彼等ね。だいたい分かったわ〉
「ありがとう」
そう言い、通話を切る。
「さて、」
「今日から、皆はどうい生活をするかってことですね……」
「こういうときは察しが良いな。そう、まずは身の安全が最優先だ」
このまま康身で生活をし、焼き討ちにでも逢えば問答無用で被害がでる。事がすむまでは最小限に被害を納めたいのだ。そのためには、一番狙われる関係者だ。しかし、自分達が店にいれば近日中には狙われる。
相手も、一応一般人の扱い。持っている武器も特例で無い限り大きい武器は持てないし、大事にもしたくはないだろう。ならば、それぞれ違う場所に避難しておいたほうが、相手も強く攻め込むことはできない。
「じゃあ、私は誠さんと一緒に病院に住みます」
「危険しか無いでふ!!」
八木は即効でつっこんだ。キモさ1000パーセントで。
「響もここに住むのか?」
店長は大事なことを聞く。もしかしたら、自分に世話を任されるのかもしれない。しかし、彼の心の中に期待は無い。たとえ、生JCだとしても手がつけられない娘は彼はノーサーンキューなのだ。それは八木も同じである。
ちなみに今夜は、彼女は山川の部屋で過ごしている。先ほどの電話で山川の声に疲れが無いところを見ると、おそらくネットゲームでもさせて遊ばせているのだろう。健康に悪いが、彼女に対する措置(おとなしくさせる)としては余裕の合格点である。
「まあ……はい」
「それは無理だろう……流石に。病院の患者に医者や看護師が加わってしまうぞ」
「……はい」
現実を突きつけられ、彼女は意気消沈してしまう。彼女達は適当なアパートに住むだろう。
「さて、1週間……誠はいつ動けるようになるか……」
1週間、乗り切ればこちらから潰す手立てはある。
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「失敗した!?」
赤髪の男は驚いていた。何故なら、人質も手に入らないどころか殺されるなどとは想像していなかったのだ。
「ああ!!本当らしい!!さっき連絡が入ったんだ!!」
「くそっ!」
赤髪の男は机に自分の手を叩きつける。それによって、机の上にあった文房具がいくつか床に落ちる。
「これじゃあどうすることもできないぞ!!」
金髪の男の言葉は正しい。つまり、藤月誠という男はあの殺し屋よりも強いということなのだから。他の殺し屋を依頼するにも金が足りない。とうとう自分達の力のみで奴らを退去させなければならなくなったのだ。
「……しょうがない」
赤髪の男は呟く。
「おお!まだ策があるのか!!?」
「ああ、古典的だが焼き討ちを仕掛けよう」
「焼き討ち?」
「ああ、そうだ」
2人は微かな希望が見え、笑みを浮かべる。しかし、それはただの夢想に終わる。
「えっ?」
いつの間にか、ふたりだけの部屋にもう一人男が立っていた。
「お前は……!!!…………!?」
金髪の男は男を指さそうとする。しかし、その前に彼の視界が高速に回転する。そして、冷たく硬い場所に自分の頭がぶつかるのを感じた。
「あれ?」
彼の眼には、自身の履くお気に入りのブーツが映る。そして、急激に首元に強い熱を感じた直後、彼は絶命してしまった。
「貴様ァ!!どこのどいつだァ!!!」
自分の弟分の頭が床に落ちるのを見て、激昂する。しかし、改めてその男の顔を見た時、彼は何かに裏切られたような顔をする。
「おま……えは……」
言葉が紡がれる前に、自身の胸に何かが突き刺さるのを感じる。見ると、装飾が施された中国式の剣だ。それが分かった直後に、だれが主犯であることも理解する。
「1つ、伝える」
そいつは近づきながら、片言の日本語を話し始める。
「お前ら、使えない、いらない、処分する」
「ぐァッ!!!」
剣が引き抜かれ、そこを中心に体に痛みが走る。そして、栓が抜かれたように血が体から出ていくのを感じる。呼吸音もおかしい。
「よって、死ね」
男が刀を振るう。すると、視界が一瞬揺らいだ。首に高い熱を感じる。
「こ……」
赤髪の男は思う。やはり、この世界は地獄だと。そして、彼らは何も残せずに死んだ。冷たい床にひれ伏すのみだ。男は言われた作業を続ける。
そのことを誠達は、まだ知らない。
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「……」
月野は無言だった。ここはある病院の病室の1室だ。しかし、手術後のため他の病室とは隔離されている。
彼女は考える。一体、自分が眠っている間に、
(何があったんだろうか)
あの時、彼女は煙の中で倒れる誠を見たが、気絶してしまったようなのだ。それを裏付けるように、記憶が無い。
(そして、あの時……)
自分が起きた時に、彼が血まみれになりながら泣いている姿が眼に映ったのだ。そして、それを見た時とても既視感があったのだ。まるで、奪われることに恐怖する子供のような……。そして、それは自分自身だと気づいたその時、彼女は意図せずに彼を抱き締めたのだ。
(大丈夫……?)
