第4話 彼は安堵を、彼女は無垢を

 機械音がうるさく響いている白い部屋で、誠は眼を覚ました。即座に、どこかの病院の一室だと理解する。


 誠は頭を動かし、隣を見る。そこには座ったまま眠っているおっさんがいた。店長だ。即座に、誠の気分が害される。


 誠は上半身を起こす。すると、異変に気付いた。


 力が上手く入らない。起き上がることはできたが、少し気にかかった。


「おお、起きたのか」


「おはようございます、店長」


 店長――毛利宗次も眼を覚ます。


「お前がずっと眠っているから俺も眠っていたみたいだな。何、久々に戦闘で負けたんだって?名無しよ」


「あんなの戦闘じゃない、一歩的な奇襲ですよ・・・」


 ネット上の別名の名前を呼ばれ癪に障ったのか、誠は顔をそらす。


「まぁ、どっちでもいいか。負けたのは事実なんだし。まだまだ甘いな」


 笑いながら批評してくる。しかし、相手は誠に戦闘の基礎を叩きこんだ師匠であるがために反論することができない。


 実際に、毛利の言っていることは正しい。どんな状況下でも、死んで何も守れなくなること。それは敗北なのだから。


 それはその人が弱かっただけの話であり、証拠でもある。


「とりあえず言っておくか。左肩銃弾貫通。全治4カ月。銃弾はかなり細いものだったらしく、殺す気で使うものではないらしい。きっと意識を失ったのは銃弾に仕組んだ薬か何かだろうな。」


 毛利は病名を言い、自身の意見も述べる。それは極めて当たりに近いだろう。


「しかし、左腕の動作には異常が発生するだろうな。我が妻はカンカンに怒っていたぞ。『仕事があるのに私用で怪我するとは何事だ』となぁ。」


「ハハ……銃で撃たれたんですから、仕方がありません。ちゃんと仕事はこなしますよ」


誠は思い出す。一番大切なことに。


「月野……!そうだ、月野を取り戻しにいかなきゃ……!」


 毛利は驚き、顔つきを変える。


「見ないからまさかとは思っていたが……連れ去られたのか!?」


「……はい」


 誠は苦虫をかみつぶしたような顔をする。そして、急いでベッドから出ようとする。


「あっ!」


 すると、彼はバランスを崩し床を舐める。


「おいおい!大丈夫か……」


 毛利は駆け寄り、誠の体を持ち上げベッドの上に戻す。


 誠は時計を見る。すると、短針は7に一番近く、長針は45を示していた。


「くそ……」


 思わず彼は毒つく。毛利は顔を久々に険しくする。


「お前は、殺し屋にそんな状態で戦いに挑むつもりか?らしくないぞ」


「……」


「教えたよな?戦闘時は自身の体が万全な状態が、勝利に直結すると。お前は最初から傷を負い、ましてやバランスを失っている。そんな状態で、まともに戦えると思っているのか?」


「……」


「はっきり言ってやる。死にに行くようなものだ」


 誠は分かっていた。しかし、理由は無いが助けたいと考えているのだ。


「お前は、他人を助けたいのか?」


「……」


 誠は今まで無かった感情を認め、その質問を頷くことで肯定する。


「……そうか。ならば、しかたがない。」


 誠は顔を上げる。その顔は意外そうだ。自分の店長が口元に人差し指を当てながら、電話をかける。相手は彼の奥さんだろう。


「よう」


〈私のパートナーはお元気?〉


「ああ、今起きたところだ。それと予定が変わったんだが。」


〈へぇ、どういうふうに?〉


「これから、我が弟子を傷つけた男の処分を行おうと思う。」


〈却下よ!きゃーかっ!〉


 いきなり電話から金切り声が上がる。しかし、毛利はそれを事前に察していたようで携帯を耳元から離していた。


「そう言うな。確か依頼も来ていただろう?」


〈それとこれとは別よ!時期というものもあるんだから……〉


「誠君の未来のお嫁さんが奪われたんだよ」


〈!!〉


 誠は、(ありがたいが気持ち悪いな)と密かに思う。というよりも、それで伝わるというのはいかがなものか。


「お前も、監視カメラの映像から月野君を見ていただろう?」


〈見て……ないわね。知らないわ~〉


「強がるなよ、大の子供好きのくせに」


〈……敵の名前は?〉


 毛利はニヤリとする。


「Mr.999。殺人鬼兼殺し屋の男だ。」


 そう言うと、毛利は通話を終える。


「よし、俺はこれから武器になりそうなものとお前の道具を取りに行ってくる。それまではここで待機していろ」


「ありがとうございます。店長、裏の顔は何でこうもカッコいいんですかね」


「何、若者の幸せを掴むことが俺の幸せだからな」


 そう言い、彼は部屋から出ていった。


(根は良い人なんだよなぁ……)


 少しキザと言うか、変人なところが彼の玉に傷だ。しかし、それによって誠は救われているという部分があるのだが。


「ふぅ・・・・・」


 誠は体を楽にしながら、ため息をつく。


 たった3日だ。月野と出会って、たった3日間で、誠は恐ろしく彼女に依存していた。


「何でだろ……」


 誠は最初に目を合わせたとき、驚くぐらいのナニカに引き込まれた。それから離れられないのだ。


 自分だけのものにしたい。そんな感情が、どっぷりと心のなかに渦巻いているのを感じているが、気づかない。


 誠は、彼女のことだけを考える。月野火凛は、赤い眼を持っている。そこが誠の彼女に対する疑問点だった。


 基本、第1日本人は純血を重んじている。それは古来の民族を守護するのに正しい行動だ。しかし、何事も過ぎれば悪点が生まれるものだ。よって、彼らは全員黒髪黒目の日本人という日本人だ。


 だからこその疑問。彼女が第1日本人だというなら、何故迫害されていないのだろうか。異眼を持つ者など、生まれてすぐに処分されてもおかしくないはずなのに。


 ドンッと部屋に低い音が響く。


「!?」


 窓に大量のヒビが入る。それと同時に、誠はベッドを盾にするように落ちることで、窓から距離をとった。誠が床に落ちて手をついたとき、窓が破壊された。そして、破壊したものが部屋に侵入する。


 誠は、近くに落ちているペンを回収し、棚から果物ナイフを取り出しすことで、いつでも交戦することができるように準備を整える。


「?」


 何も襲ってこない。しかし、待ち伏せてる危険性も少なからずある。誠は息を殺しながら、近くに落ちている支給品の手鏡を取る。それを使ってベッドの向こうを、写す。それには、浮遊する丸い機械が写っていた。


(爆弾か?…いや、)


 何か、カメラのようなレンズが付いている。爆弾では無いようだ。銃口も付いていない。


(偵察用のラジコンか何かか?)


 誠は眉をよせ、額には汗が流れながら手鏡に写るそれを見る。しかし、そんな彼の緊張とは裏腹に、いきなりそれは部屋の中央の床に落ちた。しんと静かになることで機械音もなくなり、それが稼働していないこともわかる。


 誠はナイフを置き、代わりにペンを利き手で持つ。そして、それを丸い物体に投げつける。


「…………」


 何も起きない。


(爆弾……ではないか)


 誠はナイフを持ち、立ち上がる。先程は痛みによってバランスを崩したが、動くたびに侵食するような広がりを持つ痛みには慣れつつあった。


 多分、麻酔を打ってあることから、さらに痛みは軽減されているだろう。


 警戒は解かずに、落ちた丸い物体を手に取る。やはり爆弾ではなく、何かのカメラか何かのようだった。


「これは……?」


 誠は眺める。すると、そのカメラのような部分から光が放出される。そして、それは壁に映像を映し出した。


<やあやあやあー!、起きたかい名無しくーん!突然で悪いねー!>


 そこには、999の仮面が映し出されていた。瞬間、壁には誠が持っていたナイフが突き刺さり、その本人が驚いた。


 自分でも自分の怒りが解っていない。


 しかし、映像に刃を突き刺したところで999が死ぬことは絶対に無い。そのまま、999は言葉を続ける。


<あのさー、君も殺し屋なら分かると思うんだけどさー?ふつー、相手の感情を動揺させてナンボじゃーん?>


 誠は深呼吸し、落ち着きがら聞く。しかし、彼の目は冷たく凍ったような恐ろしい眼をしている。そこからは誰も感情を読み取ることはできないだろう。


<というわけでねー、これから君の心を動揺させてみようと思ったんだー>


 そう言うと、999は横に移動する。すると、そこには親子が映っていた。


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 今から二時間ほど前の、廃ビルにて999は努力となる趣味をしていた。


 彼は自分の楽しみにどんな努力を惜しまない。これから起きること起こすことのために、彼が持つ過去は努力しかしていないのだ。


「ふんふんふふふ~ん」


 彼は鼻歌を歌いながら、最新型のカメラを設置する。


「よ~し!準備完りょーう!」


 彼は後ろを向く。そこには縛られて身動きがとれない二人をいた。彼らは家族で、母親と子供の関係だ。彼の趣味の努力のために、新たに拉致したのだ。


 ガチャガチャと片方から音が鳴っている。小学生だろう男の子の椅子の足からだ。999はそれを見て、ニコニコとする。


「それじゃーはじめよーかー!」


 これからのことを考えると胸が高鳴るのだろう。999は少し浮き足立っている。母親は顔を青ざめている。


 999はカメラに向かって二言三言言うと、横に移動し母親と子供を見せる。


「それじゃー、まずは質問からといきましょうかー!あなたのお名前はー?」


 999は母親の方に近づき、マイクを近づける。か細い声だろうから、しっかりと録音できるようにする彼なりの配慮だ。


「は……原……」


「はーらー?」


「…………亜美……です」


 か細い声で、母親は答える。


「原亜美さんですかー!ビッチみたい名前ですねー!セックスしまくるとなる『孕み』みたいでさァ!!!」


 999は明るい声で侮辱するが、彼女の心にはあまり堪えなかったようだ。彼は小さく舌打ちする。


「それではー、息子さんの名前を教えて頂きましょうかー!亜美さーん、なんて言うんですかー?」


「飛翔と書いて、そら……です」


「ぶふっ!あっはははははははははひひひひひひひひひひははは!!!そうですかー、カッコイイお名前ですねー!」


自分の子供の名前をバカにされ、彼女は奥歯を噛み締める。

 

「あはははは、いやいや失礼!アホそうな名前だと思いましてねー!」


「いえ……、そんなことより、……助けて下さい!お願いです!!」


 彼女は相手が喜んでいると考え直し、言ってみる。しかし、それは逆効果だ。


「はー?無理に決まってるジャーン!もう一度そんなこと言ったら腕にナイフを10本ツキサスヨ?」


 彼女の背中には、一瞬にして鳥肌が立つ。彼の声がいきなり低くなったからか、奥底にある生物の本能が無理矢理にも反応させられたのかもしれない。


 999はカメラの方に向き直る。


「さーて、名無しー。いーや、まこっちゃん。君が負けたらー僕はご褒美をもらうべきなよねー。その時はー、君にこれの役をやってもらうよー」


 999は振り向きながら小銃を取り出す。そして、彼女の肩・ひじ・ひざ・足首に8つの弾を撃ち込んだ。


 甲高い叫び声が上がり、彼女の頭の中は強烈な痛みによって本能のみにされる。彼女は自分のこえによって我が子が怖がっていることを認識できていないようだ。


「うわー、うるさいねー?」


 彼は残弾をどこに撃ち込むかを考える。


「んー、よーしー決めたー」


 そう言いながら、彼は幼い子供の腹に銃弾を撃ち込んだ。火薬の爆発音と共に、彼女の涙と鼻水にまみれた懇願は裏切られる。


「!!!……あ、あぁぁぁ……」


 彼女は新たな銃声から、我が子が撃たれたことを知る。戦隊キャラがプリントされた子供服が、中心からゆっくりと赤く滲んでいく。名前がおかしい子供は痛みに耐えられずに失神したようだ。