何故、あんな言葉が出たのだろうか?普通なら、どうしたんですかと疑問を浮かべるべきだ。しかし、彼女は慰めるための言葉を使用した。自身に、その言葉に思い入れでもあるのだろうか。
(いえ、……何も分からない)
思い出せそうだが思い出せぬ感覚に深くはまる。そこからズブズブと沈んでいきそうになる。彼女は頭を振り、それを払った。その拍子に異常に長い髪の毛が彼の持ち物の一つに当たる。
「これ……」
それは彼女からして1度、実際には2度救った誠が使った武器だった。彼女はそれに軽く触れる。
「ぁ……ぅ……っ!!」
しかし、彼女は手を即座に引っ込めた。彼女の中に、何か冷たい人間の悪意のような柔らかい感情が侵入しようとしたのを感じたからだ。彼女はそれによって1つのことを理解する。
(誰?)
彼女は思い出す。集団から排除された記憶とは違う記憶。それは優しそうな顔をした少年の姿だ。彼の顔は笑顔で、自分の事をジッと見てる。そんな記憶だ。
(だけど、誰なのかが……分からない。いったい、私は……)
謎の記憶は彼女を悩ませる。しかし、それは一瞬で止む。
「まこと……?」
彼はまだ起きない。医者の見立てでは1週間は意識が取り戻せないようだ。彼は彼女を助けた後、車の中で眠ったまま意識を失ったのだ。それからは、彼は即手術が行われたのである。
しかし、彼の手が彼女の手を掴んだのだ。それに彼女は驚いた。しかし、起きていないことに気づき、少し長いため息をついた。彼女は手を握り返す。そこから分かるのは、彼の手はとても大きいことだけだ。
彼女はそれに、少しばかりの温かみを感じた。
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彼、藤月誠は深い何処かにいた。彼には見慣れた景色だが。
「やぁ」
誠は歩く。そこは水平線の向こうまで多種多様の花が咲き乱れており、空は蒼く雲1つ無い。そして、眼が捉える先には一人の何処かで見たような男が、椅子に座っている。彼は白いブックカバーを被せた本を読んでいる。彼は頭を下にしているため、顔がよく見えないのだ。
「何度目かな、会うのは」
返答は無い。いつものことだ。彼は返答せず、疑問を投げながらたどり着けない歩みを進める夢だ。
「最初に会ったのは、いつだっけ」
分かっている質問をするが、それでも彼は答えない。彼と会ったのは最初に人を殺した日の夜だ。眠れないほど恐怖していたはずなのに、いつの間にか彼と会ったのことが最初の出会いだ。
「なぁ……?」
異変に気づく。蒼天の空に雲がある。今まで無かったはずなのに、何故だ?
「なんか雲あるんだけどさ……。こっちにも天気とかあったか?」
彼は初めて本から眼を外した。そして、上に顔をして眺める。すると、雲の様子がおかしくなる。それはどんどん大きくなり、蒼から白と黒の混合色で染めていく。しかし、それは世界の真ん中に境界線を作るかのように半分ずつに色で分けた。
「何が言いたい?」
彼は頭をかしげると、あちらの彼も本で顔を隠しながら頭をかしげた。しかし、彼からは何故か嘲るようなものを感じる。
誠は呼応するかのように殺意を発するが、すぐに止めた。何故なら、
「なるほど。迷ってる俺へのあてつけか」
彼にこの質問の答えを返す。ザワザワと風によって花が踊り、その中で花弁が一部2重螺旋を描きながら舞う。しかし、その螺旋はすぐに霧散した。
「無理じゃないさ、俺は全てが幸せが良いんだ」
雨。誠の半身が濡れ、腕を水が伝い、滴を指に垂らす。
そこで世界は暗転した。別れだ。
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もう誰もいない部屋でラジオがある。そこから一定のリズムの音が鳴る。
「おはようございます。午前9時のニュースをお知らせします。えー、今日午前2時ごろに起きた地震についての速報ですが、あれは間違いです。申し訳ありませんでした。正しくは地震ではなく、倒壊事故という内容になります。」
風がなびき、音が少しぶれる。
「はい、今回のことで身元不明の死亡者が1人いたことが分かりました。えー、彼の体には多数の切り傷があり、どうやらテロリストの可能性も出てくるようです。これにより、近隣の住民への自宅謹慎などの伝令が行われています。今、外出しているという方は、必ず自宅、または建物内へと避難していてください。繰り返します。外出中の方は即時、建物内への非難を完了してください。」
太陽はサンサンと地と人々を照らす。
「今回の倒壊事故、福沢さんはどう思われますか?」
「はい。そうですね。今回の事故はどうも不審点が多いようです。」
「と、言いますと?」
「はい。例えば切り傷、これは1人以上によるものだというのは明らかですね。しかし、何故建物が倒壊するような事態にまでなってしまうのかと考えると、どうも悪い予感がするわけです。」
「ははぁ」
「さらに私の情報によるとですね、そのビルからは多数の兵器が見つかっているようですね」