「あーれー?寝ちゃったのかなー?」


「おねがいします……助けて……ください。せめて、せめて!」


「我が子だけでも?それとも、自分だけでも?」


 そう言いながら、彼はあらかじめ用意していたバケツの水を子供に勢いよく掛けた。


「……げほっげほっ!!」


「子供は9時に眠るもんだよー」


「おねがぃしますぅ……そら君だけでもぉ……」


 彼女は先ほどの言葉の続きを言う。彼女の体は血まみれになり、関節は崩壊していた。実質、これからは二度と母親としての行動などできず、ましてや我が子を救うことなどできないだろう。


 木偶のぼうのダルマと化した彼女は、その口で加害者に救いを頼むしかできない。


「んんー、君さー人に頼むときには礼儀が必要だよねー?そいうところわかってるー?」


「が……ああぁぁ……」


 彼は彼女の傷口に手を突っ込む。すると、大声を出すかと思いきや今度は出さない。しかし、彼女の顔はひどく歪んでいた。気持ち悪い老婆のようにシワが多くできている。


「あれー?よく我慢できるねー?」


「ひぎっ!ぎぃ……だぁぁぁ……」


 彼はただ指の関節を90度に曲げただけだ。彼女は彼のその行為だけで壮絶な苦痛を感じている。生かすも殺すも彼次第だ。今、この場合と状況のみで、彼は二人の神として君臨している。


 彼は10分間その行動を続け、彼女は悶え続けた。しかし、途中から同じ反応しか示さなくなり、つまらなくなってくる。


「ちえー、おもしろくないー」


「……」


 たった30分で、彼女の体は冷たくなってしまった。


「あー、しょうがないなー」


 彼は最近の若い人間の貧弱さを憂う。こんな簡単に死んでしまうとはいったいどういう生活をしているのか。


「しょうがないなー、そっちの子供にするかー」


 999は振り向くと、子供の目に光は宿っていなかった。多分、出血多量で死亡したのだろう。彼は頭を掻きながら舌打ちする。


「はぁ、不完全燃焼だー」


 ふうとため息をつきながら、彼はため息をついた。これではつまらない終劇だ。


「まぁいいかー」


 彼はカメラの前に戻る。


「それじゃあ、これが僕のご褒美で良いよねー?僕が勝ったら君たちに何しても良いよねー?それじゃー」


 そう言い、彼は電源を落とした。そして、ちゃんと取れているかどうかを確認する。


「うーん、写りが少し悪いけど大丈夫かなー?」


 そう言いながら、専用のボール型の投写機に動画を送り込む。そして、それを窓に放り投げた。後は、勝手に彼の元にとんでいくだろう。


「よーし、そろそろ準備もしてくるかなー」


 そう言うと、彼は外に出ていった。


 戦闘の準備だ。


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 ブツンと映像が途切れる。


「……」


 誠は無言だった。


 その映像には、ただ無惨に殺された親子の姿があった。母親が殺されていく時、ひたすら懇願と息子の名前を言い続けていた。その様子は、まるで悲劇のようだ。


 そして、その息子は腹部から溢れるように流出する血を押さえようとしながら、泣いていた。その涙は、体の痛みからか母親がいない不安・寂しさから現れたのかは彼には分からなかった。


 誠は小さく舌打ちし、後悔する。しかし、窓から侵入する風がその音を奪っていった。その風は少し生温かく、彼の体に纏わりついていく。


 彼は、もう使えないであろうそれを布団の上に静かに置く。両目を閉じ、ゆっくりと全身の力を抜き、大きく深呼吸する。そして、肩の痛みによって起こるバランスの弊害を直した。


「……」


 誠はドアを開け、足音を限りなく消しながら歩く。


 暗い通路の中を、彼は歩く。薬と人の臭いが強く混じり混じった通路を、彼は歩く。まるで、彼が今進んでいる道のようだ。


「そこにいるのは誰ですか?」


 高音な女性の声がする。見回りの看護師だろう。


「もう消灯のお時間ですよ、もどってくッ……!!」


 その看護師はいきなり腹の上部を押さえて倒れる。その横には、誠がいた。


「・・・すいません・・・・・」


 彼女は懐中電灯を持っていた。それによって、自分だと悟られたくないため気絶させたのだ。エゴのために、邪魔する光の存在を彼は許さなかった。


 元々、そうなのだ。彼が歩んできた道はそういうものなのだ。しかし、今回の自分が光あるものに惹かれ、油断したからこうなったのだ。


「間違ってたんだな・・・僕は・・・・」


 思わず呟く。脳に直接叩きこむためには、一番音が重要なのだ。


 彼は正面玄関を片手で開ける。そして、外に出ると暗い夜の中で一台のイタ車が止まっている。そこから毛利が出てくる。彼はボンネットに腕を置きながら話しかける。


「よう、迎えの必要はなかったのか?」


「はい、ありがとうございます」


「そうか、じゃあ乗れ。先程、正式に顧客から依頼も受理してきたんだ。さっさと行くぞ。」


「はい」


 彼は車に乗る。すると、車の中にある刀が目に映る。静かで鋭利な何者も傷つけそうな、寂しそうな黒い刀。彼と同じだ。


「ほら、999の情報だ」


 そう言いながら、毛利は3枚の紙束を誠に渡す。誠はそれを受け取ると、眼が険しくなる。


「少なくないか?」


「ま、そうだな。今回は少ないと思うよ」


 毛利は車を発進させる。そして、道路に出るとアクセルを強く踏んで加速させる。事故を起こしたら2人とも即死するような勢いだ。しかし、ふたりの顔は何も動じないようだ。


「山川さんの協力があって、この情報量とは……少し疑問を感じる」


「そういうことを言うなよ……、たまには本当に正体不明の敵がいるんだ」


「……」


 誠は紙に書かれている内容に目を通す。殺し屋、快楽主義者、年齢不詳、武器は小銃とナイフ以外は確認できず。


 もしこれだけの情報で戦いに行ったら、絶対に死ぬだろう。殺し屋にこれだけの情報量で勝負でもすれば、不意打ちによって頭か心臓のどちらかを吹きとばされるだろう。


 15分ほどの無言の時間が過ぎる。しかし、それを誠が止めた。


「毛利さん」


「おう、何だ?」


「今回のことは、俺のみでやらせてください」


「何言ってるんだ?」


 毛利は声が低くなる。


「俺一人で、あいつとやらせてください」


「駄目だ、俺もやる」


 毛利は誠の頼みを突っぱねる。


「お前は今日、不意打ちからだろうが、完全に敵に敗北した。そして、月野ちゃんも奪われた。お前が1人であいつとやるのは、危険の一言に尽きるだろう。」


 さらに、毛利は反論の追撃をしかける。


 確かに、毛利の言っていることは正しい。誠の言っていることは駄々をこねているようなものだ。毛利は誠が持つ力に劣るが、それでも強い。2人で戦えば、999などひとひねりに出来るかもしれない。


 しかし、


「いいえ、今回は……やらせてください。あいつは俺をご所望なんですから。」


 誠は揺るがなかった。毛利はサイドミラーで誠の眼を見る。彼の眼は冷たく燃えていた。昔の毛利も宿していた眼、成長する時の眼だ。ふうとため息をつきながら、彼は車を止める。


「ほら、着いたぞ。ここから先に999はいるんだろ?」


 そう言いながら、彼は頭の後ろで手を組み椅子にもたれかかる。


「少し疲れたから、俺は寝る。」


 そう言うと、彼は眼を閉じる。誠はその様子をキョトンとしながら見るが、すぐに意味を理解する。誠はニヤリとし、刀と衣服を取り出して外に出る。


「……廃墟か」


 彼は一目見ると、そう感想を述べる。


 誠は病院支給の患者服を脱ぐ。そして、いつも着るTシャツとジーンズに着替え、その上からマントを被る。刀を左手で持ち直して、専用のベルトに固定する。そして、親指の腹をつばに引っ掛けた。


「いくか」


 誠は歩き始める。時間は今12時48分。


 足音を消しながら、大通りを歩く。夏の夜の風はやはり生温かい。心地よい感覚の中で、どこか寒気がする。


 辺りに電灯など光が無いからか、月と星の光が強く倒壊寸前のビルを照らしている。中でも、強く存在感を露わにしているのはイシュタム前の建造物『バベルの塔』だ。あれは大人数の国民を収容し守ったという建物だが、今は大きな穴が空き、そんな面影は全く無い。


 その時、銃弾が装てんされる音が後ろで響く。瞬間、誠は振り返りながら走りだした。そして、彼が立っていた場所に多くの銃弾が撃ち込まれ、それに合わせて発砲音が響く。


「ッ!」


 誠は銃弾を撃ち込んでいる機械を確認する。そのまま自身の体を加速させ、それを斬り飛ばした。それによって何らかの誤作動を起こしたのか、それは爆発する。


「さっそく嘘つきか!?」


 誠はぼやく。まだ約束の1時では無い。しかし、今破壊した機械は完全に彼を狙って攻撃を仕掛けてきた。


 少し離れた所から、さらに3機ほど同じものが出現する。しかし、誠はそれが撃つ前に全てを両断する。しかし、また離れた所から3機出現する。


「キリが無いな」


 そう言いながらも、誠はそれらをまた両断した。その様子を999は嬉しそうに見ていた。


「そーそー、こっちにおいでー」


 彼は大きな十字路の前で寝ころびながら、送られる映像を見ていた。あれらは全て、名無しの誘導のためだ。


 少し危ないかとも思っていたが、彼の杞憂だったようだ。どんどん彼が作った兵器は破壊されていく。しかし、彼は何も感じなかった。物は破壊されるものだ。だから、何も感じない。


「ふふふ、早くおいでよー」


 辺りには、多くの兵器が置かれている。全て自作であり、その中でほとんどが破壊されてしまうだろう。その中で、壊れずにいられるのはどれなんだろうか。今、彼の心は表面上、喜びと驚きとわくわくで埋め尽くされている。


「ああ、今日は星が綺麗だなー」


現在、12時58分。


 近くで爆発音が鳴る。最後の1機が破壊されたのだろう。


「おおー?」


 彼は首を横に傾ける。すると、黒い煙が目に映る。その中から、一歩ずつ近づいてくる1人の男も。


「来たねー」


 00時59分。彼は嬉しそうな表情を浮かべた。そして、仮面をつけながら立ち上がる。


 男は彼と10メートルほど距離をとって、歩みを止めた。男の表情は、爆発の光によって影で覆われ、よく見えない。


 しかし、彼はそんなことはカマワナイ。あと30秒ほどで戦闘が始まるからだ。男同士、言葉など必要無い。


「なあ、999」


 男は彼と考えが違ったようで、残り30秒の中話しかける。


「お前は俺の幸せって奴に邪魔なようだ」


「はー?」


 彼は戸惑った。予想外の質問だ。普通なら、人質の質問でもするだろうに。


「だから今、俺はお前を殺す」


「戦うんだろー?」


 彼は頭をかしげる。すると、彼の体に取り付けられた武器がぶつかり金属音がなる。


「いいや、」


 彼はゾクリとした。体全体に電流が走り、恍惚と恐怖が混じったような久方ぶりの本能の起動感覚。



 01時00分。



「ただの完全な 殺害 だ」




 人間は人間のように、獣は獣のように、ゴミはゴミのように。必要あるものは存在し、必要無きものは排除される。


 これがイシュタム直後に彼が得て、たどってきた道。世界の道理であり、規律である。


「ッ!!」


 瞬間、999はナイフを2本使い、迫る刀を受け止めた。


「やはりかー?」


 彼は後ろに勢いよく下がりながらしゃがむことで、それを受け流した。その刀の切っ先は彼の服の一部分を切り取る。


「そーらっ!」


 彼は小銃を取り出し、勢いに乗った誠の体の腹部に向け撃ちこもうとする。


「ふッ!」


「なにっ!?」


 撃ちこむ前に小銃は両断され、使い物にならなくなる。誠は前傾姿勢から体を捻って、斬りとばしたのだ。そして、右足で体の軸を持ち直す。そこから、刀の切っ先を相手に向けるように持ち直す。