「そうなんですか、そんな情報どこから仕入れてるんですか?」
「ははっ……それは秘密と言うもんですよ。続けますね、そこから見られるのは今の日本に反旗を翻そうとしている団体がいるかもしれないということです」
「それが事実だとすれば、一大事ですね」
「ええ、私の虚言戯言ならばありがたいんですけれどね。そして、もうひとつなんですが」
「何ですか?」
「今回のことに”名無し”が関わっているかもしれないと言うことです」
「あの巷で騒がせている殺し屋ですか?全ての殺人方法が斬殺と言う……」
「はい、そうです。今回の現場には複数の破壊されたロボットがあるのですが……それらは全て二つに分けられて破壊されているようなのです」
「それはつまり、名無しはロボットの鉄の体でも斬るということができるということですか。恐ろしい事実ですね。」
「はい。そして、今回の事を推測すると、彼も一時的にその反日団体の仲間だった可能性がでてくるということです。まぁ、これは流石に妄想の域ですが」
「そうですか。ありがとうございました。福沢さんでした。それでは、次のニュースです……」
山の中を男女は歩いていた。それぞれ男は右目を女は左目に傷があり、失明しているのか縫って開けぬようになっている。どうやら彼らの荷物は全て男の方が持っているようだ。女の方は足を片方、引きずっているためだろう。
「さあ、着いたぞ。」
「うん、長かったね」
一般病室の天井が最初に眼に映った。相変わらず、白い天井だ。腹筋を使おうとすると痛みが走る。
「……つッ!!」
どうやら戦いで受けた攻撃で筋肉を痛めてしまったようだった。仕方なく腕を使い、体を捻る体勢に苦悩しながら起き上がる。
「!」
すると、最初に眼に入ったのは、前のベッドで同じように上半身を起こして窓の外を眺めている老人だった。とてもよぼよぼしているが大丈夫だろうかと彼は思う。
「まー将来、俺もああなるのかな……」
手の位置を変えようとすると、さらさらしたものに触れるのを感じる。
「あれ……月野……」
見ると頬をふくらまして、たいそうふくれっ面な月野火凛の顔があった。しかし、怒っているのかは分からない。
「えっと、なんで怒ってるんだ?」
微笑を浮かべ、誠は問う。本当に分からないのだ。起きていきなり膨れ面とは、何が彼女をそうさせたのか。
「分からないんですか?」
「ええー、……分からないな……」
「ひどいです!起きて最初に気づくのがあちらのおじいさんだなんて!!!」
「ええー、何て失礼な」
「なんですかぁ!その流す気満々の返事!」
彼女は単純に最初に自分を見てくれなかっただけで、怒ってるだけなのだ。なにか重大なことが関わってることも予想していた誠は安心する。
彼女は騒ぐだけ騒ぎ、椅子に座る。
「もう!」
「あはは……ごめんごめん」
「それでなんですけど……」
彼女は俯く。
「? どうしたの?」
彼女は眼を逸らしているようだ。なにか言いにくいことでもあるんだろうか。
「ええっと……その……今回のまことさんの怪我、重傷じゃないですか」
「え?あ、ああ。まぁ、重傷だね。」
安易な返答をしてしまい、しまったと誠は思う。こういうときは、相手に罪悪感を与えないようにしなければならない。
「いや、そこまで重症でも無い……かな?」
「いいえ、……すみません。それで、えっと私のせいですよね?」
「え?」
「だから……私がこんな眼をしてるから、誠さんまで巻き込んでしまったんですよね?」
「???」
誠は最初、意味が分からなかったがすぐに理解した。彼女は追われた人間であることは間違いない。その原因が彼女の眼ということだ。しかし、いくつかの矛盾点が存在するが、今は関係は無い。
「いや、違うよ」
彼女は顔を上げる。その顔は驚きに満ちていた。
「君の眼のせいで俺が巻き込まれたなんて、そんな事実はこの現実に存在しない」
彼女の目から頬に涙が伝う。きっと、それだけの理由で彼女は人生が狂って云っていたのだろう。
「大丈夫だ。」
彼女の鼓動は早くなり、全身に血が急速に移動し、体温が上がる。そこには今まで奥底に沈められていた感情があふれ出すのを感じさせる。
「君は俺が護るから。だから、」
月野が服の裾を掴み、泣き始める。誠は彼女をそっと抱きしめ、頭を撫でる。すると、涙はどんどん溢れ流れ、布団を濡らす。彼は目を閉じ、触感のみに神経を集中させる。
人の温もり。それが2人が奥底で探していた欲しいものだ。しかし、それは淡く簡単に切り離されてしまうように脆弱だ。だからこそ、欲しかったものなのだ。
日は彼らを照らし、風は彼らを撫でる。老人は微笑み、温もりは彼らの心を安定させる。
沈黙
と、
1秒
間後
「ありがとう、そばにいてくれて、ありがとう」
罪斬後の情景 一人暮らしの大学生「三丁目に住む黒猫ミケ @iai009
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