「ハッ!!」


 999の喉を貫くように、左手を押し出すように突き出す。しかし、それを999は悠然と避けた。しかし、反撃してこない。


(駄目か・・・やっぱり、)


「その肩じゃー流石に突きはできないでしょー」


 誠は顔をゆがめる。


 剣術は左手が基本のひとつだ。最終的には両手どちらでも使うことが重要だが、最初に斬ることに基本なのは左手による刀の操作だ。そして、大多数の剣術を学んだものは突きを左手で行う。構えから一番速く、鋭く行うことができるためである。


「お前、ハンデもらってるぞ、これじゃあ」


「あー、そうだねー」


「でもさー、君はそんなすごいものをもっているじゃないかー」


 誠は舌打ちする。


「どこから手に入れたのかは知らないけどー、それで帳消しじゃないー?」


 999は小銃を2丁取り出す。同時に、誠は右手のみの下段の構えを取る。総計18発の発砲音が響く。しかし、銃弾が肉体を貫く音は響くことは無い。


「どういう理屈なんだよー、ソレ」


 999の言葉に、わずかに異変が起こる。それもそうだ。何故なら、体を貫くはずの銃弾が全て地に落ちている。まるで、平伏するように。誠が一線を描くことで

、それらは完全に無力化されていた。


「既存の物理学を完全に無視した動きだぞ、それー。何故、刀を振るだけで銃が無効化されるんだー?」


 999は手に持っているものを捨て、さらなる弾を浴びせる。しかし、誠が刀を振るだけで、それらは無効化されて落ちていく。999はキリが無いと察したのか急速に近づく。そして、ナイフを使って近接攻撃を仕掛ける。


「ッッ!」


 誠はそれを刀の腹に手を添えて受け流す。しかし、受け流した先には銃口が待ち構えていた。誠は刀を並行移動させることで、それをぎりぎり受け流す。すると、999の膝蹴りが飛ぶ。誠は後方に下がることで、それを避けた。


「グッ……!」


 誠は右耳を押さえる。強い耳鳴りと視界が揺れたせいだ。先程、至近距離で発砲音を聞いたせいだろう。口を開けていたことが幸いして、聴覚を失うことは避けられたようだ。しかし、


(しばらく使い物にはならないか……!)


 すると、また999が銃弾を撃ち込んでくる。今度は刀を振る時間も無く、走ることで避け、体勢を立て直す。


「ならば!」


「おー?」


 今度は、誠から接近し999の体を両断しに行く。しかし、案の定避けられてしまう。


「なになにー?急に積極的になっちゃってー」


 しかし、誠は執拗に彼の体を追い回し刀を振るう。そして、ある拍子に誠は立ち止まった。


「あれー?もう終わりー?」


 接近戦の攻防では、自分に利があることを理解した999は余裕の声だ。仮面の下は笑顔だろう。油断は自身を敗北に近づけるが、余裕は違う。勝利に向かって前進できるように、冷静でいられるからこそ余裕なのだ。


「じゃ、こっちから行くよー?」


 999は接近し、先ほどと同じようにナイフで勝負を仕掛ける。しかし、戦闘には変化がつきものだ。


「な……!?」


 999は投げ飛ばされた。


「何が!?」


 999は相手をよく見る。すると、相手の手に刀が無い。それは鞘に仕舞われていた。


 突き出してきた999の腕を誠は両手で掴み、自身の体の背骨を中心に遠心力諸々を利用して彼の体をさばいたのだ。日本武道のひとつ、合気道の一種だ。


「へぇ……、体術も結構やりそうじゃんかー?」


 999は体を震わせる。しかし、彼の心には恐怖が微塵も無い。それどころか、さらに彼の心は昂ぶっているようだ。しかし、彼とは対照的に誠は静かだった。先ほどよりも冷たく、無感情さまでも感じる。


「つべこべ言わず、かかってこい」


 その一言で、まずは999が動いた。さらに、高速に移動しながら銃を撃つ。しかし、それは誠の一閃により無効化される。999はその現象に気に留めず、さらに銃弾を浴びせる。


「そらっそらっそらーーー!!」


 そして、ある程度近づくとナイフを2本投げた。誠はそれを大きく左に移動することで避ける。


「!!!」


 誠は避けた直後に地に着く左足に力を込める。そして、傷の痛みを覚悟して刀を両手で持ちながら自身の体とは垂直に切っ先を相手に向けて構える。


「くらえ!!」


「ッッ!?」


 誠は1足で999との間合いを詰める。999が自らの腕で隠した視界の影の部分である腹の中心、稲妻を狙う。そこは人体急所のひとつであり、貫ければ相手は行動の自由をかなり制限できる。


 しかし、999は思い切った行動に出る。


「させるかっ!!!」


 彼は迫りくる刀の刀身に銃口を向け、撃つ。


「ぐっ!おおっ!!」


「がっ!」


 その振動は誠の体に伝わり、肩の傷に強烈な痛みを与える。しかし、狙う場所は違えど刀は999の肉体を貫いた。


一瞬、ふたりの体は硬直する。


「つ、……アアアアアアアアアッッッ!!!」


 先に動いたのは、誠だった。刀を右手に力を込める。そして、左腕の上腕と前腕を挟むようにして刀を固定させることに成功する。右足の内側で体を左に無理やり移動させ、伴って999の肉体を貫いていた刀は液体を飛び散らかしながら現れる。そして、同時に鳥の悲鳴のような叫び声が上がる。


「ギ……アぁぁ……ギイイイイイイイイイイイイイイイイイ!!!」


 しかし、これでは終わらない。


 誠は右手で刀を持つ。左手はこれ以上動かすと本能で危険だと感じたのか、もう力は自然と抜けていた。しばらくは、力を出すことはできないだろう。


「うおおおおおッッ!!!」


 誠は刀を片手で上段に構え、腰を落としながら後ずさりする999の右腕の肘を両断する。それとともに、誠の前方に一直線の赤い線が描かれる。そして、叫び声は甲高く響く。


 999が地に背中を着く。


「かはっ!」


 彼の倒れたところから、ゆっくりと鉄臭い臭いと赤い液体が広がる。誠はそれに近づき、刀の切っ先を首元、三日月に向けながら口を開く。


「俺の勝ちだ、Mr.999」


 彼は痛みに堪えているのか激しい呼吸をしている。誠の言葉は彼の頭に届いているのか、定かでは無い。


「……理解できるか?」


 誠は首を横に、少し傾ける。


「赤い眼をした少女、人質である月野火凛。返してもらうぞ、どこにいるんだ?」


 999は歯を噛みしめ、ギリリッと鈍い音が鳴る。果たして悔しいのか、それとも痛みを堪えているだけか。


「……ッ」


 誠は彼の左腕の急所である上腕の中央、腕馴(わんしゅ)に刀を突き刺す。


「ッ!……!!……ッッ!!!」


 今度は叫び声は上がらないものの、999は上半身をのけぞらせる。神経を貫いたのだろう。もう、彼の左手にあったはずの感覚は消えた。


「言え!月野はどこだ!!」


 誠は彼の傷口を、刀を回転させる。すると、彼の腕はあらぬ方向に曲がりちぎれた。


「ウアアアアアアアアアアアアアアッ!アアァァ、アアアアアアアアッッッッッッッッッッ!!!!」


 誠はいらついていた。


 彼の叫び声は誠にとって耳障りだった。声が聞きたくないのなら首を斬り飛ばせば良い話だ。しかし、そうすると月野の居場所を聞くことができなくなる。完全なジレンマだ。


 誠は元々叫び声が好きではない。しかし、月野を救うために彼は初めて人体の局部を狙い遊ぶような拷問を行うことを体験していた。異臭、赤い液体、耳障りな音、これらによって完全に勝っているはずの誠が精神的に追い込まれていく。


(クソッ!クソクソクソクソクソ!!キモチワルイキモチワルイキモチワルイ!!!早く言ってくれ、白状しろよぉぉぉぉぉ!!!!)


「言えよ!!クソッ、こんな仮面つけやがってぇぇぇぇぇぇぇぇぇ!!!!」


 誠は999の仮面を剥ぎ取る。そして、誠はありえないものを見た。


「え……?」


 誠は眼を見開く。999の素顔。彼は叫び声を上げ続けている。その顔のまま。


「こいつ……何で……」


 誠は、初めて悪寒を体験した。









 「まさか……今までずっと…………笑っていたのか!?」


 そこにあったのは歪み切った笑顔。気持ち悪いぐらいに口角が上がり、眼は白眼をむいている。彼の顔は、右半分が滝のように溶けているという特徴があるのに、その特徴すら凌駕する悪鬼の顔。そして、歓喜の喜びを示すような気持ち悪い笑顔。


 すると、突然叫びは止まり、彼の顔が急に上がる。そして、彼の眼が誠を捉えた。そして、笑顔のまま口を動かす。


「そぉうだよ?」









 瞬間、誠は999から距離をとる。なんとも言えぬ恐怖感が彼を襲ったからだ。


 数多い銃声がする。すると、両端にあるビルの壁に多くの銃創が出来た。


「なっ!……新手か!?、」


 誠は驚き、瞬時に予想をたてる。


「いや、違う!!」


 気づき、誠は全速力で路地裏に駆け抜ける。後ろから銃声が数多く聞こえてくる。常人なら、ほぼ確実に絶体絶命だ。しかし、誠は路地裏に入る一歩手前で反回転しながら後ろにジャンプし、刀を一線に振るう。


「ハッ!!!」


 すると、銃弾は無効化される。数が多く持ちこたえるのは厳しいが、なんとか・・・


「持ちこたえられたか……」


 この刀、罪斬は心の具現。つまり、完全な盾にはなることはできない。しかし、誠は持ちこたえられたことに安堵し、小さいため息をつく。


「さて、とりあえずあれを何とかしないと……」


 最初にここに来た時に、自分を撃ってきた量産兵器とは違うことを彼は理解していた。銃弾の数が異様に多いからだ。


(マシンガン、ガトリングガン……、何でも良いけど離れたことが問題だな……)


 不意打ちにより、戦況をひっくり返されたことを悔やむ。どうも誠には不意打ちが苦手のようだ。今まで不意打ちなどされたことがなかったので、彼にとっては新鮮さがあり慣れないのかもしれない。


(ここにいるのは危険か。どうせ、やつはもういない。)


 誠はそう感じ、路地を走り抜ける。


「!?」


 十字路を横切ったところで、先程まで自分が立っていたところに爆発が起こり、壁に沿って粉塵が通り抜ける。手榴弾が放り込まれたのだろう。


「危なかった……」


 誠は顔の汗を拭う。一歩判断が遅れれば、死なずとも重傷を負っていただろう。


 誠は状況を判断することを優先し、ビルの壁に取り付けられた錆ついた階段を駆け上がる。そして、屋上に身を乗り出す。


「これは……」


 そこには、大型銃器が2台も設置されていた。先程の奇襲もこれだろうか。


(いや、大型すぎるな……旧型のものだ。だとすると、やはり999は複数いる?しかし、左右から撃ってきたことから最低2人いることになる……)


 誠は考察する。しかし、それは完全な見当違いだということに気づく。


「ッ!」


 いきなり、その2台の銃口がこちらを向いたのだ。そして、銃弾を装填する音が聞こえる。


「クソッ!」


 誠は一線を描く。それとほぼ同時に2つの銃口から火薬の爆発光が発生する。


(こんな至近距離じゃ……)


「グアッ!!」


 ガラスが割れるような音がしたかと思うと、誠は吹きとばされた。


 誠の体がビルの外に出る。すると、何者も逆らうことが難しい重力が彼の体を圧死させようと地に引っ張る。


「ぅッ!」


 しかし、誠も死ぬわけにはいかない。彼は壁に刀を突きさす。すると、彼の体は自由落下を止めた。


(自律型か!あいつ何者だよ!?)


 少しのロスはあったが、誠の肉体の熱か何かを感知して動いたようだった。リモコンでは無く、完全に自動化されたもの。


(しかし、今までは起動していなかった。起動したのは、仮面を取りあげた時か……)


 つまり、999は今まで本気で戦っていなかったということだ。おそらく、先程のような銃器は他の場所にもいくつか設置されているだろう。多くても5.6台だろう。


 誠は、ほぼ完全に動きを封じられた。999がいるだろう場所に行けば蜂の巣だ。だからといって、それらを破壊しに行けば先程のように吹きとばされる。


「強い……」


 誠はここで初めて弱音を吐く。もし毛利と一緒にやっても、重傷を負うのは必須だと感じるほどに。


「……」


 誠は刀と壁を使い、徐々に下りていく。すると、遠くから数多い銃声が鳴り響く。しかし、自分ではないようだった。


「待てよ……」


 先程、誠は999の腕をコロした。


(ならば、手を下すことも必要無いんじゃないか?出血多量で死ぬはずだ)


 しかし、それは月野の居場所がなくなることを意味する。つまり、すぐにでも決着をつけなければならない。


 誠の足が地に着く。


「……しかたない」







 999は座っていた。先程、処置を終えたのだ。今は、自分の両腕を奪った男を待っている。


「来たね」


 もう彼は語尾を伸ばす力も残っていなかった。本来の言葉遣いに戻っている。彼は、昔を思い出さないように言葉遣いすら変えていたが、その必要はもう無くなっていた。


 そんなことを忘れてしまうほど、彼は興奮しているからだ。そして、彼の赤く充血した眼には黒い刀を持った男が立っている。


(射程範囲内)


 彼は勝利を確信する。何故なら、敵が立っているその地点は全ての銃器の中心点に近い場所。わざわざ、死にに来たようなものだ。


(焦りすぎて、血迷ったか)


 事実、男の眼は少し驚いたのかのように見開いている。


「お前は何で死んでいない。いや、何故だ。」


 男は眉をひそめる。


「何故、傷口から血が出ていないんだ。」


 999の傷口からは、先程のように血が吹き出ていない。それは止まっているような感じさえある。処置のおかげだった。


「知りたいか?藤月誠」


 999は傷を見て、また誠を見る。彼は答えを知っているようだが、わざと知らないふりをしているようだ。


「ならば教えてやろう。焼いたんだよ」


「……」


 銃器が銃撃すると銃身が高温の熱を持つことを知っている。先程、誠が遠くで聞いた銃声はその時のものだ。かれは、それに傷口を焼いて血を止めた。これによって、大量出血による死を阻止することができる。後遺症として二度と手は使えないだろうが、リスクの心配は一切起きなかった。


 証拠に、彼の傷口は血が焦げて黒くなっている。


「これで、まだ戦える。楽しい時間が増えたんだ。さぁ、やろう。」


「……」


 誠は動かない。彼の眼は、まるで生ゴミを見る眼だ。


「どうした、早くやろう!さっきの、楽しかっただろ!?」


「……楽しいか?」


 誠は口を開く。


「ああ!こんなのはあの少年との戦い以来だ!!さぁ!!」


 イシュタムを思い出し、誠の体は震える。その顔は一瞬で怒りに包まれる。


「そうか、もういい。もう終わりにしよう」


 誠はここで臨戦態勢として、刀を仕舞って居合の体勢になる。それを見た999は眼を見開く。瞬間、あちこちに設置された銃器から雨よりも激しい銃弾が襲い来る。


 しかし、誠の体は動じない。あくまで、彼の道にある障害は全て振り払う。


 999の眼が全てが映される。殺意と願心、怒気のようなものを感じとり、彼の心は震える。




「居合、『水面みなも』!!!」




 誠は自身の体内に血の臭いがし始めるのを感じながらも、刀を奮う。その勢いから刀が移動する向きに自身の体も動かし、回転する。


 999の眼は懐古する。むかし戦った少年の影。可哀想な一人ぼっちの少年を。


(そうだ、あの黒い刀……どこかで見たような気がしたと思ったら)


 瞬間、誠を中心に周りにあるビルの外壁全てに切れ目が入る。銃弾は全てが吹きとばされる。そして、ビルの切れ目から空気圧が一定の速度でかかり、徐々に破壊される。ビルのバランスが崩れ、窓が割れる。切れ目によって、ビルとビルが摩擦を起こし、ひどい破壊音が鳴り響く。粉塵は辺りに起こることは全て隠す。そして、ビルと看板は例外なく全てコンクリに落ち、それらによって大きいヒビが入る。


 障害は全て、その中で巻き込まれ機能を失う。目に先程まで、写っていたものは轟音と共に破壊される。


 全てが粉々になる様を見ながら、999自身も吹きとばされる。


 どっちが勝ったかは明白だった。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



「ぅぅ、オエッ!」


 誠は破壊後の惨状の中で、血を吐いていた。


「やっぱり、体は耐えられないか……」


 誠は人間だ。それには、これは荷が重すぎるのか。しかし、今はそんなことを言っている場合ではない。遠くに横たわっている999を見る。


「は……はぁ……はぁ、ふぅ」


 誠は一度深呼吸する。同時に、体の中で痛みが発するがそれを何とか堪える。呼吸を整え、誠は999に5分かけて近づく。


 そして、彼の首元にまた切っ先を向ける。


「俺の勝ちだ、Mr.999」


 彼の顔は、笑っていない。神妙な顔つきだ。誠は2回瞬きし、切っ先をさらに近づける。


「さぁ、月野はどこだ。」


 そう言うと、彼は遠くにある小さい家を指さす。


「リビングだ、薬で眠らせてある。」


「そうか。分かった」


「やはり、お前は違うな……」


 999は過去を懐古し、現在を結論付ける。誠には意味が分からないようだ。


「何がだ?」


「あいつのほうが……もっと強かったってことだ。藤月、誠」


「誰だ?」


「お前と同じ刀を持った少年」


 誠はそれを聞き、眉をひそめる。


「まぁ、いいさ。今、あいつはどこにいるのか分からないからな・・・・。」


「そうか」


 誠は戯言として受け取っていた。獣の過去など、彼にとってはどうでもよいのだ。


「言い残すことは、他にあるか?」


 誠は目を背ける。これ以上、壊れた人の個体を見たくはないのだ。


「そうだな……じゃぁ、ひとつだけ」


 誠は目をつむる。顔を見たら、惑うと分かってしまった。



「ありがとよー」



「……」


 誠は刀を押し出す。すると、肉と間接を突き刺す鈍い慣れた感触がする。嫌な感触だとしても、慣れてしまうと何も感じない。しかし、この時は何故か悲哀を感じた。


「疑念だ」


 誠は目を開ける。苦しそうな顔をしている999の顔を真っ二つにし、赤い血と内臓が飛び散る。そして、まだ意識のあるその体の核である心臓を貫いた。すると、彼の体は産業廃棄物のような汚い人形になる。


「……」


 誠は刀を振り、血払いをする。彼の顔は辛そうに唇を噛み締めている。対照的に、999を名乗っていた人形の半分の顔はそれぞれ安らかだった。


「……」


 また1つの罪を斬った。後に残るのはいつでも、何ともいえぬ淀んだ空気だけだ。


 誠は痛む体に鞭打って、月野の元に急ぐ。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 誠がその場を立ち去ると、毛利は999の前に現れる。


「999の正体、それがお前か」


 彼は、かつての奇抜な仲間の死体に話しかける。


「全く、お前は今までどこにいたんだ」


 死体には口が無い。よって、返答も無い。


「何で……俺の元にまた、現れなかったんだ」


 何も語らない。毛利も懐古する。


「同情はしないぞ、五和斉志」


 そう言い、彼は一升の日本酒を置く。そして、そこを立ち去った。


 彼の背中もまた、何も語らない。



ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー



 そして、もう1人。999と同じように、仮面を着けた人が立っている。


 バベルの塔の上階から、今まで起きたことの全てを見守っていた。彼は仕事の帰りに、道中で起きたことの野次馬だ。だが、全くの無関係とも言い難い。


「まさか、あれほどの力を人が使うとはな……」


 驚きながら、呟く。その声は、高いハスキーボイスだ。仮面の両穴から見え隠れする青い目は、本来なら第3日本人のはずなのだが、どうやら彼はそうではないらしい。


「藤月誠か」


 苦笑し、彼はその場から離れた。


 古びたドアが、横の壁ごと斬撃によって破壊される。


「月野!!」


 彼女の名前を呼びながら入る。特に罠のようなものも仕掛けられていないことを確認する最中に、彼女を見つける。彼女はボロボロのソファに横たわっていた。


「ん……んぅ……」


 彼女は寝息をたてながら、幸せそうな顔でいる。夢を見ているかのように。現実では、こんなにも惨劇と暴力が蔓延しているのにも関わらず、彼女はそれを全て忘れて幸せを見ている。


 誠は刀を鞘に納める。そして、月野の頭を撫でた。


「……」


 温かい。人間が持つ体温だ。彼女が生きていることをその身で感じる。すると、何か温かでゆっくりと心が落ち着いていくのを感じる。自身の眼からは、涙があふれ出す。


 あの時から、初めて自分が守ったものを確認できたからだ。


「んん……ふぁ……」


 彼女は今の行動で、起きたようだ。彼女は、その赤い目に現実を写す。


「おはよう」


「あっ、おはようございます。……そうじゃありません!」


 近くで慌てる月野を見て、取り戻したことを実感する。


「ここどこですか?確か私眠らされて……あれ?」


 あの時からずっと眠らされていたようだ。しかし、本人からはとても心配になってしまうのだろう。


(怖かっただろうに)


 誠は彼女の前で泣き始める。


「良かった。本当に……無事で……」


「え……?え、え?」


 彼女はいきなりの展開により困惑していた。記憶が無いのだから、無理もない。しかし、すべき行動は彼女は理解していた。


「あ……ありがとう、ございます……?」


 彼女はそう言いながら、彼の頭を抱きかかえる。そして、力加減が分からないまま強く抱きしめる。


 彼女は彼の背中を見て、大きいと思った。泥だらけで傷がついた服装を見て、何かがあったのだろうと予想する。


 月野は自身の頬を、彼の頭の上に置く。汗と血の匂いが漂い震える彼。彼女は辛い何かを、そこから感じとった。


 そして、もうひとつの言葉が浮かぶ。彼の頭を撫でながら、繰り返す。泣きやむまで繰り返す。




「大丈夫……大丈夫ですよ。私も……まことさんも……大丈夫なんです……」





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